駅チカの日常を「まちの健康インフラ」に――小田急SCディベロップメントが挑む“未病”改善と共創

株式会社小田急SCディベロップメント 企画開発部 課長代理 加藤啓太さん

小田急線沿線を中心に商業施設の開発・運営を手掛ける株式会社小田急SCディベロップメント。駅に隣接する商業施設は、沿線に暮らす人々にとって買い物や食事のために日常的に立ち寄る、いわば「駅チカの日常」そのものです。その何気ない日常の一場面を、健康づくりの入り口にできないか——同社は「ウェルビーイング・未病」を新たな事業テーマの一つに据え、スタートアップや大手企業との共創を進めています。2025年10月には株式会社HIL、株式会社WELL BE INDUSTRYと業務提携し、11月には経堂コルティで体験型健康イベント「からだラボ体験フェス」を開催しました。

なぜ商業施設が健康課題に取り組むのか。企画開発部 課長代理の加藤啓太さんに、これまでの経緯と、商業施設だからこそ実現できる健康への貢献について聞きました。

「エキチカは、マチチカ、ヒトチカへ。」――商業デベロッパーとして選んだ独自の価値

小田急SCディベロップメントが小田急電鉄のSC事業部から分社化して誕生したのは2020年。商業デベロッパーとして業界で生き抜くには、独自の価値を提供する必要がありました。約1年をかけて社員同士が意見交換を重ね、言語化したのが地域共生ステートメント「エキチカは、マチチカ、ヒトチカへ。」です。

「商業施設は、ハコがあって、そこにテナントが入るというビジネスモデルが一般的です。それゆえ、かつては地元の商店街との接点が限られることもありました。ただ、今はまちの個性をどうつくるかという、より高い視座が求められています。施設の中に閉じこもるのではなく、地域の方々と一緒に外へ出ていく。駅に付随する施設だからこそ、まちに近く、そこに住む人に近い存在になりたいという意味を込めています」(加藤さん、以下同)

「東京農業大学と『小田急沿線の地域価値向上に関する包括連携協定』を締結しています」

子どもの職業観を育むおしごと体験イベント、行政と協業した若手起業家育成支援——商業施設を起点にまちが広がり、くらしが豊かになる支援を続けるなかで着目したのが、ウェルビーイングや未病でした。

そもそも「未病」とは何か。
「健康」と「病気」の間を連続的に変化するものとして捉え、この全ての変化の過程を表す概念を「未病」としています。日常の生活において、「未病改善」により、心身をより健康な状態に近づけていくことが重要になります。
※神奈川県ホームページ「未病を改善する」より引用 
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/y2w/kenseipj/mebyokaizen.html

「商業施設は買い物を中心とした生活インフラです。ただ、物質的な豊かさだけでなく、心の豊かさや充実感も求められる時代になり、それを支える土台が健康です。旅行やグルメが趣味でも、心身が健やかでなければ楽しめません。『地域の暮らしを豊かにする』という目標を実現するには、健康増進や未病改善に取り組む必要があると考えました」

ベンチャー支援プログラムで出会った一社が原点

加藤さんは2017年に小田急電鉄へ中途入社し、2020年の分社化とともに小田急SCディベロップメントへ出向。本厚木ミロード時代には、コロナ禍で疲弊する飲食店を目の当たりにしたことから、地域の起業家の創出・育成を目的とした神奈川県のベンチャー事業を受託して施設内にインキュベーション拠点を開設した経験も持ちます。

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TRIP|日本の鉄道インフラをスタートアップの力に変えるイノベーションクラスター

健康領域へ踏み込むきっかけは、神奈川県のベンチャー支援プログラム「BAK(ビジネスアクセラレーションかながわ)」を通じて、心電図解析サービスを手掛ける株式会社ココロミルと出会ったことでした。自宅で睡眠中に検査を受けられるサービスで、健診時の短時間測定では1割程度しか検知できない不整脈を、8時間前後の連続測定で3割超まで捉えられるといいます。

「ココロミルの代表は、直前まで一緒に食事をしていたお母さまを突然亡くされた経験から、この事業に取り組まれていました。私自身も母をヒートショックで亡くしています。社会保障費の増大という社会課題とも重なり、この領域に取り組む意義を強く感じました」

「健康」を前面に出しても、人は集まらない

新百合ヶ丘エルミロードでココロミルと協業し、心電図の簡易検査や専門家によるトークイベントを実施すると、新たな課題も見えてきました。検査には参加者が集まる一方、健康そのものをテーマにした企画の集客には難しさがあったのです。

「大きな課題だと感じたのは、多くの方が健康そのものに強い関心を持っていないことです。しかも、商業施設にお越しになるお客さまは、おおむね元気な方が多い。その場所で『健康』を前面に出しても、なかなか反応していただけませんでした」

そこで意識するようになったのが、「行動変容の5つの段階(無関心期・関心期・準備期・実行期・維持期)」です。

「小田急沿線の価値として『ウェルビーイング・未病』を一つの形にしたいです」

「運動習慣がない方に、いきなりマラソンを走りましょうと言っても難しいですよね。行動変容も同じで、一段飛ばしではなく、階段を一歩ずつ上がるように丁寧にアプローチする必要があります」

学ぶことから始める人もいれば、ゲーム感覚のコンテンツやポイントサービスから関心を持つ人もいる。一人ひとりに合った「健康への入り口」があることに気づきました。

「健康イベント」にしすぎない――からだラボ体験フェス

その気づきを生かしたのが、2025年11月8日に経堂コルティで開催した「からだラボ体験フェス―健康と未来をつなぐ1日―」です。同年、HIL、WELL BE INDUSTRYと業務提携し、その第一弾として未病改善をテーマに実施しました。

「新しい領域なので、自社だけでは十分な専門知識やサービスを提供することが難しいと考えました。エコーを使って腹部の状態を可視化する『お腹ソムリエ®』を開発したHIL、LINEで自覚症状の設問に答えることで心身の未病状態をチェックできる『WELL BE CHECK』を提供するWELL BE INDUSTRYの2社と提携し、沿線住民のみなさまに健康体験を届けることにしました」

「お腹ソムリエ®」は超音波で皮下脂肪・内臓脂肪・腹筋の状態を映し出し、生活習慣を100点満点で評価するサービス。「WELL BE CHECK」はLINEで50問の自覚症状の設問に答えるだけで、心身のリスク傾向を無料でスコア化します。いずれも、数値の羅列ではなく直感的な「見える化」によって、健康を“自分ゴト”に変えることを狙いとしたサービスです。

2025年11月8日に経堂コルティで開催した「からだラボ体験フェス―健康と未来をつなぐ1日―」

測定して終わりにせず、結果に応じた商品やサービスにつなげることも重視しました。株式会社明治が提供する腸内タイプ別パーソナルケア「Inner Garden」、クラシエ株式会社の養生食「Fun to Me」などを含む全8社が出展。漢方薬剤師と作る「おいしい漢方チャイキット作り」、親子で楽しむAR体験、経堂駅周辺のスタンプラリー、抽選会など、健康だけに寄りすぎないコンテンツもそろえました。

「無料体験だけでは、やはり健康に関心のある方しか来場しません。せっかく多くのお客さまが訪れる商業施設なのに、対象が限られてしまうのはもったいない。裾野を広げなければ、未病そのものも産業として発展していきません。まず『面白そう』『やってみたい』と思っていただける入り口をつくりました」

当日は500人を超える来場があり、複数のブースを回遊する人も目立ちました。

「一つ体験すると『あっちも気になる』と回ってくださる。お子さまが遊んでいる間にご夫婦で受けたり、通りがかりに『あなたやったら』と奥さまが旦那さまを行かせたり。健診のA・B・C判定は人に言いにくいけれど、お腹ソムリエの点数は思わず人に言いたくなるようです。実は社内でも2回実施したのですが、受けた後にみんな『何点だった』と話し出すくらいでしたから(笑)」

共創相手は「信頼」「思い」「継続性」で選ぶ

2社との出会いは、東京都が推進する「Be Smart Tokyo」を通じたものでした。スマートサービス実装促進事業者の株式会社eiiconが運営する共創プラットフォームで、ウェルビーイングとカーボンニュートラルの2テーマで公募したところ、ウェルビーイング領域には約30社の応募が。10社弱と面談したうえで2社を選定しています。

加藤さんが重視したのは、サービス内容だけではありません。なぜその事業をやっているのか、信頼して一緒に取り組める相手か。「お腹ソムリエ®」はその場で見える化するリアル施設との相性、「WELL BE CHECK」はLINEとポイントプログラムによる継続的な接点と、オフラインとオンラインの良さを組み合わせられる点も決め手になりました。

「技術的な部分はもちろん、一定のエビデンスがあり、利用者にとって前向きな変化が期待できることは重要です。ただ、どれほど良いサービスでも、続かなければ健康改善にはつながりませんし、一人ひとりに合うサービスも違います。継続できるものなのか、そして事業への思いを共有できる相手なのかを重視しています」

小田急SCディベロップメントはユーザー獲得やアクセラレーションプログラムへの応募、販路開拓などを支援し、提携先はサービス開発や事業拡大、収益モデルの確立を担う。食事や運動など複数の領域が絡む健康市場では、企業同士も単純に競争するのではなく、一緒に市場そのものを育てようという意識が強いと加藤さんは感じています。

収益化ではなく、マーケティングと経験値として

こうした健康イベントについて、加藤さんは「イベントそのもので収益化するとは考えていない」と話します。

「健康をそれほど意識しないで、楽しんで体験してもらうように工夫を重ねていきます」

「サービスに触れていただくきっかけであり、マーケティングの一環です。実際に使った方の生の声を聞いたり、UIを確認したりできる。そこで得られる知見に価値があります」

高齢者がアプリのどこで操作につまずくのか、年代によってどんな言葉が響くのか。リアルの場だからこそ得られる気づきは、提携先のサービス改善にも生かされます。同時に、同社自身にもウェルネス分野の経験が蓄積されていきます。

「プロパティマネジメント事業では『小田急に任せたらどんなメリットがあるのか』と問われます。ウェルネス分野の経験が積み重なれば、提携先のサービスを組み込んだ提案や、オフィスと連携した健康経営支援もできる。社食に『未病食堂』をつくったら面白いね、といったアイデアも出ています。実際、ある企業の部長さんがわざわざ遠方より経堂コルティまで足を運んでくださいました」

どこにいても、自分のからだを考えられるまちへ

医療機関やフィットネスクラブとの大きな違いは、商業施設には健康を目的としなくても人が訪れることです。

「スーパーを併設する施設が多いので、月1回ではなく週に何度も来ていただけます。日常生活の中で健康に触れられるからこそ、未病改善につながるのではないかと考えています。意識せずに健康になれるのなら、それが一番良いですよね。理想は、その場所を訪れるだけで自然と健康に近づける環境です」

一方で、通行量が多いからこその難しさもあります。ドラッグストアは不調を感じている人が訪れるため反応率が高いのに対し、商業施設は目の前を通る人数が圧倒的に多いぶん、参加率は下がる。この率をどう高めるかを、一つずつ検証していく段階です。

この構想は、パートナーが描く未来とも重なります。HIL/「お腹ソムリエ®」の小熊美嘉さんは、エコー画像から生活習慣を読み解いてアドバイスできる人を、社会に増やしていきたいと語ります。特別な医療機関に行かなくても、日常の動線上で自分のからだの状態を知り、次の行動を考えられる。「どこにいても自分の健康を考えられるまち」という絵は、サービス側と場所側の双方から描かれつつあります。

「ヒトの健康だけではなく、地球環境も考えたイベントも行っています」

小田急SCディベロップメントは現在、グループ経営ビジョン「UPDATE小田急~地域価値創造型企業に向けて~」のもと、「ウェルビーイング・未病」「子育て支援」といった領域において、共創を進め、その地域に暮らす人々の豊かな暮らしに貢献します。

「理想は、そこへ行くだけで健康に近づく施設です。健康だけではなく、ウェルビーイングや幸福度を高められる仕掛けもつくっていきたいと思っています」

病気になってから訪れる場所ではなく、普段の暮らしの中で少しずつ健康に近づいていく場所。健康を前面に押し出すのではなく、買い物、食事、遊び、人とのつながりといった日常のなかに、自然に健康を組み込む。小田急SCディベロップメントの挑戦は、「まちの健康インフラ」となる可能性を示しています。

取材・文/大正谷成晴 撮影/関大介


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