【後編】“食べる機能”を取り巻く諸問題を産業が救う!「イートロス産業」の幕開け

イートロスを考えるには状態を理解するだけでなく、“食べる”機能の前後に欠かせない多面的なシーンにおける産業的アプローチも欠かせません。すでに取り組みの始まっている産学連携講座や、医療現場の声からヒントを得て形となった商品、一般の生活者を対象とする認定制度“口腔ケアアンバサダー”の意義や活用方法について、前編に続き、東京大学大学院医学系研究科の米永一理 特任准教授に伺いました。

確固たる「エビデンス」と世に出す「メリット」、落としどころの考え方

イートロスを産業として医療業界と連携し商品化する場合、多くの実験や長年の研究を重ねた上でエビデンスを立証することが必要でしょうか?

商材によっては、詳しい研究を重ねたエビデンスの確保が必要かもしれません。例えば、ノーベル賞を受賞するような内容のものなら、地道な研究や長年の月日とそれに伴う多額の費用が必要でしょう。しかし、長い人生の中では白黒つけることの出来ないような事案もあるように、私たち医療関係者の持つ全ての情報についても白黒つけることはむずかしいものです。

ただ、経済や産業、そして生活者のために役立つことを目指して研究した内容も産業に乗せないとなかなか発展していきません。したがって、エビデンスの追求は、研究側と企業側の双方におけるメリットのバランスを加味して濃淡を付けながら進めていく構えも必要でしょう。大切なのは、医療業界の持つ知識と産業界の持つノウハウがバランスを保って相乗効果を成し、イートロスを基盤とする健康活動の支援を通じて社会に貢献していくということです。

商品を生み出すための、何かアドバイスをいただけませんか?

商品を生み出すためには、如何に物事をシンプルに考えられるかがポイントです。例えば、イートロスからつながる疾患として歯周病や認知症、糖尿病を考えるとなると企業側にとってはハードルが高く感じられるかもしれません。反対に、ほとんどの疾患を招く根幹は“炎症”ということが分かっているため、これを予防するようなシーンや商品を考えるようにしてはどうでしょうか。

大事にしてほしいのは、商品を手に取った人がそれに伴う健康活動を行うことで“楽しい”と思えるかどうかです。誰かに言われて仕方なく、塩分を控えたり糖質の内容を考えたりするのではなく、基準値を自然と理解していけるようなパッケージ設定や機能性の訴求を行っていただけるといいですね。

“産学連携講座”や“アパレル”に“認定制度”も!イートロス産業の進捗

世界初となる産学連携講座「イートロス講座」とは、どのようなものでしょうか?

前述の“医市連携”で示したように、これからの時代は医療職も如何にしてB to B※で活動を示していけるかどうかが課題となってきます。これを形にするには、しっかりと企業理念を持ちながら真剣にヘルスケアと向きあっている企業との連携が欠かせません。今、少しずつ回数を重ねてきた世界初の「イートロス講座」は、そうした企業との連携の上に成り立っています。
講座の内容としては、日本の食の良さや文化に加えて長寿である部分のエビデンスも示しつつ、ここにイートロスに関する情報を加えて普及活動も行うものです。資料の作成にあたっては医療関係者側から情報やアイデアを提供することも多く、企業を通じてより多くの生活者に届くことを期待しています。

※BtoB(Business to Business):企業が企業に対してモノやサービスを提供するビジネスモデルのこと。

介護服を扱うアパレルを立ち上げたと聞きましたが、イートロスとどのような関連性があるのですか?

“衣料”と“医療”で、ダジャレのように感じるかもしれませんが、そこには明確な目的があります。私は在宅診療の現場で高齢者の方々が皆、同じような柄と形の服を着ていることに疑問を持ちました。例え、介護用の下着をつけて食事の介助を受けていたとしても、人それぞれの個性を大事にしたいと思ったのです。

そこで、企業とともに2020年春、『着脱のしやすさ』『座位や寝位での快適さ』『選んで着る楽しさ』をコンセプトとした高齢者向けのカジュアル衣料販売サイト「ハミングバードプルーム®(企画開発 日本エンゼル株式会社)」を立ち上げました。目指しているのは、着る人も介助する人も笑顔になれるようなモノ作りです。

こうした有望な企業との連携によって生み出される商品は、双方の強みとアイデアを形にすることで世界全体が高齢社会となる中、日本の誇れる産業となっていくことでしょう。

日本口腔ケア学会認定「口腔ケアアンバサダー制度」について教えてください。

「口腔ケアアンバサダー制度」とは口腔ケアに関する学びを形にする制度で、認定された方が“お口の伝道師”として、人々の健康活動に寄与することが目的です。そのロゴでは中央にあるペンで知識を、歯ブラシで歯磨きの技術を表現しています。

これまで、医療業界における学会というのは、多くが医療関係者向けの情報発信や認定制度でした。しかしこれからの時代は一般の方も正しい医療知識を学び、これを活用できなければ意味がありません。この制度は業種や年齢を制限することなく、一般の生活者を始めとした多くの方を対象としています。

そして、単なる「講座」ではなく資格として扱う「認定制度」にしたのは、自らの学びを一つの形にすることがウェルネスにつながっていくことと考えているからです。2021年5月から始まり、初年度の認定者数は836名でした。その内訳は、最少年齢11歳で上は70代と幅広い世代の方が認定されています。職種で見ると最も多いのが看護師で190名、意外な職種で多かったのは歯科助手です。今後、もっと参加してほしいと考えているのは地域のドラッグストアや調剤薬局に勤務する薬剤師で、健康食品を扱うような場所でのプライマリケア※を行いながらイートロスに関する情報も周知していただけることを願っています。

※プライマリケア(Primary care):特定の疾患に関する診療や治療に限らず、その人の課題や悩みを総合的に解決していこうとする実践活動のこと。プライマリ(primary)は「第一の、最初の」という意味を持ち、セルフメディケーションの範疇では生活者が医療機関を受診する前に相談する先でのケアを意味して使われることもある。

最後に、ヘルスケア産業の関係者に向けてメッセージをお願いします。

イートロスに関する諸問題は、産業界の連携なくしてかなえることは出来ません。また、“食べる”ことに特化した食品メーカーや飲食店にかぎらず、衣食住を扱うすべての業界で周知されることが必要でしょう。

そのためには講座や販売サイトに加え認定制度など、数々の環境を通じてより多くの人々に対し、正しいエビデンスを情報提供していくことが重要です。そして、企業がこれを形として世の中に送り出すためのシステム構築をしなければなりません。

さらに、“医市連携”におけるそれぞれの担当でメリットをバランスよく保ち、進めていくことが重要です。イートロス産業はまだ始まったばかりですが、一般の生活者が自ら行うことの出来るヘルスケアシステムの構築を目指し、世界に誇れるような市場を一緒に創っていきましょう。

<インタビュー前編はこちら>

米永 一理 先生 プロフィール

東京大学大学院医学系研究科 イートロス医学講座 特任准教授。鹿児島大学歯学部卒業後、東海大学医学部卒業。博士(医学)(東京大学)。東京大学顎口腔外科・歯科矯正歯科助教、十和田市立中央病院総合内科医員、JR東京総合病院総合診療科医長、十和田市立中央病院附属とわだ診療所院長を経て、2020年4月より現職。「食べる」を支える活動を総合的に行っている。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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