176万人が学んだ化粧品の「正しさ」が、日本の美容産業を変える――日本化粧品検定協会・小西さやか代表理事が語る知識の力と「J-Beauty」の未来

SNSの普及やAIの登場により、情報が乱立し、「何を信じればいいのか」という選択が難しい時代になりました。そんな中、「化粧品の正しい知識を、もっと多くの人に」という思いから始まった活動は、いま累計176万人(2025年12月末時点)が受験する検定へと成長。そして近年は、日本の美容産業を世界へどう発信していくか、いわゆる「J-Beauty」の発展に向けた議論や提言活動にも取り組んでいます。日本化粧品検定協会代表理事・小西さやかさんに、その軌跡と展望をうかがいました。

日本化粧品検定が176万人に届いた理由とは? 「学ぶ場のなさ」から生まれた検定

2011年、小西さやかさんは日本化粧品検定協会を立ち上げました。きっかけは、化粧品業界に長年携わるなかで感じた「学ぶ場のなさ」だったそう。

「化粧品に関する教育って、昔は各社の機密情報だったんです。新入社員としてノエビアに入社した時は分厚いオリジナルテキストで勉強して、その後ベンチャーに移ったときは、数枚の資料しかなかった。会社ごとに教育内容や情報量にもかなり差があって、研究者向けの難しい専門書か、会社ごとの限られた社内資料しかない。化粧品のことを学びたいのに、しっかりと学べる場がないんだなと思いました」

日本化粧品検定協会の公式ホームページ

そこで小西さんが目指したのは、誰もが化粧品の知識を体系的に、楽しく学べる場をつくることでした。日本化粧品検定のテキストは「できるだけわかりやすく」というこだわりを徹底。「5行以上、文字を書かない」をルールに、難しい科学的概念もすべて表やイラストに落とし込みました。特に覚えにくいとされる界面活性剤の種類については、語尾のパターンで分類できるよう大胆に簡略化し、さらに記憶に残るよう「界面活性剤の歌」まで制作。時折、監修を担当された専門家の先生方と見解が異なる場面もあったそうですが、常に学ぶ人の視点を大切にしながら制作を進めていったといいます。

「化粧品って、この人がこう言って、あの人はこう言うみたいな情報が多い。だからどのブランドも会社も共通している内容であり、なおかつ論文など科学的根拠のある情報だけを集めています。SNSの発達とともに、しっかりした知識を持って個人で発信したいという人も増えているなか、ちゃんと勉強できるものがなかった。そういう時代の流れの中で、この検定を必要としてくださる方が増えていったのかなと思います」

当初は美容業界関係者が受験者の7割を占めていたのが、受験者が急増してきたこともあり、SNSの普及とともに、「美容を発信したいけど、ちゃんと学んだことがない」という一般の人たちが増え始め、今や受験者の5割以上が美容業界外だそうです。

AI時代に求められる化粧品の専門知識とコスメコンシェルジュの役割

化粧品の知識を学ぶ場が整いつつある一方で、いま業界に新たな変化をもたらしているのがAIの台頭です。肌の写真を撮るだけで最適な美容液を提案するサービスや、アンケートに答えるだけでパーソナライズされた化粧品を選んでくれるシステムが登場し、「もう自分で勉強しなくてもいいのでは」という声も聞こえてきます。

日本化粧品検定協会の公式キャラクターここちゃんを手に

しかし小西さんは、次のように言います。
「AIは全部が正しいわけじゃないと思うんです。というのも、化粧品選びや美容のアドバイスは、ひとつの情報だけで決められるものではありません。生活習慣や価値観、肌悩みなども含めて総合的に判断する必要があるため、日本化粧品検定の知識を持ち、背景まで理解して提案できる人の価値は、これからますます高まると思っています。AIが出したものに対して、それが正しいかを判断ができる知識を持っているかどうかが、これからはより問われると思っています」

実際、AIが肌色を分析してその場でファンデーションをカスタムミックスするサービスが人気を集めています。AIが出した色をそのまま購入するか、メイクアップアーティストに最終的な色合わせをしてもらうかの二択があり、予約が取れないほど人気なのは後者だといいます。AIが「正解」を出す時代だからこそ、その正解を判断し、さらに個々の背景や好みに寄り添った提案ができる人材の価値は、むしろ高まっているといえます。

日本化粧品検定協会のテキスト。2025年4月23日より新設された準2級は、試験日が決まっている1級・2級(年2回・5月と11月)と異なり、通年(いつでも)受験可能

現在、日本化粧品検定の累計受験者数は176万人を超え、その最上位に当たる「日本化粧品検定特級 コスメコンシェルジュ」の資格保持者は1万人を超えました。「どこに行っても日本化粧品検定を知っていただけるようになった」と小西さんが語るように、美容知識を学ぶ文化そのものが、業界の共通言語として根付き始めています。

J-Beautyを世界へ。日本の美容産業が抱える課題と挑戦

「正しい知識を持った伝え手」が社会に広がっていくなかで、小西さんは業界全体への貢献を考えるようになっていったといいます。しかし気づいたのは、ある不公平さ。食品や半導体には国の輸出支援や助成があるのに、化粧品には何もない。担当する部署すら存在しなかったのです。伝え手をいくら育てても、業界そのものが発展しなければ意味がない。その危機感が、やがて国を動かす活動へとつながっていきます。

小西さんは日本の美容産業の海外展開を推進するための民間団体「ジャパンビューティー海外展開推進協会」を立ち上げメンバーの一人として理事に就任。「約8年間にわたり他の理事の皆さんと一緒に、ボランティアで化粧品や美容の分野についての海外展開に向けた支援を国から得るための活動を続けました。そして、自民党内にJ-Beauty産業研究会の発足された後は、業界の方々に一人一人頭を下げて会いに行き、参画いただけるようにお願いをしてまわりました。その結果、毎月の研究会には、化粧品・ネイル・エステ・ヘア・美容機器などあらゆるジャンルの業界関係者にご出席いただき、ヒアリングが重ねられました。そして、ついに、2026年5月、林芳正総務大臣のもと『J-Beauty産業成長戦略に関する大臣提言』が提出されました」

2026年5月15日(金)衆議院第二議員会館にて木原稔内閣官房長官へ提言書を手交(小西さやかさん:左から1人目)

提言の核心は3つです。第1に、J-Beauty産業がオールジャパンで協調するコンソーシアムの早期設立。第2に、経済産業省・厚労省にJ-Beauty専用部署新設を目指し、内閣府のクールジャパン産業化のもとで一括管理する体制の構築。そして第3に、規制の見直しです。

「日本の化粧品は薬機法で効能表現が56項目に限定されていて、科学的根拠があるデータも広告に使えない。でも海外の化粧品は実証データを全部載せていい。そうすると日本企業はデータを取らなくなる。これじゃ世界と戦えないんです」

実際、韓国ではすでに化粧品専用の法律が整備され、ドラマやK-POPなどの文化コンテンツと美容産業を一体化させる戦略によって、世界市場で存在感を高めています。アメリカでも昨年、韓国化粧品がフランスを抜いて輸入額1位になりました。

一方、日本はIFSCC(国際化粧品技術者会連盟)の受賞数で1970年以降、半世紀以上にわたり世界1位を維持するなど、高い技術力を持っています。それにもかかわらず、制度や発信の面では後れを取っている――。小西さんは、そうした現状に強い危機感を抱いています。

さらに小西さんが訴えるのは、コンテンツと美容を連動させた発信の重要性です。韓国では、K-POPやドラマなどのコンテンツを通じて若い女性たちの憧れを生み出し、そのライフスタイルや美意識とともに韓国化粧品を世界へ広げてきました。

一方で日本には、日本ならではの強みがあると小西さんはいいます。世界に先駆けて高齢化が進む日本だからこそ、50代、60代になっても自分らしく美しく、生き生きと輝く女性たちの姿を発信していくことが重要だと考えています。

「J-Beautyは、とても強力なコンテンツになると思うんです」

「日本の女性たちが年齢を重ねることを前向きに楽しみ、活躍している姿そのものが、これから世界の憧れになり得ると思います。化粧品だけを売るのではなく、日本のライフスタイルや価値観、そして年齢を重ねることの魅力をコンテンツとともに届けていくことが大切です」

アニメやドラマ、映画などのコンテンツと美容を連携させながら、日本ならではの美意識やライフスタイルを世界に発信していくことが、今後のJ-Beautyの成長につながると期待しています。

正しい情報の発信が、日本の美容産業を守る

「美容に関わる人口は1000万人、市場規模は10兆円と言われています。そもそも、その人たちの雇用がないと、日本化粧品検定の資格も必要がなくなってしまいます。だから業界全体が発展することが、重要だと思っています」

化粧品の知識を学ぶ場がなかったから検定をつくった。検定を通じて“正しい情報を伝える人”が育ち、その先で見えてきたのが、日本の美容産業そのものをどう世界へ届けていくかという課題でした。

「正しい情報を届けたい」というひとつの思いは、いまや個人の学びにとどまらず、日本の美容産業の未来にもつながろうとしています。

取材・文/坂本アヤノ 撮影/藤本孝之

小西 さやか さん プロフィール

一般社団法人日本化粧品検定協会 代表理事、化学修士、北海道文教大学 客員教授、東京農業大学 客員准教授、日本薬科大学 招聘准教授。文部科学省後援・日本化粧品検定を立ち上げ、累計受験者数176万人超の資格制度に育て上げる。化学修士(サイエンティスト)としての科学的視点から美容・コスメを評価するコスメコンシェルジュとして活躍。著書は『美容成分キャラ図鑑』(西東社)など19冊、累計92万部超。


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