
ANA客室乗務員から野菜の料理家へ——西岡麻央さんが語る、からだの声を聴き、季節を感じる、毎日の野菜料理が導くウェルネスな生活
今日、あなたのからだは何を欲しがっていますか?——その答えは、AIが出してくる情報よりも、旬の野菜に訊くほうが確かかもしれません。手に取り、季節の香りを感じながら料理するとき、はじめてからだと対話できる。野菜の料理家・国際中医薬膳師の西岡麻央さんは、ANAの客室乗務員から料理家へ転身し、「野菜で心と体を整える」をテーマに活動しています。Instagramのフォロワーは約8万人。日本テレビ「キユーピー3分クッキング」への出演をはじめ、企業へのレシピ提供や商品監修など幅広く活躍する一方で、西岡さんが大切にしているのは、誰かが実際に作って食べ、暮らしの中で変化を感じる瞬間だといいます。野菜が導くウェルネスな生活について、その歩みと、これから見据える未来を聞きました。
みんなで『いただきます』と言えるような空間をつくりたい
西岡さんは全日本空輸(ANA)の客室乗務員として4年間勤務しました。国際線では日本時間の深夜3時に機内食を食べることも珍しくなく、生活リズムは不規則。風邪をひきやすくなるなど、体調を崩しがちに。畑仕事をする祖母の影響もあり、もともと野菜をたっぷり使った煮物や切り干し大根のような滋味深い食べ物が好きなのですが、国際線の乗務が始まるとなかなかそのような食生活はできないなと感じました。そんな思いもあり、「休日には自分が食べたいものをきちんと作れる自分になりたい」と通い始めたのが料理教室でした。
「『いただきます』と言って、みんなで作ったものを一緒に食べて会話が広がっていく。その時間がすごく心地よかったんです。こういう空間を自分でもつくれるのかな?って考えるようになりました」

「CA時代はお休みの日は、自分の中で体を整える時間にしたいなと思い、ヨガをしたり、料理教室に通ったりしてました」
また、海外での時差により夜中に目が覚めると、料理ブログをよく眺めていたといいます。いろんな人が料理を作って発信している。その世界が楽しそうで面白いと思っているうちに、気持ちがどんどん料理の方へ傾いていきました。
結婚して少し経った頃、退職を決意し、料理研究家・井上絵美氏が主宰する料理学校エコールエミーズのプロフェッショナルコースへ進学。料理の基礎からおもてなしの演出まで幅広く学びました。周囲には「料理を勉強したい」とだけ伝えていましたが、自分の中ではすでに料理を仕事にする覚悟を決めていました。
「やりたいと思ったら、やるしかない性格なんです。ただし、退職するときに『料理家になる』とまでは言えなかったのは、本当にできるんだろうか、という気持ちもあったからだと思います」
「私の道は野菜」転機となったパワーサラダ専門店の監修
覚悟を決めて飛び込んだ料理の世界でしたが、将来への不安はすぐには消えませんでした。
「学べば学ぶほど料理の奥深さに気づいてしまって。『自分に何ができるんだろう』と、料理学校に入学してから卒業後も、なかなか自信が持てない日々が続いていましたね」
「体にいい料理を世の中に発信していきたい」という思いは漠然とあったものの、軸が定まらない。もっと専門性を身につけたいと考えていた西岡さんが向かったのが薬膳の世界でした。北京中医薬大学日本校(現・日本中医学院)にて中医薬膳師の資格を取得し、そこで気づいたことがありました。
「薬膳って、生薬を擦ったり、珍しい食材ばかりを扱ったり、日常とかけ離れたイメージがあって。でも授業で使っていたのはニンジンやトマトなど、いつもの食材でした。食材一つひとつに意味や効能があると知って、自分のやりたいことと近いかもと思ったんです」
そして薬膳の資格取得とほぼ同時期に舞い込んだのが、転機となるパワーサラダ専門店「HIGH FIVE SALAD」のメニュー監修です。試作を重ねながら農家さんからもお話を聞かせていただいたりして、多くの野菜に触れる日々。西岡さんの頭の中は、野菜と薬膳でいっぱいになっていきました。

パワーサラダ専門店「HIGH FIVE SALAD」
「農家さんのお話を聞いて、おいしい野菜にたくさん出会いました。一方、薬膳の勉強では野菜の効能について学んでいて。改めて野菜ってすごいなと思ったんです。そのときに、『私の道は野菜かも』って思った瞬間があって。ずっと自分の中に漠然とあった『体にいいもの』『料理を発信したい』というテーマに答えが出たかのような感覚でした」
その後はCMや広告、雑誌、企業へのレシピ提供のほか、『塩だけスープ』(KADOKAWA)、『体を癒やす夏スープ』(主婦と生活社)、『薬膳の作りおきおかず』(主婦と生活社)など著書を重ね、野菜の料理家として活動の幅を広げていきました。
知識を得ることより、体験して変化を感じてほしいが原動力に
「SNSやAIの普及で、情報は誰もが気軽に手に入れられる時代になりました。その分、実際にやってみて感じたことや体験が、これからもっと貴重になっていくのではないか」と語ります。
大切にしているのは、知識を増やすことそのものではなく、その知識をきっかけに実際に行動し、体や暮らしの変化を感じてもらうこと。主宰しているオンラインサロン「ame-hare」も、知識を教える場ではなく、体験のきっかけをつくる場だと考えています。

『薬膳の作りおきおかず』(主婦と生活社)を手に。野菜の美味しさを引き出すレシピをいつも考えている人。というのが西岡さんのインスタのプロフィールの紹介文
だからこそ、西岡さんが何より嬉しいと感じるのは参加者から届く報告です。「『自分は今気が滞ってそうだから、この食材を選んでこういうのを作りました』のような、実際に作ってどうだったかを報告してくださると気持ちが上がります。届いたなって実感できるのが、すごく嬉しいです」
知識が体験に変わり、その体験が暮らしを少しずつ変えていく。その瞬間こそが、西岡さんの活動の原動力になっています。
「野菜の力を、もっと多くの人に信じてほしい」。西岡さんの言葉には、料理家という枠を超えた静かな確信があります。「特別な健康法ではなく、スーパーで買える野菜が、季節と一緒にからだを整えてくれる。それを一人でも多くの人に体験してほしい。野菜を通じて、自分の心と体を整える力を取り戻してほしいんです」
野菜の背景まで届けていきたい
今後は野菜のレシピや野菜そのものだけでなく、野菜が育つ場所や作り手の思いまで伝えていきたいといいます。
「野菜があるところから料理が始まるのではなく、その前の段階から伝えたいんです。作り手さんの思いとか、どういう土地で育っているのかとか。そういう背景を知ると、野菜をもっと好きになれると思うんです」
そして西岡さんが「野菜を料理すること」に込める意味は、栄養や健康だけではないといいます。
「野菜は、季節そのもの。春にはアスパラや菜の花、夏にはトマトやゴーヤ、秋にはかぼちゃや里芋、冬には根菜や白菜。旬の野菜を選んで、手を加えて食べることは、季節の変化を体で感じることでもある。薬膳的にも、その季節に旬を迎える食材には、その季節に体が必要とする力が宿っています。野菜を料理するという行為自体が、自然のリズムと自分の体をつなぐことだと思っています」

「生活の中で自分が作って、食べてみて、『あっ』と感じること。そこが一番大事だと思っています」
野菜を通じて季節を感じ、からだの声を聴く——その思いは、2026年6月に刊行された最新刊『野菜を食べる副菜 あと1品で、ゆる薬膳』(オレンジページ)にも結実しています。献立の「あと1品」に悩んだとき、身近な野菜が持つ薬膳の力に注目し、種類と効能から辞書のように副菜レシピを引ける一冊。「季節の養生」のコラムでは、春、夏・梅雨、秋・冬と、季節ごとにからだを整える食べ方も紹介されており、西岡さんの思想が毎日の食卓で実践できる形になっています。
農家を訪ね、生産者の話を聞き、自分が感動したことを伝える。野菜を通じて季節を感じ、体を整え、作り手とつながり、環境にも向き合う。野菜を料理するという日々の営みが、心とからだ、暮らしのウェルネス全体を底上げしていく——西岡麻央さんはそう信じて、これからも一皿の向こう側にある豊かさを届け続けます。
取材・文/坂本アヤノ 撮影/藤本孝之

西岡麻央 さん プロフィール
野菜の料理家、国際中医薬膳師。学習院大学卒業後、ANAの客室乗務員として国内線・国際線に約4年間乗務。不規則な生活の中で食が心身に与える影響を実感し、料理の道へ。井上絵美氏に師事し、エコールエミーズでディプロマを取得。北京中医薬大学日本校で中医薬膳師の資格も取得した。パワーサラダ専門店「HIGH FIVE SALAD」のメニュー監修をはじめ、CM・広告・雑誌でのレシピ提供、企業の商品監修、テレビ出演など幅広く活動。オンラインサロン「ame-hare」を主宰し、Instagram(フォロワー約8万人)でも旬の野菜を使った健やかなレシピを発信中。著書に『パワーサラダレシピ』(主婦の友社)、『塩だけスープ』(KADOKAWA)ほか。最新刊は『野菜を食べる副菜 あと1品で、ゆる薬膳』(オレンジページ、2026年6月)















