【注目書籍】あなたの人生を変えるエピジェネティクスの真実 遺伝子は、変えられる。
遺伝子。それは、父と母から子どもたちに引き継がれていくものであり、自分の容姿もこれから起こるかもしれない疾患も、自分では選択の余地がないもの…そう思っている方が多いのではないでしょうか? ところが、「それは完全に誤っている」と、本書の著者・シャロン・モアレム氏は言います。
現役の臨床医師でありながら、学術的研究者でもあり、医学・遺伝学・歴史・生物学をブレンドしながらのノンフィクション作品をも手がけるモレアム氏。彼が書いた『あなたの人生を変えるエピジェネティクスの真実 遺伝子は、変えられる。』(ダイヤモンド社)には、その経験による実例がいくつも登場し、読み進むにつれこれまでの病気の予防法、治療法、道徳観などを一変してしまうことでしょう。
DNA検査からわかる一人ひとりのプロフィール
オーストリアとイタリアの国境に近いエッタール・アルプスで見つかった遺体。そのミイラ化した遺体を山から下ろして調べたところ、約5300年前に殺害された男性で、胃の内容物の分析から穀物、果実、根菜、数種類の赤い肉を食べたことがわかったそうです。
さらに、左臀部の骨片のDNAの遺伝子分析から、彼の親族は、発見場所から450㎞も離れた島に現存することがわかりました。また、肌の色は白く、瞳は茶色、血液型はO型で、乳糖不耐症があり、心血管疾患で命を落とす可能性が高い遺伝子だったそうです。
5000年以上前の遺体から、それだけの情報が得られるということは、今日生きている人の情報が、その遺伝子検査でどれほどたくさんわかるか、推して知るべしだと、この本の著者・シャロン・モアレム氏は言います。
このミイラの5000年後の親族が分かったのは、先祖の経験から子孫へと受け継がれているDNAがあるおかげです。ミイラ化した男性が乳糖不耐症だったということは、彼の先祖にミルクをしぼるために動物を飼っていた人がいなかったと推測されます。
また、今生きている人間の例として、ジェフというシェフが紹介されます。ジェフは、山盛りの肉やポテト、チーズなどによる食事を作り、自分でも食べ続けていました。その結果、心臓疾患のリスクが高まり、医師に勧められた健康的な食生活に転換せざるを得なくなりました。そして、健康的な食生活を3年間続けたため、ジェフのコレステロール値は順調に下がり、健康面では心配がなくなる……はずでした。
ところが、彼を襲ったのは膨満感や吐き気、疲労感。検査によって軽度の肝臓機能異常とがんが見つかりました。それは、ジェフが「遺伝性果糖不耐症」という遺伝疾患を抱えていたためでした。「遺伝性果糖不耐症」の人は、果糖が体内で完全に分解されず、毒性代謝物が肝臓に蓄積してしまいます。
ジェフが大量の果物と野菜を食べた時に感じたような吐き気や膨満感。もしも、それと同じ症状に悩まされながら、その理由はわからない……という人がいるなら、この遺伝疾患を疑ってみてもいいかもしれません。
生きていくために書き換えられる遺伝子
ジェフの例のように、どんなものを好んで食べ、どんな人間になっていくかなどは、祖先から引き継がれてきた遺伝子に依存しています。しかし、その遺伝子は不動のものではなく、私たちの行動によって書き変えていくこともあります。
その例として、宇宙飛行士が紹介されます。宇宙飛行士の心臓は、国際宇宙ステーションに到着するやいなや、元の大きさの3/4に縮むのだそうです。それは、地上にいる時と同じ規模のエンジン(心臓)は必要がないためで、帰還したては縮んだままの心臓から十分な血液が脳に送られず、酸欠でクラクラしてしまうのだとか。
このように、遺伝子発現は、生きるうえでのサバイバル戦略。環境に順応しながら効率よく生き続ける方法を模索しているのです。もしも将来、宇宙で暮らすことが当たり前になったとしたら、私たちの誰でも小さくなってしまうのでしょう。
このように、遺伝子は、今まで信じられてきたように固定化されたものでも厳密なものでもなく、変化し続けているのです。そして、変化するだけでなく、ずっと記憶していくということもわかってきました。
たとえば、いじめを受けた人を何年間にもわたって研究したという報告があります。それによると、「いじめには、青少年に自傷傾向を引き起こす危険があるだけでなく、遺伝子の働き方と遺伝子が人生を形づくりやり方を変えてしまうことに加え、将来の子孫に引き継ぐものまで変えてしまう危険性があることが、遺伝子的にはっきりと証明された」そうです。
つまり、気持ちを入れ替えて時が経ち、記憶は薄れてしまっても、遺伝子はちゃんと覚えていて、その遺伝子は傷ついたまま子孫に受け継がれていくのです。
生活習慣で変わる遺伝子
そのように私たち一人ひとりの遺伝子は、先祖から引き継いだものに加え、環境によっても変わることがわかりました。別にいじめや怖い経験といった特殊な環境や事態に遭遇しなくても、日常でも変化していきます。
口にする食物や飲み物、飲んだ薬やサプリメント、吸うタバコ、仕事や趣味の内容、通っているエクササイズ教室、戸外にいる時間、病院づけるX線検査の数、ストレスなどなど、その経験によって、遺伝子が変化していくと、モレアム氏が指摘します。
それは、たとえ同じ親から生まれた兄弟姉妹、双子であって違っていくことを説明するために、ミツバチの生態が紹介されます。
すでにご存知の方も多いでしょうが、女王蜂とそのメスの働きバチの両親は同じで、DNAもまったく変わりません。その違いは、食べ物。大部分の働き蜂はすぐに離乳させられるけれども、選ばれた何匹かの幼虫は、ローヤルゼリー漬けにされて、優雅で体も大きな女王蜂になっていきます。女王蜂が食べさせられるローヤルゼリーは、女王蜂にたっぷりと栄養を与えるだけでなく、ミツバチを働き蜂にする遺伝子を抑える働きをすると考えられています。
遺伝子検査で防げる疾患と、起こる問題
モレアム氏は、「(アメリカでは)毎年、何千という人が、医師に処方された通りの薬の量をきちんと守って飲んだせいで命を落としている」と言います。
その原因の多くは個人の遺伝子のせいで、推奨薬物投与量は、大部分の人に効果はあっても、すべての人に効果があるわけではないからです。効果がないだけでなく、一定の人にはからだに害をなす場合もある……そんな不幸を回避するために、自分がどんな遺伝子を受け継いでいるか検査でき、特定の薬剤を与えられる前に医師に相談することがすすめられます。
それを実践しているのが、アメリカの富裕層。公的医療保険制度は、高齢者および障害者、低所得者に限られているアメリカでは、高額な遺伝子検査を受けて、病気になる前に、リスクを回避しようと行動する人は一部です。そんな人たちの一人がアンジェリーナ・ジョリー。
彼女は、自分の母親が何年もがんで苦しんできた姿を見て、遺伝子検査を決意。その検査の結果、乳がんにかかる確率は87%、卵巣がんの確率は50%と告げられました。そこで、両乳房の切除を決行。
遺伝子検査を受けて、アンジーと同様に「プリバイバー(pre=あらかじめ)+(survivor=生存者)」となる女性は、ますます増えていくだろうということです。
また、このような遺伝子検査と遺伝子情報の解読が、子どもから老人まで誰でも受けられるようになり、医療として広範に行われるようになれば、健康リスクを自分独自の遺伝形質とリンクできるようになるでしょう。
例えば、Aさん個人のための食生活や運動、サプリメントが推奨され、Aさんのためだけの薬の種類とその量が処方される世界が来るかもしれないのです。
しかしそれは、一人ひとり違うトップシークレットであるはずの個人情報が、公になる可能性を秘めています。そこでアメリカ連邦法では、「遺伝情報差別禁止法」(GINA)が発効されています。これは当初、遺伝検査の結果、人々が直面しうる差別を予測して、それを予防するうえで大きな一歩だと歓迎されました。
でも残念ながら、GINAは生命保険と身体傷害保険に対する差別からの保護策にはならなかったのです。例えば、寿命が縮まったり障害をより持ちやすくなるような、遺伝子の突然変異を受け継いだ人に対して、保険会社は高額の保険料を請求したり、保険販売を拒否することができるそうです。
また、本人だけでなく親族に遺伝子の突然変異があることがわかると、就職を拒否したり、結婚に二の足を踏む場合もあります(実際に、そんなことが起こっているのだそうです)。
このように、新たに遺伝子についての研究が数々行われ、多くの理解が進んでいますが、将来についての問題も浮き彫りになってきています。この本の第1刷が発行されたのは2017年4月19日。その後、もっともっと遺伝子研究が進んでいると考えられます。
まずは、この本で遺伝子とはどんなものかを理解してから、新たな研究や社会の動きについていきたいものです。
【書籍情報】
『あなたの人生を変えるエピジェネティクスの真実 遺伝子は、変えられる。』(シャロン・モアレム著 中里京子訳/ダイヤモンド社)