【前編】日本初の腸内細菌データが、腸と寿命の関係をひもとく

長寿や健康に大きな影響を及ぼす菌として注目を集める「腸内細菌」。40兆個も存在するといわれる腸内細菌の種類や構造は複雑で、未解明な部分も多いとされていますが、近年、驚きの研究結果が次々に報告されています。今回は、長年、日本人の腸内細菌の研究に取り組む京都府立医科大学の内藤裕二先生に、腸内細菌の最新情報を教えていただきました。

長寿のカギをにぎる腸内細菌はファーミキューテス門

内藤先生は、腸内細菌が寿命や健康にどう影響しているかを研究する「京丹後長寿コホート研究」を2015年から行っていらっしゃいます。まずは、この研究について教えてください。

そもそも、我々が研究を始めるまで、日本には腸内細菌のデータがなく、腸内細菌と、寿命や健康の関係を調べることができませんでした。そこで始めたのが、日本の長寿地域といわれている京都府京丹後市の65歳以上、約840人を対象にした疫学調査です。京丹後市は、住民の人口に占める100歳以上の方の割合が全国平均の約2.8倍、そして、大腸がん罹患率は半分以下。この調査データを20、30年追いかけることで、どんな腸内細菌を持つ人が長生きしているのか、健康にどう影響を与えているか分かると考えています。

現在、明らかになっているデータはありますか?

京丹後の人の腸内細菌と、京都市内に住む人の腸内細菌を比較した結果、長寿の人の腸内細菌にはファーミキューテス門の菌が多いことが分かりました。この論文を発表したときは、ファーミキューテス門の菌は「肥満菌」ともいわれていたので、ファーミキューテス門が健康にいい影響を及ぼすという研究報告は注目されましたね。

京丹後市に住む65歳以上の男女51人と、京都市に住む65歳以上の男女51人とで、腸内細菌叢の比較を行った。京丹後地域ではファーミキューテスという種類の菌が多く、そのなかでも酪酸を作る菌が上位4位までを占めていた。京丹後の高齢者の腸には、アクチノバクテリアという菌の一種であるビフィズス菌も多かった(J Clin Biochem Nutr. 2019 Sep; 65(2): 125-131.)

興味深いのは、ファーミキューテス門の上位4位までが、酪酸産生菌だったこと。酪酸産生菌には、腸管の免役機構を調整し炎症の抑制や腸粘膜機能を正常化する働きがあります。そして、酪酸産生菌は、食物繊維をエサとして活性化し、酪酸を多く産出することも分かりました。私はいまこの酪酸に注目しています。酪酸については【後編】にて詳しくお話しします。

なぜ、京丹後の人の腸内細菌にはファーミキューテス門が多いのでしょうか。

食生活が大きく関係していると考えています。京丹後地域の食事調査を徹底的に行ったところ、京丹後市は、山や海に囲まれ、たんぱく質は肉ではなく、魚や豆から多く摂っている。京都市在住の人に比べて、若い頃から植物ベースの食べ物や、食物繊維の摂取量も多いことが分かりました。

食生活を改善すればファーミキューテス門の菌を増やすことができる…と。

「食物繊維を豊富に摂る」「動物性加工肉を控える」など、食生活の改善が重要なのは確かなのですが…実際には、腸内細菌の状態は個人差が大きく、「あなたはこれを食べれば改善します」とはなかなかいえないのが課題になっています。

最新の研究で解明された5つの腸内細菌グループ

さきほど、「腸内細菌は個人差が大きいことが課題」とおっしゃっていましたが、最近、新たな展開があったとお聞きしました。ぜひ教えてください。

今春、発表したばかりの研究報告ですが、我々が集めてきた1800人の腸内細菌データを人工知能で解析したところ、エンテロタイプを5つのタイプに分類することができました。もともと、エンテロタイプは欧米の研究結果によって大きく4つに分類されていましたが、欧米の食生活とは異なる日本人に対して、それらをあてはめることがなかなかできなかった。そこで、日本で初めて、日本人の腸内細菌叢を特徴づけるエンテロタイプ数の解析に着手し、明らかになったのが5つの腸内細菌叢組成の特徴です。

Takagi T, et al. Microorganisms 2022,10: 664.

《タイプ別の特徴》

タイプA:動物性たんぱく質と脂肪が多い食事と関連があるルミノコッカス科が多く、各疾患リスクレベルが高い。

タイプB:低炭水化物、高たんぱく質の食事と関連があるバクテロイデーテス門と、フィーカリバクテリウム属が多い。

タイプC:低炭水化物、高たんぱく質の食事と関連があるバクテロイデーテス門が多く、フィーカリバクテリウム属が少ない。

タイプD:乳酸菌や発酵食品にみられるビフィドバクテリウム属が平均よりも大幅に多く、多すぎることで機能性胃腸症などのリスクが高いと考えられる。

タイプE:食物繊維が多い食事と関連があるプレボテラ属が多く、5タイプ中では最も健康的なタイプ。

この結果のどんなところに注目されていますか?

大きく2つあります。
ひとつは、タイプによってどんな病気のリスクがあるか分かるようになること。潰瘍性大腸炎などの炎症疾患のリスク、認知症発症のリスクなど、どのタイプにどんな病気のリスクが高いか見えてくるはずです。
ただ、例えばタイプDはビフィズス菌が多く、病気のリスクも高いとされているのですが、これまでの研究において、ビフィズス菌を投与して健康に悪影響を及ぼしたことは一度もないんですね。ひょっとして、病気から身を守るためにビフィズス菌が宿主を守るために増えているのでは…とも考えられるわけです。単純に、どの菌が多いからいい、悪いということではない。京丹後の研究を続けて20年経った頃には、もっとディープな解析によって細かい構造が見えてくると思います。
もうひとつは、食べものの臨床試験を行う際に、タイプによって食べ物の有効性が分かること。食品の臨床試験に応用できるので、今後は、それぞれのエンテロタイプにあった食品開発が可能になってくると考えています。

自分の腸がどのタイプにあてはまるか気になります。

すでに、我々と、摂南大学、株式会社プリメディカとの共同研究によって得られた国内有数規模の日本人腸内細菌叢データベースを用いて、腸内細菌叢のエンテロタイプや疾患の関連性を検査できるサービス「腸内フローラ検査サービス『Flora Scan』」も始まっています。

腸内環境、腸内細菌叢と疾患の関連性が分かってくることで、腸内細菌研究はこれから新しい展開が生まれてくると思います。

腸に住む菌は、腸内環境によって変化する

2021年に、フィンランドのトゥルク大学が「プロテオバクテリア門の菌が多いと寿命が短くなる」という研究発表を発表しました。腸内でどんなことが起きているのでしょうか。

トゥルク大学が成人7211人の腸内細菌を15年間追跡した結果、プロテオバクテリア門の菌が多いと、消化器疾患やがんの罹患率が高いということが分かりました。
プロテオバクテリア門の菌は、腸の中に酸素があっても生きていける通性嫌気性菌と呼ばれる菌。じつは、京丹後の人の腸内には、この通性嫌気性菌は少なく、酸素がある環境では生きられない偏性嫌気性菌が多いことが分かっています。

どんなことが起きているかというと、京丹後の人のようにファーミキューテス門が多いと、酪酸が大腸の中の酸素を消費して、「酸素がなくても生きていける」偏性嫌気性菌が育つ。ところが、高脂肪の食事や抗生物質を摂ると、大腸の上皮細胞が弱って酸素を消費することができなくなり、腸の中に酸素が流れ込んでしまう…。すると、本来は偏性嫌気性菌が多かったのに、「少しくらいの酸素があっても大丈夫な通性嫌気性菌」も生きるようになる。それこそが、プロテオバクテリア門の菌や、最近見つかるようになった口腔内細菌です。
プロテオバクテリア門の菌が多いということは、腸官バリアが破壊されているということ。このことが、さまざまな病気の原因になると考えられています。

参考図版 http://www.cyclochem.com/cyclochembio/watch/watch_107.htmlより

「菌によって腸内環境が変わる」というより、「腸内環境によって菌が変わる」…ともいえますね。

そのとおりです。もちろん、胃がんを引き起こすピロリ菌のような菌もいるので、そこを追究することも大事ですが、健康や、感染、がんに対する免疫機能を考えると、一つの菌を特定するということより、腸内環境全体をみていくことが大事です。
我々はつい、「この菌が多いと、この病気にかかりやすい」というような文法をみて議論しがちですが、結局は、腸がいかに元気かということをみているだけかもしれませんね。

ほかに、注目されている腸の研究テーマはありますか?

腸内細菌と老化の関係性です。いま、抗加齢学会では、暦年齢ではなく、生物学的な年齢をモニターする必要があるという流れになっています。老化は、単なる経年の影響だけでなく、炎症によって組織や細胞が傷つくことで進んでいくことが証明されました。最近では老化細胞が炎症を引き起こすという論文が話題になったり、老化細胞を除去する薬(セノリティクス)も開発されて非常に驚いているわけですが…私は、炎症は腸内細菌と深く関係していて、腸内環境を整えることで、炎症を改善し、結果的に抗老化にも効果があると信じています。

<インタビュー後編はこちら>

内藤 裕二 教授 プロフィール

京都府立医科大学大学院医学研究科教授。消化器専門医として最新医学に精通し、消化器病学や消化器内視鏡学、生活習慣病、健康長寿や抗加齢医学も専門としている。酪酸菌と健康長寿の関係などの研究をはじめ、長年腸内細菌を研究し続けている。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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