【セミナーレポート】最先端ヘルス情報科学で食の効果が予測できる時代に!「腸内環境の“見える化”から考える健康社会の近未来像」ウェルネスライフジャパン2022

腸と健康の関係性が解明されつつある現代では、単にデータを集積するだけでなく、これを活用した食品やヘルスケア分野への新しいコンテンツに注目が集まっています。そしてこれを拡大していくには、産官学で一体となった社会実装の取り組みが欠かせません。そこで今回、7月27日(水)~29日(日)に開催された『ウェルネスライフジャパン2022』にて、「知られざる最新の腸内環境研究と近未来型アンチエイジング」(日本抗加齢協会合同セミナー)のセミナーに注目。このセミナーでは、森下 竜一 氏(大阪大学大学院 医学系研究科 臨床遺伝子治療学 教授)と國澤 純 氏(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 ワクチン・アジュバント研究センター/ヘルス・メディカル連携研究センター センター長)の2人が登壇されました。この中から今回は、國澤 純 氏の「腸内環境の“見える化”から考える健康社会の近未来像」についてレポートします。

腸内環境の“見える化”が求められている理由

まず、これまでに解明されている腸内細菌の働きについて、免疫や肌、脳機能といった健康状態から、肥満やアレルギー、炎症や糖尿病といった多くの疾患まで、多岐に渡る関与を説明しました。しかし、まだ解明されていない部分も多く、さらに個人差が大きいのも腸内細菌の特徴です。また、どの種類の腸内細菌がどういった働きで身体に影響を及ぼすのか、そして何を摂取すればどの種類の腸内細菌が増えるのかということはまだ詳しく分かっていません。このような背景もあって、腸内細菌を標的とした創薬とヘルスケア産業の可能性について研究をされていると語りました。

自身の腸内細菌を知ることの意味とは?

近年すこしずつ解明されてきた腸内細菌に関する情報は、一部の菌や特定の食品のみを取り上げて説明しているものも少なくありません。しかし重要なのは、自身のお腹の中にどのような腸内細菌がどのような割合で存在しているか、それに応じてどのような食事をするとどのような代謝物が作られて体調がどう変化するかといった全体的な流れを考えることだと解説します。言い換えると、目的とする腸内細菌がすくない、もしくは生息していないのなら、特定の食品を摂取しても狙った効果が期待できない可能性もあるということです。

また、自身の腸内細菌を知った上で大切な視点が2つあります。1つは摂取した成分が私たちの体に吸収され様々な健康状態に影響を与えることに加えて、腸内細菌の餌にもなることで、腸内細菌の構成や機能が変わり、健康状態に影響を与えるということ。もう1つは、腸内細菌が私たちの食べたものを“代謝物”に変化させることで、これが私たちの体内に吸収されて健康状態に影響を与えるということです。

実態調査その①:腸内細菌叢の型「エンテロタイプ」

まず実態調査では、健康なヒトの腸内細菌叢※における型を示す“エンテロタイプ(enterotype)”について調べました。このエンテロタイプは、腸内細菌叢を形成する細菌の構成比により大きく3つに分類されます。どのタイプに属するかについては長年にわたる食生活が大きく影響していると言われています。

1つ目は「バクテロイデス型(以降、B型)」という、脂質やタンパク質をよく摂取する“肉食系”のタイプ。2つ目は「プレボテラ型(以降、P型)」という、食物繊維や糖質などの穀物をよく摂取する“草食系”のタイプ。そして3つ目は「ルミノコッカス型(以降、R型)」という、B型とP型の中間型とも言える“雑食系”です。これまでの調査で最も多い人数を占めたのは「R型」でおよそ半数、次いで多いのが「B型」、いちばん少なかったのが「P型」でした。ここでポイントとなるのは、調査の対象がすべて健康なヒトであるということです。したがって、どのタイプが病気にかかりやすいということを示すものではありません。

※腸内細菌叢:腸内で腸内細菌は菌種ごとの塊となって腸の壁に隙間なく張り付き生息することから、“草むら”を意味する「叢」で言い表し、「腸内フローラ」とも呼ばれる。

実態調査その②:エンテロタイプに地域差はあるのか?

次に日本各地でエンテロタイプと様々な因子についてデータを収集し、同時に情報科学の技術も駆使しながら解析を行いました。その因子とは食事や睡眠、運動などの生活習慣を始め、健康診断や服薬、疾患履歴などの健康状態、および血液や糞便、唾液から解析した腸内細菌や口腔内細菌、食品成分から得られる代謝物、免疫に関する多くのデータです。これらを集めつつ、エンテロタイプの解析を行った結果、地域性がありそうだと分かってきました。

例えば大阪府において参加された方のデータでは、全国平均(B型:R型:P型=4:5:1)よりもすこし“肉食系”に偏っています(B型:R型:P型=6:3:1)。そこで、参加した人の食生活を調べると野菜全般が不足していることが確認され、野菜のすくない大阪の食文化が腸内細菌に反映されている可能性が示された形です。

一方、山口県周南市という瀬戸内海に面し、山も近くて自然が豊かな場所で行った研究においては、周辺の環境から“草食系”が多い可能性が考えられました。しかし、結果は予想に反して山口県の方が大阪府よりも“肉食系”が多かったのです(B型:R型:P型=7:2:1)。そこで同様に食事状況を調査してみると、山口県の人は緑黄色野菜を全国平均より多く摂食しているものの、それ以外の野菜の摂取がすくなく、結果として食物繊維が不足しており、これらが腸内細菌に反映している可能性が考えられたのです。このように、腸内環境を調査していくことで、周りや参加者自身が持つイメージとは異なる実態も分かってきました。

実態調査その③: 重要なのはフィードバックによる行動変容

調査では、単にデータを集めるだけに留まりません。その人のエンテロタイプや各種腸内細菌の割合、さらに食の過不足についても結果を返却します。特に腸内細菌の種類や割合について注力しているそうです。なぜなら、様々な病気を対象にした研究において、特定の腸内細菌が大部分を占める状態、つまり腸内細菌の多様性が低い状態が病気と関係している可能性が示されているからです。そのため、色々な種類の腸内細菌がバランスよく生息する多様性が高い状態を保つために必要な食事情報についてもフィードバックしています。

そして参加者の皆さんに結果をフィードバックしたあと、一定期間をおいて再度、参加していただき行動変容の有無についても解析します。すると、山口県の参加者は、不足しがちな緑黄色野菜以外の野菜の摂取が平均で約1割上昇したという結果が得られました。これらの調査は健康診断と同時に行っていますが、このように、健康診断の結果と併せて腸内細菌や食事・栄養の調査結果を返却することにより、具体的に改善すべき点について“気付き”を与えることができて、食生活など個人の実情にあわせた具体的な改善が期待されます。

実態調査その④:フィードバックは産業活性化にもつながる!

やみくもに「食生活を見直してください」と言っても、実際のところ普段の料理を大きく変えるのはなかなか大変です。そこで、より敷居を下げた形で食生活の改善に取り組んでもらえるような仕掛けとして、山口県周南市の“道の駅”では、腸内細菌など腸内環境に着目した専用のコーナーを設置しました。そこでは、希望者の方に腸内細菌や食事・栄養調査のための研究モニターとして参加していただき、得られた結果をもとにお勧めの地元の食材などを提案しています。加えて、同施設内のレストランでは“美腸定食”という、腸内環境によいと言われながらも不足しがちな地元食材を用いたレシピを提供。こうした地元の企業と連携した取り組みを通じて、一人でも多くの人に適切な腸内環境から健康を目指してもらうことが大事だと語りました。

腸内環境を基軸とする、健康科学の発展とヘルスケア産業の創出

本研究から得られるデータの利用価値は、参加者の行動変容に留まりません。実態調査により日本各地の参加者から取得したデータを、AIなど情報科学の技術を用いて解析することで健康に関する最先端の研究を展開しています。さらに、2022年4月には「NIBIOHNマイクロバイオームデータベース®」を公開し、現時点で954名分の腸内細菌データとともに、1640もの項目情報を閲覧可能にしています※。これらデータを学術機関や医療機関、関連領域の企業などに活用いただくことにより、新規学術情報の発信や新規産業の創出にも活用することが期待できるでしょう。

特に“食”に関する分野では、その人の持つ腸内細菌の特徴により摂取したほうがよいものと、反対に摂取しても効果の期待しにくいものを予測することが出来るようになります。さらに、自身の腸内細菌がつくり出すことのむずかしい代謝物については、具体的な成分やサプリメントを挙げてアドバイスすることにつながるでしょう。

※健康情報を含むデータベースの利用には共同研究契約と倫理承認が必要です。

これからの健康食品は“個別化”の時代!食品産業の展望

最後に食品産業における展望について話しました。これまではテレビやメディアにおける宣伝や広告、口コミなどが大きく販売数に影響した時代。これからはエビデンスをもとに、個々の腸内細菌や自身の代謝機能から、きちんと効果が期待出来るものを提供していくことが重要と話します。さらに、ひとつの成分で検討するのではなく、「これらのラインナップの中なら、あなたの腸内細菌ならこちらの成分を摂る方がよい」といった複数での比較もしながら個々の状態に応じた個別化もしくは層別化した食事の提案が出来れば、販売数の向上も期待できるのではないかということです。そして、学術的な立場からあらゆる企業と連携し、新しい未来型の健康社会の実現に向けて取り組んでいきたいと締めくくりました。

今回のセミナーでは腸内細菌の大規模な実態調査と、そこから導かれるデータの活用について知ることが出来ました。近年、増え続ける機能性食品は、自らの腸内環境を“見ること”で、その人ごとのエビデンスをもとに選ぶことが重要なようです。近い将来、“プレボテラ型の腸内細菌叢を持つ人向け”とうたう商品が、市場で上位を占める時代がくるのかもしれません。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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