
脂質を通して、人と地球の健康を考える――オイリスト・地曳直子さんが伝える、祖母から受け継いだ「ウェルネス」の循環
油と聞くと、体に悪いものとして敬遠する人も少なくありません。そんななか、オイリストの地曳直子さんが伝え続けているのは、脂質を一律に避けるのではなく、種類やバランスを知り、自分に合った形で摂ることの大切さです。
植物療法の専門家として活動していた地曳さんは、母親の糖尿病をきっかけに分子栄養学を学び、脂質栄養学へ。その原点には、祖母や母から受け継いだ、植物や食べ物で体を整える知恵がありました。その知恵を脂質の専門家として多くの人に伝え、人の健康から地球環境、そして次の世代へとつないでいく。地曳さんのこれまでの歩みと、活動に込める思いをうかがいました。
“植物と食べ物で治す”ことが、当たり前だった幼少期
「子供の頃、病弱だったんです。不調になったときは、よく同居していた祖母や母が植物や食べ物で治してくれていました。風邪をひけば時間を決めてビタミンCをこまめに摂り、火傷をすればアロエを使う、という感じでした。私の身体を心配してか、祖母は今でいう分子栄養学の知識を独学で学んでいたみたいなんです」
薬を飲む前に、まずは植物や食べ物の力を借りる。その環境が一般的なものではなかったと知ったのは、成長してからのことです。

不調になったときは、よく同居していた祖母や母が植物や食べ物で治してくれていました
「学生のとき、友人がポーチに薬を何種類か入れているのを見て、少しびっくりしたんです。私自身、そういう感覚が全くなかったので」
自分では当たり前だと思っていたことが、意外と知られていない。そう気づいた地曳さんは、いつしか身近な人にもその知識を伝えたいと考えるようになります。子ども時代に自然と身についた、植物と食べ物で体を整える知恵。それが、後の活動へとつながる原点になりました。
自身の不調と母親の糖尿病——植物療法から脂質栄養学へ
最初の転機は、25歳の頃に訪れました。仕事中に耳鳴りがした後、食道から胃の辺りまでが絞られるように痛む症状に悩まされるようになったのです。
「病院でいろいろ検査を受けたのですが、異常は見つかりませんでした。ストレスによる自律神経の不調ではないかと言われ、薬を処方されたんです」
そんなとき、姉と参加したアロマテラピーの市民講座で出会ったのが、ラベンダーの精油でした。痛みが出た際に試してみたところ、自身の感覚では薬を服用したときと同じくらい症状がやわらぎ、植物の力に改めて驚いたといいます。この体験を機に、イギリス式やフランス式のメディカルアロマテラピーを学び、やがて講師として活動を始めました。
さらに大きな転機となったのが、30歳頃に判明した母親の糖尿病でした。発見時には症状が進んでおり、入院してインスリン治療を始める必要があると説明されたものの、母親は食事による改善を希望。地曳さんが栄養面のサポートを担うことになりました。
「病院からの一般的な食事指導は、カロリーを減らす、甘いものを控えるといった内容でした。でも、母はもともと痩せていたので、さらにカロリーを制限したら、かえって体調を崩すのではないかと思ったんです」

子ども時代に自然と身についた、植物と食べ物で体を整える知恵。それが、後の活動へとつながる原点
そこで地曳さんが学び始めたのが、一人ひとりの消化や吸収の違いに目を向ける分子栄養学です。複数の専門家のもとで学ぶうちに、あることに気づきます。
「タンパク質や糖質の考え方は、先生によって違うことも多いんです。でも、脂質については、どの先生も『一番最初に見直すべきもの』だと口を揃えていて。それまでの私は、脂質をそれほど重要視していなくて。油は動物性より植物性のほうがいいと考えたり、バターをマーガリンに替えていたくらいです。でも、脂質栄養学を学んでみると知らないことばかりでした。もっと深く学ぼうと考えたんです」
精油と食用油、二つの学びをつないだ「オイリスト」
植物療法と脂質栄養学を学ぶなかで、地曳さんには二つの領域の接点が見えるようになりました。
「植物療法に携わるなかで、同じ精油を使っても、実感の表れ方が人によって違うことが気になっていました。脂質栄養学を学び、食事から摂る脂肪酸のバランスが、体内で炎症に関わる物質の作られ方にも影響すると知ったことで、その理由の一端が理解できたんです。そこから、植物療法を取り入れる前に、まず栄養によって体の土台を整えることが大切だと考えるようになりました」

一般社団法人日本リポニュートリション協会の脂質栄養の考え方から生まれた商品。「Mo3 リポバランスオイル」(写真左)と「リポテクト」(写真右)
食用油を含む脂質と、植物から採れる精油。両方の知識を一言で表す言葉がなかったことから、友人に相談して生まれたのが「オイリスト」という名称でした。
「精油と脂質栄養学の両方を扱うことを、わかりやすく表したかったんです。複雑な脂質の仕組みを、専門知識のない人にもわかる言葉で伝える。それが、活動を続けるうえで大切にしていることです」
では、その知識を一人ひとりに合った形で届けるには、どうすればよいのか。地曳さんは次に、脂肪酸を「測る」仕組みづくりへ動きます。
一人ひとりの状態を知るために、脂肪酸を『測る』
2018年、地曳さんは一般社団法人日本リポニュートリション協会を設立。大きな目的の一つが、血液中の脂肪酸バランスを調べる検査を取り扱うことでした。
「講座では必ず、『油はどのくらい摂ればいいですか』と聞かれます。でも、脂質は食用油だけでなく、肉や魚、加工食品など、さまざまなものに含まれています。その人の食生活を細かく把握しなければ、正確にアドバイスするのは難しい。だったら、血液を調べるのが一番わかりやすいと考えたんです」
検査方法を探す過程では、大学などにも相談し、血液以外の方法も検討しました。しかし、当時は国内で希望する検査を担う機関が見つからず、個人での実現にも限界がありました。そこで協会を設立し、脂質栄養学の師である故・奥山治美さんの紹介を受け、オーストラリアの研究機関と提携して自己採血式の脂肪酸検査を始めました。

一般社団法人日本リポニュートリション協会で取り扱っている、血液中の脂肪酸バランスを調べる検査キット
これまでに検査した人数は、約1800人。蓄積した結果からは、食生活と脂肪酸バランスの関係も少しずつ見えてきたといいます。現在は国内でも検査を受けられる環境が整い始め、これから力を入れたいのは、測って終わりにせず、その結果を食生活の改善へつなげること。
その一歩として、2026年12月からは、これまで積み上げてきた知見をもとに構築した120日間の「脂肪改善プログラム」の提供をスタートします。
測って終わりではなく、日々の食生活の中で実際に脂質の摂り方を変えて整えていくところまで伴走したいという想いから生まれた取り組みです。
「健康診断では、コレステロールや中性脂肪を測りますよね。将来は、そこに脂肪酸バランスの検査も加わり、自分の状態を知って整えることが当たり前になったらいいと思っています」
人の健康と、地球の健康を切り離さない——その先にある「悲しみを減らしたい」という思い
地曳さんが考えるウェルネスは、個人の体だけで完結するものではありません。
「人の健康は、地球とのつながりを抜きにして考えられません。例えば、オメガ3が体に良いからと魚を捕りすぎれば、水産資源に負担がかかります。また、油や糖を作るためにコーンや大豆を大規模に単一栽培したり、パーム油のために熱帯雨林を伐採すれば、生物多様性が失われたり、気候変動につながる可能性もあります」
体に良いという理由だけで選ぶのではなく、その油が何から、どのように作られているのかまで見る。自分の健康と、その選択が社会や地球に与える影響を切り離さずに考えることが大切だといいます。
そうした大きな視点を持ちながら、地曳さんが脂質の知識を届け続けているのはなぜなのか。その原動力を尋ねると、返ってきたのは「世の中から悲しみを減らしたい」という言葉でした。
「悲しみにはいろいろありますが、振り返ると、私にとって一番の悲しみは家族の病気と死でした。今、自分にできることのなかで、最も多くの方に役立つと思っているのが、脂質の正しい知識を伝えることです。それによって病気が減り、悲しむ人が減ったらいいなと思っています」

自分の健康と、その選択が社会や地球に与える影響を切り離さずに考えることが大切
祖母や母が選んだ食事を通して、体を整える知恵を自然に身につけた地曳さん。その経験から、子どもに専門知識を教え込むのではなく、家庭の食卓を通して、より良い選択を身につけてもらいたいと考えています。
「例えば、日本に昔からある、煮る、蒸す、ゆでるといった調理法を取り入れ、揚げ物や炒め物に偏らない食卓を当たり前にする。今のお母さんたちが知識を身につければ、子どもたちは一生懸命勉強しなくても、自然により良いものを選べるようになると思うんです」
祖母や母から受け取った、植物や食べ物で体を整える知恵。それを自ら学び深め、脂質の知識として多くの人へ伝え、今度は次の世代へ。人の健康、そして地球の健康へとつながっていく「ウェルネス」の循環を、地曳さんはこれからも広げていきます。
取材・文/坂本アヤノ 撮影/藤本孝之

地曳直子 さん プロフィール
オイリスト。メディカルアロマテラピー講師・調合師として活動後、ご家族の糖尿病をきっかけに分子栄養学を学び、脂質栄養学へ。精油と脂質、双方の知見を生かした独自の視点で講座や執筆を行う。2018年、一般社団法人日本リポニュートリション協会を設立。脂肪酸検査の普及・啓発、食事改善プログラムの提供に取り組む。著書に『整うオイル』(暮らしの図鑑)など。オイリスト資格講座は9期目を迎える。
















