大豆たんぱく質をはじめとした抗筋萎縮におけるペプチドの可能性

近年、高齢化に伴う寝たきり状態下での筋萎縮や低栄養が社会問題の1つとなっています。筋肉維持のためには、良質なたんぱく質の摂取が重要ですが、その中でも、筋委縮とたんぱく質の関係に着目したユニークな研究を行っている、徳島大学大学院医歯薬学研究部生体栄養学分野の二川健教授に、お話を伺いました。

無重力状態での筋萎縮メカニズムを解明し食事から改善したいという思い

二川先生は、寝たきりや無重力状態でのたんぱく質摂取と筋萎縮の関連についてご研究されていますが、先生がこれまで手掛けてこられた研究について教えていただけますか。

大学院では、徳島大学 酵素学研究センターの勝沼信彦先生のもとで、たんぱく質分解酵素のインヒビターに関する研究をしていました。
ドイツのデュッセルドルフ大学留学後は徳島大学栄養学科の助手として働き始め、たんぱく質栄養の権威である井上五郎先生、岸恭一先生の研究室でたんぱく質の機能性について研究しておりました。
当時、たんぱく質の分解と合成が盛んに行われている臓器である「筋肉」が栄養学の分野でとても注目されていました。また、今から30年ほど前ではありますが、これから日本は超高齢化社会になると言われており、その際は寝たきりによる筋萎縮の問題も起こると言われていました。

筋肉におけるたんぱく質分解と合成に関して研究をしていた頃、ちょうど国際宇宙ステーションを作ろうという流れもありました。宇宙での筋収縮のメカニズムなど栄養学的にも解明されてきていたので、無重力状態や寝たきりにおける筋萎縮の問題を食で制御できればと思っていました。当時はJAXAの前身であるNASDAの時代でしたが、「宇宙へ行くと筋肉の萎縮が起こるが、それを防ぐためにはどれくらいのたんぱく質をとれば良いのだろうか?」と、まだ主要な栄養の摂取基準も決まっていませんでした。そのような時期に岸教授が招待された会議の代打で出席したことで、筋ジストロフィーの分野で著名な武田伸一先生との出会いがありました。

たまたま武田先生へ「無重力時の筋萎縮のメカニズムについて解明して治療に役立てたい」と僕の夢をお伝えしたところ、武田先生は偶然にも宇宙の研究をされているとのこと。
「でしたら、その貴重なラットの筋肉のサンプルを是非私に解析させていただけませんか」と勇気を出してお願いしたところ、幸運にもご縁をいただき、宇宙研究の世界へ進んでいくことになりました。

たんぱく質分解酵素の働くメカニズムにはオートファジー、ユビキチン・プロテアソーム系などがありますが、まだ筋萎縮の原因が解明されていない時代でしたので、非常に大きなチャンスをいただいたと、今でも感謝しています。

宇宙研究から、どうやって筋萎縮のメカニズムを発見することができたのでしょうか。

宇宙研究から、宇宙ではユビキチン系のたんぱく質分解が亢進していること、その原因は運動するしないに関わらず発生する酸化ストレスであること、その酸化ストレスがシグナルとなり、ユビキチンリガーゼという酵素を増やし、ユビキチン依存性のたんぱく質分解経路を活性化することがわかりました。

当時、マイクロアレイ解析という、遺伝子を網羅的に解析する機械が普及し始めた頃でして、今でこそ4、5万円で解析できるようになりましたが、昔は1プレート1サンプルの解析で百数十万円かかる時代でした。高額でしたが、何とか研究費を捻出し、解析を行うことができました。その結果、筋肉の増大を促進するシグナルのある分子にユビキチンをくっつける、非常にユニークな酵素(ユビキチンリガーゼ)を発見し、筋萎縮はそういった酵素が増えていくことから起こることがわかりました。逆に言うと、その酵素によるユビキチン化を阻害できたら、筋萎縮は起こらないのではないかという発想につながったのです。

なぜ、大豆たんぱく質に注目されたのでしょうか。

その後、その酵素によるユビキチン化を阻害するペプチドを見つけることができ、実際に細胞にふりかけたり、ラットに筋肉注射したりすると、見事にユビキチン化を抑制し、筋萎縮が抑えられるということがわかりました。
そのペプチドの配列を有するたんぱく質はないだろうかと調べたところ、大豆のグリシニンたんぱく質に行きついたのです。

特許を取得し、動物レベルでの効果は実証されましたが、次は、ヒトにも効果があるのかを調べるために、病院の入院患者さんに大豆たんぱく質1日8gを1カ月間毎日摂取してもらう食事介入臨床試験を行いました。そこでは管理栄養士さんに協力いただき、大豆たんぱく質をミートソースや味噌汁などの中に入れてもらいました。
その結果、大豆たんぱく質は筋力や筋量を増やすという結果が得られたため、大豆たんぱく質はヒトにおいても有効であると分かりました。

マス解析技術の進歩により、ペプチド栄養の可能性は無限に

先生が研究をされていく中で発見されたペプチド栄養の魅力について教えていただけますか。

一般的にたんぱく質はアミノ酸まで消化されて吸収されると考えられています。実際、小腸にはトリペプチドまでのトランスポーターしかなく、4個以上のアミノ酸が吸収されることはないと信じられてきました。しかし、MS(質量分析装置)による解析技術の進歩によって、4個以上のアミノ酸からなる大きなペプチドも身体の中に入っていくということがわかってきました。
ペプチドのすごい点は、ペプチドの種類は桁違いの組み合わせがあるため、無限の機能性を持っている可能性があることです。そのため、機能性ペプチドを持ったたんぱく質食材の開発は今後ますます進んでいくのではないかと思います。

宇宙食における抗筋萎縮作用ペプチドの研究について教えていただけますか。

最近では、大豆だけではなくムーンショット計画や食糧難対策の中で、コオロギたんぱく質の抗筋萎縮についても研究がなされています。
たんぱく質の供給源としては、現在であれば、牛肉や鶏肉、魚などがありますが、どれも今後は資源が枯渇していくと言われています。その中で、着目されているのは植物の中でいうと大豆、動物の中では昆虫のコオロギたんぱく質です。

もともと、無重力や寝たきり状態の筋萎縮を解決するためにたんぱく質栄養の研究をしていましたが、大豆にもコオロギにも抗筋萎縮作用のあるペプチドがあることがわかってきた(特許取得済および申請準備中)ので、今度はそれらを宇宙などの極限の環境で栽培・飼育して食糧源として供給するということも視野に入れながら、研究しています。

また、現在NASAやJAXAなどが推進している月面居住計画であるアルテミス計画が進行中ですが、そこでは大豆やコオロギなどを育てて地産地消しようという計画もあります。それは2040年ごろの目標ですので、後継者を育てるような環境も配備していきたいと思っています。2023年4月から徳島大学の管理栄養士養成課程で宇宙栄養コースがスタートします。その中では、宇宙栄養学のスペシャリストとして、宇宙食の研究や実際の栄養指導もできるような人材を育成していきたいと思っています。

宇宙を舞台にした、夢のあるご研究ですね。

順風満帆に見えますが、実はこれまでに2回の大きな挫折を味わいました。その挫折は、いずれも宇宙実験に関係することです。
当時、なぜ宇宙に行ったら筋肉が萎縮するのかといったメカニズムを、ユビキチンリガーゼ以外にも原因がないかといった研究を進めていた頃でしたが、2003年に研究のサンプルを乗せたコロンビア号で爆発事故が起こりました。このことにより、宇宙実験が3〜4年ストップしました。あの時が、一番苦しかったですね。研究費も無くなりましたし、いつ宇宙実験が再開できるかどうかも分からない状況でも研究は続けていかなければいけませんでしたので。

そんな中、さらに、スペースX16号機というNASAが民間と共同で打ち上げたロケットが打ち上げ時に爆発して、またもやサンプルが空中分解しました。
私の研究人生で2回もサンプルを乗せたロケットが空中分解しましたので、流石にショックを受けました。共同研究者やJAXAの方々の温かいご支援のおかげで何とか踏ん張って今に至ります。
次の宇宙実験は、今年6月に打ち上げ予定です。頑張ります。

おかげさまで、2018年に宇宙開発利用大賞の文部科学省を頂きまして、さらに国際栄養会議では、名誉会長である秋篠宮妃殿下に機能性宇宙食について、お話しさせていただく光栄な機会もありました。私としては、夢が叶いつつあるのですが、研究をすればするほど、わからないことが出て来るので、学問を究めるのは難しいなと思います。

定年を数年後に控えた私が身に染みて感じていることは「少年老い易く学成り難し」といったところでしょうか。宇宙のスパンから見ると、人間の人生は非常に短いものだと感じています。ロケットがまだ飛んでいない時から先人のおかげで、私たちは実験できている訳ですので、私たちは未来に月面で実験する人のためにその構想を立てるという風に、次世代の担い手に夢のバトンを託していきたいですね。

蒸し大豆の摂取により、運動不足の被験者でも筋肉が維持できるメカニズム

二川先生が今回フジッコと共同研究された蒸し大豆の研究について詳しく教えていただけますか。

今回のフジッコさんとの研究※では、大豆たんぱくの機能性を損なわずに手軽に摂れる蒸し大豆という形で実施しました。その結果、蒸し大豆を食べた被験者群では、非摂取群と比べ、筋肉量と跳躍力が増大することがわかりました。

筋断面積の変化量と跳躍力の相関性
日本栄養食糧学会の英文誌「Journal of Nutritional Science and Vitaminology」2022 年 12 月 31 日(68 巻 6 号/2022 年 12 月号)

また、大豆の摂取により運動をしなくても筋肉量が維持できることも分かってきました。なぜなら、ユビキチンリガーゼは運動をしなくなると増えるのですが、大豆たんぱく質を摂取することでユビキチンリガーゼによるユビキチン化を抑制できるからです。

一般的に、動物性たんぱく質は必須アミノ酸が多いので、たんぱく質の合成を刺激します。
一方、植物性たんぱく質はたんぱく質分解を抑制する成分を多く含みます。
我々は年を重ねると、たんぱく質を合成するより分解する速度が増えていきます。そこで、年を重ねるにつれ、動物性たんぱく質の一部を植物性たんぱく質に変えていき、動物性:植物性を1:1にしていくと、より効率的に筋萎縮を防ぐことができるのではないかと考えています。

最後に食品産業に携わる方へのメッセージをお願いします。

ペプチドは本当にすごい可能性を秘めています。小惑星探査機「はやぶさ2」は宇宙からアミノ酸を含んだ砂を持ち帰りました。アミノ酸やペプチドの研究を進めていけば、生命の起源にも迫れるのではないかと考えています。

また、21世紀は宇宙大航海時代とも言われています。今後、長期間宇宙で住むということになれば、食べ物以外にも医療、運動法など様々に開発しなければならないことがあります。それゆえ、何代にも渡って地道に研究開発していく必要があると思うので、ぜひその領域へ挑戦していく人が増えていってほしいと思います。

さらに、これは大学側の人間からのお願いなのですが、ぜひ研究者(特に博士課程の修了者)が活躍できる幅を広げていただけないでしょうか。

現在の就職パターンでは、たとえ大学院に進学しても、修士課程に入ってからすぐに就職活動を始めてしまうので、研究をきちんと行えないままの学生も多くいます。
しっかりと実力を備えた未来の研究者に育つには、せめて1年ぐらいは大学で研究に没頭することが必要ですし、学生には勇気と希望を持って学位(博士)の取得を目指して欲しいのです。企業側も学位を有する人材の有用性を示していただけたら大変ありがたく思います。

二川 健 教授 プロフィール

1987年徳島大学医学部卒業。1991年同大学大学院(医学博士)修了。独デュッセルドルフ大学医学部研究員等を経て、現在は徳島大学大学院医歯薬学研究部生体栄養学分野教授と宇宙栄養研究センターのセンター長を併任。無重力化での問題を緩和する機能性宇宙食の研究を、高齢化社会にも役立てることを提唱。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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