
ヨガが叶える7つのウェルネス――日本ヨガ界の第一人者ケン・ハラクマ氏が語る、「どう生きたいか」に寄り添う実践

健康・美容・マインドフルネスの手段として広まったヨガ。ですがその本質は、身体だけでなく感情・社会・環境まで含めた「7つのウェルネス」を底上げするライフスタイルそのものにあるといいます。ウェルネス・ウェルビーイングの文脈からもヨガの普及に努めてきた日本ヨガ界の第一人者ケン・ハラクマさんに、その可能性と啓蒙・情報発信のあり方を聞きました。
ヨガが支えるのは、身体だけではない
ケン・ハラクマさんは、日本におけるアシュタンガヨガ(呼吸と連動して途切れることなくポーズを行う伝統的なヨガ)の先駆者です。創始者シュリ・K・パタビジョイス氏から日本人として初めて正式指導資格者に認定され、インターナショナルヨガセンター(IYC)主宰/日本アスリートヨガ機構代表理事など、国内ヨガ界のトップリーダーの1人として知られています。主宰されている1994年設立のIYCは数多くの高名な指導者を輩出、また1万人以上のヨガ指導者を育て、日本最大級のヨガイベント「ヨガフェスタ」の発起人の一人としても文化の普及に貢献してきました。
そんなケンさんが見据えるヨガの可能性は、ポーズを教え身体を柔らかくする枠には収まりません。

「現代人が抱える生活課題や目的は極めて多様化しています。そのためにヨガができることを伝えていきたい」
「ヨガの哲学には、身体を動かすことだけでなく、メンタルのストレスを取り除くこと、人間関係、社会の中での立ち位置、生きる意味までが含まれます。人間のライフスタイル全体を底上げして支えることこそ、ヨガ本来の目的なのです」
ウェルネスやウェルビーイングという言葉が社会に浸透するなか、ケンさんは「ヨガを伝える側こそ、その全体像を正しく理解する必要がある」と指摘します。
「ウェルネスには身体的な健康だけでなく、感情的、精神的、社会的、知的、職業的、環境的という『7つの要素』があります。ヨガを身体的ウェルネスのツールとしてだけで捉えるのは非常にもったいない。7要素を網羅した包括的なライフスタイルとしてヨガを捉え、現代社会のそれぞれの課題にどうアプローチできるかを考え、実践していくことが求められています」
【7つのウェルネス(Seven Dimensions of Wellness)】
一般的なウェルネス研究では、以下の7要素が広く参照されています。
- 身体的ウェルネス(Physical)— 運動・栄養・睡眠・予防医療
- 感情的ウェルネス(Emotional)— 感情の認識・管理・レジリエンス
- 精神的ウェルネス(Spiritual)— 価値観・目的意識・意味の探求
- 社会的ウェルネス(Social)— 人間関係・コミュニティへの帰属
- 知的ウェルネス(Intellectual)— 好奇心・学習・創造的思考
- 職業的ウェルネス(Occupational)— 仕事の満足感・ワークライフバランス
- 環境的ウェルネス(Environmental)— 生活環境・自然との関係
「型を教える」から「どう生きたいかを聴く」へ
従来の指導現場では、指導者が型やポーズ、哲学を示し、受講者が忠実に学ぶスタイルが主流でした。商業的マーケティングでも「キレイにポーズを決める」「ダイエットに効く」といった、目に見えるフィジカルな変化がフックになりがちです。
ですが、ストレスを軽くしたい人、職場の人間関係を改善したい人、集中力や生産性を高めたい人など、現代人の生活課題は極めて多様化しました。そのためケンさんは、ヨガを一方的に押し付けず、まず「相手のニーズを聴く」アプローチを徹底しています。
「昔なら『ヨガとはこういうものだから、この通りにポーズをしてください』という伝え方が一般的でした。しかし今は、『何をしたいですか』『何に悩んでいますか』と聴くことから始めます。求める課題が身体なのかメンタルなのか、社会的な人間関係なのかを見極め、ライフスタイルに合うプログラムを組み立てて提案するのです」

東京・表参道にあるインターナショナルヨガセンター(IYC)にて
企業向けプログラムも同様です。課題がチーム内のコミュニケーション不全なのか、個人のメンタルケアなのかを丁寧にヒアリングし、会社の方針に合わせてヨガ、呼吸法、瞑想を最適に組み合わせます。一人ひとりの「どう生きたいか」から出発するこの姿勢が、感情的・社会的・職業的なウェルネスへの入り口になっています。
脳の疲れを整える――呼吸法と瞑想
現代人の深い疲労やメンタルの不調の多くは、情報過多による思考の疲れに起因します。ケンさんは、瞑想と呼吸法の普及がその強力な解決策になると考え、特に注力しています。
「日本のヨガは、フィジカルな健康法として長い歴史を築いてきました。その土台があるからこそ、今度はメンタルケアとしてのヨガ、瞑想や呼吸法へのニーズが高まっており、私の講座でも導入を増やしています」
ケンさんが提案する瞑想は大きく2つです。1つは意識を意図的に別方向へ導く「誘導瞑想」です。呼吸、美しいイメージ、特定の音や言葉に意識を集中させ、ネガティブな思考のループから距離を置きます。

「ヨガの精神論に偏ることなく、ロジカルで日常にすぐ役立つ知識として、一般層へ広くアピールしていきたい」
「悩みを抱える人は、朝から晩まで同じ問題をグルグル考え続けてしまいがちです。瞑想で意識のベクトルを変えると、脳が癒やされる。旅行で日常を離れると自分の問題を客観視できるのと同じことです」
もう1つは、何もしない状態を静かに観察する瞑想です。湧き上がる考えを止めようとせず、「自分は今こんなことを考えているな」と冷静に眺めます。長時間座るのは多忙な現代人にハードルが高く、短く小刻みに行うことを勧めています。
「1日5分の瞑想を、朝昼夕晩の4回ほどに分けます。5分なら誰でも無理なく目を閉じていられますし、『自分が今、何を感じているか』を客観的に見るトレーニングになります」
テクノロジーで届きやすく
ケンさんは、ヨガのノウハウをテクノロジーと掛け合わせ、より多くの人へ届くコンテンツとして発信するよう取り組んでいます。
その1つが、スマートフォンでいつでもアクセスできる3分程度の瞑想・呼吸法コンテンツです。AI技術でケンさん自身のアバターを作成し、ヨガに馴染みのない層でも手軽にマインドフルネスを体験できる仕組みを構想しています。

ケンさんがアバターとなって話しかけてくる。こうしたAIを駆使したトレーニング法などを自ら発案
「『朝の目覚めの瞑想』『寝る前のリラックス呼吸法』から、『大切なプレゼン前に心を整える瞑想』まで、ビジネスパーソンがすき間時間に活用できるメニューを揃える予定です。アプリを開けば、行きたい健やかな方向へ意識を簡単にガイドできます」
SNS発信にも新戦略を取り入れています。全体像を語るケンさんの視点、哲学を噛み砕く指導者、脳神経科学の専門家という「三者の異なる視点」を短い動画で掛け合わせ、ロジカルで日常に役立つ知識として一般層に広くアピールする構想です。
科学的アプローチとして脳波測定器も用い、ヨガや呼吸法の最中の「集中度」と「リラックス度」を可視化しています。

ヨガを用いて瞑想を習得することで、よい睡眠や翌日に疲れを持ち越さない「リカバリー術」を早く手に入れることができる
「一般的に、人は休んでいる時は集中の数値が下がり、リラックス度が上がります。逆に覚醒して作業に没頭する時はリラックス度が下がり、集中が上がる。ところが深い瞑想状態では、『集中とリラックスが同時に高い数値で優位になる』という特徴が見られます。落ち着きながらも極限まで集中しているこのメンタル状態は、アスリートにとっても、高い成果を求められるビジネスパーソンにとっても理想的です。感覚的と思われがちなヨガの効果を数値化・可視化することで、より多くの人が納得し、信頼して日常に取り入れられるようになります」
広がるヨガの社会実装――アスリート、観光、オリンピックへ
ケンさんの活動は、スポーツ界や観光産業にも及びます。アスリートにとってヨガは、身体のケアだけでなく、試合での集中力やスタミナの回復、ブレないメンタルの安定に寄与するものとして高く評価されています。

IYC30周年プロジェクトとして、ケン・ハラクマさんがあなたの街に出張して、イベントやワークショップを行うというもの。https://iyc.jp/event/event-16758
近年は、ヨガを「魅せるスポーツ」と捉える動きも世界的に広がっています。アーサナ(ヨガの座法やポーズ)を身体表現として競う場が生まれ、元アスリートの「セカンドキャリア」を支える窓口として期待されています。
「新体操など柔軟性を活かす競技の選手は、若くして第一線を退くことが少なくありません。しかしヨガの世界は年齢がハンデになりません。引退後、培った身体能力を活かし、ヨガのアーサナスポーツでプロの指導者や競技者として輝ける受け皿を広げたいのです」
インド政府は2036年夏季オリンピック招致を目指し、ヨガを含む競技の採用をIOCに働きかけています。すでに世界大会も開催され、ケンさんが理事・競技指導者を務める日本ヨガアーサナスポーツ連盟も選手を派遣し、メダルを獲得しました。正式種目となれば、さらなる認知度アップと人口拡大が期待されます。
観光産業との連携でもヨガは強力なコンテンツです。温泉地やリゾート、ホテルと組み合わせ、宿泊客にリトリート(日常を離れた癒やし)のプログラムを提供しています。
「場所を変え、美しい自然に触れ、身体に良い食事を摂り、気持ちよく眠る。そのサイクルにヨガが組み込まれることで、旅行そのものが最高のウェルネス体験になります」
IYCのインストラクターが週1回プログラムを提供する都内のあるホテルでは、宿泊客のほとんどが外国人観光客(インバウンド)だといいます。「日本の本格的なヨガスクールで体験したい」というニーズに応えるため、チケッティングやスタジオへの送迎導線の構築も進めています。ヨガを通じて日本の文化やホスピタリティに触れてもらう。これもまた社会的なウェルネスの形です。
よりよく生きるための「生活のインフラ」として
伝統の知恵を守りながら、AIや脳波測定といった最先端テクノロジーを取り入れ、スポーツやホテル、オリンピック競技にまで領域を広げるケンさんのチャレンジ。それは身体に留まらない7つのウェルネスのすべてに伴走し、現代人の多様な生き方にヨガを優しく寄り添わせる、ウェルネスマーケティングの手本といえます。
ストレスや心身の課題が多い現代だからこそ、押し付けず、一人ひとりの「どう生きたいか」に伴走するヨガの価値は、社会に不可欠な生活のインフラとして、ますます深く、広く浸透していくに違いありません。
取材・文/大正谷成晴 撮影/関大介

ケン・ハラクマ さん プロフィール
日本におけるヨガ第一人者。1994年にIYC(インターナショナルヨガセンター)を設立し、数多くの指導者を育成。日本最大級のヨガイベント「ヨガフェスタ」発起人の一人で、日本ヨガアーサナスポーツ連盟/日本キッズヨガ協会=理事、日本アスリートヨガ機構=代表理事なども歴任。近年はアスリートのメンタルケアや企業向けストレスマネジメント、AIや脳波測定などウェルビーイングの社会実装に幅広く取り組む。著書・監修書籍・DVD監修なども多数。















