【前編】「タンパク質」は筋肉の領域を超えてヒトの心身を維持する唯一無二の栄養素

近年、タンパク質の市場は伸び続けています。その注目の背景にあるのは、タンパク質の捉え方の変化です。従来の筋肉を維持増進するために必要なものという考え方から、免疫や脳、神経や細胞などヒトの身体の根本として隅々で多くの機能を左右する重要な栄養素であるという考え方へと変わってきました。そんなタンパク質の正しい知識について、立命館大学スポーツ健康科学部の藤田 聡教授に伺いました。

タンパク質は全身の生理的機能に欠かせない存在

藤田先生は運動生理学をご専門とし、タンパク質の代謝※に関わる研究をなさっています。近年、タンパク質はシニア層を中心に市場の拡大を見せていますが、筋肉に関する必要性の他にも重要な生理的機能について教えていただけますか?

確かに、筋肉をつくる栄養素としてのタンパク質は有名です。しかし、ヒトの身体における全ての機能で、タンパク質は必要なものだということが意外と知られていません。
食事から摂ったタンパク質は一旦、アミノ酸として吸収されて身体の隅々に運ばれます。そして内臓や筋肉など骨格の構造に関わるほか、神経伝達物質やビタミンを含む多くの生理活性物質の前駆体にも。また、酵素やホルモンとして様々な代謝※の調節をしたり、酸素を運ぶヘモグロビンや鉄を運ぶトランスフェリン、脂質を運ぶアポリポタンパクというような身体の維持に必要な物質を輸送したりする役割も担っています。加えて、タンパク質のうちγ-グロブリンは抗体として免疫機能を維持し、細菌やウイルスなどから身体を防御しているのです。
さらに、酸化されると糖質や脂質と同じようにエネルギー源としても活躍します。これらを総合し、身体にとってタンパク質は最も重要な栄養素と言えるでしょう。

※代謝(metabolism):体内で酵素の働きによって化学反応をおこし、分解や吸収などを行う過程のこと。呼吸のほか、タンパク質や脂質、糖質もこの反応を受けることで私たちの身体が維持されている。

タンパク質が不足すると、加齢などで筋肉量が減り身体機能が低くなることをしめす「サルコペニア」のほかに、どのようなことが起こるのでしょうか?

まず、ヒトの身体を維持する上で軽視できないのが、免疫機能の低下です。タンパク質が不足すると、血液中のアルブミン値が低下します。このアルブミンは、栄養状態の指標としても使われる値の一つ。身体の中に存在する100種類以上ものタンパク質のうち、最も多い6割以上を占めているタンパク質です。この値が低い人では、免疫機能が低下していくことが多く報告されています。例えば、インフルエンザワクチンを打った場合、このアルブミン値が低い人だと高い人に比べて抗体の産生量が少なくなることも分かっているのです。

免疫機能を維持するためには、タンパク質をどのように摂取する必要がありますか?

まず、維持していくために摂取することが、なぜ重要なのかを考える必要があります。ホルモンや酵素というのは、一度、体内でつくられたものがずっと機能している訳ではありません。私たちの身体は日々、全身で古いタンパク質を壊し新しいものを作るという“代謝”が起きているということを基本に考えましょう。
例えば、髪の毛や肌、そして爪も新しく作られるときにはアミノ酸が必要で、ここで盲点なのは一定量が常に排出されていくということ。古いタンパク質を壊して生まれたアミノ酸は、新しいタンパク質をつくるための量と尿や呼気などから体外に排出される量を考える必要があります。つまり、食事で十分な量のタンパク質を摂りつづけないと、新しい臓器や細胞をつくるために必要なアミノ酸は足りなくなっていくのです。

タンパク質は身体の中で溜めておけないのですか?

はい、ためておくことができません。糖質ではグリコーゲン、脂質では皮下脂肪や内臓脂肪という形で体内に保存することができ、必要時に必要な分だけを取り出してエネルギーに変えることが出来ます。一方のタンパク質では、アミノ酸の貯蔵庫となるものは存在しないのです(遊離アミノ酸は体内にごく少量存在しますが、たんぱく質の代謝を賄えるほどの量ではありません)。
それにもかかわらず、血糖値が下がってきて空腹状態のとき、私たちの体内では筋肉を壊してアミノ酸を得ようする代謝が起こります。こうした体内の構造物でもあるタンパク質を壊すということが頻繁に行われているため、きちんと毎食でタンパク質を摂らないと不足してしまうのです。また、体内で不足するタンパク質の順番や部位といった優先度は、まだわかっていません。体内のどこかに不足があれば、肌や内臓、筋肉など何かしらの部位に対して不調が起きてくると考えられるでしょう。

タンパク質はどのように各臓器で機能するのか

筋肉質な体格を目指す人でなくても、タンパク質はダイエットに向いているというのは本当ですか?

ダイエットという観点では、タンパク質は三大栄養素の中で最も有用です。その理由は、タンパク質のうち必須アミノ酸が脳内で満腹中枢を刺激するホルモンの分泌に関わっているため。これにより、糖質や脂質と同じカロリーを摂取したときにタンパク質が最も満腹感を維持できるため、余計な間食を摂る必要がなくなります。
さらに、つい摂り過ぎがちな糖質や脂質はすぐに体内に貯蔵される栄養素である一方で、タンパク質は常に分解され、体内に蓄えられない栄養素です。また、タンパク質は代謝される過程でエネルギーを必要とすることもあり、脂肪としてためにくい点もダイエットに向いていると言えるでしょう。

肌とタンパク質の関係性についても教えてください。食事として摂ったコラーゲンは、肌に届いているのでしょうか?

肌についてはまず、“コラーゲン=肌”という考え方から一歩離れてみることも必要だと思います。タンパク質が肌の代謝を活性化するという観点から、“コラーゲン=ペプチド”としてメリットを期待するという見方のほうが有力かもしれません。
ペプチドというのはアミノ酸が2個以上つながった構造をもつ鎖状の集合体のことで、アミノ酸の種類や数によって多くの種類が存在します。一方のコラーゲンとは皮膚や軟骨などを構成する繊維状のタンパク質で、ヒトの身体の約3割を占めているもの。このコラーゲンは皮膚の真皮にも存在し、強さや弾力性を維持するために重要な構成要素です。
しかし、食として摂ったコラーゲンが直接、肌に作用する訳ではありません。最近、肌の培養細胞を使った基礎研究で、コラーゲンにはアミノ酸として吸収されるもののほか、ペプチドとして吸収されるものがあることも分かりました。つまり、コラーゲン特有のペプチドが肌に何かしら良い影響をもたらしているのではと考えています。

脳、とくにメンタルヘルスとタンパク質との関係性は如何でしょうか?不足すると情緒不安定になったり、うつ症状を招いたりすることがありますか?

脳は神経細胞の集まりで、この神経細胞もアミノ酸がないと形づくることが出来ません。さらに、神経と神経の間を行き来するアドレナリン等の情報伝達物質もタンパク質から出来ています。言い換えると、脳はタンパク質がなければ機能することが出来ず、その構造も維持することが難しいのです。
また、メンタルヘルスにおいてはセロトニンという脳内の神経伝達物質に関する論文で、その関連性について多く目にします。このセロトニンは、必須アミノ酸であるトリプトファンから生合成され、脳内では精神を安定させる働きに関与。他の神経伝達物質であるドパミン(主に喜びや快楽をもたらす)やノルアドレナリン(主に恐怖や驚きをもたらす)などの情報をコントロールすることで気持ちを安定化させます。そのため、アミノ酸が供給できずにセロトニンが低下すると、気持ちが不安定になって攻撃的になったり、うつ症状を招いたりする可能性が示唆されているのです。
既に動物実験では、特定のアミノ酸を配合したサプリメントを摂取することによって幾つかの不安行動が改善されたというデータもあります。したがって、タンパク質がこれらの機能に強く関与していることは間違いないでしょう。

タンパク質の不足は、睡眠にも影響を与えるのでしょうか?

睡眠不足や睡眠の質といった部分に関しても、タンパク質は影響を及ぼすと考えてよいでしょう。なぜなら、睡眠に深く関わることで知られる神経ホルモンのメラトニンもまた、その原料がトリプトファンだからです。ただ、どの位のタンパク質が不足すると、どの程度の影響があるかという所までは現時点でまだわかっていません。
結局のところ、食事から摂取するタンパク質の量が不足すると全身のどこかでアミノ酸の供給が滞り、これが心身面で不調の原因になり得るということです。

食事摂取基準2020では男性と女性とでは推奨されているタンパク質の摂取量が異なるようですが、性別の違いによりタンパク質の捉え方は異なりますか?

これには幅広い見方がありますが筋肉に関していうと、タンパク質の代謝自体には男女での違いや性別による差はありません。身体にとって必要とされるタンパク質の量は、主に体重あたりで算出されます。つまり、性別の違いというより、単純に身体の大きさに応じた形で必要量が変わってくるのです。
ただし、女性の場合は月経などのタイミングで必要となるエネルギー量も変わってくるでしょう。これは男性の生殖機能についても同様で、現時点で正確な報告がなされている訳ではありません。

<インタビュー後編はこちら>

藤田 聡 教授 プロフィール

立命館大学 スポーツ健康科学部 教授
博士(運動生理学)。2002年南カリフォルニア大学大学院博士号修了。2006年テキサス大学医学部内科講師、2007年東京大学大学院新領域創成科学研究科特任助教を経て、2009年より立命館大学。米国生理学会(APS)や米国栄養学会(ASN)より学会賞を受賞。専門は運動生理学、特に運動や栄養摂取による骨格筋の代謝応答。監修本に『タンパク質まるわかりBOOK』、共著に『体育・スポーツ指導者と学生のためのスポーツ栄養学』など。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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