「ウェルネストレンド予測2022」第5回 エビデンスから見た健康トレンド~幸福な未来のためにウェルネスは今、何をすべきか

一般社団法人ウェルネス総合研究所では、健康関連分野の情報をウォッチし続けている有識者に、2022年のウェルネストレンド予測についてインタビューとアンケートを行いました。コロナ禍によってウェルネスの潮流はどのように変化したのか、また、今後どこに向かって生活者の意識は変化していくのか。日頃から幅広い健康関連企業やユーザーと接しているジャーナリストならではの見解を、その背景とともにご紹介していきます。
ご協力いただいたのは西沢 邦浩氏(株式会社サルタ・プレス代表取締役、日経BP総研客員研究員)、大田原 透氏(株式会社クラブビジネスジャパン メディア事業部 編集長、元Tarzan編集長)、大豆生田 悦雄氏・石川 透氏(株式会社食品化学新聞社 取締役、Food Style21編集長)、菊池 功氏(朝日新聞Reライフ.net編集長)、奥谷 裕子氏(ウェルネス総研レポートonline編集長、株式会社からだにいいこと代表取締役)です。最終回の第5回は西沢 邦浩氏に、エビデンスから見た健康トレンドを解説してもらいました。

ウェルネスのテーマは後ろ向きな“治療・予防”からポジティブな“老化抑制”へ 

西沢様は2月10日に行われた一般社団法人ウェルネス総合研究所のオンラインセミナー「2022年のウェルネストレンドを紐解く」にも登壇され、市場創造こそがこれからの健康産業の在り方であると述べられました。

【西沢氏(以下西沢)】2021年にハーバード大のD.シンクレアらが、「平均余命(life expectancy)が1年延伸することにより、米国の総支払意思額(WTP)が37兆6000億米ドル増加する」という論文を発表しました(Nature Aging volume 1, pages616–623 (2021))。これまで、ウェルネスというと疾病予防、つまり医療費を減らすというコスト発想でとらえられることが多かったのですが、「健康で長生きする人が増えれば、それだけ消費が増えて経済が活性化する」という可能性をデータで示したのです。これは“治療/予防”思考から、ポジティブな“老化抑制”思考への転換です。これからの健康産業は、こうした発想に立ち、ベネフィットの産出効果を実証・訴求して、市民権を得ていくことが重要になってくると考えています。

「ポジティブな“老化抑制”思考」とは具体的にはどのようなものですか。

【西沢】一言で言えば、ゆっくり老いること=「Slow Aging(スローエイジング)」です。最新のサイエンスによって、老化のスピードは人によって異なり、それは後天的な要因が大きいことが明らかになりました(Nat Aging. 2021 Mar;1(3):295-308.)。老化のスピードは自分で速めることも遅らせることもできるのだとすると、最高の健康長寿策は、自分の老化を進める固有因子をつきとめて、少しでもAgingをSlowにすることになります。
一方、新型コロナウイルス感染症では、生活習慣病保持者や高齢者で重症者・死者数が目立ちました。改めて、“若々しい健康な心身の維持”こそが、疾患予防にもつながることが明らかになったとも言えます。「Slow Aging」に貢献する可能性が高い食品成分のスクリーニングと評価が進んでおり、今後はNMN、ウロリチンA、スペルミジンなど注目素材の商品化が続くのではと予想されます。

若さの価値に目覚め始めた20代男性。フェムテックに続いてメルテックにも注目

「Slow Aging」の担い手はどんな人になるのでしょうか。

【西沢】「Slow Aging」の考え方が普及することで、健康産業のターゲットは、不安を解消したい高齢者から、今の若さを長く維持したい若者へと広がっていく可能性があります。30代から「Slow Aging」を始めれば活動的でいきいきと生活できる期間も長くできるのですから。
一方、若い時期に負荷をかけることが体にダメージを与え、見た目においても体内においても老化を早めることは、さまざまなデータで実証されています。自分をすり減らさないことの重要性は、若い人に声を大にして伝えていく必要があります。
電通が2007年から行っている「ウェルネス1万人調査」ではここ数年、20代男性の健康意識に関するスコアが伸び続けていました。「若さこそが財産」であるという気づきが、若い男性の一定層に生まれてきたかもしれないことは注目すべきだと考えています。

ウェルネスをけん引してきたのは女性というイメージがありますが、男性の健康については今後、どのようなビジネスチャンスがあると考えられますか。

【西沢】2021年は女性の健康課題を解決する「フェムテック」が脚光を浴びました。女性ホルモンの波のゆらぎによるダメージを和らげる食品やサービスは、今後もますます充実していくと考えられます。
一方、「メルテック」(Male=男性+Technology)と呼んでもいい男性向けの新しい食品・サービスも生み出されつつあります。性染色体に関連するメカニズム、性ホルモンの影響などに関する研究の蓄積が進み、遺伝的要因、ミトコンドリア、細胞老化、プロテインの恒常性とオートファジー、テロメア、エピジェネティクス、免疫老化・炎症、栄養素に対する感知度、身体機能、フレイル、主要死因、加齢性疾患など、生物学的老化における男女の差も明らかになってきました(eLife 2021;10:e63425)。今後は、男女それぞれの性差を見据えた抗老化商品・サービスをバランスよく広げていくべきだと考えています。

“どれだけゆっくり老化できるか”がウェルネスのサイエンスの評価指標に

今後、注目されるウェルネスの潮流にはどのようなものがあるでしょうか。

【西沢】新型コロナウイルス感染症は、「基礎疾患を持つ人」や「免疫能が落ちた高齢者」といった“エイジング弱者”に大きなリスクとなりました。その結果、それまでどちらかというとポジティブトーンで掲げられていた「100年時代の人生戦略」は、見直しを図られることになったのではないでしょうか。
ここで改めて浮かび上がってきたのが、“若々しい心身の維持”の本質的な重要性です。今後、「Slow Aging」のサイエンスは、社会保障的に求められるようになるだろうと考えています。
そうなると、再生医療といった医学分野だけでなく、食品や運動、生活習慣に関するサイエンスにも、「Slow Aging」視点での評価が求められます。この評価指標として、各種Aging Clocks(生物学的年齢)も登場しつつありますが、その日本人版の開発プロジェクトを始める好機と見ることもできます。例えば、食品分野のように運動を試験で評価し体系化した「運動の機能性表示」などが開発されてもよいでしょう。このようなエビデンスに基づいた「Slow Aging」の一つのモデルの発表の場として、2025年の「大阪・関西万博」を位置づけられると、将来への礎として意味のあるものになりそうだと感じます。
また、「Slow Aging」が人々の目指す方向だとすれば、それを阻む見えないリスクに注意する必要もあります。かつての公害ほどの強烈な汚染でなくても、「大気汚染」は人間自体の健康も壊しています。例えばPM2.5濃度が上がると、アルツハイマーリスクから死亡リスクまでが高まるのは確実だと言われています。大気汚染による死亡者は世界で約900万人、平均余命に対するインパクトは喫煙以上(Cardiovasc Res. 2020 Sep 1;116(11):1910-1917.)といったエビデンスもあるのに、健康への影響は環境配慮と同レベルまで問題化していません。汚染物質は酸化ストレスや炎症を招き、ミトコンドリアの機能障害を引き起こすなど、老化を早めて「Slow Aging」を阻害します。これからは、「環境と人間の健康の両立=同時実現」をベースに考えていく必要があるでしょう。

世界に通用する「日本人のエビデンス」を創出し、食による予防を確かなものに

ヘルスリテラシーの向上は引き続き課題ですが、ヘルスリテラシー向上のためにはどのようなことが必要だと考えますか?

【西沢】残念ながら日本は、予防のために利用できる「日本人のエビデンス」に乏しい国です。ことに食品分野ではそれが著しい。例えば、新型コロナを受け、世界中で介入研究が進む「ビタミンDと新型コロナの相関」といった、基本的な成分に関するエビデンスの取得すら、ほとんど進まないのが現実なのです。そして、エビデンスがないから、生活者に対する正しい指針提示や必要な教育も行えない。つまり、日本人は“食品リテラシー難民”になっていると言っていい状況にあると言えます。
全粒穀物、ナッツ&シードなど、ほとんどの先進国で食事ガイドラインに入っているような健康価値上重要な食品に関し、なんら摂取指針が示されていないことも問題だと思います。このようなリテラシー環境が、ひいては若年女性の「やせ」や低体重出生児問題といった、将来の国家体力を削ぐことにもつながるリスクを生むまでになっているのです。
今こそ、国を挙げて、食による予防に関するエビデンスの整備に着手し、たとえば、中高生のカリキュラムに「生活サイエンス(健康で生きること)」を組み込むといった、ダイナミックな施策が必要なのではないでしょうか。

西沢 邦浩氏の2022年ウェルネスキーワード

  • 総支払意思額(WTP)
  • Slow Aging
  • フェムテック
  • メルテック
  • 大気汚染
  • 環境と人間の健康の両立
  • 食分野での日本人エビデンス創出

お話をうかがった方

株式会社サルタ・プレス代表取締役
日経BP総合研究所 客員研究員
西沢 邦浩氏

1998年『日経ヘルス』創刊と同時に副編集長に着任。2005年より同誌編集長。2008年に『日経ヘルス プルミエ』を創刊し、2010年まで編集長。同志社大学生命医科学部委嘱講師。日本腎臓財団評議員などを務める。著書に『日本人のための科学的に正しい食事術』など。ラジオ日経「大人のラジオ」(毎月第一金曜)に出演中。

ウェルネス総研レポートonline編集部

関連記事一覧