
行政だけで抱えず、スタートアップと解く――京都市が東京から描く、「KYOTO CITY OPEN LABO」とまちのウェルビーイング
人口減少や人手不足、環境問題など、自治体が向き合う課題は複雑さを増しています。そうしたなか、京都市は行政だけで答えを出すのではなく、企業や大学、スタートアップの技術や知見を取り込み、社会実装につなげる公民連携を進めています。その窓口の一つが公民連携によるオープンイノベーションを実現する「KYOTO CITY OPEN LABO」です。地域課題の解決と産業振興をどう両立するのか。そして、公民連携は市民のウェルビーイングにどうつながるのでしょうか。行政と企業のあいだに立つ自らの役割を「翻訳」と表現する、京都市東京事務所次長の松浦太郎さんに聞きました。
行政課題と企業のリソースをつなぐ「KYOTO CITY OPEN LABO」
京都市が「KYOTO CITY OPEN LABO」を立ち上げたのは2021年度です。行政が抱える課題を公開し、民間事業者から解決策の提案を募ります。市側から課題を示す「テーマ型」と、企業側から自由に提案を持ち込む「フリー型」があり、市と企業が双方のリソースを持ち寄って実証・実装を目指します。目的は、市民サービスの向上と民間事業者の新たな市場開拓です。

京都市の公民連携によるオープンイノベーション「KYOTO CITY OPEN LABO」。民間事業者から課題解決に資する提案を受け付け、課題解決と新たなサービスの実装に取り組んでいます
「行政や地域の課題は年々、複雑化、高度化しています。一方で、予算や人員には限りがある。行政だけで抱えるのではなく、企業や団体の力を借りて一緒に解決していく必要があります。スタートアップの支援・育成という意味も含め、京都市の地域課題、社会課題を広くオープンにして、『一緒に解決しませんか』という形をつくってきました」(松浦さん、以下同)
背景には、スタートアップ支援の機運の高まりもありました。2020年7月には、京阪神地域が内閣府の第1期「スタートアップ・エコシステム グローバル拠点都市」に選定されています。
「当時、京都市としてスタートアップ・エコシステム・グローバル拠点都市の選定を目指すプロジェクトを担当していましたが、国の方針としてスタートアップが活躍することは、社会的にも経済的にも良いことだという考えが明示されていました。自治体や政府がスタートアップ企業のファーストカスタマーになるという発想は、アメリカでは以前から存在していて、京都市でも『ベンチャー購買制度』などの仕組みを設けていましたが、その流れが大きくなり始めた時期でした」
「KYOTO CITY OPEN LABO」では、テーマ型については、事業費について市が上限20万円を支援するほか、実証フィールドやデータ、ネットワークの提供、広報も支援します。実証後に新たな技術・サービスとして認定されれば、随意契約が可能になる仕組みもあります。
「金銭面だけではありません。京都は企業や大学、産業支援機関が集まり、エコシステムがかなり充実しています。必要に応じて、関係するプレイヤーをご紹介することもできます」

2026年4月から、東京事務所に異動した松浦さん。有楽町にある事業創造コミュニティ「SAAI Wonder Working Community」を拠点の一つとし、首都圏の連携先企業を探しています
京都で実証したサービスが、別の自治体へ広がる可能性があることも企業側のメリットです。
「京都が抱えている悩みは、多かれ少なかれ他の自治体も抱えています。京都で成功すれば横展開できる。地域課題の解決と産業振興、スタートアップ支援を同時に進められればと思っています」
2026年の7月には、京都で毎年行われる日本最大級のスタートアップ支援イベントIVSのサイドイベントにおいて、協力事業者とともに「KYOTO CITY OPEN LABO」をプラットフォームに、首都圏のスタートアップ企業と京都市の地域課題、社会課題をマッチングする試みを東本願寺という特別な空間において実現しました。
「翻訳」の難しさとやりがい
松浦さんは京都市役所で、中央卸売市場、障害福祉、地域振興などを経験しました。管理職になってからはスタートアップ支援や産学連携にも携わっています。
そうした経験を経て、企業と行政の間に立つ自身の役割を、松浦さんは「翻訳」と表現します。
「企業と行政では、考え方も言葉遣いも少し違います。そこを頭の中でうまく翻訳して、住民にとっての価値と企業にとっての価値を両立する。それが難しさでもあり、やりがいです」
翻訳がうまく働いた例として松浦さんが挙げるのが、行政手続きのデジタル化や企業の生成AI活用を支援するグラファー(東京都渋谷区)と2025年に取り組んだ、京都市内の区役所・支所の自動音声応答(IVR)の導入です。試行期間中、受け付けた電話の約7割が、SMSによる情報提供か目的の窓口への自動転送で完結しました。
「京都市の代表電話交換の担当職員については、採用をすでに行っておらず、退職でどんどん少なくなるなか所管課と協力して実施した公民連携です。24時間365日対応できることから市民の利便性向上につながり、職員の業務負担軽減も実現しました」
人手不足という行政の切実な課題と、企業の技術を噛み合わせる。市民の利便性と職員の負担軽減を同時に実現したこの事例は、松浦さんのいう「翻訳」の一つの成果といえます。
東京でリアルな出会いをつくり、京都へつなぐ
2026年4月から、松浦さんは丸の内にある東京事務所で企業との連携やシティセールスなどを担当しています。その役割は、首都圏で京都をPRするだけではありません。
「デジタルでの発信は京都からでもできます。東京事務所だからこそ、京都に関心を持ってくださる人同士がリアルに交流できる場をつくりたい。首都圏には有望な企業や人がたくさんいますから、『これは』と思う方と出会ったら、市役所の担当部署につないでいきます」

2026年9月には京都市の企業誘致の取組やビジネス環境、スタートアップ支援、公民連携による新たな事業創出の可能性について紹介するイベントを開催しました
その一例が、竹の使用済み割り箸をオフィス家具に生まれ変わらせる京都発のスタートアップ「TerrUP」との連携です。松浦さんによると、東京で出会った同社の取り組みを首都圏のイベントで紹介し、その後、京都市の脱炭素分野の共創基盤「2050京創プラットフォーム」への参画につなげました。
「首都圏には企業も人も多い。リアルでできる限り出会って、『この人は』と思う方を市役所につないでいく。首都圏の資本や知恵で京都を活性化する橋渡しをしたいと思っています」
さまざまな出会いが起きやすいまち
京都ならではの強みとして松浦さんが挙げるのが、「知の集積」とまちのスケールです。京都市には35の大学・短期大学があり、学生は約15万人。都市人口に対する大学・短期大学の学生の割合は全国トップ(人口の約1割に相当)、研究機関や企業、産業支援機関も集積しています。
「大学がたくさんあり、企業も研究機関も産業支援機関もある。京都市、京都府が長年取り組んできた産学公連携の蓄積もあります。コンパクトなまちだからこそ偶然の出会いが起こりやすく、そこから新しいものが生まれる。京都はオープンイノベーションに向いたまちだと思います」
ただし、マッチング後の伴走をすべて市役所だけで担えるわけではありません。必要に応じて産業支援機関などへつなぎ、それぞれが役割を担います。
公民連携が企業と京都の関係を深める
OPEN LABOをきっかけに、京都との関係を深めた企業もあります。家具・家電のサブスクリプションサービス「CLAS」を運営するクラス(東京都目黒区)は、2021年12月に「モノの『所有』から『共有』へ」という課題で採択されました。京都市民や事業者、学生にサービス利用を促した結果、利用者は増加し、法人からの問い合わせも300件を超えています。

「京都市内の企業だけで解決できない課題もあり、スタートアップをはじめとする首都圏の企業とも連携したいと考えています」(松浦さん)
2022年9月には、同社初のエリア拠点となる京都オフィスを開設しました。クラス自身も、OPEN LABOと京都市のスタートアップ支援事業への採択が拠点開設を後押ししたと説明しています。実証の場として京都に関わった企業が、やがて京都に根を下ろす。公民連携は課題解決の手段であると同時に、企業を京都へ呼び込む入り口にもなっています。
自然、つながり、働く環境が京都らしいウェルビーイングにつながる
京都市がビジネス拠点として掲げる強みの一つが、「自然が近いコンパクトシティ」です。都市機能のすぐそばに山や川、歴史や文化があります。
「ウェルネスは自分自身の健康だけではなく、自分と他者、自分と周りの環境、地域との関わりが相乗的に影響して、幸せにつながっていくものだと思います。京都には、歩いて回れる楽しさや、身近に自然を感じられる環境があります」
働く場としての京都も、ウェルビーイングを支える要素です。求人マッチングサービスなどを手掛けるインタラクティブ(沖縄県宜野湾市)は京都に拠点を置き、地域特化型求人サービス「ジョブアンテナ京都」を展開。2025年には京都市と「体験型キャリアデザインプログラム 京都で働くという選択肢」を実施しました。首都圏をはじめ全国へ京都企業の求人を発信し、京都での就職・定着につなげる取り組みです。
京都市は2026年3月、京都大学人と社会の未来研究院との共同研究による「京都らしいウェルビーイングに関する調査研究報告書」を公表しました。市民へのアンケートをもとに、市民のウェルビーイングの状況と、それにつながる京都のまちの要素を分析しています。
約2,000人の市民を対象にした調査では、幸福度は10点満点で平均6.26点と、全国調査とほぼ同じ水準でした。幸せを左右する要因としては、経済状況への満足度に加え、住まいの快適さや交通の便、道の歩きやすさといった「住みやすさ」と、自分らしくいられる場所や困ったときに頼れる人がいる「居心地の良さ」が挙がっています。
興味深いのは、自分を「京都人」だと思うかどうかの影響です。京都人だと思う人の定住意向は5点満点で平均4.11点、そう思わない人は3.23点と大きな差がありました。ただし、幸せや住み続けたい気持ちにつながる道筋そのものは、両者で基本的に同じでした。歴史文化への誇りと地域でのつながりが「居場所の実感」を生み、それが幸せや定住意向につながる。京都生まれでなくても、この二つが育てば、幸せや住み続けたい気持ちは高まるというのです。
「健康づくり一つを取っても、保健、福祉、スポーツ、交通政策など多くの分野にまたがります。それぞれの部署の取り組みに、こうした分析を生かしていくことになると思います」
京都への誇りやつながりは、生まれた場所に関係なく育てられる。この知見は、松浦さんが東京で進める仕事とも重なります。
首都圏の学生・留学生にも京都を伝える
松浦さんが今後、力を入れたいと話すのが、首都圏の大学生や留学生へのアプローチです。
「これまで京都市は、京都の大学や学生とはしっかりと連携してきました。一方、首都圏の大学生や留学生にも大きなポテンシャルがあると思っています。京都の本当の魅力を伝え、進学や就職の選択肢として考えてもらいたいですね」
2026年秋には、中央大学で京都府と連携した京都の魅力発信イベントを企画するほか、京都産業大学との共催による連続講座も東京で予定しています。東京で京都の文化や産業、人に直接触れる場を増やし、将来の進学、就職、企業進出や関係人口につなげようという試みです。葛飾区の「寅さんサミット」や大井競馬場メガイルミでの物販など、特別区との連携も進めています。
こうした首都圏での取り組みの多くは、取材時点では独自の事業予算をほとんど使わず、人脈や他機関との連携によって実現していました。

葛飾区や品川区と連携し、京都企業の物販を支援。京都市の魅力発信にも努めています
「今は会場なども周囲に協力していただきながら進めています。ただ、取り組みをさらに広げるには、今後は予算の確保も必要だと思っています」
松浦さんは、京都市長の松井孝治氏が使う「0.1市民」という言葉にも注目しています。
「関係人口は『観光以上、定住未満』と言われますが、そこを少し飛び越えて、京都になかなか来ることができなくても関心を持ち、ファンでいてくださる人も増やしていく。私自身は、関係人口より少し広い考え方だと理解しています。そうした『京都ファン』を増やしていくことも、私たちのミッションの一つです」
AI時代に京都が発揮する価値
京都市は2025年12月、2050年までの市政の基本方針となる「京都基本構想」を策定しました。「歴史と文化の積み重ね」「自然との共生」「人とのつながり」を、京都が大切に育んできた3つの価値として掲げています。こうした京都固有の価値をどう守り、社会課題の解決と両立させるか。公民連携にも、その役割が求められています。
松浦さんは、AIが社会を大きく変える時代だからこそ、京都の価値を改めて発信する必要があると考えています。
「AIがどんどん時代を変えていく。フィジカルAIが身近で普通に働く世界も目の前まで来ています。その時代に京都が発揮すべき価値は、技術だけでは測れません。人の営み、和の文化、自然との向き合い方、相手を思いやる心、余白。そうしたものを、京都がもっと発信していくべき時代になると思っています」
地域課題を行政の内側に抱え込まず、外へ開く。企業や大学、人の知恵を借りて解決を試み、その過程で新しい事業や仕事、京都とのつながりを生み出す。公民連携を単なる課題処理の手法ではなく、人・企業・知恵を京都へ呼び込む仕組みとして使う。その先に、市民の暮らしや働き方を含めたウェルビーイングの向上を目指すところに、京都市の取り組みの特徴があります。
取材・文/大正谷成晴 撮影/関大介
















