440年続く遠州流茶道の家に生まれ、ラクロス日本代表へ——「アスリート茶会」主宰・小堀宗翔さんが語る、自分に立ち戻るための「型」と「間」

440年の歴史をもつ遠州茶道宗家の次女として生まれ、ラクロス日本代表として2013年ワールドカップの舞台に立った小堀宗翔さん。現在は、茶の湯とスポーツを掛け合わせた「アスリート茶会」を主宰し、トップアスリートや経営者に、自分と向き合う時間を届けています。
勝敗がすべてを決めるスポーツと、正解のない茶道。その両方を知る小堀さんだからこそ見出した、ウェルネスのかたちとは——。心を映す鏡としての一服、自分に立ち戻るための「型」、そしてAI時代にこそ大切にしたい人と人との「間(ま)」について伺いました。

「暮らしの一部」だった茶の湯が、心の拠りどころへ——ワールドカップで知った一服の力

茶道の家元に生まれながらも、両親から「稽古をしなさい」と言われたことはなかったという小堀さん。小学校から高校までは剣道、大学から社会人はラクロスと、学校が終わればいつもスポーツに打ち込む毎日でした。
「茶道が嫌いだったわけではなく、単純にスポーツが好きだったんです。両親も、やりたいことを優先させてくれました。ただ、年始に1000人ほどが集まるお茶会のときなどは着物を着て、お客さまの前でお運びをしていました。裏では年子の姉と喧嘩していましたけど(笑)」

着物を着て、お姉さんと一緒にお運びをする幼い頃の小堀さん

一方で、茶の湯はごく自然に暮らしの中にありました。
「我が家では、3時のおやつの時間になると、コーヒーや紅茶ではなく、家族みんなが畳に座ってお菓子とお抹茶をいただくのが当たり前でした。『お茶の家の子なんだ』と、ちゃんと認識をしたのは、9つ下の弟のお食い初めのとき。父が薄く点てたお抹茶を、最初に赤ちゃんの口に含ませたのを見て、『ああ、我が家は特別なんだな』と感じました。でもそれ以外は本当に普通に育って、生活の一部にお茶があった、という感じですね」
ラクロスとの出会いは大学入学時。先に始めていた姉の影響だったといいます。
「高校まではずっと剣道一筋だったので、ボールが投げられるのも、キャッチできるのも、走り回れるのも、全部が新鮮で楽しくて、すぐにのめり込みました。しかも当時は大学から始める人がほとんどで、努力次第で日本代表になれると聞いたんです。世界で戦いたい、そう思って新しい挑戦をすることに決めました」
以来、朝から夜まで練習が続くラクロス漬けの日々。それでも、茶の湯との縁は途切れませんでした。
友人にお抹茶を点てて振る舞うのが好きだった小堀さんは、いつしか先輩たちから「お茶娘」と呼ばれるようになります。
「お茶を出すと喜んでくれるのが嬉しかったんです。茶筅とお抹茶さえあれば、カップとお湯を借りてどこでも点てられるので、常に持ち歩いていました(笑)。ワールドカップにも、自分の精神安定剤のような感覚で持っていきました」
転機となったのは、アメリカ代表に敗れた後のこと。包帯を巻いたり、アイシングをしたりしているチームメイトと地面に座ってお抹茶を点てていると、各国の選手たちが集まってきました。

ラクロス日本代表として世界の舞台へ。日の丸を手にする小堀さん

「当時の日本は強豪国ではなく、私は『大会に出ているどこかの誰か』でした。それが、お抹茶を振る舞った途端に、一人の日本代表として認識してもらえたんです。お茶の持つ力を実感しました。そこで初めて、世界に羽ばたくアスリートたちに日本文化を伝え、それを背負って戦ってほしい。そんな思いが芽生えました」
この経験を境に、人を喜ばせたくて点てていた一服は、小堀さんにとって心の拠りどころへと変わっていきます。
「スポーツは勝つか負けるか。結果だけを見れば、負けた理由は99%が失敗で、今までやってきたことが全否定されるような、究極の世界です。一方、茶道は正解のない世界。結果のための練習ではなく、毎日同じことを繰り返して、その日の自分と向き合う稽古なんです。
だから、毎日お茶を点てていると、今日は心が落ち着いているな、泡が荒れているから少し苛立っているな、と気づくことができる。別に荒々しくてもいいんです。大事なのは、自分の心の状態を理解すること。毎日の一服が、心を映す鏡となり、バロメーターになるんです」

「動中の静と、静中の動」。アスリート茶会という発明

ワールドカップで芽生えた、「世界で戦うアスリートに、日本文化を背負ってほしい」という思いから、小堀さんは、アスリートを茶室に招いてお茶を振る舞うようになります。その茶会を周囲がいつしか「アスリート茶会」と呼ぶようになり、やがてそのまま活動の名前になりました。
スポーツは「動」、茶道は「静」。そう対比されがちですが、小堀さんの見方は逆です。

お抹茶を点てる小堀宗翔さん。所作の一つひとつが、流れるように続いていく

「茶道は静かに見えて、お点前の最中に止まる瞬間は一瞬たりともありません。円を描くように、常に動き続けているんです。反対に、スポーツは『静』の世界でもある。シュートを決める瞬間は、ゴールキーパーとの時間と空間の奪い合いで、その中の『間』をとても大事にしています。いわば『動中の静』と『静中の動』。中身が相反しているからこそ、アスリートは動と静への意識を深めやすいのだと思います」
アスリートが茶室を訪れる理由も、そこにあるといいます。

アスリート茶会には、さまざまな競技の日本代表選手たちが訪れる

「オフの時間にカフェ巡りや運動をする人もいますが、アスリートは体を休めなければいけないし、遊びで怪我をするわけにもいかない。リラックスしながら自分を高められる場所として、茶室に来てくれます」
参加者から最も多く聞かれるのは、「心が清らかになった」という声。その理由を、小堀さんは茶室に入るまでのプロセスに見ています。
「露地を歩き、お点前では茶碗や道具を一つひとつ清めていく。その過程で、肩書きやプレッシャー、期待といった背負っているものを一つずつ手放していくんです。だからお茶をいただくときには、『日本代表の〇〇さん』ではなく、生まれたままの自分と向き合える。
ある選手が『自分と向き合う時間を作れた』と言ってくれたのは印象的でした。普段は周囲の期待やチームの目標に向いている矢印を、自分の内側に向けられたのだと思います」

「型」があるから、自分に立ち戻れる——綺麗さびと「満つれば欠くる」の教え

小堀さんが受け継ぐ遠州流は、江戸時代初期の大名茶人・小堀遠州を流祖とする、440年の歴史を持つ流派です。その美意識を表すのが「綺麗さび」。
「わび・さびは、千利休が追求した、無駄をそぎ落とした美しさです。茶室を狭く暗くし、茶碗も黒にしました。ただ遠州は、初めて訪れる人には少し息苦しいのではと考え、わび・さびに美しさや明るさ、豊かさというエッセンスを加えました。茶室に窓をつけて光を入れ、茶碗も黒ではなく白をイメージした。白なら、来た人が自分の色に染められますから。客観性のある、華やかな美しさ。それが『綺麗さび』です」
この美意識こそ、今の時代に合っていると小堀さんは話します。
「今は海外からいろいろなものや人が入ってきますが、全部取り入れればいいわけでも、全部排除すればいいわけでもない。自分の基準で美しいと思うものを選び、調和させることが大事です。野球でも、全員が4番バッターではチームとして成り立ちませんよね。メインがあって、それを支えるサブがあって、全体が調和したときに美しさが生まれるんです」

遠州流茶道の「綺麗さび」を反映した茶碗は、簡素で端正な骨格を保ちながら、明るさ、優美さを感じさせる

では、自分の基準はどう育つのか。スポーツと茶道、二つの鍛錬を重ねてきた小堀さんが、心を整えることの本質として挙げたのが「型」です。
「スポーツでは素振りを何千回、何万回と繰り返し、考えなくても体が動くようにしますよね。お点前も同じで、最初から最後まで動きが決められていて、やがて考えずに体が動くようになる。型を身につけているからこそ自分なりのアレンジができるし、スランプに陥ったときには、また型に立ち戻ることができるんです」
茶会を始めた10年ほど前は、服装も作法もあまり細かく伝えていなかったという小堀さん。今は、事前にはっきり伝えるようにしているといいます。
「『自由にしていいよ』と言われると、どうしたらよいか分からず、かえって怖くなってしまう。型にはまる安心感や安定感を、今の人たちは求めているように感じます。スポーツや茶道に限らず、立ち戻れる場所はなんにでも必要だと思うんです」
心の持ち方においても、小堀さんには立ち戻る言葉があります。遠州が大切にしていたという「満つれば欠くる」の精神です。
「満月は美しいけれど、翌日から欠けていってしまう。満月の前日、十四日目の月は、ほぼ丸く、明日満ちようとするエネルギーに溢れているという考え方です。遠州流の茶碗にも、完全な円になる一歩手前の形を表現したものがあります。
アスリートも、目標を達成すると燃え尽きてしまうことがありますよね。だからこそ、目標に向かって最後まで頑張っている姿が最も美しく、輝いていると思うんです。満ち足りて欠けていくのではなく、常に何かに向かい続ける。その精神を大事にしたいですね」

茶室では、社長も社員もフラットに。一服を囲み、互いの感性に触れる

遠州茶道宗家では、企業研修や学校教育、訪日ゲスト向けの茶道体験・ワークショップも手がけています。茶の湯は、職場や学びの場といったコミュニティの中でどんな役割を果たせるのか。そう尋ねると、小堀さんは「チームビルディング」という言葉を挙げてくれました。

ミス・インターナショナル出場者を迎えての茶会。世界へ、茶道の魅力を届けている

「一つの空間で同じ体験をすることが、とても大事です。企業なら、ぜひ役職のある方と一緒に参加してほしい。茶室には、にじり口をくぐり、頭を下げて入ります。肩書きを下ろした、ノーボーダーな状態です。普段は堂々としている社長が、右も左も分からずにおどおどしている姿を見ると、社員の方は『同じ人間なんだ』と嬉しくなるんですよね(笑)」
さらに茶室は、互いの感性に触れられる場所でもあります。
「同じ茶碗を見ても、綺麗だと感じる人もいれば、いかついなと感じる人もいる。掛け軸に惹かれる人も、着物に目がいく人もいる。ご飯やお酒の席では触れられない、その人の内なる美意識が見えてくるんです。『君はそんなふうに感じていたんだ』という発見が、心の距離をぐっと縮めるきっかけになってくれるんです」
肩書きを脱ぎ、同じ一服を囲む時間。それは職場の人間関係を、建前ではないものへと変えるきっかけにもなりそうです。

AI時代だからこそ、茶室で「間(ま)」を感じてほしい——一服に込められた、効率と思いやり

AIの進化とともに、効率化や「タイパ」が重視される今。小堀さんは、茶の湯がより必要とされる時代が来たと感じています。
「茶室は、リアルでなければ成り立ちません。AIが発達するほど、リアルの大切さが見つめ直され、みんなが求めるようになっていると思います。AIにないのは、『間(ま)』。行間や会話の間のような、目に見えない感覚です。人が心地よく過ごせるのは、この『間』があるからではないでしょうか」
効率という言葉の意味も、茶室に入ると違って見えるといいます。
「一服のお茶を点てるのに、30分かかります。でもそこには、先人がつくり上げたお点前があり、一切の無駄がない。道具を一つひとつ清め、お茶を点て、また清めて戻していく。なんて合理的で美しいんだと、納得してもらえるはずです。効率や便利さは、時間が短いことだけではない。それを茶室で感じてもらえたら嬉しいですね」

表参道にある「SHAKA SHAKA MATCHA〜Speciality Matcha Cafe Omotesando〜」では、美味しい抹茶を世界に届けている

小堀さんは2026年4月、表参道に「SHAKA SHAKA MATCHA 〜Speciality Matcha Cafe Omotesando〜」というお店をオープンしました。
「抹茶ドリンクは世界的に人気ですが、抹茶そのものはまだよく知られていません。抹茶も人と同じで、育ちが違えば味わいも香りも違う。ワインやコーヒーと同じなんです。『緑の甘い飲み物』ではなく、静岡や京都といった産地があることを知ってほしいと思っています」
一方で日本では、茶道を「難しいもの」と遠ざけてしまう人も少なくありません。
「所作は、美味しいお茶をいただくための思いやりなんです。最初に飲む人が次の人に『お先にいただきます』と一言添えれば、待つ人も心地よく待てる。茶碗を回すのは、亭主が向けてくれた一番綺麗な正面に口をつけないため。ルールより先に、『なぜそうするのか』を感じてほしいんです。
むしろ、茶道をまったく知らない人のほうが、茶道との距離は近いのかもしれません。アスリートの友人に『うちは本格的なお茶の家だよ』と話しても、ピンときていない様子で。友人が短パンでやってきて、家元に『君、短パンだね』と言われたこともありました(笑)。でも、知らないことは悪いことではありません。誰でも初めては初めて。少し知っている人ほど『私なんて』と遠慮してしまうけれど、ぜひ挑戦してほしいなと思います。
跡を継ぐのは弟ですが、私はフォーマルなお茶会の一歩手前で、茶道の門を叩くきっかけをつくれる存在でありたいと思っています」

満月の一歩手前、十四日目の月のように——。勝敗の世界を駆け抜けてきた小堀宗翔さんは、今日も茶室で、肩書きを下ろした一人ひとりが自分に立ち戻る時間を届けています。

取材・文/佐々木ひとみ 撮影/恒松弘匡

小堀宗翔 さん プロフィール

茶道家
江戸時代初期に徳川将軍家の茶道指南役を務めた小堀遠州を流祖とし、440年余りにわたり受け継がれてきた遠州茶道宗家、13世家元・小堀宗実氏の次女として生まれる。一方でラクロスに打ち込み、日本代表として世界の舞台に立つ。平日は着物姿で弟子に茶の湯を教え、週末はクラブチームでグラウンドに立つという、茶道家とアスリートの二足の草鞋を長く歩んできた。自身の経験から「アスリート茶会」を主宰し、五輪メダリストをはじめとするトップアスリートに、心を整え日本文化を体感する時間を届けている。茶道を「静」、スポーツを「動」とする通念にとらわれず、その両方を行き来しながら、伝統文化を現代の暮らしと身体感覚へと開く活動に取り組んでいる


ウェルネス総研レポートonline編集部

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