【前編】腸内環境栄養学会の設立の背景と学会が目指す未来

「腸内環境栄養学会」は、腸内細菌叢検査による腸内環境の把握と、それを活用した栄養学の確立を目指し、2021年10月に設立されました。その背景には、臨床と研究の現場があまりにもかみあっていない、検査結果がいかされていないという大きな課題があったといいます。前編では、学会の代表理事である小林弘幸先生(順天堂大学教授)に設立の背景や腸内環境を取り巻く現状についてうかがいました。

腸内環境の詳細な検査データを取得しても、それを活用できない現状

まず、腸内環境栄養学会設立の背景についてお聞かせください。

いくつかありますが、ひとつは一般の方に向けた団体のほかに、腸に関わる幅広い分野の専門家が集まる場が必要だと感じていたこと。もうひとつは、検査会社でとれる詳細なデータが十分に活用されていないため、検査会社と医療関係者をつなぐ必要があったことです。
中でも今最も重要だと考えるのは、「腸内環境」についてもっとわかりやすく、正しい情報を発信すること。「腸内環境」というワードそのものは身近になりましたが、実はみなさん「腸内環境」についてはっきりとわかっていないのではないでしょうか。検査会社を利用すれば腸内細菌叢の測定ができ、腸に何がよくて何が悪いのか、善玉菌がどれで、悪玉菌がどれなのかはわかるかもしれません。しかし、検査結果を総合的に読解できる人がいない、結果を踏まえてどうしたらいいのか判断し、活用できる人がいないというのが現状です。

確かに、詳細な検査結果を理解するのは難しいと感じます。

実際、医師の私がその検査結果を見ても、数値が細かすぎてよくわかりません。ですから数字や菌の割合がわかってもこのままでは意味がないのではないかと感じました。そうした現状をもちろん検査会社もわかっているでしょう。細かい数字を並べるよりは、ズバリ「あなたの腸は52点です」といわれたほうがみなさんわかりやすいはずです。本来は、患者さんにわかりやすくフィードバックできてこそ数値に意味があるのですが、臨床の現場と研究の現場があまりにもかけ離れていて、検査結果が患者さんにほとんど反映されていません。

検査会社共通の指標というのはあるのでしょうか。

検査会社独自の指標はありますが、データを活用して、どう改善していけばよいかというところまで示すことはできないでしょう。せっかく詳細なデータがあっても、それを読解する先生たちがいない。患者さんを実際診ずに、データだけで判断するのも難しいということもあります。

臨床と研究の間をつなぎ、お互いの知識を有効活用する場所に

臨床の現場と検査をする側が連動するためには、どういったことが必要になるのでしょうか。

現在も、科学的に腸を研究する団体や管理栄養士、腸のセラピストの方たちの協会などが多数あると思います。しかしそれぞれの団体が一緒に話し合うという場はなかなかありません。今重要なのは、ドクターや薬剤師、管理栄養士、検査会社も含めて、さまざまな専門家が集い、臨床上の問題に対して、頭脳を集結させ経験を話し合い、科学的にどう捉えていくかではないでしょうか。そういったことを実現し、患者さんに還元するために、「腸内環境栄養学会」を立ち上げました。

小林先生がその真ん中に立っていらっしゃるということですね。

研究部門の人は臨床はやりませんし、臨床の人は研究部門に興味がないという傾向があります。私の場合は、臓器移植研究が専門だったため、人体の構造や機能についての研究などを行う基礎医学を学びました。私はたまたま研究と臨床の両方に精通していたため、両方の難しさがわかります。それもこの学会を立ち上げたきっかけになっているかもしれません。

学会名に「栄養」という言葉を取り入れたのはなぜでしょうか。

「栄養」という言葉には、卵焼きやお弁当といった、日常の食事が浮かぶようなイメージがあります。日常の手段として、まずは食事からどうやって腸内環境を変えていくべきかということを伝えたい。そんな思いが込められています。実は「腸内環境食事学会」がいちばんしっくりくるのですが、「ちょっとかっこ悪いな」と思い、「腸内環境栄養学会」にしたという経緯があります。

<インタビュー後編はこちら>

小林 弘幸 教授 プロフィール

1960年、埼玉県出身。順天堂大学医学部病院管理学・総合診療科教授・日本スポーツ協会公認スポーツドクター。自律神経研究の第一人者として、プロスポーツ選手、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上の指導に関わる。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した腸のスペシャリストでもあり、腸内環境を整える健康な心と体の作り方を提案している。著書に『なぜ、「これ」は健康にいいのか?』(サンマーク出版)、『整える習慣』(日本経済新聞出版)、『結局、自律神経がすべて解決してくれる』『医者が考案した「長生きみそ汁」』(ともにアスコム)など多数。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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