明治はなぜスタートアップと共創するのか――「メンタルウェルネス」「アップサイクル」「食のバリアフリー」「食の最適化―パーソナライズ」の4領域で広がるオープンイノベーション

株式会社明治 経営企画本部 イノベーション事業戦略部 事業開発グループ 松浦枝里子さん

乳製品、チョコレート、栄養食品など、日常を支える数多くのブランドを擁する明治。乳幼児から高齢者まで、幅広い世代の食と健康に寄り添ってきた同社が近年、力を入れているのが外部パートナーとの「共創」によるオープンイノベーションです。「外部のアイデアや技術と当社のアセットを組み合わせ、社会課題を解決し、新市場を共創する」——この方針のもと、大手食品メーカーがスタートアップや自治体とどのように手を組み、新しい価値を生み出そうとしているのか。経営企画本部 イノベーション事業戦略部 事業開発グループの松浦枝里子さんに、その背景と狙いを聞きました。

健康課題の多様化が、共創の地平を広げた

腸内環境、血糖管理、フレイル予防、子どもの偏食、メンタルウェルネス——。明治の商品群と接点を持つ健康課題は数えきれないほど存在し、その一つひとつが個別化・細分化していくなかで、新しい価値創造の余白もまた、これまで以上に大きく広がっています。
「消費者の健康課題が多様化・個別化するなか、単一の商品で解決できる課題は少なくなっています。私たちには食品メーカーとしての強みがありますし、研究開発のアセットも豊富にあります。一方で、スピード感のある仮説検証や、特定領域の深い専門性は、スタートアップの皆さんが得意とされる部分も多い。互いに補完し合える関係として、外部パートナーとの連携に注力しています」(松浦さん)

明治の新規事業を創出する、「meiji IDEA CASE

明治グループのオープンイノベーションは2021年から本格化しました。課題解決型の事業創出を目指す社内創発プログラム「mBD(meiji Business Development)」(現在の「I-meiji(イメージ)」)と、スタートアップ企業を支援して価値共創を図る社外創発プログラム「明治アクセラレータープログラム」を両輪としてスタート。さらにベンチャー企業への出資や、企業・研究機関・大学・病院などとの連携を通じて、外部のアイデア・テクノロジー・ビジネスモデルと、明治が長年積み上げてきたアセット・バリューチェーンを掛け合わせ、革新的な製品やビジネスモデルを生み出そうとしています。
専門部署であるイノベーション事業戦略部は、その推進エンジンとして「meiji IDEA CASE」を掲げ、社内外の創発プログラムから新規事業を生み出すミッションを担います。
「明治の強みと外部の力を融合し、新しいビジネスモデルを創出し、実証から収益化まで推進することが私たちのミッションです。自社でゼロから作るよりも、パートナーと組むことで、生活者の皆さまへより早く価値を届けられると考えています」

市場調査・商品開発の現場から、共創の世界へ

松浦さんが明治に入社したのは2009年。市場調査の専門部署を経て、商品開発部でプロテイン「SAVAS」や「LG21」「PA-3」といったプロバイオティクスヨーグルトの開発を手がけました。

「食品メーカーとして、研究、製造、マーケティングを通じて生活者に届ける力は、当社の強みだと思います」

転機となったのは、2022年の「明治アクセラレータープログラム」への参加です。スタートアップに伴走するカタリストとして「TOKYO MIX CURRY」などFOODビジネスを展開するFOODCODEを担当しました。
「彼らの信念を貫く情熱やスピード感、顧客視点の鋭さに刺激を受けました。それをきっかけに、2024年に社内公募制度を活用して現在の部署へ異動を希望しました」

「自社主催」から「外部参加」へ——共創スタイルの進化

明治は2021年・2022年に自社主催の「明治アクセラレータープログラム」を実施し、2社への出資につなげました。現在はそこで得た経験を踏まえ、東京都や神奈川県といった自治体が主催する外部プログラムへの参加にも軸足を広げています。
「自社で広いテーマを掲げると、どうしても既存の商品カテゴリーの延長線上にある提案が集まりやすくなります。一方、自治体などのプログラムでは、明治が関心を持つテーマを絞り込みやすく、既存事業から離れた領域での出会いが生まれやすいんです」
共創のテーマは、大きく「メンタルウェルネス」「アップサイクル」「食のバリアフリー」「食の最適化―パーソナライズ」の4領域。「ヒトと地球の健やかな未来を共創する」をテーマに据え、それぞれの領域で具体的なプロジェクトが動き始めています。

4領域から生まれた共創の取り組み事例

4領域の中で現在の看板事例となっているのが、脱脂粉乳を活用したクラフトミルクサワー「MILK MOON」です。バターは需要が高い一方、その製造過程で生まれる脱脂粉乳は相対的に需要が少なく、乳業界全体の課題となってきました。生乳の生産量は急に調整できないため、需要変動が起きると在庫が積み上がるという構造的な問題も抱えています。
明治は2024年、神奈川県主催の「ビジネスアクセラレーターかながわ(BAK)」に初参加し、廃棄間近の食材をビールにアップサイクルするBeer the Firstと出会いました。
「乳原料をさまざまな方法で活用することで、持続可能な酪農支援と地域貢献を実現したい——その想いがBeer the Firstさんと重なり、共創プロジェクトがスタートしました」

大企業等・ベンチャー企業・研究機関・支援機関等が参画する協議会「ビジネスアクセラレーターかながわ(BAK)」

2025年3月には、「MILK MOON」を発売。紀ノ国屋などで展開し、半年で累計4万本弱を出荷しました。
「明治では考えつかないような斬新なパッケージを採用してくださって、『こんな売れ方があるんだ』という新しい気づきを得ました。『かわいい!』とパケ買いされるZ世代向けのデザインで、私たちの常識を心地よく裏切ってくれました」
2026年3月には第二弾の「WHITE BREW」を成城石井で先行発売しました。
幼児期の栄養に着目したのが、大豆発酵技術を基軸とした素材由来の完全栄養食を開発・販売しているMISOVATIONとの共同開発による冷凍食品「えいようぐるり」です。3〜5歳に必要な30種類以上の栄養素を発酵大豆由来で設計したロール状の主食型栄養食で、フレンチ名店「OGINO」元オーナーシェフ監修のもと味を追求しました。Makuakeでの先行販売は目標であった20万円の8倍超、約171万円を集めMakuake内幼児食プロジェクト歴代1位を獲得しています。

大豆発酵技術を基軸とした素材由来の完全栄養食を開発・販売しているMISOVATIONと3~5歳のこどもの成長に必要な栄養をぐるっとひと巻きにした「えいようぐるり」を共同開発

「斉藤さん(MISOVATION代表)が掲げる、完全栄養食によって市場や生活を変えるという課題設定の深さと熱量に心を打たれました。私たちも食の最適化という観点から完全栄養食を再定義できるのでは?と考えており、目指したい世界観が一致したため、共同プロジェクトを始めました」
最初から子ども向けと決まっていたわけではなく、半年間の議論と、母親約1500名へのアンケート調査を経て方向が固まりました。
「既存の完全栄養食は大人向けの設計なので、そのまま子ども向けにするのは違う。ただ、子ども向けのニーズはある。そうした声をもとに、必要条件、十分条件、NG条件を整理し、プロダクトに落とし込んでいきました」

新大久保のフードラボK,D,C,,,で行われたイベント『「これがあれば大丈夫」な栄養食 ─ MISOVATION×明治 えいようぐるり開発ストーリー』

このほかにも、独自製法により乳本来の風味のフレッシュチーズに仕上げ、「できたて」のおいしさが楽しめる「FRESH CHEESE STUDIO」、乳酸菌発酵製法(特許出願中)により、ジューシーで柔らかいお肉(発酵熟成肉)に仕上げる発酵液「発酵ソリューション」、腸内検査結果に基づく腸内タイプ別パーソナルケア「Inner Garden」など複数のプロジェクトが動いています。

「明治が考える栄養は、新たな情報・サービスと組み合わせることでより幅広い価値を提供するもの。栄養観そのものを再定義していきたいと考えています」

デジタル・テクノロジー領域でも協業が進みます。ザ・ファージの血糖値AI技術、PLIMES社の摂食嚥下モニタリングツール「GOKURI」、ファームノートグループの酪農DX技術など、明治のアセットと掛け合わせる共創が広がっています。さらに「食のバリアフリー」として、疾患やアレルギーがある方への「食の自由」も重要テーマに掲げています。

「誰もが安心して同じ食卓を囲める社会を、食からどう支えるか。私たちのアセットだけでは難しい部分を、専門領域の知見を持つパートナーと組むことで、解像度高く課題に向き合おうとしています」

共創の相手とどう向き合うか

4領域それぞれで共創を進めるなか、松浦さんが相手と向き合うときに大切にしているのは、「お互いの本気度が重なるか」「仮説設定の解像度が共有できるか」「双方にメリットがある関係を一緒につくれるか」という視点です。

「スタートアップのみなさんのスピードや熱量を殺さず、大企業としての品質保証・食品安全・ブランド信頼性をどう活かすか、というバランスが大切なことだと思います」

「お相手の専門性はもちろん、当社が持っていない強みを持っていらっしゃるか、チームに本気の想いがあるか、仮説設定の解像度がどれくらいかを大切にしています。一方で、私たちが共創相手にお渡しできるのは、生活者理解のための調査知見、品質管理、食品安全の担保、流通や量産のノウハウ、ブランドの信頼などです。これらが、スタートアップの皆さんが実証や商品化へ進む際の支えになればと思っています」
共創は一方的な関係であってはならない、と松浦さんは強調します。
「社内にいるときはあまり意識していませんでしたが、スタートアップや自治体の皆さんと話すなかで、自社の基礎研究や独自の栄養評価基準など、素晴らしいアセットがあることも改めて気づきました。こうしたものを惜しみなくお渡ししつつ、スタートアップ側の発想や自由度を損なわないよう、意思決定のプロセスや役割分担は柔軟に設計しています」
オープンイノベーションでは、実証まで進んでも商品化に至らないケースが少なくありません。松浦さんが重視しているのは、初期段階で問いを深め、役割と責任を明確にすることです。
「食品メーカーである以上、安全と品質保証、ブランドの責任は大前提です。ただし、それを理由にスタートアップ側のスピード感を落としたり、チャレンジできない環境にしたりしてはいけません。どこまで明治が主導し、どこからお任せするのか。契約の段階で曖昧にせず、双方が理解した状態をつくることを大切にしています」

ヒトと地球の健やかな未来を共創する

最後に、今後の展開についてお聞きしました。
「腸内環境のデザイン、血糖管理、妊活から子育て世代の悩みまで、さまざまな領域で課題解決につながる共創を実現したいと思います。脳トレと食を掛け合わせ、認知やフレイル予防を目指す試みも始めています」
共創を生み出す土台として、松浦さんは「明治は外を向いている」と発信し続けることの重要性も語ります。これまでに、アジア最大のオープンイノベーションイベントILSへ参加して業界別「食品」で1位になったり、東京駅近くのバー「THE FLYING PENGUINS(フラペン)」で開催したYNK Nightにおいては、MILK MOONの共創事例を紹介したりするなど、社外との接点を継続的に持つよう心がけています。
「調査で実施したHUT(ホームユーステスト)ではその場で反響は得られませんでしたが、このイベントでは、試飲者からの「おいしいけど甘い」といった率直なフィードバックをその場で聞けました。貴重な体験になったと思います」
社内に向けては、社内公募システム「I-meiji」や社内コミュニティ「B-Hub」を通じて、社員の好奇心や挑戦意欲を新規事業の燃料へと変える仕掛けも展開しています。
大企業の信頼と技術、スタートアップの専門性とスピード。両者が向き合いながら、ヒトと地球の健やかな未来を共創する——明治のオープンイノベーションは、栄養を「情報・サービスとの掛け合わせで幅広い価値を持つもの」へと再定義しながら、食を起点としたウェルネス産業の新しいかたちを描き始めています。

取材・文/大正谷正晴 撮影/関大介


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