【後編】腸内環境栄養学会が注目する今後の研究テーマとは?

「腸内環境栄養学会」は、腸内細菌叢検査による腸内環境の把握と、それを活用した栄養学の確立を目指し、2021年10月に設立されました。学会の代表理事であり、自律神経研究の第一人者である小林弘幸先生は、さまざまな分野の専門家のアイデアや知見が集まる場所にしたいと語ります。インタビューの後編は、今後、学会で特に力を入れていく研究テーマについてうかがいました。

「お腹のはり」「認知症」「睡眠」が今後の研究テーマ

今後、腸内環境栄養学会ではどんなテーマを取り上げていかれるのでしょうか。

ひとつは患者さんからの訴えが最も多い「お腹のはり」です。なぜ「お腹がはる人」と「はらない人」がいるのか、便が出ているのになぜお腹がはる人がいるのか。「お腹のはり」を治すことができたらたらノーベル賞級といっても過言ではありません。

ほかにはどんなテーマを考えられていますか。

優先順位でいえば、「認知症」と「睡眠」が興味のあるテーマです。
認知症に関しては、腸内環境を整えると認知症の予防になるという研究結果が多数報告されています。それももちろん興味がありますが、私たちが今注目しているのは愛情ホルモンの「オキシトシン」です。オキシトシンはほぼ腸でできるということと、脳内で拡散されるということがわかっています。オキシトシンには、ストレスから脳を守ったり自律神経を整えたりする働きがあります。認知症の改善のためにはオキシトシンの分泌を促す必要があり、腸の状態をよくすることが重要だと考えています。

オキシトシンは人とのふれあいや一緒に食事をすることでも分泌されるといわれていますが。

一人で食事を摂ることが日常化すると、オキシトシンが不足します。コロナ禍で人とのふれあいが減っている今、オキシトシンの分泌をどのように促すかは意識すべきポイントでしょう。コロナ禍のストレスから身を守るためにも注目のホルモンといえます。

睡眠と腸内環境についてはいかがでしょうか。

腸内環境と睡眠というのは大いに関係しています。眠りを誘うホルモンであるメラトニンの材料となるのが「セロトニン」などの神経伝達物質ですが、このセロトニンのほとんどがやはり腸壁で作られています。腸内環境を改善したら不眠が改善されたという症例も大変多いです。

先生のご専門の腸内環境と自律神経についても学会の研究テーマになりますか。

腸と自律神経はお互いに影響し合っているため、基本的に腸内環境が整えば、副交感神経が優位になるだろうという仮説があり、それに近いデータも存在します。しかしなぜ腸内環境がよくなると副交感神経が優位になるのか、ダイレクトにホルモン系が働いているのか、腸の蠕動運動がよくなって自律神経系に影響しているのかはまだわかっていません。こうした疑問も学会で取り上げていきたいテーマのひとつです。様々な知識が集まる場だからこそ、これまで遠かった答えが、意外なほど近くなる可能性があります。それが学会の強みです。

一般の方や患者さんにとにかくわかりやすく伝えるということ

栄養と食事に関して注目されているトピックはありますか。

朝食の内容と、夜の食事をストレスなく早い時間帯に終わらせることの重要性です。夕飯を18時か19時に終わらせている方は、ほとんどが健康体という傾向があります。また、いつ、何を、どれだけ食べるかということも意識する必要があります。「何を食べるか」という点では食物繊維と発酵食品をベースに、一日60g程度のタンパク質を摂るのが理想です。タンパク質は筋肉や血管など体を作る材料になるほか、エネルギー源にもなる欠かせない栄養素といえます。

食品や食材についてはいかがでしょうか。

今後、食材に対しても様々な研究を進めていきたいと考えています。現在、「バナナ」の健康効果に注目しており、ストレスホルモンの分泌を減らす、自律神経系を安定させるといった効果が期待できることがわかっています。

腸内環境の改善には、栄養が最も大切だとお考えですか。

栄養も重要ですが、腸は内側と外側から鍛えるといいといわれているため、運動で外側からも鍛える必要があります。この両方が成り立ってこそ腸内環境の改善につながるといえるでしょう。食事と同様、運動に関しても学会でしっかり取り上げていくつもりです。

また、毎日の家庭での食事が腸内環境を左右するため、親子向けの腸育は早ければ早いほどいいといえます。また、お母さんの腸内環境が赤ちゃんにも影響するため、お腹にいるときからお母さん自身の腸内環境を整える必要もあるでしょう。今後は親子向けの市民講座や、お子さんのスポーツ団体などでの腸育・食育活動も考えています。

最後に、ウェルネス産業に携わる方々に向けてメッセージをいただけますか。

ウェルネス産業に従事する方々にも考えていただきたいのが、「いかにわかりやすく伝えるか」ということ。せっかくいい製品ができても伝え方次第でピントがずれてしまいます。
一般の方との日常のありふれた会話のなかにヒントがあります。100の難しいことをいかに1で説明するかということ。難しい言葉を羅列するのではなく、誰にでもわかる言葉で説明をすることが情報を伝えるキーになります。大学の授業でもわかりやすい授業を心がけていると、生徒の理解度や学習の成果が確実にアップします。患者さんへの説明も同様です。理解してもらえるように伝えることで、確実に治療の成果が出ます。難しい言葉を並べても人は救えません。今後は、腸内環境栄養学会でも、誰にでも伝わる情報発信にこだわっていきます。

<インタビュー前編はこちら>

小林 弘幸 教授 プロフィール

1960年、埼玉県出身。順天堂大学医学部病院管理学・総合診療科教授・日本スポーツ協会公認スポーツドクター。自律神経研究の第一人者として、プロスポーツ選手、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上の指導に関わる。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した腸のスペシャリストでもあり、腸内環境を整える健康な心と体の作り方を提案している。著書に『なぜ、「これ」は健康にいいのか?』(サンマーク出版)、『整える習慣』(日本経済新聞出版)、『結局、自律神経がすべて解決してくれる』『医者が考案した「長生きみそ汁」』(ともにアスコム)など多数。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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