特別シンポジウム「腸内環境からはじめる層別化時代のビジネスの可能性」イベントレポート

コロナ禍によって世界的に「免疫」に注目が集まり、免疫の中枢ともいえる腸内環境への関心も高まりました。また、腸は脳をはじめとする多くの器官に深く関わり、疾患の発症や健康維持に影響することから、医療はもとよりヘルスケア、食品、美容など幅広い業界が「腸内環境」をキーワードにした研究開発に取り組んでいます。こうした状況の下、腸内環境の分析と、そのデータを活用した研究開発の先駆者である株式会社メタジェンの代表取締役社長CEO・CGDOの福田真嗣氏が、研究から得られた最新知見とともに、新たなビジネスの可能性にもつながる「層別化」というアイディアについてプレゼンテーションを行いました。後半では、層別化情報を活用したビジネスの可能性についてパネルディスカッションが行われ、複合的な視点から深い議論が展開されました。

●登壇者
・福田 真嗣 氏(株式会社メタジェン代表取締役社長CEO・CGDO)
・中西 裕子 氏(株式会社資生堂R&D戦略部マネージャー)
・古田 雄一郎 氏(森永乳業株式会社食品素材統括部マネージャー)
・藤田 康人 氏(一般社団法人ウェルネス総合研究所理事、株式会社インテグレート代表取締役CEO)

<基調講演>
腸内環境の最新研究と層別化ヘルスケアビジネスの可能性
福田真嗣氏(株式会社メタジェン代表取締役社長CEO・CGDO)

私たちは、腸内環境について多角的な研究を行っています。そこからわかったことの一つが、腸内環境は非常に多様で個人差が大きいということ。また、腸内環境は比較的安定性が高く、その人固有の腸内細菌叢のパターンは変動しにくいことも明らかになりました。つまり、腸内環境はその人の「体質」ととらえてもよいと私は考えています。

この結果から導き出されたのが、「腸内環境から考える層別化ビジネス」というアイディアです。例えば、腸によいといわれる食物繊維をとっても、望ましい効果を得られる人とそうでない人がいます。なぜなら、効果が出ない人の腸には、食物繊維を分解して、短鎖脂肪酸などの有用な物質を作り出せる腸内細菌が少ないからです。つまり、望ましい効果を確実に得るには、まず自身の腸内環境を知り、それに適した食品や栄養素を摂取することが重要なのです。

メタジェン社では、すでに層別化ビジネスに取り組んでいます。その事例が、今年(2022年)6月にローンチした「MGダイエットサポート」というサービスです。腸内細菌と肥満は関連することが、すでにわかっています。そこで私たちはBMI25以上の肥満か肥満気味の人800名の腸内環境データ、健診データ、アンケートデータを集めてAIを作りました。このAIは、やせるために有効な行動3種類、普段通りでいい行動(=その人にとってやせることに寄与しない行動)をランキング化して提案します。このように、腸内環境に基づく層別化情報を活用することで、ダイエット関連以外にも多くの商品やサービスの開発が可能と考えています。

層別化情報の活用には、2つの方向性があります。1つは「パーソナライズ」。腸内環境検査と弊社の腸内環境データベースに基づいて、ユーザーに合った素材を選出し、その素材を使ってパーソナライズ商品を作るという方向性です。もう1つは、どのような腸内環境タイプの人にもモレがなく、ダブりがない、腸内環境タイプカバー率が9割を超える素材混合物をつくるという方向性です。私たちはこの考え方を「オールバイオティクス®」と呼んでいます。素材を組み合わせる分コストは高くなりますが、広範囲に対して確実に効果をもたらします。「パーソナライズ」と「オールバイオティクス」をビジネスモデルに合わせて使い分けることで、新しく、有効性の高い商品やサービスの提案が可能となるのです。

<パネルディスカッション(一部抜粋)>
腸内環境分析による層別化情報のビジネスへの応用・展開とその可能性

【インテグレート・藤田氏※以降、藤田氏】それぞれのビジネスや立場から、腸内環境の「層別化」というアイディアをどうとらえていますか?

【森永乳業・古田氏※以降、古田氏】今後のことを考えると、腸内環境の層別化情報に基づいたビジネスを考えてゆくことは必須。当社は海外30ヵ国以上で素材提供ビジネスを展開しているため、層別化を有効活用することで、事業の行動範囲が無限大に広がると考えています。

【資生堂・中西氏※以降、中西氏】当社では「肌は心身の鏡」ととらえていますが、福田先生の基調講演を拝聴して「腸は環境や生活習慣の鏡」であると感じました。欧米でも「肌や全身の器官、メンタルなど多くのものがつながって美しさがつくられる」という東洋的な発想がいっそう浸透してきており、腸を含めたインナービューティーという考え方はニーズも認知度も年々高まっています。当社も、肌だけでなく全身を含めた「ビューティーウェルネス」に取り組みたいと考えており、腸内環境改善や層別化ビジネスは、非常に可能性のある領域ととらえています。

【藤田氏】特定保健用食品(トクホ)や機能性表示食品のように、機能性のある素材を使い、健康効果をうたう食品は数多く存在します。それに対して「効果効能があると認められた食品でも、効果の出る人と出ない人がいる」という福田先生のお話は非常に衝撃的でした。

【メタジェン・福田氏※以降、福田氏】たしかに衝撃的ですが、実際のところ「効果に個人差がある」ことについては、その商品の臨床試験を実施し、発売している企業の研究者の多くは把握していると思います。私たちメタジェンでも多くの素材について研究開発を手がけていますが、厳しく評価すると、一般的な商品で、その効果を実感できる人の割合は3割程度ではないかという感覚があります。つまり、9割の人に有効な商品を作るためには、効果が現れていない腸内環境タイプをカバーできる3種類の素材をミックスする必要がありそうです。

【藤田氏】コロナ禍により、消費者の健康行動にどのような変化がありましたか?

【中西氏】予防的な発想やアクションへの感度が高まっていると感じます。当社ではかつて「一生も 一瞬も 美しく」というコピーでコミュニケーションをしていました。コロナ禍以前は、「一生(中長期的な健康や美しさ)」と「一瞬(短期的なトレンド)」を重視する人の割合は半々という印象でしたが、コロナ禍を経験した現在は「一生」への投資が増えているようです。ただし、中国やアメリカではwithコロナの時代になって、「一瞬」を謳歌する傾向が見られるので、日本でも同様の揺り戻しがあるかもしれません。

【古田氏】一般消費者の健康リテラシーは明らかに向上し、健康に関する知識や情報が爆発的に増えました。また、コロナ禍の間も機能性表示食品の市場が拡大しましたが、そのなかでは「効果が実際に体感できること」への関心が高まっているように感じます。

【藤田氏】コロナ禍による消費者の健康行動の変化は、新しい市場を作るチャンスともとらえられます。そこで、先ほど福田先生からお話があった「層別化」は非常に有効なアプローチになりえると思います。例えば「パーソナライズ」は、腸内環境を個別に計測するためコストがかかりますが、美容やスポーツの愛好者のように、自分に惜しみなく投資をする人には受け入れられやすいのでは。また、通販に強い
メーカーは、顧客に検査をしてもらい、パーソナライズ商品を送るといったインタラクティブなやりとりをしやすい業態といえます。層別化というアプローチが加わることで、既存のビジネスが進展する可能性は大いにあるでしょう。

【藤田氏】層別化情報を活用することで、どのようなビジネス展開が可能になるでしょうか?

【古田氏】携帯電話の普及によって情報端末を身近になり、情報共有を含めたパーソナライズは容易になっています。同時に、当社には通信販売や宅配といったチャネルがあり、そちらでもお客様と密なコミュニケーションがとれるので、インターネット以外のチャネルでもパーソナライズ商品の展開は可能と考えます。層別化情報と機能性表示を組み合わせて、「この商品はこのタイプの方に有効です」といったパーソナライズ商品が生まれても面白いかもしれません。
その一方で、当社はマスマーケティングを主体とした事業を中核としているので、オールバイオティクスというコンセプトでのビジネス展開も可能です。オールバイオティクスの場合は、ある商品が90%の人に有効だとしたら、こちらは91%に有効と競争が生まれると考えられます。こうした切磋琢磨は市場にとって歓迎すべきことです。

【中西氏】化粧品業界ではもともと、複数の機能を併せ持つ「オールインワン」的な商品もありますし、個々の肌質や好みに合わせた「パーソナライズ商品」も存在します。この点は食品やヘルスケア業界と異なる点かもしれません。パーソナライズ商品に関しては、効果効能を左脳的に説明するだけでなく、付加価値も同様に重要と考えます。例えば、自分自身の層別化情報を知る楽しさ、自分のための商品が選ばれ、送られてくる楽しさといったラグジュアリー感がポイントとなるでしょう。
かつてはメーカーとお客様との間に情報の非対称性がありましたが、ネット社会になって両者の情報量の差がなくなりつつあります。そこに層別化という専門性の高い情報が加わると再びメーカー側の情報量が増え、お客様としても「私が知らない私を知っているからこそ、メーカーを信頼できる」という構図が復活するかもしれません。

【藤田氏】層別化をするために検査は必須です。検査のタイミングや頻度について教えてください。

【福田氏】パーソナライズに関しては、最初に必ず1回は検査をして、その人の腸内環境を把握する必要があります。オールバイオティクスに関しては、多くの人に効果的な商品設計をするため、かならずしも最初の検査は必須ではありません。しかし、両方に共通していることは、商品やサービスを利用した後に腸内環境の検査を行い、効果を客観的に知ることで、商品やサービスの価値や信頼性を高め、継続利用につなげるという仕掛けは考えられます。

【中西氏】検査は「自分の状態が改善された」という効果実感をもたらすために有効です。ただし、ユーザーにとってどうしたら検査の負荷が減るのかを考えるのも重要です。例えば化粧品の場合は季節の変わり目に肌に変化が起きやすいため、その時期にデパートなどでカウンセリングを受けることを推奨しています。腸内環境も同様に、変化が起きやすい条件が決まっていれば、検査をお勧めしやすくなるでしょう。

【古田氏】アスリートならシーズンオフとオンの間に検査を実施することができます。一般消費者の場合は、例えばサブスクモデルを導入し、定期的な検査と商品購入をセットにすることも考えられます。いずれにしても、腸内環境についての認知を高め、多くの人がやってみたいと感じるようなワクワク感を創出するのが大切です。

その後の質疑応答では、オンラインセミナー聴講者から多くの質問が提示され、パネリストは1つ1つに丁寧に回答していました。最後に各パネリストが、本シンポジウムに参加しての所感を述べました。

【古田氏】健康を保つ上で、恒常性の維持は非常に大切です。とくに、外部環境に接している腸の恒常性を保ち、大崩れさせないことには大きな意味があると考えます。ですから、層別化情報を用いる際に「◯◯に効く」という方向性がある一方で、「大崩れさせない」といったアプローチも可能性としてありえるのでは、と考えました。

【中西氏】本日は、ウェルネス・ヘルスケア業界の考え方、最新状況を学ぶことができました。美容業界とは異なる部分も数多く見出せて、興味深かったです。このような業界とコラボや共同研究をすることで、インナービューティーに関する新たな知見が見出せる可能性を大いに感じました。

【福田氏】ここ5、6年、腸内環境に基づく層別化という発想から、さまざまなアプローチを模索してきましたが、今日はその可能性について多くの人に伝えることができました。近い将来、多くの人が「腸内環境は人によって違う」と知る社会になります。その時に向けて、層別化情報をどう活用してビジネス展開していくか、みなさんと一緒に考えながら「腸内デザイン市場」を創出したいと思っています。

【藤田氏】最近の研究から、人の老化スピードには0.4歳から2.44歳の個人差があり、その違いを生じさせる条件の一つが腸内細菌やその代謝物質であることがわかってきたそうです。そうした情報を踏まえても、腸内細菌の層別化情報には大きなポテンシャルがあることがわかります。ビジネスの世界でもぜひこの情報を活用し、新しいビジネスモデルにチャレンジしていただきたいと考えています。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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