【前編】MCIの前段階SCDから始める認知症「先制医療」で脳寿命延伸を実践に

40代で健康な人でも、脳の異常を検出できる最新技術の画像検査「アミロイドPET」をご存じですか?これからの認知症ケアは、発症を待ってから治療に取り組むのではなく、SCD・MCIの段階でエビデンスのある対応策を打っていくことが重要です。さまざまな認知症予防における有効性や、脳の健康寿命を維持するために必要なポイントを押さえましょう。ここでは、進歩した医療機器をもって発症する前にその予兆を発見し、早期に最新医療を始めることで発症予防をめざす“先制医療”について、日本の認知症治療における第一人者であり、アルツクリニック東京院長の新井平伊医師に伺いました。

※MCI:軽度認知障害。認知症の一歩手前の状態を指す。
※SCD:主観的認知機能の低下。自分だけが気づく変化が現れる。

SCDの理解が認知症の”超“早期予防につながる

新井先生は大学で取り組まれてきた認知症に関する研究を、一般の方々も気軽に参加できる場に移し、実践的に活動していらっしゃいます。はじめに、現代における認知症の実態について教えていただけますか?

わが国における認知症の患者数は、2012年には高齢者(65歳以上)人口の15%でした。これが2025年には20%に、2040年には24%を超えると推測されています。これは今、40歳の人で25年後にはおよそ4人に1人が認知症になっているということです。 医学の進歩や健康意識の向上によって平均寿命と健康寿命は延びつづけている一方で、その差は10歳前後で大きな変化は見られていません。つまり、介護など誰かの手を必要とする期間には変化がないということです。ここで、脳における健康寿命の限界は認知症という形で表れています。

昔と今では、認知症における検査や診断方法に違いはありますか?

認知症の7割を占めるアルツハイマー型認知症について昔は、健康か認知症かの2つに分けられていました。近年では画像検査機器の進歩によって未病のレベルを細分化し、合計4つの段階に分けられています。
その段階とは、健康な人から主観的認知機能低下(SCD:Subjective Cognitive Decline)の状態を経て、軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)の状態へ、さらに時間をかけて進行しながらこのうち10~15%が発症するというものです。ここで大切なのは、それぞれの状態は画一的なものではなく、つながっているものだという認識をもつことでしょう。

SCD(主観的認知機能低下)とは、どのような状態をいうのでしょうか?

SCD(主観的認知機能低下)とは、未病の段階でMCIのひとつ前の段階をさします。検査では認知機能の低下は見られませんが、日常でいくつかの変化が自覚できる状態です。変化としては、自分だけが気付く程度で、ど忘れが増えた感覚、計算や文書作成で戸惑うといったことが挙げられます。
胃痛に例えるならSCDは、「これぐらいなら大丈夫だろう」という自己で否認しうる状態。これがMCIになると、痛みでうずくまって周囲が気付く。そして認知症の段階まで進むと、検査で胃潰瘍が見つかるというようなイメージです。極端な話をすると、ただの胃痛だと思っていたら胃がんだったということも。
しかるべき検査をおこない鑑別診断をうけることが大切で、これは脳においても同じことが言えます。

SCDの段階でも、脳内の変化は見られるのでしょうか?

はい。アルツハイマー型認知症の原因となるアミロイドβの蓄積は40代から始まっていて、SCDの段階でも所定の検査でこれを確認することができます。また、記憶障害や日常生活で支障をきたすレベルになるまでは20年ほどの余裕があり、この段階から予防に取り組むことは発症を遅らせるために有効です。
これには、疫学的な研究により認知症を進行させる危険因子が解明されてきたことや、推計学としてエビデンスが少しずつ集まってきたことから説明がつきます。

進歩した画像検査機器と変わりゆく診断

脳における画像検査の内容や、違いについて教えていただけますか?

脳の画像検査は飛躍的に進歩してきました。レントゲンしかなかった1970年代、X線を複数の方向からあてて断層画像を何枚も取り出し、画像処理をおこなうCT(X線コンピュータ断層撮影)に始まります。これにより、短い検査時間で脳出血や脳梗塞などの診断が容易になりました。
そのあと10年ほどしてから登場した、磁場と電波を利用することで画像化するMRI(磁気共鳴断層撮影)は骨の影響を受けにくく、脳腫瘍の撮影に有用です。これを応用したものに、血管だけを画像化するMRA(磁気共鳴血管撮影)もあり、くも膜下出血の原因となる動脈瘤を見つけるのに適しています。
次いで、SPECT(単一光子放射断層撮影)は微量の放射性物質を投与して脳の血流からダメージを受けた部分を調べる検査です。解像度が高いために、MRIやCTよりも初期の病変を見つけることができます。
そして、脳の機能を画像化する最新の技法が、SPECTよりも高い感度を誇るPET(陽電子放出断層撮影)です。なかでも、脳内におけるタンパク質“アミロイドβ”の沈着を直接的に明らかにできる「アミロイドPET」は、世界中で今もっとも注目されている画像検査です。

人間ドックでは、アルツハイマー型認知症を早期発見することは難しいのでしょうか?

はい。人間ドックで広くおこなわれているMRIは、動脈瘤や血管性認知症を見つけることには適していますが、アルツハイマー型認知症の早期発見には役に立ちません。なぜなら、脳の形態を見るCTやMRIでは、脳の萎縮がある程度進んでからでないと見つけることがむずかしいからです。萎縮の進んでいる状態はすでにMCI後半をさし、5年以内にアルツハイマー型認知症へ移行する確率が50%とも言われています。
こうした現実から、より早い段階から予防に取り組むための検査は、今のところアミロイドPETが最終兵器であると言えるでしょう。

画像検査機器の進歩によって、認知症の診断はどのように変わりましたか?

昔は、問診時にテストをおこなって認知機能の低下を数値化したり、脳の萎縮における度合いを調べたりすることで診断していました。患者さんからすると、元に戻らない結果ばかりを目の前にだされることで、絶望を感じる方もいらっしゃったでしょう。これには、映画やドラマにあった、あたかも“認知症になったら終わり”と連想させるような描かれ方も影響し誤解されているのではないでしょうか。認知症になっても、その進行のほとんどは緩やかで、人生は終わりではありません。
今では、発症する25年も前からアミロイドβについて確認できるようになりました。さらに、発症を遅らせる方法も実証されてきています。
つまり、進歩した医療機器をもって発症する前にその予兆を発見し、早期に最新医療を始めることで発症予防をめざす「先制医療」が可能になったのです。

予防には生活習慣の見直しと社会活動が重要

認知症の予防について、どのようにお考えですか?

私は、認知症の予防を3つの段階に分けて考えています。一つ目は、現在の医療ではむずかしいもので発症させないという「一次予防」。二つ目は、生活習慣などを改善することで発症する時期を遅らせる「二次予防」。最近、米国において迅速承認された抗体医薬アデュカヌマブは、ここに的をあてた世界初の治療薬です。待望の新薬として脚光を浴びていますが、臨床使用の実績や有効性については、あらためて確認していく姿勢も必要でしょう。また、WHO(世界保健機関)から2019年に初めて発表された「認知症リスク低減のガイドライン」でも、日常生活の改善について示されています。
三つ目は、発症してから認知機能の低下するスピードを緩やかにする「三次予防」です。これには、本人と家族の不安を支えることのできる医療体制が欠かせません。そして、患者さんと家族、環境の3つの視点から包括的に支援していくことが求められます。
ここで大切なのは、二次予防も三次予防も共通している部分は多くあり、いずれの段階でも諦める必要はないということ。人生100年時代のこれからは認知症があって当たり前の生活、予防とともに共生していく時代となるでしょう。

サプリメントや脳トレは、アルツハイマー病の発症を遅らせるために有効でしょうか?

それらの評価は利用する人の性格や環境、そして生きていく姿勢によって、有効性も含めさまざまでしょう。しかし、重要なことはWHOがはっきりと指摘しているようにサプリメントには頼らないということです。欠乏症とはことなり、一つのものを摂ったからといって病気にならないということはありません。サプリメントを選ぶときには、発表された論文が掲載された医学雑誌のレベルをチェックするなど客観的に評価して選ぶことも心がけてください。
サプリメントのメリットには、プラセボ効果とも言える使用していることでの安心感や、さらにはそれによって前向きに生活でき、結果として健康維持につながることもあげられるでしょう。しかし、一部には、評価の高い国際学術誌に掲載されているサプリメントもありますので、今後に期待している部分もあります。

具体的には、どのようなことに取り組めばよいのですか?

そうですね、40代など早い段階から生活習慣を見直すことを心がけてください。脳の働きと最も関係が深いのは、血管と神経細胞の老化です。糖尿病や高血圧、脂質異常症などを放置することは、血管障害の大きなリスクになります。
そして、日常において重要なのが「社会活動(対人関係)」です。アルツハイマー型認知症では、脳の前頭葉が萎縮してきますが、コミュニケーションをとることで前頭葉は活性化することが分かっています。
ここで私の好きな言葉「人間」について紹介しましょう。生物学的には「ヒト」と片仮名で書くのに、なぜか「人の間」と書きますよね。私たちは単独のヒトではなく、人と人の間に生きていて、集団のなかで感情が生まれてくるということです。そして気持ちが通じるようになって社会性というのが生まれます。疫学的にも、元気に社会活動をおこなっている人は認知症を発症しにくいそうです。
また、社会活動を維持する上で聴力は大切な要素のひとつ。聴力の低下を改善すると、発症のリスクを9%減らすことが出来るという調査結果もあります。

認知症に対する企業への期待と先制医療の展望

認知症における先制医療は今後、どのように展開していくと予想されますか?

将来的にはアミロイドPETが保険適用になり、早期診断とエビデンスのある予防が一貫性をもっておこなえるようになることを願っています。
アルツハイマー型認知症を考えるうえで大切なのは、アミロイドβが溜まり始めていても神経細胞が健在という時期に脳の状態を知り、対策をとること。そして、その後たとえ認知症と診断されても人生は終わりではありません。それからの人生をいかに生きるか、考えることが重要です。「彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」という言葉がありますが、脳の異常を早くに知って老化への有効な対応策を打つことは、脳の健康寿命の維持につながることでしょう。

最後に、認知症に対して取り組む企業の方々へメッセージをお願いします。

これまで、予防も治療もむずかしいと言われてきたアルツハイマー型認知症ですが、医学の発展にともなって認知症のレベルに至らない段階でアルツハイマー病が見つけられ、発症を遅らすことができるところまできています。アルツハイマー病の研究は多くの基礎実験から、臨床での実証研究までの一連の流れがあり、最終的に第一線の現場に反映できるまでには相当の時間がかかります。しかし、その5年、10年の間にも多くの方が認知症を発症することになります。
私が目指しているのは、いま認知症で苦しんでいる、または認知症を心配している人々に、今こそ最先端の研究成果を提供することです。そのためには、多くの企業の皆さんにも参画いただけるような「認知症予防」を目指した産学共同コンソーシアムを形づくることを目指しています。「認知症予防」を目指す大きなうねりをぜひ一緒に生み出しましょう。

<インタビュー後編はこちら>

新井 平伊 医師 プロフィール

東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員を経て、1990年順天堂大学医学部講師。
1997年順天堂大学医学部精神医学講座教授を経て、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学名誉教授。 順天堂大学医学部附属順天堂医院メンタルクリニック科長、順天堂大学医学部附属順天堂越谷病院院長代行等を歴任。2019年よりアルツクリニック東京院長。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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