30年、世界トップの結果を支え続けた“駆け込み寺”――ウェルネスディレクター・池澤智さんが伴走する「心地よく生きる」ための選択肢

ミス・ユニバース、女優、トップモデル、そしてオリンピックで金メダルを獲得したアスリートまで。世界トップレベルの結果を求められる著名人たちから「ボディメイク最後の駆け込み寺」と呼ばれ、パーソナル・トレーナー歴30年にわたり絶大な支持を集めてきたカリスマパーソナル・トレーナーがいます。日本を代表するそのキャリアの持ち主・池澤智さんですが、ここ数年、「パーソナル・トレーナー」という肩書きだけでは自分のやりたいことを語りきれないと感じるようになったといいます。トレーニングを“真ん中”に置く仕事から、食べること、休むこと、自分を知ることまでを並列に扱う「ウェルネスディレクター」へ。
今年オープンしたPARADISE 大手町店や、淡路島のリトリート施設のプロデュース、そして自らが提唱する「アクティブウェルネス」という考え方に至るまでの軌跡を、池澤さんご自身の言葉でうかがいました。

肩書きだけでは語りきれない――20年目に芽生えた違和感

パーソナル・トレーナーには医師のような国家資格がなく、誰でも名乗ることができる職業です。「こんな言い方をするとよくないかもしれませんが」と前置きしたうえで、池澤さんはこう続けます。結果や実力を測る明確な基準があるわけではなく、雰囲気の良いジムを構えるだけで人が集まってしまうこともある、と。
「もちろん、ずっと継続して来てくださるかどうかは分かりません。ただ、私は日本でかなり早い段階からパーソナル・トレーナーという仕事をしてきたという自負があります。ありがたいことに『パーソナル・トレーナー』という存在自体はどんどん広がっていきました。でも、広がる一方で、少しずつ意味が薄まりながら広がっているようにも感じていて」
「今一般的にパーソナル・トレーナーと呼ばれている職業と、自分がやっている仕事は本当に同じなのかな」――そう考えるようになったのは、トレーナー歴がちょうど20年ほどになった、今から10年ほど前のことでした。「30年になるまでに、次に自分がやるものを見つけられたらいいかな」と考え始めていた矢先、2019年頃に俳優グウィネス・パルトロウが手がけるウェルネス・ライフスタイルブランド「goop(グープ)」との仕事が、ひとつの転機となります。
「食べること、休息すること、楽しむこと、トレーニングすること――人として豊かに生きるために、をとても理想的に伝えているように感じたんです。その仕事をお手伝いしたとき、初めて『パーソナル・トレーナー』ではない肩書きをいただきました」
「トレーナーという名前だけではなくても、自分は活動できるかもしれない」――その頃から、「自分がこれからやるものは何なんだろう」という問いが、池澤さんの中で静かに動き始めました。

2022年、六本木にて期間限定でオープンした「goop」のポップアップショップ

淡路島のリトリート施設が教えてくれた「自分を知る」ということ

転機はもうひとつありました。淡路島に建設される施設のコンテンツプロデュースを依頼されたことです。リトリートについて学びを深めていた池澤さんは、「ここでリトリートができる」と直感したといいます。
「食べること、休息すること、身体を動かすこと、楽しむこと。一人になって瞑想をしたり、静かな時間を過ごしたりすること。今は1泊2日ですが、その中で『自分を知る』『自分を整える』ということを体験してもらっています。ただ、整えるといっても、自分を知らないと整えることは難しいんですよね」
今でも月に一度、自らこのプログラムを続けています。「この施設をプロデュースした経験は、私にとってかなり大きかったと思います」と池澤さんは振り返ります。

池澤さんがプロデュースする、淡路島「禅坊 靖寧」でのリトリートの様子

トレーニングを“真ん中”から降ろす――ウェルネスという並列思考

それまで、ドクターを呼んだりボディケアを取り入れたりすることはあっても、あくまで「トレーニングの効果を高めるためのサブアイテム」という位置づけだったと振り返ります。
「トレーニングも、休息も、食事も、ボディケアも全部並列に置いて、『ウェルネス』というカテゴリーにするほうが、自分にはしっくりくると感じるようになりました。以前は常にトレーニングが真ん中でした。『明日起きたときに、もっと回復するには何をすればいいんだろう。回復しなければ筋肉はつかない』と、回復や負荷のことばかり考えていたんです」
20年近く伴走を続けてきたクライアントたちも、40代だった人が60代に、60代だった人が80代になっていきます。そこで見えてきたのが「ロンジェビティ」というテーマでした。池澤さん自身も50代を迎え、自分の年齢、クライアントの年齢、時代の流れが重なるところに、今の考え方があるといいます。テーマはただひとつ、「心地よく生きる」ということです。

「積極的休息」という発想の転換

2019年goopとの仕事を通じて、池澤さんが特に強く感じたのは「積極的に休息する」という発想でした。
「休むと、なんとなく『さぼっている』という感覚があるじゃないですか。忙しくなくなると不安になるようなところも、私自身ありました。前に向かうためだけに使っていたエネルギーを『休息すること』にシフトしたら、休息の質はすごく高くなるんじゃないかと思うようになりました」
疲れて倒れるように眠るのではなく、「いい睡眠を自分でプロデュースしにいく」。
「私は朝起きて『今日、一番調子いいわ』と、ほぼ毎日思うんです」
と池澤さんは笑いながら話します。

テーマはただひとつ、「心地よく生きる」ということ

数値化と実感のあいだで――検査とデバイスで「自分を知る」

池澤さんが大切にしているのは、ビタミンやミネラルの状態、睡眠の質など、自分の身体を継続的に観察し変化を把握することです。ある検査で「塩分」の項目が10点満点中6点だったため、質のいい塩分を意識して摂り再検査したところ、再び6点。理由を尋ねると、今度は「摂りすぎているから6点」との答えでした。
「たぶん『バランス』を評価しているんですよね。ブランドや評価の仕組みを知らなかったら、『少ないんだ』と思ってしまうかもしれない。そういう意味では、インデックスだけを見ることには少し疑問があります」
だからこそ、これからは「そういうものの見つけ方」に伴走してくれる人が必要になると指摘します。「誰と会うか」「何を食べるか」「どれくらい眠るか」「どれくらい身体を動かすか」――この4つを丁寧に見ていれば、体調の多くは把握できるといいます。日々の体調管理には睡眠や回復のスコアを可視化するウェアラブルデバイスも活用し、腸内マイクロバイオームの解析など、より専門的な検査にも12、13年前から取り組んでいます。

指導者ではなく「伴走者」でありたい

トレーナー歴30年、指導的な立場に見られることが多い池澤さんですが、自身は一貫して「指導者」ではなく「伴走者」でありたいと語ります。
「『これをやりなさい』ということは、最初から言ってこなかったですね。その人を見て、『こういうものがベストなんじゃないか』と考える。『この人のために本当に一生懸命調べてきてくれたんだな』と感じてもらえるくらい、必死に調べます」
そのうえで「おすすめは何ですか」と聞かれて初めて、少しずつ強くすすめていきます。そうしているうちに、詳しい説明をしなくても困ったときに連絡が来るようになったといいます。
「嬉しいときよりも、むしろ困ったときに連絡が来る。私は『困ったときに連絡してもらえる人になりたい』と思っています。職業としてまだ認知されていないものを仕事にするときは、『必要とされる』ということによってしか続けられないと思ったんです」
この姿勢は、今の「ウェルネスディレクター」という肩書きにもつながっています。「一つボタンを押したら、全部が連動して回り始めるものは何だろう」と考えたとき、池澤さんにとって一番分かりやすかったのが「身体」だったといいます。

「嬉しいときよりも、むしろ困ったときに連絡が来る。私は『困ったときに連絡してもらえる人になりたい』」

感覚だけに頼らない――ロジックと実感をつなぐ

ロジックや理論を重んじることも、池澤さんが大切にしてきた姿勢のひとつです。
「自分なりに理論を理解して、『ああ、だから昔からこう言われていたんだ』と納得できて、初めて受け入れられる。理解できないと、その先には行けないんです」
一見、ロジック重視の姿勢とリトリートのような「感覚」を扱う領域は結びつきにくいようにも思えますが、その橋渡しをするのも「人に伝えること」という仕事の本質だといいます。
「相手に分かってもらうためには、ロジックがないと、感覚だけではすごく難しい。『大丈夫ですよ』とだけ言われても、ある意味では無責任じゃないですか。だから、『なぜ私がこれを言うのか』を説明して、自分で実験して、『本当だな』と思ったことしか言わないようにしています」
健康情報が氾濫する時代について尋ねると、過去にダイエット本を執筆した経験を引き合いに出しました。本来は一人ひとりに合った提案が違うことを知っているからこそ、画一的な情報には葛藤があったといいます。
「まず、『誰に向けて書かれている情報なのか』をチェックする。それが自分に合っていなければ読まない。私は必ず、それを考えてから情報を見るようにしています」

「アクティブウェルネス」を日常につなげる

池澤さんが提唱するのは「アクティブウェルネス」という考え方です。何かが起きるのを待つのではなく、休息も運動も、自分から取りに行く。そのほうがストレスが少ないという実感からきています。
「たとえば、英語が話せない状態で外国人の輪にただ入ると、何を話そうか分からなくなりますが、自分から話しかければ、少なくとも自分が選んだ話題からスタートできる。待つよりも、自分から行ったほうが得るものが大きいんです」
休息も同じだといいます。
「『ながら体操』『ながら運動』のようなことをあまりしません。運動するときは運動する。歩くときは歩く。その行為そのものに意識を向けるようにしています」
重要なのは結果だけでなく、「自分はどうだったのか」「どう感じたのか」というプロセスに目を向けることです。「自分自身を知る」というのは人生をかけて取り組むテーマだと池澤さんは語ります。

企業とウェルネス――「言葉だけ」にしないために

企業がこぞって「ウェルネス」という言葉を使うようになった昨今の潮流について、池澤さんは、言葉だけが先行するのではなく、そのあり方が大切だと考えています。
「企業が『とりあえずウェルネスと言っておけばいい』という感じになるのだけは、やめたほうがいい。社員を本当に大切にしていれば、それは自然に外にも表れると思います」
過去に企業向けフィットネスプログラムを担当した経験も、この考え方を裏付けています。カロリー消費量に応じて食堂での食事量が変わる仕組みなど、社員の健康を本気で支える制度設計に触れ、「本当に社員の健康のことを考えているんだな」と実感したといいます。

「日本を支える人たちが健康で、高いパフォーマンスを発揮し続けられるよう支えること」

ウェルネスをもっと身近に――池澤さんが描く未来

今後の展望を尋ねると、「ウェルネス」という言葉自体が、日本ではまだ少し特別なものとして受け止められている現状に触れました。
「本当は自分自身のことなのに、『意識高いね』と言われたりする。日本中の人が元気でいるためには、それが『特別なもの』ではなく、スタンダードになってほしいと思います」
そのためには、一人ひとりが自分に合った方法を選べる「選択肢」が増えていくことも必要だと考えています。
池澤さんが今後担っていきたい役割は明確です。アイコンやインフルエンサーになることではなく、日本を支える人たちが健康で、高いパフォーマンスを発揮し続けられるよう支えること。そして、ウェルネスに関わりたい人たちが進める道をつくり、その可能性を広げていくことです。
「私みたいになりたい、ではなく、『その職業をやってみたい』と思ってもらえたら嬉しいです。今は、パーソナル・トレーナーだけではそれを実現できない。だから『パーソナル・トレーナー』とはもう一つ別に、『ウェルネスディレクター』という自分の仕事を、きちんと成立させていきたいと思っています」
池澤さんが目指すのは、「ウェルネスをデザインしてもらって、よくなった」と実感する人を、一人でも多く増やしていくこと。その構想のひとつが「ウェルネスハウス」です。カウンセリングやプロダクト、医師による施術などを一か所に集め、一人ひとりの状態や目指す姿に合わせて、1カ月の過ごし方や1年のロードマップをともに描き、必要な専門家へつないでいく。そんな場所を思い描いています。
同時に、「ウェルネスディレクター」という仕事が、長く現場に立ってきたトレーナーたちにとって、これまで培ってきた知識や経験を生かせる新たなキャリアの選択肢になることも見据えています。
誰もが自分に合ったウェルネスを選び、それを支える人や場所に自然につながれる社会へ。30年にわたり培ってきた経験を生かしながら、人や仕事、場へとつなぎ、ウェルネスの可能性を未来へ広げていく。それが、ウェルネスディレクターとして池澤さんがこれから描いていく未来です。

撮影協力:PARADISE 大手町店

取材・文/坂本アヤノ 撮影/藤本孝之

池澤智 さん プロフィール

ウェルネスディレクター
日本初の女性パーソナル・トレーナーとしてケビン山崎氏に師事。30年にわたり、俳優やモデル、トップアスリートなど数多くの著名人のボディメイクを手がける。ミス・ユニバース・ジャパンなどのオフィシャルトレーナーを歴任し、2019年には「goop」の日本展開に携わる。現在は、ウェルネスディレクターとして、運動、食事、休息、マインドなどを横断的に捉える「ACTIVE WELLNESS」を提唱。長年培った知見を生かし、リトリートやウェルネス施設、プログラムのプロデュースなど、一人ひとりが心地よく生きるための選択肢を広げる活動に取り組んでいる。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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