「ウェルビーイング×食事」マーケティングの発想転換&腸と個人差を見る精密栄養学

2019年以降、機能性表示食品の売上は伸び悩み、人々は新しい食と健康の価値を求めてその市場動向が変化しています。それは、おいしさや楽しさなどを包括し、総合的かつ中長期的に健康へ資するこれまでとは違う新しい世界観です。こうしたウェルビーイングの視点はいま、マーケティング戦略において避けて通ることは出来ません。加えて、生活者が抱く製品への期待値のコントロールや訴求の順番、食事の背景でその効果を左右する腸内環境と、個人差が生じるメカニズムを考慮した精密栄養学の観点も重要です。

今回、「腸から考えるウェルビーイングを実現するための食事とは?」をテーマに開催された、株式会社インテグレート代表取締役CEO 藤田康人氏、国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 國澤純氏の講演と、パネルディスカッションについてレポートします。

(セミナー共催4社4団体)
・ウェルネス総合研究所
・株式会社インテグレート
・ウェルネスフード推進協会
・RDサポート

<登壇1>ウェルビーイングの視点で考えるこれからの食事とは?
藤田 康人 氏(株式会社インテグレート代表取締役CEO)

「生活者と外食利用における関係性」を紐解いていくにあたり、はじめに、ウェルネス総合研究所の主席アナリストである白井俊行氏から、現代における生活者の健康意識の調査・分析について紹介がありました。

「ウェルネストレンド白書」では、分類した7つの健康セグメントを、健康意識の高い順から「健康ストイック層」「健康コンシャス層」「コツコツ健康層」「ラクして健康層」「まだ大丈夫層」「トレーニング大好き層」「健康無関心層」と名付け、それぞれの特徴を分析しています。例えば年代別で見てみると、「コツコツ健康層」「健康ストイック層」は50代以降に増えている一方、「まだ大丈夫層」「健康無関心層」は60代から減ってくることなどが分かりました。

1つ目の登壇では、株式会社インテグレート代表取締役CEO 藤田康人氏が「ウェルビーイングの視点で考えるこれからの食事とは?」と題し、ウェルビーイング(Well-being)の捉え方からヘルス(Health)やウェルネス(Wellness)といったこれまでの食と健康とのちがい、機能性表示食品と近年で成功している製品など市場の動向について解説。その上で、現代の生活者が求める商品設計や、これからの食事におけるターゲットと目指すべきマーケット、そして戦略について話しました。

コロナ禍を経た生活者のインサイトとヒット商品の背景

いま、世の中が求める食は肉体的(Physical)な側面のヘルスに精神的(Mental)な側面を加えたウェルネスに、さらに社会的(Social)な側面を加えたウェルビーイング(Well-being)という、これまでにない新しい概念の食。この社会的な側面には、身近な人と人との関係性も含まれ、どのような環境や状況でも自分らしく生きることが幸せの定義として大事だと話します。コロナ禍を経て人々は、独りで食べる食事の寂しさや外出が困難な状況での心身の影響を必然的に察することで、食事に対する考え方と求めるものが変わってきたのかもしれません。

現に昨今のヒット商品を見ると、これまで健康的と考えられていた食とは相反する傾向があります。たとえば、糖質を控えていないクラフトコーラや、高齢者や病気を抱える人むけではなく健康な若者向けの冷凍弁当など。ウェルビーイングな食事はどちらかというと、人工甘味料や化学物質、食品添加物といった人工的なものを含まない、ナチュラルであるという概念が近いと話します。

そしてこの背景には、ターゲットの移り変わりがあることも重要です。冷凍弁当の例でいうと、今までは中高年の世代や介護が必要な人を対象に展開してきたものがほとんどでした。しかし、コロナ禍から今でもずっと売れ続けている冷凍弁当の主な対象は、20代から30代です。
一般に、身体的な不安がない若者で、機能性表示食品や特定保健用食品(以降、トクホ)を購入する人はあまり多くありません。しかし、いまの若者は長寿社会のなかで育ち、自身の健康や社会など将来に対する不安が大きいため、貯金とともに長期的な目線で健康を維持できるような、栄養バランスのよい食事を求める人が増えつつあることが示唆されました。

伸び悩む機能性表示食品、ヒットの鍵は“証明しないこと”

続いて、2015年から始まり9年目を迎える機能性表示食品について言及しました。市場におけるその勢いは2019年を境に、売上金額を累積届出数が上回り、近年ではさらにその差が広まりつつあります。この背景にあるのが、生活者の期待値に沿うことが出来なかった機能性(効果)の明示です。
例えば、難消化性デキストリンを配合し血中のコレステロールや脂肪を減らすと謳う飲料について、毎日しっかり8週間、飲み続けられる人はどの位いるでしょうか?ある程度の期間に自己流で飲んで、結果的に数値の変化が見られなければ、「効かない」と思ってやめてしまう人もいるでしょう。

これに対し、同じ製品設計でもまったく異なる打ち出し方で成功を収めている戦略について紹介しました。トクホを取得し同様の成分を配合する某大手飲料メーカーのいわゆる“メタボ茶”は、「脂肪を減らす」といった健康効果を謳っていません。その代わり、ランチでは脂肪と糖の吸収の抑制に効果的なこのお茶を飲むことで好きなものを食べられるということを訴求しているのです。

つまり、売れないのは健康効果を約束するような設計で、売れるのは生活者のおいしさや楽しさを許すような設計。こうした生活者の期待値をコントロールすることが、現代人の求める食事とウェルビーイングにおけるマーケティングのポイントで、その焦点は「食品」から「食事」に近づいていると解説しました。

これからの食事で注力すべきマーケット&ターゲットとは

前述した冷凍弁当のほかにも、“完全メシ”や“ベースフード”のような、栄養素全体にフォーカスした製品が好調な動きを見せ続けています。これは、「食品×ヘルス」や「食品×ウェルネス」だった視点が、「食事×ウェルビーイング」に変わっていく流れのなかで必然的です。栄養はすべての人に寄与し、健康を維持するためにどのような食事をするかということを考えてマーケットを作ることが大事だと話しました。

戦略では、「食事をちゃんと全部変えましょう」を先に、「切り替えるのが難しいならここから始めましょう」を後に、この順番で進めるのが重要だと言います。そのヒントとなるのが、健康維持のゴールともいえるブルーゾーン(世界5大長寿地域)の食生活です。沖縄県を含むこれらの地方に共通するのが、様々な食材から栄養素の量と質をバランスよく取っているという事実です。

ただし、今後も機能性表示食品のニーズがなくなる訳ではありません。必要なのは、ここ9年間で定着してしまった、食品に特定の効果を求めるような考え方を切り替え、食品から食事に近い形でビジネスを進化させていくことです。

<登壇2>腸から考えるウェルビーイングを実現するための食事とは
國澤純氏(国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所)

続いて、国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所の國澤純氏が、「腸から考えるウェルビーイングを実現するための食事とは」と題して登壇。食の効果にちがいが生じるメカニズムを明らかにする学問の精密栄養学について触れたあと、理想の腸内細菌叢や、いま改めて食物繊維が注目されている理由、層別化された訴求の仕方、食用油の質と腸内細菌の関係からポストバイオティクスも踏まえた食事の選択について解説されました。

腸の機能と理想の腸内細菌叢

“腸活”という言葉が周知されてきた昨今では、腸が便通や免疫機能の維持に対し重要な臓器であるということを、何となくイメージされている人も多いのではないでしょうか。國澤氏は最初に、動画を用いて腸における蠕動運動と、多数の小さく動く免疫細胞の様子を解説しました。この免疫細胞は腸内だけでなく、血液を介して様々な臓器で働きます。

また、理想の腸内細菌叢は多様性があることで、それにはバランスよく多彩な食品をとることが重要です。この背景にあるのが、健常人を対象に生活環境やあらゆるパラメーターを統合して解析した、腸内細菌叢に関する世界最大規模のマイクロバイオームデータベースの構築。これを使って個々の腸内細菌叢の円グラフから、精密栄養学の観点も踏まえて、その人に合わせた食事の提案をされています。

見直される食物繊維の意義、個人差のメカニズムとは?

5年に一度の頻度で見直される「日本人の食事摂取基準」は、次回2025年に改訂されます。そのなかで食物繊維の理想的な摂取量は、現行の2020年版(18~64歳で男性21g以上、女性18g以上)よりも多い、25グラム(g)に改訂される案が出ているそうです。

食物繊維は便の嵩増しになるだけでなく、腸内細菌のエサになって善玉菌を増やし、さらにそこから出来る酪酸などの短鎖脂肪酸が腸の蠕動運動にとって重要だと説明します。さらにこの短鎖脂肪酸は免疫の暴走を抑えたり、脂肪のつきにくい体質にしてくれたりするといった効果も。ここで重要なのが、食物繊維をとったときに腸内細菌が短鎖脂肪酸を作るための複雑な経路です。

この経路には3つのステップがあり、リレーのようにどこか一か所でも機能しないと上手く最後までたどり着きません。たとえば、第2ステップのビフィズス菌や乳酸菌が少ない人では、せっかく食物繊維をとっても第1ステップから進まずに糖が増えて、結果的に太ってしまう可能性もあるということ。

また、第3ステップで働く酪酸菌ですが、多くの腸内細菌が自身でビタミンB1を合成できるのに対し、酪酸菌はその遺伝子が欠損しているために作り出すことが出来ず、食事から供給する必要があります。この酪酸菌の産生能力における視点でいうと、人は3つのグループに分けられると解説します。

グループ1に該当する人にはまず、酪酸菌を増やすためにビタミンB1がとれるような食事を勧めます。一方のグループ2には、問題なくリレーを回すことが出来るため食物繊維の摂取を勧めます。もうひとつのグループ3の人は、ビタミンB1も足りていて、酪酸菌も十分にいるのに酪酸が作れていません。こういう人は、第2ステップで酢酸を作る菌が不足している可能性が高いため、ビフィズス菌を摂るか育てるような食事を提案することが必要です。

食用油の効果も、個人差の出るメカニズムが明らかに!

続いて、食用油についても個人差を生じるメカニズムが研究によって明らかになってきたことを、マウスを用いた実験結果を添えて解説。エサに混ぜている大豆油をα-リノレン酸が多く含まれる亜麻仁油に変えると、下痢やアレルギー性鼻炎が抑えられました。その要因は、EPAが少し形を変えた様々な代謝物が産生され、これが実効分子として各種のアレルギー症状を抑えたのだろうと話します。

これらの代謝物は、腸以外にも皮膚や鼻、母乳など様々な場所で作られ、その形の違いによって効果が異なることも分かっています。たとえば、免疫反応を担うマクロファージの暴走を抑える働きで抗炎症作用をもつと言われる「α-KetoA(アルファ・ケト・エー)」はα-リノレン酸を材料としますが、無菌状態において飼育するマウスでは産生されません。つまりこれは、腸内細菌などの微生物が産生する脂質代謝物です。

このような私たちが食べたものに腸内細菌が関わり、宿主の健康に対して良いものに形が変わるという概念は、ポストバイオティクスと呼ばれています。前述の食物繊維から作られる短鎖脂肪酸も同様ですが、どれだけポストバイオティクスを作ることが出来るのかという個人差があることを踏まえ、精密栄養学という視点で食事を選択する必要があると説明しました。

ウェルビーイングな食事の提案と社会実装への挑戦

こうした研究内容も集積しつつ、医薬基盤・健康・栄養研究所では、腸内細菌や食事と健康に関する情報を収載したデータベースである「NIBIOHN JMD」を開発し、その一部を無料で公開していると紹介しました。さらには、食の効果を予測するAIシステムの開発も進めており、たとえば、大麦やアマニポリフェノールのもたらす健康効果はある程度の予測が可能とのこと。引き続き、日本各地のデータを集めて多方面から解析をおこない、AIなども活用しつつ薬やヘルスケア食品にも展開し、ウェルビーイングな食事の提案へとつなげていきたいと語りました。

<パネルディスカッション(抜粋)>

最後に登壇者の2人で、パネルディスカッションが行われました。
そのなかで藤田氏は、5つの長寿エリア「ブルーゾーン」における食生活からの示唆は他に代え難いファクトでありつつも、測定など精密さに欠けているということを指摘しました。現代では腸内細菌を調べる方法も登場し、國澤氏もより手軽に測定できるシステムを開発中とのこと。

また、「多様性」「測定」が重要であることの先に、「多様だと何がちがうのか?」「どうして効果があるのか?」といった、根本的な部分がクリアになってきた状況について確認し合いました。ここに國澤氏が、決まった食品だけをとり続けるような食事は、腸内細菌の多様性が失われるために避けてほしいと言い添えます。

精密栄養学に関する訴求方法では、國澤氏より、「あなたはこれを食べても効かない」と伝えるだけではなく、「あなたはこれを食べても効かないけれど、これをセットで食べると効果が出ます」といった代替法を含めて提案をするほうが、将来的に皆さんが受け入れてくれるだろうとの提案がなされました。

従来の栄養学は私たちの栄養不足などを改善できるものとして有用な一方で、分かっていないことも多くあったのが事実。ポストバイオティクスなどの解明が進んだ現代では、食物繊維もカロリーの有無に留まらず、健康に対して何をもたらすかも含めて考えていける段階だと話します。

最後には、今回のようなセミナーなどを通じて多くの企業とともに健康社会の実現を考え、いい素材を持つ企業同士が連携したりしながら、「腸から考えるウェルビーイングを実現するための食事」と健康の仕組みを一緒に創造していくことを呼びかけてパネルディスカッションが締めくくられました。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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