女性が眠ることを諦めなくていい社会へ——ユニ・チャームが「ムーニー寝具セット」で挑む産後の睡眠課題

ユニ・チャーム株式会社 Global開発本部 要素開発部の菅文美さん(博士)

―見過ごされてきた「産後の眠れない夜」を、社会課題として解決へ導く―
生理用品『ソフィ』やベビー用おむつ『ムーニー』などを展開するユニ・チャームが、女性のライフステージ特有の睡眠課題に正面から向き合い、ベビー向けの寝具を開発しました。単なる商品開発にとどまらず、「女性が睡眠を諦めなくていい社会をつくる」というミッションのもと、その課題を社会全体のものとして情報発信にも力を注いでいます。グローバル開発本部 要素開発部の菅文美さん(博士)に、取り組みの背景と展望を聞きました。

「仕方がない」で片付けられてきた、産後の睡眠課題

スリープテック市場が盛り上がりを見せるなか、その多くはビジネスパーソンの仕事のパフォーマンス向上や健康経営の文脈で語られることが多いのが現状です。また、多くの企業がエビデンスを積み上げ、睡眠の科学は着実に深まりましたが、あるセグメントの眠りの課題は、長らく「個人の問題」「仕方のないこと」として、社会の中でそっと見過ごされてきました。その一つが、産後の母親の睡眠課題です。

菅さん自身、フェミニンケアの商品開発を経て、約10年にわたり赤ちゃんや母親に関わるベビー事業領域を担当

ユニ・チャーム Global開発本部 要素開発部に所属する菅文美さんは、同社の最新調査が示す数字に、改めて課題意識が高まったといいます。乳児を養育中の母親の約8割に睡眠障害の疑いがあり、さらに親の睡眠負債が子どもの睡眠時間の減少へと連鎖しているというのです。

「産後のお母さんたちにお悩みを尋ねると、圧倒的に多かったのはおむつの漏れなどではなく、夜泣きや寝かしつけで眠れないことでした。ところが、多くのお母さんたちが困っているのに、『仕方がない』と見過ごされ、お母さん自身も諦めてしまっている。その認識をユニ・チャームが変えるべきと考えました」(菅さん)

この言葉の背景には、見えにくくなっていた深刻な現実があります。睡眠不足は産後うつの引き金にもなりかねない問題です。それでも、赤ちゃんがなかなか寝ないのはその子の個性であり、母親は頑張るしかない——そうした空気が長く続いてきました。

女性のライフステージに潜む「睡眠」という共通課題

ユニ・チャームは長年、生理ケアには『ソフィ』、子育てには『ムーニー』、シニアには『ライフリー』といったブランドを通じ、女性の様々なライフステージごとの「不」の解消に向き合ってきました。菅さんが所属する要素開発部は、既存商品ではなく新商品の開発や未開拓領域の創出を担う部署です。そのなかで浮かび上がってきたテーマが、睡眠でした。

夜間の経血モレへの不安が睡眠の質をさらに低下させるという悪循環に着目して開発された「ソフィ 超熟睡シリーズ」

「女性の身体は、男性に比べてホルモンバランスが大きく変動するのが特徴です。妊娠期は女性ホルモンが大きく高まり、産後は急激に下がり、更年期は落ち込むなど、ジェットコースターのように大きく変化することがわかっています。男性の緩やかな変化と異なるこのホルモンの波のなか、各ライフステージで共通するのが、睡眠のトラブルです」

延べ3万人以上の母親へのアンケートや睡眠に関する論文調査を重ね、菅さんたちはやがて母親たちの“本当の想い”にたどり着きます。

「すやすや寝ている赤ちゃんの横でお母さんが何を願っているかを深く探っていくと、辿り着いた本当の想いは、『ただただ、健康に生きてさえいてくれればいい、毎日生きていてくれるだけでいい』ということでした。ずっと静かに赤ちゃんが寝ていると『息をしているかな?』と確認した経験がある方もいると思います。つまり、私たちが提供しないといけないのは、長く寝かせる商品だけではなく、命を守り育む睡眠環境だったのです」

赤ちゃんの「熱」に着目した、科学的アプローチ

安全な睡眠環境を構築するにあたり、菅さんたちが注目したのは「熱」でした。生後2か月の赤ちゃん約70名の体温データを継続的に測定した結果、大人と同様に眠る際に深部体温を下げて眠気へとつなげるリズムが備わっていることが確認されています。一方で、赤ちゃんは体温が高いにもかかわらず、手足の血管を拡張させて放熱する機能が未熟です。

「赤ちゃんは『褐色脂肪細胞』が大人より多いため寒さには比較的強い。ところが放熱が苦手なため、暑さには弱い。米国小児科学会などのガイドラインでも、SIDS(乳幼児突然死症候群)のリスク要因の一つとして『温めすぎ』が指摘されており、枕や掛布団は使わず、スリーパーで寝かせることが世界的な推奨事項となっています」

寝ている赤ちゃんの頭に集中しがちな体圧を、分散することで沈み込まないように支える独自の枕ビルトイン加工

ところが日本市場では、大人用の寝具をそのまま小さくしたような枕と掛布団のセットが依然として主流です。愛情から子どもに服を着せすぎて、布団を掛けて温めすぎてしまう親も少なくありません。大人なら暑いと感じれば寝返りを打ったり布団を除けたりできますが、赤ちゃんは自分で衣服や寝具を調整することが出来ません。そのため、背中や頭に熱がこもり、夜泣きへとつながる悪循環が生まれてしまうのです。

赤ちゃんが泣くたびにママが目を覚ましてしまう。乳児を育てる母親の約8割に睡眠障害の疑いがあるという調査結果は、こうした夜の連鎖の積み重ねによるものでもあります。つまり赤ちゃんの睡眠環境の課題は、ママの睡眠課題でもあるのです。

「ムーニー寝具セット」——おむつ開発のノウハウが生んだ革新

こうした科学的知見から誕生したのが「ムーニー寝具セット」です。スリーパー、ファスナーシーツ、ボックスシーツ、敷き布団カバー、敷き布団の5点で構成され、いずれも熱を通しやすいオーガニック綿素材やメッシュ素材を採用しています。

スリーパーから敷きふとんまで、熱を通しやすい綿素材やメッシュ素材を採用

スリーパーは、手足から放熱しやすいよう包み込みすぎない独自設計を採用。敷き布団には網状構造体を用い、特殊なストライプ凹凸加工で赤ちゃんの身体との間に溜まる熱を効率よく逃がします。また、「絶壁頭になるのでは」という親の不安を解消するため、頭が置かれるゾーンには特別なビルトイン加工を施し、枕なしでも安全性と快適性を両立させました。

熱が溜まりやすい背中からも放熱しやすく、広範囲にわたって熱を逃す熱伝導率設計

「この商品には、赤ちゃん用紙おむつの開発に携わってきたメンバーが数多く関わっています。さらに、歴代の開発で培われてきた知見も組み込まれ、長年のこだわりが寝具にも生かされています。試作・テスト・改良を何百回も繰り返してきたユニ・チャームならではのこだわりが、寝具にも発揮されました」

シーツはファスナーをしめるだけで装着できる形状を採用しています。「開発者には子育て中のママもいて、ボックスシーツを取り換えるのが大変という実感があります。吐き戻しなどで洗濯が増えがちな赤ちゃん用の寝具だからこそ、少しでも負担を軽減したいという想いがありました」睡眠中の安全性だけでなく、育児にかかる親の日常的な負担を減らすことへの視線が、製品の細部にまで息づいています。

「睡眠リテラシーの啓発」——カギは社会全体の認識変容

菅さんがこの取り組みで強調するのは、商品開発にとどまらない「睡眠リテラシーの啓発」です。学会発表や論文を通じたエビデンスの提示にも力を注ぎ、科学的な情報発信が父親や社会全体の行動変容にもつながると菅さんは言います。

「女性の睡眠リテラシーの向上はもちろん大切です。しかし、やはりポイントは社会全体がその事実を、自分や自分の家族の問題として認識することではないでしょうか。子どもの夜泣きに対して、どうしてもママが先に起きて対応しがちであるのが現状です。母親が育児中に眠れないのは当たり前——その社会の共通認識を変えていかなければ、根本的な解決にはつながらないと思います」

ユニ・チャームには、親の心理的負担を軽減する研究開発の土壌があります。これまでも、京都大学との共同研究によるメッセージ浮かび上がる紙おむつや、ARを活用したトイレトレーニングアプリなど、育児をポジティブに変える取り組みを重ねてきました。菅さんたちの研究でも、母親がリラックスすると赤ちゃんにも「同調反応」が起こることが確認されており、母親の心身を整えることは家族全体のウェルビーイングに直結しています。

赤ちゃんがおしっこをすると「ありがとう」「だいすき」といったポジティブなメッセージが浮かびあがる「Happyお知らせサイン」を搭載したおむつ「ムーニー」

「多くの母親が困っているのに、『仕方がない』と見過ごされ、母親自身も諦めてしまっていることがあります。ですが、睡眠環境を整えることで子どもが眠ってくれるようになることもある、だからこそ、諦めないで良い世の中にしたいと考えています」

「不快を解消する社会」へ——すべての人の可能性を信じて

ユニ・チャームの睡眠課題への取り組みは、ムーニー寝具セットだけで完結するものではありません。菅さんは今後の展望として、妊娠期から産後、更年期まで、女性のライフステージ全体を視野に入れた睡眠支援の可能性について語ります。

「睡眠の問題は本当に大きく、妊娠期から睡眠問題は発生しますし、妊娠期の母親の睡眠リズムが、生まれた後の赤ちゃんの睡眠リズムと関連するという研究もあります。妊娠期からママ自身の睡眠リズムを整えてあげることが、ママ自身にも、胎児の成長にも、生まれた後の赤ちゃんの睡眠リズムにも関係する。そうしたことを社会的に発信するための商品やサービスを考えていきたいです」

さらに、子育てが落ち着いた頃には更年期の課題が訪れます。睡眠だけでなく体調のトラブルが起きやすくなるこの時期にも、積極的にチャレンジしていきたいと菅さんは言います。

「なぜ掛け布団はよくないのか」「なぜ夜泣きするのか」をエビデンスベースで理解できると、行動変容にもつながると菅さん

目指すのは、生理用品や紙おむつで培ってきた素材開発力・吸収体技術・困りごとをプロダクトに変える力を、睡眠という新たな社会課題に応用することです。生理中の睡眠課題、赤ちゃんの夜間の睡眠課題、大人用紙おむつでの夜間の睡眠課題など、これまでも「不快や不安を解消する」という視点からさまざまな睡眠課題に向き合ってきた同社にとって、ムーニー寝具はその知見を赤ちゃんの睡眠環境へと広げた、新たな一歩といえます。

「個別企業でできることには限界があるため、各企業・団体との連携も推進しています。ユニ・チャームをリード企業とした12企業・団体で構成され、女性の月経や妊娠・出産、更年期など各ライフステージにおける睡眠課題の把握と睡眠をサポートするためのサービス開発に取り組む『Sleep Innovation Platform®(スリープ イノベーション プラットフォーム)』の中の『女性の健康と睡眠課題解決』というサブワーキンググループなどを活用しながら、さまざまな企業と共同で情報発信やサービスの提供に努めていきたいと考えます」

「Love Your Possibilities~なんでもできそう。いつでも、いつまでも。~」

誰もが秘めている可能性を信じ、互いに支え合う共生社会の実現を目指す——。ユニ・チャームがコーポレート・ブランド・エッセンスとして掲げる「Love Your Possibilities~なんでもできそう。いつでも、いつまでも。~」という言葉は、眠れない夜を過ごす母親たちへの希望のまなざしとも重なります。子どもが夜泣きすると母親が起き、眠れないのは当たり前——その認識を社会全体で問い直すこと。それが家族の在り方を、そしてすべての人のウェルビーイングを変えていく力になる——菅さんはそう信じています。

「環境を整えることで眠ってくれるようになることもある。だからこそ、諦めなくていい社会にしたい」 その言葉は、一人の開発者の思いであると同時に、長年女性の生活に寄り添ってきたユニ・チャームの、静かで力強い宣言でもあります。

【参考文献】

1.米国小児科学会のガイドラインの論文
Moon, R. Y., Carlin, R. F., Hand, I., AAP Task Force on Sudden Infant Death Syndrome, & AAP Committee on Fetus and Newborn. (2022). Sleep-related infant deaths: updated 2022 recommendations for reducing infant deaths in the sleep environment. Pediatrics, 150(1), e2022057990.
https://doi.org/10.1542/peds.2022-057990

2.エビデンスに基づいた寝具セットの設計思想となるレビュー論文
Oka, Y., Tange, A., & Maeda, Y. (2025). Designing Infant Mattresses Tailored to Developmental Sleep Characteristics: A Comprehensive Review. Clocks & Sleep, 7(4), 70.
https://doi.org/10.3390/clockssleep7040070

取材・文/大正谷正晴 撮影/関大介


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