【前編】「免疫・感染制御」の中核を担うIgAの働きを知る
新型コロナウイルスの流行により、免疫への関心が高まっています。免疫の主役の一つである抗体のうち、IgA抗体は、体内への病原菌の侵入を防ぐという重要な役割を担っています。今回はIgA抗体を中心とした免疫システムについて、東京大学 定量生命科学研究所 免疫・感染制御研究分野の新藏礼子教授に伺いました。
感染制御の重要因子IgAとは
新藏先生は免疫と感染制御を専門とし、中でもB細胞が産生するIgA抗体に関わる研究をなさっています。
先生のご研究について教えていただけますでしょうか。
私たちの身体をウイルスなどの病原体や毒素から守る免疫システムには、大きく分けて2つの種類があります。ひとつ目は生まれたときから備わっているもので、マクロファージなどの免疫細胞が体内に侵入した敵を食べる(貪食という)“自然免疫”。2つ目は、後天的に敵の刺激に応じて形成される“獲得免疫”です。私は獲得免疫の中でもB細胞※に注目し、B細胞がつくり出すIgA抗体について研究しています。
※B細胞:骨髄で分化成熟したリンパ球は免疫グロブリンを細胞表面に出す。抗原提示細胞により病原菌などの敵が示されると形質細胞へと分化し、免疫グロブリンを抗体として産生し、細胞外に分泌する。
B細胞やIgA抗体を研究しようと思われたのは、どのような理由からですか?
ひとつの抗体はひとつの抗原しか認識せず、また、ひとつのB細胞は1種類の抗体しか作ることができません。それなのに、数百万種類以上といわれる病原体に対抗することができるのはなぜでしょう。B細胞は分化する過程で、遺伝子を積み木のブロックのようにバラバラにして、それらを組み合わせることで限られた遺伝子から多様な抗体をつくり出します。しかし、この抗体遺伝子の再構成をもってしても、すべての抗原に対抗することはできません。抗原刺激を受けて活性化するとB細胞は抗体遺伝子にさらに突然変異をランダムに入れて、新しい抗体を作り出します。その中から、抗原に親和性の高い抗体を選ぶため、無限に近い種類の病原体に対抗することができるのです。私は大学院生のときにこのことを知り、そのダイナミックさに感激しました。細胞の遺伝子には、本来、突然変異が起きると元に戻そうとする修復機能があります。なのに、B細胞の抗体遺伝子だけがその法則に抗って効率的に突然変異を起こすことができるのはなぜだろうと思いました。
B細胞が産生する抗体の中でもIgA抗体は、粘膜で病原体と結合することで病原体の体内への侵入を防ぐ働きに加え、最近の研究では腸内細菌叢との密接な関係も明らかになってきました。私はこのIgA抗体について、医薬品や健康食品などに幅広く利用できるような実用化を目指して研究を進めています。
免疫反応とIgAを正しく理解する
IgAについてもう少し詳しく教えてください。
IgA抗体はヒトの体内でIgG抗体よりも多く産生される、一番多い抗体です。腸など消化管だけではなく、眼や鼻、喉、泌尿生殖器、呼吸器など全身の粘膜の表面に豊富に存在し、粘膜の表面で病原体と結合することでその侵入を防ぐ感染制御の重要な役割を担っています。
他の抗体とIgA抗体の違いはなんといっても、体内に病原体が侵入する前に粘膜で働くことです。体内に敵を入れないため、余計な炎症を起こさずに“静かに外敵を除く”ことができます。
体内に異物が侵入すると“炎症性サイトカイン”※が産生され、免疫細胞を刺激し、異物を排除する働きを高めます。免疫反応の結果、体内にはさまざまな炎症反応が引き起こされますが、ときには炎症反応が強すぎる場合もあります。
例えば、近年広く接種されるようになった新型コロナウイルスワクチンも様々な炎症反応をひき起こすことが課題になっています。新型コロナウイルスワクチンに含まれているmRNAは1週間程度ですぐに分解され、ヒトの染色体に組み込まれることはないため体内に長期間に渡り残存することはないといわれていますが、mRNAをくり返し投与する場合の安全性はまだ確認できていません。さらに、ワクチンの成分に対するアレルギー反応がもしもある場合は、回数を重ねるごとに免疫応答が強くなり、重症化する危険性もあります。副反応が一度強く出た人は、複数回に渡って接種するべきかどうか、一人ひとりが注意深く考える必要があるのではないでしょうか。
※炎症性サイトカイン:インターロイキン(IL)やTNF-αなど免疫細胞が異物を認識した際に誘導されるタンパク質の一種。サイトカイン自体は、細胞同士の情報伝達や免疫細胞を活性化または抑制する作用をもつ。
新型コロナウイルスの感染予防において「マスク、手洗い、うがい」が基本とされていますが、これは「粘膜を守る」という意味です。ウイルスは鼻と口の粘膜からしか入ってこないのですから、体内への侵入を防ぐには粘膜を守ることがとても重要です。病原体の第一の侵入口である粘膜で一次防御を行うIgAの感染予防における役割は、今後も未知なる病原体に遭遇する可能性が示された今、ますます高まっているといえるでしょう。
新藏 礼子 教授 プロフィール
東京大学 定量生命科学研究所 免疫・感染制御研究分野教授。
‘86年京都大学医学部卒業。麻酔科臨床医として病院勤務の後、京都大学大学院へ進み、米国ハーバード大学こども病院に留学。京都大学准教授、長浜バイオ大学教授、奈良先端科学技術大学院大学教授などを経て、’18年東京大学分子細胞生物学研究所(現・定量生命科学研究所)免疫・感染制御研究分野教授。腸管のIgA抗体が多彩な腸内細菌叢の何を識別して制御するのかを明らかにし、飲むだけで腸内環境を整え病気を治す、抗体医薬の開発を目指している。