科学の目で美容の本質を見つめ、伝え続ける――ビューティサイエンティスト・岡部美代治さんが半世紀以上向き合ってきた「美」と、一人ひとりのQOL

化粧品業界に足を踏み入れて半世紀以上。「ビューティサイエンティスト」という肩書きを掲げて約40年、岡部美代治さんは科学の目で美容の本質を見つめ、その価値をわかりやすく伝え続けています。その背景には、研究や商品開発、販売現場との対話を通じた数々の試行錯誤がありました。
長年、美と向き合うなかで大切にしてきたのは、一つの正解を示すのではなく、それぞれが自分に合うものを選ぶこと。その考えは、一人ひとりのQOL(生活の質)を尊重する姿勢にもつながっています。
いいと思ったら動き、やれることは思いっきりやる。「ロックな生き方」と語る、その自由で大胆な姿勢は、仕事にも、日々の暮らしを心地よく楽しむことにも通じています。実践を重ねながら美容の価値を伝え続ける岡部さんに、これまでの歩みと、「美」とQOLへの思いを聞きました。

出発点は「自分のために育毛剤を作りたい」

岡部さんが化粧品業界を志したきっかけは、自分のために育毛剤を開発したいという思いでした。
「うちの家系は半分がハゲるんですよ(笑)。僕も昔から額が広くて、生まれた頃から『おじいちゃんに似ている』と言われていた。そのおじいちゃんがハゲていて……、将来が不安で仕方なかったんですよ」

また、子供の頃から動物や植物が好きで、顕微鏡で細胞を眺めることが楽しかったという岡部さんは大学で生物学を専攻。生物について学ぶなかで「老化」や「死」について考えることが多く、いつまでも若々しく、元気で長生きしたいという思いも重なっていたといいます。

「当時、生物学を学んだ人の就職先は、学校の先生や製薬会社の営業職などでした。でも、僕がやりたかったのは育毛剤の研究。製薬会社で研究職に就くのは難しそうなので、自由に研究できそうな化粧品会社がいいかもしれないと思ったんです。とにかく、自分のために思いっきり育毛剤を研究したかったんです」

会社の規模や募集状況を見て、志望したのが株式会社小林コーセーでした。育毛剤への思いを胸に、同社の研究所でキャリアをスタート。その願いは、後に出向先となるアルビオンで実現しています。

コーセー研究所に勤務していた頃の岡部美代治さん

研究室から、店頭へ。「知らないなら、自分で見に行く」

これまでの歩みで、最も重要だった転機は何か。岡部さんがまず挙げたのは、入社直後に取り組んだ、化粧品の安全性や成分の働きを確かめる基礎研究でした。

「最初に配属された薬理研究室では、化粧品による皮膚トラブルの原因を調べたり、原料の安全性や美容成分の働きを研究したりしていました。当時は化粧品による皮膚トラブルも多く、安全性を確かめる試験方法の整備が進められていた時代です。その基盤づくりに携わった経験は、今の専門性の土台になったと思っています」

一方で、原料や完成品を評価するうちに、「自分でも化粧品を処方してみたい」という思いが芽生えたという岡部さん。所長に希望を伝え、製品開発の部署へ異動。これも2つ目の転機に。
「最初に担当したのはニキビ用の化粧品で、その後、ファンデーションやアイライナーなどの開発も経験しました。スキンケアとメイクアップの両方をやれたのは、非常によかったですね。約3年間、実際に製品を作る経験をしたことで処方への理解が深まり、その知識は元の研究室に戻ってからも生きました」

次の転機は、兄弟会社のアルビオンへの出向。商品の特長をわかりやすくまとめ、美容部員の皆さんに説明する仕事を担当しました。

この時、化粧品専門店という現場を知らなかった岡部さんは、「価格の高いアルビオンの商品が店頭でどう説明され、お客さまは何を気に入って買っているのか。自分で確かめたい」と、営業の人に頼んでお店を回ったそうです。

「最初に訪ねたお店では、いきなりお店の方に叱られましたね(笑)。ピカピカのパッケージについ手で触れると、指紋がついて汚く見えるのでやめてほしいと。こういうことも、実際に行ってみないとわからないことですよね。その後は打ち解けて、『どんな説明が難しかったか』など、いろいろ意見交換をしました。そうやって現場を知ったことは、その後、すごく役に立ったと思っています」

現場を知ったことは、その後、すごく役に立った

「なりたい自分」を先に名乗った、ビューティサイエンティストという肩書き

研究室を離れ、商品の魅力を人に伝える仕事に取り組む一方で、岡部さんは自信を失う時期もありました。

「研究所から来た僕は、マーケティングでは素人です。いろいろなところで『何も知らない』と言われて、コンプレックスを感じていました。でも、周囲の人に『あなたには強みがある。美容科学では誰にも負けないじゃない』と言われたんです。それで、そうか、僕はサイエンティストなんだ、と」

美容科学をわかりやすく説明できる専門家になりたい。その思いを込め、30代後半だった1988年に名乗り始めたのが、「ビューティサイエンティスト」でした。

「当時はまだ、そういう専門家になりたいという段階でした。だから、なりたい姿を肩書きにしたんです。会社の正式な承認を得ずに名刺を作ったのですが、ダメだったらやめればいいかなと(笑)。会社に迷惑をかけないことは第一に考えていましたが、結果的には評判がよくて。後から会社にも認めてもらいました」

その姿勢は、個人サイトを立ち上げたときも同じでした。ビューティサイエンティストとして、美容の知識や自身の活動を発信するため、こちらも事前に会社へ相談せず、「まずやってみて、何か言われたら考えよう」とスタート。その発信をきっかけに岡部さんのもとに人が集まり、会社の外にもつながりが広がっていきました。

一方、独立を意識したのは45歳の頃。会社の社内研修で定年後の生き方を考えたことがきっかけでした。

「アルビオン時代にいろいろな方と話すなかで、困っている会社があることを知りました。そこに僕の知見が役立つんじゃないかと。美容研究をずっと続けたい気持ちもありましたし、商品開発を中心にしたコンサルティングをやってみたいと思ったんです」

その後、タイミングを見極め、58歳だった2008年4月に独立。直後にはリーマンショックにも見舞われました。「食べていけるかどうか、不安はありました。それでも、何もしないよりは何かやってみようと。苦しいときほど、この先を見据えて乗り切ろうと思いました」

何もしないよりは何かやってみようと。苦しいときほど、この先を見据えて乗り切ろう

「わからない」のは相手のせいじゃない。伝わるまで考え直す

研究や商品開発で得た科学的な知識を、専門家ではない人にどう届けるか。その伝え方を磨く場となったのが、アルビオン時代、新製品を持って雑誌社を訪ねるメディアキャラバンでした。

「そこで一番大きかったのは、科学の専門知識がない人にも、化粧品を理解してもらえる話し方や説明の仕方を身につけたことですね」

大切にしているのは、相手が具体的にイメージできる言葉で話すこと。例えば、化粧品の「処方」を説明するときには、料理に例えます。

「食材が化粧品の原料で、その組み合わせや調理の仕方が処方や製造工程です。同じ原料でも、温めたり混ぜたりする方法によって、出来上がりは変わります。食材だけを見ても、どんな料理かわからないでしょう。だから、成分だけで化粧品を判断するのは、少し乱暴だと思いませんか、とお話しするんです」

こうした伝え方は、試行錯誤を繰り返しながら磨いてきたものです。

「何回も『わからない』と言われたら、落ち込みますよね。それでも考えて、また話して、ダメ出しされたらまたやる。わからない人が悪いのではなく、その人にわかるように話すことが大事なんです」

岡部さんが監修を手がけた『正しく知る・賢く選ぶ 美容成分大全』(ナツメ社)

新しい情報ほど、まず自分で確かめる

わかりやすく伝えるためには、その情報が確かかどうかを見極めることも欠かせません。新しい成分や商品については、研究との整合性や実証データを確認し、不明な点は自分でも調べます。

「新製品発表会では、研究者本人が話してくれるのが一番好きですね。疑問があれば、後で聞きに行きます。異なる意見があっても、否定することはしません。良いところは良いと認める。意見が違うことは、相手に直接伝えて、そこまでに留めるようにしています」

SNSやAIによって情報の発信や入手の方法が変わるなかでも、情報を見極める姿勢は変わりません。

「インターネットが普及して発信するチャンスが増えるのは、非常に良い流れだと思います。一方で、情報を鵜呑みにせず、嘘や不確かな情報を見抜くリテラシーは必要ですね。科学も、すべてが解明されているわけではありません。そうした不確かさも踏まえて、役立つところを取り入れていくのがいいと思っています」

イラスト制作や商品企画のコンセプト整理などに、AIを活用しているという岡部さん。
「AIは、使い慣れていいところ、悪いところがわかってくれば、うまく取り入れられると思います。一方で、AIに頼り切ることには懸念があります。大切にしたいのは、自分でも考え、手を動かすことですね」

「全部を受け入れなくていい」—— 一人ひとりのQOLを尊重する

岡部さんにとって、ウェルネスとはどのようなものなのでしょうか。

「基本的には、それぞれのQOL、クオリティ・オブ・ライフだと思っています。僕のQOLと、ほかの人のQOLは違っていい。互いに尊重しながら情報を共有して、いいところを取り入れればいいんです」

一人ひとりのQOL(生活の質)を尊重すること。肌だけでなく、心や体も含めて全体を捉える、ホリスティックな考え方にも、かねてから共感してきたという岡部さん。暮らしの中で大切にしているのは、快適の追求、自己実現、専門性、そして趣味と余裕だといいます。

「自分の快適を追求する。ただ、自分が快適でも、相手が不快だったらどうしようもないので、そこは気をつけています。あとは、自分のやりたいことを考えて実践すること。僕なら、コンサルティングで関わった仕事を、よかったと思える結果につなげたい。ビューティサイエンスの専門性も持ち続けたいと思っています」

仕事とともに大切にしているのが、趣味の時間。岡部さん自身も、写真や陶芸を楽しみ、作品をSNSに載せ、人の反応を見るところまでを楽しんでいます。

好きな「河童」をモチーフにした岡部さんの陶芸作品。2026年9月22日~27日開催の「陶遊展」に出展

「どんな趣味でもいいので、続けること。できれば自分で作って、人に見せて、意見をもらえる形にするのがいいですね。僕も2026年から、新潮社の『マイブック』に美について文章や絵で残すことを始めました。1日1枚を基本に、365枚書けば、自分なりの美についての考えがまとまるんじゃないかと思っています」
仕事だけでなく、写真や陶芸、日々の記録を通して「美」と向き合う岡部さん。自分で手を動かし、感じたことを形にすることも、大切な実践のひとつです。
「理論だけではなく、自分でも実践し続けることが大事」と語る岡部さん。その実践や、背景にある考えを、これからも幅広いメディアを通じて届けていきたいと話します。

「若く生き生きと生きるために、僕がどんなことをしているのかをできるだけ広く発信していきたいですね。今回のように僕が話すことにはどんな背景があるのかも知ってもらって、自分のQOLを高めるために、参考になるところは使ってほしい。参考にならないところは無視していい。全部を受け入れなくていいんです」

1日1枚を基本に、自分なりの「美」について書き留めている『マイブック』

「自分のために育毛剤を作りたい」。そんな個人的な思いから始まった岡部さんの探究は、半世紀を経て、美容科学を多くの人にわかりやすく届ける仕事へと広がりました。

自分で試し、考え、確かめたことを、相手に届く言葉で伝える。そして、受け取った人が自分に合うものを自由に選ぶ。一つの正解を示すのではなく、それぞれが自分にとっての心地よさを見つけていく。その姿勢は、研究にも、仕事にも、日々の暮らしにも一貫しています。
美容も、仕事も、日々の楽しみ方も、誰かの正解に合わせるのではなく、自分に合うものを選んでいく。岡部さんが長年大切にしてきた姿勢は、「美」だけにとどまらず、日々を豊かに生きることにもつながっています。

取材・文/坂本アヤノ 撮影/藤本孝之

岡部美代治 さん プロフィール

ビューティサイエンティスト。山口大学文理学部理学科生物学専攻卒業。(株)コーセーの研究所で化粧品の有効性・安全性や処方を研究し、(株)アルビオンで商品開発、マーケティングなどを担当。2008年4月に独立。美容コンサルタントとして商品開発や美容教育への助言、講演、セミナー、メディアでの解説を行う。スキンケアを中心に、正しい美容情報をわかりやすく発信。監修書に『正しく知る・賢く選ぶ 美容成分大全』(ナツメ社)など。2026年は日本最大級のサステナブル系ウェルネス美容見本市「My Organic Friends Fes(ラキャルプフェス)」で行われた「ラキャルプ アワード」の審査員にも名を連ねた。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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