暦年齢より生物学的年齢が重視される時代に。老化時計とPoAはヘルスケア産業を変えるか

年齢が同じでも老化の進み具合に個人差があるのはなぜ?その謎を解くカギが、今まさに世界中で研究が加速化するPoA(ペースオブエイジング、老化速度)です。2023年11月には老化時計(Aging Clock)を用いた治療においてブレイクスルーとも言える大規模なコンテストも発表されました。PoAの捉え方からエピジェネティック年齢などの生物学的年齢、ヘルスケア産業での活用について、日本抗加齢医学会理事長で近畿大学にアンチエイジングセンターを2007年に創設され、現在は近畿大学客員教授の山田秀和医師に伺いました。

「PoA(ペースオブエイジング)」とは?研究の進むアンチエイジングや老化時計の捉え方

はじめに、PoA(ペースオブエイジング)について解説いただけますか?

PoAは、生物学的年齢(biological age)が進む速度のことです。生物学的年齢は、誕生してから経過した時間で決まる暦年齢(chronological age)とは異なり、生体を構成する細胞や組織の機能によって決まり、PoAはいわゆる老化時計(Aging Clock)で測定することができます。ニュージーランドで1,000人以上のヒトを対象に、18種類のバイオマーカーについて個々の経時的変化をモデル化した40年間にわたる縦断調査「ダニーデン研究」で参加者の生体データ(顔写真も含)、DNAのメチル化率など様々なデータを基にした老化時計、 (老化ペースを予測できる)DunedinPoAmが開発されています。ダニーデン研究では、暦年齢が同じでも、生物学的年齢には個人差があることが証明されました。

PoAにはアンチエイジングや寿命、若返りといった概念も密接に関わると考えられますが、これらをどのように整理して考えたらよいでしょうか?

まず、アンチエイジングは老化のコントロール、そして寿命は長寿も含めた英訳としてlongevityがあり、予防医学として捉えるのもよいでしょう。もう1つの若返り(rejuvenation)は、現代医学において実現することが証明されています。マウスでは、老化したネズミへのリプログラミングで、若返りが可能です。あるいは、特定の組織では、ヒトから摘出した皮膚をディッシュ※の中で幹細胞を増やし、皮膚に戻すことで皮膚が若返るというものです。これらのうちアンチエイジングは国によって捉え方や印象が異なるため、抗加齢医学会では「アンチエイジングメディシン」と呼んで美容だけではないことを印象付けています。アンチエイジングとは健康寿命の延伸と真の若返りを目指しており、予防医学+治療ということになります。

※ディッシュ:摘出した臓器や腫瘍などを入れたりする医療器具。

山田先生が、老化時計や生物学的年齢の研究を始められたきっかけについて教えてください。

研究し始めたきっかけは大きく分けて2つあります。1つ目は、一卵性双生児が幼少期には区別がつきにくいのに、中高年になると明らかに相違が出てくること。2つ目は、国や地方など別の環境で過ごすと、顔つきや服装からものの言い方まで全く別人のようになる人が多いことです。例えば、外国の人が日本で暮らしていると言語だけでなく、身体の動きや仕草まで日本人らしくなることについて非常に興味深く感じていました。
そこに関わっているのが、エピジェネティクス(Epigenetics)の概念だったのです。生物学的年齢は、遺伝子配列を保ってその上にDNAメチル化などの化学的な修飾をおこなうエピジェネティクスと高い相関があることも分かっています。

老化を遅らせると、最高寿命(その人の死の年齢)も遅れてゆきますが、それぞれの種が持つおおよその最高寿命(Life span)は健康寿命(Health span)とは異なります。老化と種の寿命は、完全には分離できませんが、別に支配されている可能性が高いと考えられます。

ひょっとしたら、ヒトの体内にも本質的にDNAを制御するような時計が存在するかもしれません。ヒトなら約120年、カメなら約60年、ニシオンデンザメなら約500年といった寿命を決定づける要素が、生体の各種でそれぞれ備わっている可能性もあります。これにも生物学的年齢が関与しているのではないかと考え、研究が進められているところです。

最近さらに分かってきたことや、いま注目されていることについて教えてください。

遺伝子に関するエビデンスも着々と増え、とくにエピジェネティクスの領域はここ数年(3年ほど)でかなり進歩しました。新しい「老化の情報仮説」という概念も登場し、加齢による各臓器の揺らぎはDNAの転写における間違いよりも、化学的な修飾における違いの方が影響は大きいことも分かっています。その背景にあるのが、山中伸弥教授(京都大学iPS細胞研究所)によって発見された「山中4因子」によるリプログラミングの考え方です。

2011年には、DNAのメチル化レベルから求めた生物学的年齢である、「エピジェネティック年齢(epigenetic clock)」が初めて提唱されました。そして2013年、Steve Horvath(米国)が機械化学習を用いてDNAメチル化データから予測した年齢をAging Clockとして、その決定に関わる353個のCpG領域※を発表。さらに現在までに100以上のepigenetic clockが発表されており、これにより老化の機序にDNAのメチル化が重要な役割を担っていることが分かりました。少なくとも老化に関係しているDNAの修復異常とは別に、epigeneticな変化を戻してrejuvenation (若返り)は可能だということが証明されたのです。

※CpG領域:CpGとはDNAの5´側からシトシン(C)とグアニン(G)の順で並んだ2つの塩基配列のことで、DNAメチル化はこの領域のうちシトシンの5位炭素原子にメチル基(-CH3)が付加される反応。

エピジェネティック年齢と「見た目」との関連性

山田先生は「見た目」のアンチエイジングについても研究されていらっしゃいます。
エピジェネティック年齢と「見た目」との関連性や実用化について伺えますか?

「見た目」はエピジェネティック年齢における表現形のひとつで非常に分かりやすく、老化のバイオマーカーとして重要です。例えば、3歳の子どもと80歳の高齢者を見間違う人はいないでしょう。また、動物園でゴリラの一族を目の前にした子どもは事前の教養なしに、どのゴリラが親か子かを言い当てることが出来ます。ヒトの脳とは素晴らしいもので、「見た目」だけでおおよその老化を推測することが出来るのです。

ここで、脊椎動物における生物学的年齢の実用化はおおよそ完了し、いくつかの動物園では彼らの健康チェックの一環として計測が行われています。昔、アフリカから連れてきた暦年齢が不詳の象なども、採血などの検査でその生物学的年齢を知ることが可能になったのです。これにより、神が授けたと考えられている寿命に対し、ヒトが目指すいわゆるPPK(ピンピンコロリ)を動物においても目指せるような時代になりました。

具体的に、「見た目」とエピジェネティック年齢にはどのような相関関係が存在するのでしょうか?

少なくとも、「見た目」が若ければ身体全体も若いと考えてほぼ間違いありません。なぜなら、「見た目」はすべての遺伝子発現や代謝などのなれ果てとも言える、エンドポイントに位置する総合データを表現しているからです。これは、人工知能が膨大な量のデータを処理した上で、総合データとしてそれを画面上で提供するのとよく似ています。つまり、「見た目」の下層にはこれまでの画像データや論文などが大量に堆積しているのです。

ある国内調査では、道を歩くヒトの顔を撮影した2000件以上の画像について人工知能で解析した結果、実際の暦年齢と「見た目」が影響する推定年齢との間に0.84を超える強い相関が示されました(2019年~2020年)。現在、こうした人工知能による画像認識の正解率は95%以上とも言われ、様々な分野で実用化されています。

未だ、美容のために「見た目」を若く保つことがアンチエイジングと誤解されがちではあるものの、「見た目」を全身的な生物学的年齢と関連付けて取り組むことも必要ではないでしょうか。

「見た目」を生物学的年齢と関連付けて取り組むには、どのような視点が必要ですか?

生物学的年齢は全身の皮膚や肝臓、血液などあらゆる組織や細胞に存在すると考えられています。それぞれの年齢をレーダーチャートに落とし込んだとき、出来るだけ円形に近く、角は大きいのが理想的です。私たちの持つコンセプトは、すべての臓器を同じような速度で老化させていくこと。これらのバランスを維持するには、やはり普段の食事や生活習慣が重要です。

ICD-11「老化は病とできなかった」に続く、2023年のブレイクスルー「XPRIZE Healthspan」

老化は病であるという記述も目にするようになりました。老化は病気なのでしょうか?

昔は老化を病とは見ていませんでしたが、アンチエイジング医学が進んで、老化は病と考えられるようになりつつあります。2018年6月以前にWHO(世界保健機構)から「ICD(International Classification of Diseases)※」において約30年ぶりの改訂に向けた案が発表され、そこでは老化関連を示すサブコードが確かに記されていました。しかし、2022年1月1日に発行されたICD-11では、老化が病であるとは位置づけられませんでした。

これはつまり、残念ながら、今の時点では、老化は医療の範疇ではなくヘルスケアの範疇において扱うものであることを示しています。日本で言うなら、厚生労働省ではなく経済産業省の管轄です。次回のICD-12は2050年頃に予定されているため、少なくともこの先30年位はヘルスケアの範疇においてこの加速化する老化時計の領域をターゲットとして扱えるということになるでしょう。もちろん、WHOもこの問題を無視しているわけではありません。

※ICD(International Classification of Diseases、疾病及び関連保健問題の国際統計分類):WHO(世界保健機構)が作成する国際的に統一された基準で定めた死因および疾病の分類。

ICDの他に、注視しておくべき内容があれば教えてください。

ICD-11で老化という病の項目は存在せず、agingという単語で見ると唯一あるのはフォトエイジング(photoaging、光老化)です。現状ではこのフォトエイジングのカテゴリーで検討していくのも1つの手段でしょう。ただし、これから30年の間に必ず、老化関連疾患(aging related disease)という概念は何かしらの形で組み込まれてきます。これを測るために老化時計は必須となるため、早期に取り組んでおくに越したことはありません。

一方、WHOはICD-11を発表したとき同時に、内在的能力(Intrinsic Capacity、イントリンシックキャパシティ)の指標も提案しました。これは、ものの考え方とも捉えられる主観年齢。50項目のアンケートで構成され、5つの能力(活力、認知能力、運動能力、感覚器能力、心理的能力)によって評価します。いま、世界中の研究者によって作り込まれてはいるものの、まだその答えは出ていません。

いずれICD-12で老化が病であると位置づけられたら、老化に対する介入試験の治験が本格化し、そう遠くない未来にその答えは出てくるでしょう。健康食品などを含むヘルスケア産業の関係者にとって、この絶好のチャンスを見逃す手はありません。そのような中で2023年11月に発表された、いわゆる“若返りコンペ”「XPRIZE Healthspan」は非常に興味深い企画です。

「XPRIZE Healthspan」について詳しく教えてください。日本のチームが優勝する可能性はありますか?

「XPRIZE Healthspan」とはサウジアラビアに本部を置く世界的な非営利団体Hevolution Foundationが、月面探査コンテストなどで知られるXプライズ財団(X Prize Foundation)を通して企画したコンテストで、その賞金総額は1億ドルを超えます。優勝の条件は、2030年までに65歳から80歳の人の3つの領域(筋肉、認知、免疫機能)を少なくとも10年分以上、回復させるような介入方法の開発に成功すること。

私はこれを、米国のサンフランシスコで開催された老化時計に関する研究会の会場で直に聴いていました。その発表の中では、「エピジェネティック年齢を戻す介入によって老化速度が落ちれば、結果的に10年経っても生物学的年齢はあまり変わっていないはず」ということを指し示すようなグラフの提示もありました。

この試みは、老化介入を老化時計と速度を使って計測しようとしています。60歳で介入をかけ、老化の早さを、1年に1.0のところ、傾きを0.5にすることができれば、何も介入していない場合と比べると、3年後には「1.5歳若い」と表現できます。

ただ、研究には多額の資金や複数の研究施設が必要で、資金もさることながら日本ではその研究施設における条件も満たせておらず、日本単独で、予選に勝ち残るもの優勝するのも非常に困難と言えるでしょう。ほかにも日本がこうした研究に取り組む上での大きな難点は、エピジェネティック年齢の解析にとって大きな意味を持つ全ゲノムシーケンスを使った研究が倫理上難しいという部分です。

まもなく、2025年には世界中から40のチームが決定する予定で、現時点では200を超えるチームがエントリーしています。いま私は、これらのチームのサポーターのような形で参加できるコンソーシアムを立ち上げようと活動しているところです。

30歳がひとつの節目、PoAやエピジェネティック年齢をヘルスケア産業で活かすには?

アンチエイジングはいつから始めたらよいでしょうか?

私はいつも、「やりたいと思ったときに始めてください」というふうにお答えしています。ただ、厳密に言うと受精の瞬間がもっとも重要です。望ましい状況下で着床して子宮で正しく育ち、誕生したあとは、30歳をひとつの節目として取り組むのもよいでしょう。
言い換えると、30歳までは老化時計を狂わせずにしっかりとした土台を作っておくことが大切です。たとえ暦年齢は30でも生物学的年齢が50なら、そこからアンチエイジングを始めても希望するような結果にたどり着くことは難しくなります。

食品において、老化時計の領域から注目していることはありますか?

PoAを食というカテゴリーの中で考えた場合に1つ注目しているのは、epigeneticsをコントロールする因子です。食品となる植物などのマイクロRNA※です。例えば、米が持つ情報はそれを食べたヒトの細胞からも見つかることが分かっています。しかしマイクロRNAの情報が細胞の中に入り込むメカニズムについてはまだよく分かっていません。もしかしたら、私たち日本人は古くから米など特定の植物を摂取していたために、進化の過程で日本人特有の外見や消化酵素を備えるようになったのかもしれないのです。
※マイクロRNA:別名DNAチップとも呼ばれ、一度に数千から数百万もの遺伝子やタンパク質の網羅的な発現状況について解析できる技術。

食品関連企業の研究者やマーケティング担当者へ、メッセージをお願いします。

PoAは時代の流れに沿った概念ですが、まだ一般にはほとんど知られていません。現代では人工知能も普及しつつあり、投資家や一般消費者を含む多くの人々においてより簡単に新しい情報を知る機会があります。食は生命の維持に必要なだけでなく、感動や発見をもたらすもので、私は1970年の第1回 大阪万博で初めて生のヨーグルトを食べて感動しました。2025年に予定される第2回 大阪万博では、現代の子どもたちにも様々な感動を覚えてもらえたらうれしいと思っています。その1つが生物学的年齢です。暦年齢による見方を、生物学的年齢で見る見方に変えることに大きな意味があると考えています。

30年後や50年後には当たり前のように、人々は月や火星と地球を行き来しているかもしれません。その時には必ず、老化時計が必要になります。ヘルスケア業界でマーケティングや開発に携わる方には、それぞれの製品を通じ、老化時計を使って生物学的年齢を測ることの意味を、生活者に対して広く伝えていただければうれしい限りです。

山田秀和 先生 プロフィール

一般社団法人日本抗加齢医学会 理事長、近畿大学医学部 客員教授、特定非営利活動法人日本抗加齢協会 副理事長。

1981年近畿大学医学部卒業。専門は皮膚科学(免疫・アレルギー疾患)、抗加齢医学。オーストリア政府給費生としてウイーン大学や米国国立衛生研究所で学ぶ。2007年から近畿大学アンチエイジングセンターを創設して、医学、薬学、農学、運動に関する共同研究をしている。現在は「見た目」の研究から、遺伝子の働きを制御するエピジェネティクスの仕組みの究明にも力を入れている。日本人のEpigenetic Clockの開発もしている。2025年大阪・関西万博の大阪パビリオン推進委員会委員・ヘルスケア先端予防医療ディレクターも務める。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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