注目の幸せホルモン「オキシトシン」が食べるものによって促進できることを確認
デジタルの活用が進み、買い物や仕事、遊びや出会いも、人とのつながりの多くをオンラインが占めるようになりました。そんな社会の変化に伴って、注目されるようになってきたのが幸せホルモン「オキシトシン」です。
脳科学の視点では、幸福感は脳から分泌される3つの物質によってもたらされるといいます。そのうちの1つ、日常生活での幸福感の決め手ともいえるオキシトシンの分泌が、朝食摂取によって促進されることが近年の研究でわかってきました。さらに最新の研究では、オキシトシンを測定することで、食べたものと幸福感の関係を数値化するところまできています。今回は、身体心理学者でオキシトシンの第一人者である桜美林大学教授 山口創先生にお話を伺いました。
幸せホルモンの分泌によって、幸福感が生まれる!?
幸せというのは気持ちの問題だと思っていましたが、私たちの幸福感はホルモンの分泌に左右されているのですか?
脳科学の視点で考えると、幸福物質とも呼ばれるホルモンが脳から充分に分泌されることで生じるのが幸福感です。セロトニン、オキシトシン、ドーパミンの3つのホルモンが、幸福感を構成しています。幸福のベースにあるのが、心身が健やかな状態のセロトニン的幸福です。オキシトシン的幸福は、愛情にくるまれて非常に温かい気持ちになるようなつながりの幸福感をさしています。もう一つはドーパミン的幸福で、何かを追求してドキドキするような時にドーパミンが分泌されています。日常生活の中で、ストレスなく、穏やかで温かい幸福感を感じる。その決め手になるのが、セロトニンとオキシトシンと言えるでしょう。特に、今、注目されているのがオキシトシンです。
今、なぜオキシトシンが注目されているのですか?
働き方の変化や孤独を感じる人の増加など社会が大きく変貌していることが、オキシトシンが注目される理由の一つです。オキシトシンは、主に人やペットとのつながり・ふれあい、他者への親切・優しさといった刺激が神経を経由して脳に伝わることで分泌されます。
したがって、現在はオキシトシン的幸福感が不足しているということなのではないでしょうか。
しかし、最近になって「食」もオキシトシンの分泌を促進する刺激になることが明らかになってきました。これによってオキシトシンへの関心がさらに高まってきたとも言えます。
オキシトシンの測定で幸福感を数値化
ヒト試験「朝食の主食摂取と幸福感」
最新の研究では、どのようなことがわかったのですか?
近年の研究で、朝食を食べるグループと食べないグループでは全般的に食べるグループの方が幸福感・満足感が高く、朝食習慣と幸せには相関関係があることがわかっています。ただ、これらはあくまでもアンケートベースの研究でした。
こういった結果を踏まえて、今回は朝食に食べるものと幸福感の関係について、カルビー株式会社と共同でヒト試験を行いました。
これまで主観的で漠然としていた幸福感を、オキシトシンを指標として数値化し、客観的に比較したのです。実際にオキシトシンを測定して、食との関係を検討した初めての研究でしょう。
朝食の主食4種を被験者が日替わりで順番に摂取し、その前後にオキシトシンを測定して、分泌量の変化を比較・検討しました。その結果、フルーツグラノーラの朝食が、ごはん、パン、オートミールよりも、オキシトシン分泌量を促進していることが確認できました。
フルーツグラノーラを摂取した人は最も幸福感が高かったと言えます。
[試験概要]
試験名:朝食の主食摂取による、幸せ物質(オキシトシン)分泌測定試験
試験デザイン:非盲検クロスオーバー比較試験
被験者:計12名・18~37歳の健康な女性
試験食:①ごはん ②パン ③オートミール ④フルーツグラノーラ ⑤非摂取
試験期間:2022年8/15(月)~8/23(火) 連続した5日間
評価項目:①唾液オキシトシン ②唾液αアミラーゼ
フルーツグラノーラ摂取後のオキシトシン分泌量が最も高かったのはなぜですか?
フルーツグラノーラの「適度な甘さ」と、製造工程で焼き上げているために生まれた香ばしい「香り」が、オキシトシン分泌に寄与したと考えられます。海外でも、適度な甘さと香りの2つがあると、脳の反応が最も変化するという研究結果が最近発表されています。
この2つを兼ね備えているフルーツグラノーラを摂取したことで、リラックスして、ポジティブな気持ちになったと言えるでしょう。
フルーツグラノーラによるオキシトシン分泌量を他の行為で例えると、ペットの犬をなでたりふれあったりした時の上昇率とほぼ同じです。
オキシトシンに着目することで、食品に新たな価値をプラス
オキシトシンのメカニズムと作用について、もう少し詳しく教えてください。
オキシトシンは特定の刺激によって脳の視床下部で作られ、下垂体に移動した後、2つのルートに分かれて体と心に影響を与えます。
1つは、血液に乗って全身を巡るルートです。オキシトシンの受容体がある体の末梢部位に付着して、子宮の収縮、血圧・心拍数の低下、成長促進、脂肪燃焼、美肌などに作用します。健康・美容に大いに関っていることがわかっています。
もう1つのルートは、下垂体から中枢神経など脳の他の部位に直接オキシトシンを届けるというものです。愛情や愛着、信頼感や社交性を高める働きをしており、家族・仲間関係、友人・社会生活の形成、結婚対象選択など、社会、経済、政治まで、人生に深く関与しています。不安や恐怖心を和らげる作用もあります。
オキシトシンは体にも心にも社会にも作用して、私たちを幸福へと導いてくれるホルモンなのですね。今後、オキシトシンに着目することで、新たな商品も生まれてくるのでしょうか。最後に食品メーカーの開発担当者に向けて、メッセージをお願いします。
オキシトシンといえば、人やペットとのコミュニケーションで分泌されるものと思われてきましたが、フルーツグラノーラのように食でも分泌を促進することが確認されました。幸せをもたらす食べものをオキシトシンで数値化することで、食品に新たな価値が形成されると考えられます。
通常オキシトシンは、夜間から朝にかけて増え、その後は活動していくにつれて減っていくという日内変動の性質があることから、朝食を抜くとオキシトシンはどんどん減ってしまいます。そのため、特に朝食においては、オキシトシンの分泌を促進する食べものの摂取が大切です。
食べることで一人ひとりがポジティブに一日をスタートさせることができれば、社会そのものがより明るくなるに違いありません。
オキシトシンに着目することで、幸福感がプラスされる食品の開発に期待しています。
山口 創 教授 プロフィール
身体心理学者・桜美林大学 教授。
早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程修了。専攻は、臨床心理学、身体心理学、ポジティブ心理学。聖徳大学人文学部講師を経て、現在は桜美林大学教授に。主な著書:『人は皮膚から癒される』『手の治癒力』(以上、草思社)、『皮膚感覚の不思議』(講談社ブルーバックス) )など。