【知っておくべき!学会レポート】新高機能性食材が筋肉の障害を救う!「宇宙飛行と加齢による筋萎縮と栄養対策」第22回日本抗加齢医学会総会②
無重力や寝たきりの状態がまねく、筋肉の萎縮と著しい運動能力の障害を「廃用性筋萎縮(はいようせいきんいしゅく)」と言い、これに対する新しい高機能性食材の開発が進められています。これまで予防法や治療法のなかったこの障害に対し、栄養学的に食材で治療することを目的とした「宇宙飛行と加齢による筋萎縮と栄養対策」について、6月17日~19日に開催された第22回日本抗加齢医学会総会の中からレポートします。
宇宙飛行と加齢で共通する“筋萎縮”を食材視点でひも解くセミナー
今回、レポートするのはアンチエイジングや認知症など“加齢”と直結するテーマに留まることなく腸内細菌やタンパク質、酸化ストレスやテクノロジーといった話題を集めている様々な関連分野について専門家が集う「日本抗加齢医学会総会」です。第22回となる今回は「心身ともに若々しさを保つアンチエイジング科学とエビデンス」をテーマとして2022年6月17日から3日間に渡り、オンラインと大阪国際会議場(グランキューブ大阪)でハイブリッド開催されました。
様々な登壇の中から今回はJAXA(ジャクサ、宇宙航空研究開発機構)にも在籍していた経歴をもつ、二川 健氏(徳島大学大学院医歯薬学研究部、宇宙栄養研究センター)による「宇宙飛行と加齢による筋萎縮と栄養対策」についてご紹介します。
近年ますます開発のめざましい“宇宙飛行”。二川氏はこれから需要の増加が見込まれている宇宙食の開発と同時に、我が国で問題となっている超高齢化社会における筋萎縮の問題について栄養学的なアプローチを目指し研究を重ねているそうです。
宇宙飛行とサルコペニアにおける筋肉の障害“廃用性筋萎縮(はいようせいきんいしゅく)”とは?
まず、加齢によって全身の筋肉量が減り身体能力が低下する状態“サルコペニア”と、宇宙飛行における無重力によって引き起こされる筋肉量の減少ならびに速筋の変化について解説しました。宇宙飛行の中で起こる筋肉の障害には、2つの特徴があると言います。ひとつは単に寝たきりの状態でも引き起こされるサルコペニア。もうひとつはミトコンドリア数の減少などが見られる、“遅筋”の“速筋”化です。これらにより、筋肉が萎縮して運動能力の著しい障害を示す「廃用性筋萎縮(はいようせいきんいしゅく)」が起こります。ここで、遅筋というのは運動で鍛えることの出来る骨格筋のうち、ゆっくりと収縮し持久力があり長時間の力を発揮するために必要な筋肉です。一方の速筋はすばやく収縮して一瞬の力を発揮することが出来ますが、遅筋のような持久力はありません。宇宙における無重力のストレス下では、この遅筋が速筋化することを研究データで示しました。
また、廃用性筋萎縮は単に骨格筋のバランスを崩して日常生活が困難になるだけでなく、尿から窒素やカルシウムなどの排せつを促すことでタンパク質や骨の分解を進行させます。さらには、神経伝達機構の乱れもひき起こすことが示されており、寝たきり状態の人が増える超高齢化の激しい我が国では社会的な問題です。
筋萎縮のメカニズムを探り、機能性食材の作用点と紐づける!
次に、この筋萎縮を起こすメカニズムについて解説。私たちの身体は無重力にさらされると酸化ストレスが起こって、新しい筋繊維を形成するために必要な筋管(きんかん)における“筋管径”が減少するのだと言います。そしてこの酸化ストレスは蓄積していき、筋タンパク質の分解が進むということをデータで示しました。
この筋管における酸化ストレスに対して抗酸化作用をもつ栄養素を働かせることで、筋萎縮を回避できるような研究をおこなっていると言います。ターゲットとする作用点は、ユビキチンリガーゼ“Cbl-b(シーブルビー、Casitas B-lineage Lymphoma b)”と呼ばれるタンパク質。このCbl-bは無重力下で増え、筋細胞の成長に重要な因子IGF-1※に関連するシステムを変化させることにより筋萎縮が進行します。こうした筋委縮のメカニズムをひも解くことで見えてきたのが、食材の持つペプチドの機能性です。Cbl-bがIGF-1に作用する前に、Cbl-bの構造的にもつポケットのような部分に食材のペプチドを作用させれば、筋萎縮を招かずに筋肥大を期待することも出来ると言います。
※IGF-1:インスリン様成長因子1、筋線維を再生するために必要な幹細胞の増殖を促す。
「大豆グリシニン」の筋萎縮抑制効果を臨床で証明
研究では既に廃用性筋萎縮に対する食材の臨床的介入試験が実施されており、寝たきり状態の患者に対して大豆タンパク質の食事が有効であったという研究報告もあります。これは大豆タンパク質の一種であるグリシニンが、Cbl-bの結合を抑えるように働くペンタペプチド“Cblin(シーブリン、Cbl-b inhibitor)”とよく似ていることが理由として考えられるそうです。
実験では被験者における膝の伸展力について理学療法士が確認をおこない、カゼインと大豆タンパク質を食べた場合の差を見比べた結果、その筋力の差は顕著でした。さらに血液検査から食後15分程度でCblinが全身に行き渡っていることを確認できたそうです。これによって分子レベルの概念に留まらず、目的臓器まで到達し作用を発揮するということが確認できたのは大きな発見だったと言います。さらにこのCblin活性をもつ食材は大豆にかぎらず、米においても意図的に発現させることができ、この「Cblin米」を用いた研究でも同様に筋萎縮の抑制効果が認められました。
「機能性タンパク質」と「食事性タンパク質」の概念の違い
最後に、栄養学の概念における「機能性タンパク質」に触れながら、今回のような経口的摂取のあとに続く消化吸収の経過で発生した特異な配列を有するペプチドが、体内に入って機能性を発揮する「食事性タンパク質」の概念についても解説。
そして、無重力下における廃用性筋萎縮には何らかのセンサーが関与し、酸化ストレスによる筋タイプの変化とCbl-bによる筋力低下があることをまとめました。近年の研究でそのメカニズムが少しずつ明らかになったことで、それぞれに対する機能性食材や抗酸化作用をもつ栄養素を投与すれば障害の改善に寄与できる可能性があると述べています。
分子レベルで機能性表示を考える、新しい時代のヘルスケア
現在、Cbl-bがなぜ無重力下で増えるのかということについては研究が進められているそうです。今回のセミナーでは、超高齢化社会の中で身近な加齢によるフレイルと、一般の人にとってまだ馴染みの薄い宇宙飛行による筋萎縮との共通点に加え、メカニズムについても知ることが出来ました。さらにこれを治療していくために食材を取り入れた臨床的な立証も示され始め、アカデミアでは更なる研究も重ねられているということで今後の展開が楽しみです。
食品や素材メーカーの関連企業にとっては、こうした研究の背景や方向性に触れることで何かしらの新しいヒントを得るきっかけになるかもしれません。食材のもつ機能性について、まったく新しいカテゴリーや発想の生まれる可能性にも期待が高まります。大豆や米といった私たちの身近な食材で、その分子レベル的なメカニズムを意識しながら運動能力の低下予防をおこなう時代がすぐそこまで来ているのかもしれません。