脳機能低下の改善・予防に役立つたんぱく質「BDNF」とは

脳における主要な神経栄養因子の一つ「BDNF」。近年、このBDNFが、認知症やアルツハイマー病、肥満や糖尿病など様々な疾患と関連していることが報告され、注目が集まっています。BDNFの基礎知識と、その可能性について解説します。

脳の働きに欠かせない分泌たんぱく質

BDNF(Brain-Derived Neurotrophic Factor)とは、脳由来神経栄養因子で、神経細胞の発生や成長、維持、修復に働くほか、学習や記憶、情動、摂食、糖代謝などにおいて、重要な働きをする分泌たんぱく質です。1982年にブタの脳から単離・同定され、119個のアミノ酸からなるポリペプチド(分子量13.5kD)で、二量体の形で存在しています。

脳の中で記憶をつかさどる「海馬」に多く存在していますが、血液中にも存在しており、血小板内に貯蔵されているものと、血漿中に自由なかたちで存在するものがあることが分かっています。また、骨格筋や末梢神経、膵臓、血管内皮細胞、大動脈、腎臓、心臓、肺、網膜、卵巣、および免疫細胞などの抹消組織や多くの細胞でも合成されており、血小板内のBDNFは多くの細胞・組織に由来すると考えられています。

認知機能、精神神経疾患との深い関係

神経細胞の発生、成長、維持、再生などの促進機能が認知されてきたBDNFですが、1990年代に入り、認知機能や精神神経疾患とも深く関係していることが分かってきました。

ある実験で、アルツハイマー病・総合失調症の患者のBDNF濃度を調べたところ、BDNF濃度が低下していることが分かったほか、57〜79歳の男女1398名を対象として実施された大規模疫学調査において、BDNF水準の低値は認知機能の低下と関連していることが報告されています。

また、血中BDNF濃度が高いと記憶や学習能力などの認知機能評価スコア(MMSE)が高いことも分かるなど、認知機能低下や精神神経疾患の予防や治療において、BDNFが重要な鍵を握っていると考えられます。

肥満症・糖尿病の発症予防にも期待

BDNFは肥満症や糖尿病の発症予防や改善に貢献する可能性も示唆されています。

BDNFヘテロノックアウトマウスを使った実験では、早い時期から過食とともに顕著な体重増加が認められ、BDNFを側脳室に投与すると摂食行動異常が改善したほか、食餌の摂食量が減少しました。また、肥満糖尿病マウスの脳室内、あるいは皮下にBDNFを投与したところ、血糖値が低下したという報告もあります。

ほかにも、膵臓のインスリン濃度の増加や、グルカゴン濃度(体内で作られる血糖値を上げる強力なホルモン)の低下を引き起こすことも明らかになるなど、BDNFは、摂食抑制、体重コントロールにも重要な働きをしていると考えられています。

加齢とともに低下。BDNF量を増やすには?

血中のBDNF濃度は65歳以上になると、加齢とともに低下することが分かっています。どうすればBDNF量の低下を防ぎ、量を増やすことができるのでしょうか。

BDNFを増やすために効果的な方法の一つに運動があります。中でも、有酸素運動を中長期にわたって行うことによって、血中のBDNF濃度が上昇することがわかっています。

ただし、同じ運動でも、年齢や運動歴、病歴など個人の特性に応じてその効果は変動しやすく、今後、研究知見が集まり分析が進んでいくでしょう。

食品によるBDNF濃度の増加も

ほかにも、食品によってBDNFが増えることも報告されています。

例えば、葉酸やDHA、ポリフェノールの一種であるフラボノイド、ペプチドなどの栄養素がBDNFの増加を助けるといわれており、DHAを豊富に含むアジやサバ、サンマなどの魚、フラボノイドを含む大豆、ゴマ、赤ワインなど、栄養素を意識した食事が効果的と考えられます。

ほかにも、乳製品のカマンベールを摂取することで、血中BDNF濃度が増加したことを示すヒトを対象とした初の研究結果や、高カカオチョコレートに含まれる高濃度のカカオポリフェノールが脳の血流量を増やし、BDNFを含む血流の増加によって認知機能を高める可能性も見つかっています。

より実践的なアプローチが今後の課題

BDNFは、体内に直接投与しても脳神経細胞まで届くことは極めて困難です。よって、神経細胞にBDNFを作らせる物質を見つけ、その物質を脳の神経細胞に届けることが課題の一つとしてあげられています。また、BDNFに関する研究報告は、動物実験に基づくものがほとんどであり、ヒトにおける臨床的研究は極めて少ないのが現状です。今後、ヒトにおける実証データが増え、認知症や精神疾患病などの疾患に、より実践的なアプローチができるようになることが期待されています。


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