老化の進行は「ノンリニア」。起点の40代と60代で配慮すべき食とは?
世界中でペースオブエイジング(PoA、老化速度)の研究が進行するなか、見た目と内面の若さは相関し、その老化するスピードには個人差があることも認知されつつあります。さらに最近、ヒトの老化には44歳と60歳という、2つの時期に大幅な調節不全が発生するという研究論文も発表されました。この研究結果を受け、その解釈の仕方や注意点、40代と60代で気を付けたい食の内容や健康食品の役割について、一般社団法人 国際予防医学協会理事長でお茶の水健康長寿クリニック院長の白澤卓二先生に伺いました。
人は44歳と60歳で老化が進む―スタンフォード大学の研究論文の解釈
近年ではマルチオミクス(multi Omics)の技術進歩により、老化のなかで起こる分子の変化をシステムレベルで包括的に研究できるようになってきました。マルチオミックスというのは、ゲノム(genome)やエピゲノム(epigenome)、トランスクリプトーム(transcriptome)※、プロテオーム(proteome)※、メタボローム(metabolome)などの生体分子に関連した複数のデータを活用しておこなう研究です。この技術を用いて2024年8月、スタンフォード大学(米国)から老化に関する興味深い研究報告「ヒトの老化におけるマルチオミクスプロファイルの非線形ダイナミクス」が発表されました。
※トランスクリプトーム(transcriptome):転写を意味するtranscriptionとゲノム(genome)を組み合わせて作られた造語で、細胞内における全ての遺伝子転写産物(mRNA)を指す。
※プロテオーム(proteome):ゲノムに対応するタンパク質レベルの造語で、生体に発現するすべてのタンパク質一式を指す。トランスクリプトームと合わせることで、遺伝子間・タンパク質間における相互作用の解析に役立つ。
大きな注目を集めているこの研究論文について、解釈の仕方などを解説いただけますか?
この論文を解釈するにあたり、押さえておきたいことが2つあります。ひとつ目は、参加者から得た複数の生体サンプルがそれぞれ、結果に影響を与える寄与率です。遺伝子転写産物(トランスクリプトーム)やメタボロミクスから、臨床検査値、脂質のプロファイリング、便や皮膚のみならず口腔や鼻腔内のマイクロバイオーム(細菌叢)など、幅広いデータの解析がなされているものの、代謝系酵素に関わる遺伝子発現の強さ以外はあまり前面に出されていません。これには、どこを中心に解析していくかといった研究者の取捨選択もあったのでしょう。現に論文の後半では、“皮膚や筋肉など特定の組織との直接的な関連性については疑問が残る”とも記されています。
2つ目は、参加者の年齢層と追跡期間です。研究に参加した108名のうち、最も若い人が25歳で最年長が70歳、さらにこの募集はスタンフォード大学周辺のコミュニティに限定しておこなわれました。その年齢層にも偏りがあることに加え、人生100年時代と言われる現代では大きな割合を占める高齢期のデータが入っていません。そして追跡期間もまばらで、全体における平均観察期間はわずか1.7年間(626日間)。この部分についても論文では、“詳細な変曲点の分析には不十分”と自ら記しています。
そうした偏りがあるにも関わらず、このデータが話題になっているのは、「44歳と60歳で老化が急速に加速する」というインパクトのある論調が世間の関心を集めたからでしょう。老化は一直線(リニア)に進むのではなく、ノンリニア(非線形)に進行するという表現は、老化学を専門に扱う人たちにとっては当たり前でも、それ以外の人からすると全く新しい概念に映ったのかもしれません。
SNSなどでは、「厄年は本当にあるんですね」といったコメントが多く見られました。
一般の人に対し、このデータはどのように活用されると考えられますか?
この研究データがもたらすメリットのひとつは、一般の人にとって、病気とその表現形の出現における認知がされやすくなったこと。言い換えると、病気も「老化」が促進する事象の一種として捉えやすくなることです。たとえばシミや薄毛といった見た目の変化と同様に、白内障や骨粗しょう症、アルツハイマー型認知症も、発症要因の1つにエイジングがあることを理解する必要があります。
これまで、鏡で見てすぐに分かるような老化に伴う外見の変化と、検査をすることで分かる老化に伴う病気は、一般の人にとって別物のように捉えられてきたと思います。しかし、そこには40代や60代といった好発年齢が存在するのです。このデータで用いられた“ノンリニア”という表現が、そこに気付くきっかけとなっていくことでしょう。
ヒトにおけるすべての老化が、ノンリニアに進行するのでしょうか?
私が病理を主に専門としていた頃、80歳から85歳くらいで亡くなったヒトの脳を解剖し顕微鏡で見ると、3割以上でアルツハイマー型認知症の痕(病変)が見られました。ここで、アルツハイマー型認知症がリニアに進行するのなら、90歳では半数くらいにそれが見られてもおかしくありません。しかし、実際はそこまで多くありませんでした。つまり、ノンリニアに進行する老化もあれば、リニアに進行する老化もあるということです。
例えば、細胞が分裂する度に段々とテロメアが物理的に短くなっていく様子は、リニア(線形)を描いて時間とともに進行するように見えるでしょう。暦寿命は細胞の寿命に相関するというのがリニアの考え方で、病気ごとにかかりやすい年齢のピークがあるというのがノンリニアの考え方です。
大切なのは、40代や60代など老化に伴う病気の好発する年齢を起点に、その後は適応するということ。つまり、ずっと加速し続けるという訳ではありません。脂質異常症などの心筋梗塞と密接に関わる病気が40代で発症しやすく、酸化ストレスによってアルツハイマー型認知症などが60代で発症しやすいのも、これらの病気が表現形として出てくるピークのひとつに過ぎません。ピークの後は何らかの形で身体が適応していくから、老化はノンリニアに進行するのです。
臨床では診断基準や診療ガイドラインなどがある中で、老化がノンリニアに進行するという考え方はどのように活用されていますか?
残念ながら現状では、ノンリニアな老化という概念を臨床に活かす方法は定まっていません。老化学がまだそこまで追いついていないのが理由です。医学の進歩とともに現代の医療は細分化され、各専門科領域によって特化する部分に磨きがかかっています。例えば、循環器領域ではコレステロールに、脳領域ではアミロイドβという風に。ここに、細胞の老化を軸とする基礎老化の学問は、なかなか取り入られにくい現状といえるでしょう。
しかし、本来はもう少し、エイジングを理解しながら薬物療法などの介入をしていくことも必要だと思っています。患者さんに対しては、40歳や60歳という暦年齢に応じて、“この年齢ではこういうことに気を付けましょう”というような指導も必要でしょう。また、血圧や血糖の平均状態を示すHbA1cやコレステロールの目標値についても、ノンリニアという前提を踏まえて個々に設定することが重要です。
40代と60代で配慮すべき食とは?健康食品の役割
普段の食で老化予防をおこなうには、どのように気を付けたらよいでしょうか?
じつは、「食べて予防する」というよりも、「食べるのをやめた方が老化予防によい」という部分が多くあります。その多くが化学物質や添加物、遺伝子組み換え食品、農薬に関するものです。なかでも農薬は、老化を著しく加速するといっても過言ではないでしょう。
ただ、わが国では学童期からずっと給食という形で提供されてきたものに、これらが少なからず含まれています。つまり、老化はそこから既に始まっていて、自身で食を選べるような年齢になっても、それは否応なく食習慣としてしみついているようです。
これを打破して食で老化予防をおこなうには、よい素材を買ってきて毎日のように自分で料理をするしかありません。ただ、それはなかなか難しい人も多いので、まずは原材料が疑わしいと感じるものを摂らないということから始めてみるのもよいでしょう。
40代と60代、それぞれにおいて食生活で配慮すべき点についてご教示ください。
脂質とアルコールの代謝が低下する40代では、飲食店に行って提供される、“おつまみ”に注目してください。例えば、同じ居酒屋に行っても、飲み物がビールなら、塩辛くて滴るほど油が使われた“おつまみ”が並ぶことでしょう。これが、飲み物が赤ワインなら、その横に並ぶメニューも変わってきます。一方、炭水化物の代謝が低下し、活性酸素が増えやすくなる60代では、食材に含まれる抗酸化成分の有無に注目して選ぶようにするとよいでしょう。
さいごに、食品産業の関係者に向けてメッセージをお願いします。
老化速度が速まるように見えるタイミングには傾向があり、その傾向のなかでも個人差というバリエーションがあります。今回のスタンフォード大学の研究報告はそれを理解するきっかけではありますが、正しく解釈し、誤解のないように伝えていくことが大切です。老化はノンリニアに進行していることを前提に、農業に関する事情など世界の動向にも視野を広げつつ、商品開発に役立ててほしいと思っています。
白澤卓二 先生 プロフィール
白澤抗加齢医学研究所 所長
お茶の水健康長寿クリニック 院長
一般社団法人 国際予防医学協会理事長
Residence of Hope館林 代表
1982年千葉大学医学部卒業後、呼吸器内科に入局。1990年同大学院医学研究科博士課程修了、医学博士。東京都老人総合研究所病理部門研究員、同神経生理部門室長、分子老化研究グループリーダー、老化ゲノムバイオマーカー研究チームリーダーを経て、2007~2015年まで順天堂大学大学院医学研究科加齢制御医学講座教授、海外での講義が好評を博す。専門は寿命制御遺伝子の分子遺伝学、アルツハイマー病の分子生物学、アスリートの遺伝子研究。300冊を超える著書から、累計販売数は500万部を超える。