
「日本睡眠科学研究所」——nishikawa(西川株式会社)の社内研究機関が、創業460周年の節目に描く次の一手

写真右:西川株式会社 日本睡眠科学研究所 所長 野々村 琢人さん 写真左: 西川株式会社 日本睡眠科学研究所 安藤 翠さん
今年2026年に創業460年を迎える大手寝具メーカー・西川株式会社(以下、nishikawa)の社内研究機関として1984年に設立された、「日本睡眠科学研究所」。約40年にわたり眠りの科学と向き合い、その成果を製品・サービス開発に昇華させてきました。今回は、同研究所の所長である野々村琢人さんと、研究員の安藤翠さんに、エビデンスに基づくプロダクト開発から、顧客の行動変容を促すコミュニケーション戦略などについてお聞きしました。
ヒット連発の背景に「眠り」を科学で解明する専門機関あり
大谷翔平選手のCMでおなじみの高機能マットレス[エアー]、そして2026年1月にクラウドファンディングで2か月弱に約1840万円を集めた新感覚まくら「punitoro(ぷにとろ)」——。ヒット連発の背景には、nishikawaの社内研究機関「日本睡眠科学研究所」が40年以上かけて積み上げてきた、科学的エビデンスの蓄積があります。
同研究所は、「どんな条件のもとで人間はより良い眠りを得られるか」をライフサイエンスの視点から追求する睡眠生理の研究、温度・湿度・照明といった環境要因が睡眠に与える影響を解明する寝室・寝床内環境の研究、そして快適な眠りを実現する素材・機能・システムを開発する寝具研究——この3本柱で活動しています。

東京・日本橋にある「日本睡眠科学研究所」の前。手にしているのは高機能マットレス[エアーSX]マットレスの中材
「名称を『寝具研究所』ではなく『睡眠科学研究所』としたことにも意味があります。寝具開発の前に『そもそも睡眠とはなにか』を医学的・科学的に解明することが出発点にあるからです。そのために産学連携により科学的エビデンスに基づいた研究を行い、睡眠について漠然と悩む方々の課題に応えながら、成果は積極的に社会へ公表しています」(野々村さん)
筑波大学・国際統合睡眠医科学研究機構の柳沢正史機構長・教授や、ハーバード大学医学部の根来秀行客員教授らをはじめ、国内外の著名な睡眠研究者を顧問として迎え入れ、研究の深度と信頼性を高めているのも特徴です。
寝具・寝装品領域は主観的評価に依存しやすい分野です。その限界を超えるべく設立された同研究所は、産学連携によるエビデンスの構築と積極的な外部公表を通じて、nishikawaを「感覚で売る寝具メーカー」から「根拠で選ばれる睡眠ソルーション企業」へと押し上げる原動力となっています。
エビデンスと知見をプロダクトへ応用する
「日本睡眠科学研究所」の研究成果は、nishikawaの製品・サービスに直接反映されています。確固たるエビデンスは「眠れそう」という感覚的な訴求を「眠れる理由がある」という理性的な訴求へと転換させ、データをもとにした適切なアドバイスも生まれます。

グッとこぶしで押し込んでも、周囲の凹凸が引き込まれないので体型に合わせた体圧分散と寝姿勢保持ができる
その代表例の1つが、大谷翔平選手が愛用していることでも知られる高機能マットレス[エアー]シリーズです。理想の寝具には、特定の部位に圧力が集中しないための「体圧分散性」と、背骨が自然なS字カーブを保つための硬さ「寝姿勢保持性」という、二律背反の機能が求められます。この課題を解決するため[エアー]では機能性を徹底的に掘り下げ、商品化を実現しました。
「開発したのは、素材やスリットの入れ方が異なる4層構造のマットレスです。上から力が加わると各層で素材の圧縮変形具合が異なり、柔らかさと姿勢保持を両立します。睡眠中は身体がうっ血しないよう20〜30回寝返りをしますから、仰向けだけではなく横向きなど、あらゆる姿勢に対応できる構造になっています」(野々村さん)

ウールパッド、[エアー]AiR、低反発での背骨の沈み具合を比較したもの
開発プロセスではコンピューターシミュレーションを駆使するだけではなく、実際に被験者がマットレスに寝た状態でMRIに入り、骨格がどのように支えられているかを画像で検証するなど、徹底した実証実験も行いました。
睡眠科学の知見は、夜の寝具にとどまりません。日中のデスクワークに着目し、理想的な姿勢を保持して骨盤をサポートするクッション「Keeps(キープス)クッション」も開発しました。研究の射程を24時間のライフスタイル全体へと広げています。
「8時間の睡眠に加え、デスクワークの多い人にとっては椅子に座る昼間の8時間も大きな課題です。『Keepsクッション』の開発を機に、これからは個人の24時間すべてを支えるヘルスケア企業になるための研究開発も、目指すべき方向性だと思います」(野々村さん)

ラクで正しい座り姿勢を自然と保てるよう、約2年の開発期間をかけて完成させたクッション、「Keeps(キープス)」
睡眠価値はデータとともに効果を示すことで高まる
睡眠価値を高めるための情報発信は、消費者の行動変容や商品・サービスの利用につながる重要なポイントです。
「newmine(ニューミン)」は、社内の女性メンバーの声から生まれた美容睡眠®ブランドです。忙しい現代女性にとって睡眠時間は貴重な美容のゴールデンタイムと捉え、「眠っている間の時間を美しさに変換する」をテーマに、肌への過剰な刺激を防ぐ美容まくらや、質の高い眠りを誘うナイトウェア、美容液成分配合のピローケースなどを展開しています。

睡眠と美容が関係することを踏まえ、睡眠のスペシャリストでもあるnishikawaの女性社員たちの視点から商品アイデアに繋がった「newmine(ニューミン)」
「合わないまくらやピローケースが頬への圧迫によるシミやしわ、髪のダメージにつながるといった女性社員のインサイトをもとに、皮膚科医との共同研究・監修により製品を作っています。単に圧力を逃すだけではなく、正しい寝姿勢も両立させることで、睡眠の質向上による『内側からの美』と、物理的なダメージ軽減による『外側からの美』を同時に叶えるプロダクトを完成させました」(安藤さん)
こうしたプロダクトの価値を最大化し、顧客の認識や行動を変えるきっかけとなるのが、リアル店舗という接点です。
「我々には店舗というタッチポイントがあり、デジタルとアナログを融合した情報発信ができるのが強みです。スマートフォンなどを使い手軽に睡眠データを取得し、店舗でその課題を解決するためのソルーションを体験できるという形は残すべきだと思います。研究に基づく深い納得感と、実際に使った際のリアルな体感の双方が叶う戦略が不可欠です」(野々村さん)
「ねむりの相談所」は、日本睡眠科学研究所が認定する資格、眠りのプロ「スリープマスター」が来店者の悩みに応える実店舗です。眠りの相談から、まくらやマットレス・掛け布団などの体感、睡眠解析や室内環境チェックといったサービスを提供しており、ここにも研究成果をふんだんに取り入れています。睡眠時間や中途覚醒、睡眠効率などを可視化し改善アドバイスを提供するスマートフォン向けアプリ「goomo(グーモ)」も、研究所の知見が活かされたサービスです。

安藤さんは学生時代に時間栄養学や時間薬理学を専攻。「そうしたなかで予防医学の重要性に気づき、日々の健康の土台となる睡眠の世界に飛び込みました」
「睡眠に対する悩みは一人ひとりで異なるからこそ、個別最適化したソルーションを提案して解決に導いたり、テクノロジーの力で解決に導いたりする必要があります。課題を単に可視化して終わるのではなく、エビデンスをもとにした正しいアドバイスを提供することがポイントです」(安藤さん)
nishikawaの取り組みは、BtoCの寝具販売にとどまりません。2026年4月からは、企業・団体向け「睡眠改善プログラム」の新パッケージプランの販売も始めました。社員の睡眠マネジメント向上と企業の課題把握から改善までをワンストップで支援する複合プログラムで、nishikawaと「日本睡眠科学研究所」のノウハウを凝縮したBtoBソルーションです。
睡眠を通じた24時間ウェルネス・ウェルビーイングの実現へ
日本睡眠科学研究所が目指すのは、睡眠を通じた24時間ウェルネス・ウェルビーイングの実現です。
「世間では『睡眠不足だと認知症をはじめとする健康リスクが高まる』と言われていますが、私たちは睡眠時間の改善に加え、寝具や睡眠環境で改善するといった量と質の両面からアプローチしています。あるいは健康や美容との関わりなどについて医学系の先生方とともに研究を進めていることが、付加価値に繋がっています」(安藤さん)
他にも、「PHT繊維使用ウェアによる睡眠改善効果の実証」「睡眠の質向上で、肌質が改善」「ピローケースの触感での幸福度調査」など、大学・医療機関・企業との共同研究も積極的に展開。日本人1万人の睡眠に対する意識・満足度・実態などを調査した「睡眠白書」を毎年発行するなど、睡眠価値の啓蒙にも余念がありません。
自社の寝具開発にとどまらず、食品・空調・照明など他分野のメーカーと連携し、外部企業のソルーションが睡眠にどう影響を与えるかを研究・評価する、いわば睡眠研究のハブとしての役割も担っています。
「nishikawaは『トータル睡眠ソルーション企業』の理念を掲げており、寝具の域を越えて総合的に睡眠課題を解消することを目指しています。また、最近は睡眠市場への関心も高まり、さまざまな睡眠関連商品も登場していますが、本当に睡眠にプラスにはたらくのかを自社で評価できる企業は多くはなく、我々の研究機関を受託評価の場としてもご利用いただいています」(安藤さん)

野々村さんは8年前までは大手電機メーカーのソフトウェア研究所に在籍し、ソフトウェア工学やシステム戦略などに携わっていた異色の経歴
「多くの方は運動や食事を工夫していますが、睡眠については気づいていないことがたくさんあります。単なる休息ではなく、本来の力を引き出すためのものだからこそ我々が深く研究し、社会に啓蒙していく意義があります」(野々村さん)
こうした一連の取り組みは、寝具メーカーの枠を超えた睡眠ソルーションとしての進化を感じさせます。この先目指すのは、デジタルの力で眠りを可視化し、科学的な検証を繰り返しながらエビデンスに基づいたプロダクトとサービスを届ける「SLEEP TECH®」の確立です。
「AIやIoTを活用して睡眠データを計測・可視化することに加え、アドバイスまでつなげることが重要です。ゆくゆくは『人間天気予報』のようなサービスまで磨き上げるのが目標です。夜の眠りの状態から翌日の感情まで予測し、食事や行動、運動まで生活習慣を丸ごとサポートする仕組みを作りたいと思います」(安藤さん)
「昨今は各業界でパーソナライズが叫ばれていますが、もう一歩踏み込みたいと考えています。人の状態は365日異なり、その日の体調によって合う寝具も違います。睡眠の可視化などを通じて『今に合わせた』ものが提案できると、素晴らしいですね」(野々村さん)
睡眠を主観からエビデンスへ、製品に加えサービス・ソルーションの提供へとつなげてきた「日本睡眠科学研究所」の取り組みは、nishikawaを寝具メーカーから睡眠ソルーション企業へとシフトさせる原動力です。伝統企業でありながらコアコンピタンスを再定義し新しい市場価値を創造するというチャレンジングな姿勢も垣間見えます。「ウェルネスのインフラとしての睡眠」という考えは、今後のヘルスケアビジネスにおいても大きなトレンドになっていくに違いありません。
取材・文/大正谷成晴 撮影/関大介















