【知っておくべき!学会レポート】認知症研究の最前線「日本老年精神医学会」

認知症に対する早期的なリスク管理へ有効な非薬物的アプローチには、テクノロジーの応用が欠かせません。日本で認知症予防の最先端ともいえる代表的な研究の概略や進捗について第36回 日本老年精神医学会で発表された中から、池田 学氏(大阪大学大学院 医学系研究科 情報統合医学講座 精神医学教室)が座長を務めたシンポジウム9「我が国における認知症大規模レジストリとその成果」の内容をレポートします。

※レジストリとは、医学の前向き研究(開始してから新たに生じる事象を調査する研究)の手法の一つで多施設での疾患情報をデータベースに登録し、疾患の原因や経過などについて統計的に検討する手法またはそのデータベースのこと。

一度、発症すると治療のむずかしい認知症。楽しく歳を重ねるためには、認知症予防に有効な食事や運動に加えて人生100年時代ならではの非薬物的アプローチも考える必要があるかもしれません。今回、レポートするのは第36回 日本老年精神医学会です。3日間にわたって開催された多くの演題の中から、日本で認知症予防の最先端ともいえる研究の概略や進捗、着々と成果を積み重ねている4つの研究について解説します。テクノロジーの進化が認知症予防の概念を一新し、発症までの道のりをコホート研究で明らかにすることで、私たちはより早い段階で認知症のリスク管理ができるようになるかもしれません。

人生100年時代においてはテクノロジーを駆使して認知症に立ち向かう

今回、レポートするのは認知症研究の最前線ともいえる研究や発表をおこなう日本老年精神医学会についてです。今回で第36回目、そこに掲げるテーマはSmart Aging with MATES (Medicine,Arts,Technology,Engineering and Science in COVID-19 pandemic)です。9月16日(木)~18日(土)に開催された本学会では、AI、ICT、自動運転技術などの最新のテクノロジーが高齢者の精神的安心をいかにして支援できるかということについて、著名な研究者たちが議論を交わしました。 その内容は薬やテクノロジーを軸として、表情認知機能低下と脳画像との関連性やMCI(軽度認知障害)をともなう高齢ドライバーに対する運転リハビリテーションの効果といった高齢者に多い悩みから、さまざまな介入試験の成果や認知症予防プログラムのサービス化にむけた技術開発など多岐にわたっています。

認知症に欠かせないコホート研究の意義

認知症の進行はとても緩やかで気付きにくく、発症すると治療が困難なことはよく知られています。近年、脳内のアミロイドベータのプラーク(凝集)を標的としたアルツハイマー病治療薬が話題を集めました。しかし、米国で承認されたこの抗体医薬品が、日本を含めた世界中ですぐに治療薬として使える訳ではありません。人生100年時代に生きる私たちは、こうした創薬の発展に期待を寄せつつも、認知症に対する正しい知識を身に付けて早い段階から予防に取り組むことが重要ではないでしょうか。

つまり、認知症の発症を遅らせるためにあらゆる視点から予防に対して力をいれることは必須ともいえるでしょう。今回の学会では、非薬物的アプローチによる認知症予防プログラムやスクリーニング試験などで、少しずつ結果を積み重ねている研究についての報告も多く見られました。

これらの研究はコホート研究といって、特定の要因と病気の発生との関連を調べる観察研究のひとつです。たとえば、まだ認知症と診断されていない一定の症状がある人々を集め、2回以上つづけていくつかの体験に参加してもらい、決められた期間の中で発症するかどうかなどを観察します。コホート研究に用いられるのがレジストリで、特定の疾患、疾患群、治療等の医療情報の収集を目的として構築したデータベースのことです。 認知症のコホート研究には世界40カ国以上が参加し、社会実装に向けた認知症予防における活動と研究がその成果を出し始めているのです。

「我が国における認知症大規模レジストリとその成果」で代表的な4つの研究を紹介

「我が国における認知症大規模レジストリとその成果」では4つの研究が取り上げられ、その成果や課題について学ぶことができました。
認知症治療薬の開発が急ピッチで進む今、テクノロジーを使った非薬物療法やケアにおけるエビデンスの構築も急務であるといいます。ここでシンポジストとして議論を交わし合ったのは、日本の認知症に関する情報を集積し基盤ともいえるレジストリ構築にむけて最先端の研究をおこなう4名の研究者たちです。
各研究によって、その手段やターゲット、解析方法などが異なるため、横軸同士の連携を取りながら進めていくことでさらなる応用につながるというメリットも語られていました。

興味深い4つの研究の概略は以下の通りです。

■J-MINT研究

1つ目は、J-MINT研究(Japan-multimodal intervention trial for prevention of dementia)/発表者:櫻井 孝氏、国立長寿医療研究センター もの忘れセンター長)です。開始から3年目をむかえたこの研究は、複合的認知症予防プログラムの有効性をランダム化比較試験で検証することを目的として、18カ月で多因子介入における成果を検証するもの。実験には、一般の参加者に対してZOOM機能をつかい遠隔でおこなう運動指導や、認知トレーニング、食事の記録などのほか、実際に集まってグループミーティングをおこなうことでモチベーションを高めるといった多面的な介入があります。ここで問題視されるのは高齢者におけるITスキルですが、ヘルプデスクを24時間体制でサポートすることでクリアしたということです。実際の登録者数は目標の500を超え、その成果は各々に行動変容をもたらし、有意差が現れているといいます。この研究は4年間という研究期間の中で、民間企業とも提携した認知症予防サービスにおける仕組みの構築や利用マニュアルの作成などをおこなう予定とのこと。ますます注目の高まる研究の一つと言えるでしょう。

■J-TRC

2つ目は、J-TRC(ジェイ・トラック)/発表者:岩坪 威氏、東京大学大学院 医学系研究科 神経病理学分野です。これは認知症予防薬の開発を目指すインターネット登録における研究で、時間を追って記憶機能の変化を調べます。治験への参加条件を満たした健康な人を対象に、インターネット上で3か月ごとに約20分間の記憶テストをおこなうほか、希望者には居住近くにある臨床施設の案内や、アルツハイマー病に関する情報提供もおこなうといいます。参加者は自身の認知機能における状態が分かることに加え、時間とともに変化する度合いも確認することができるため、興味をもつ人も多いことでしょう。参加人数は開始から1年10カ月でおよそ7000人、その年齢層は50代が多いといいます。

■FTLD-J

3つ目はFTLD-Jで、大規模コホートを活かした簡易鑑別診断における支援ツールの開発研究/発表者:森 康治、大阪大学大学院 医学系研究科 精神医学教室)です。この前頭側頭葉変性症(FTLD)は、アルツハイマー病やレビー小体型認知症よりも診断がむずかしいことに加えて、日本では海外に比べ極端に症例数が少ないそうです。また、2015年から指定難病に指定されていながら認知度は高くありません。そこで、自然歴の解明や人材育成、診断方法の確立などを目指し、経過のフォローアップ体制を整えるために2016年から「FTLD-J」が始まりました。

■DIAN-Japan研究

4つ目はDIAN(Dominantly Inherited Alzheimer Network)-Japan研究/発表者:池内 健、新潟大学脳研究所 生命科学リソース研究センターです。。4つの研究の中で参加年齢がもっとも若く35~39歳が多いといいます。これは、優性遺伝アルツハイマー病(DIAD)という珍しい型で家族性があり、若年性で発症することに加え、発症者の子供は50%という高い確率で発症するアルツハイマー病の一種。参加者への国際家族会議やオンラインセミナーの場を提供するとともに治験や観察研究における設備を整え、世界各国との情報共有ができる国際的研究活動のためのネットワークです。

発症までの道のりを追いかけることでより早期の段階からリスク管理が可能に

認知症における発症リスクや自然歴の解明は、AI技術を駆使した研究が一般の参加者の協力のもと、確実にそのデータが蓄積しつつあります。幾つかのタイプをのぞき、発症までおよそ20年かかるともいわれる認知症。食事や運動に加え、脳トレやオンライン活用といったリテラシーを高める非薬物的アプローチは、高齢者のみならず幅広い世代で各々のメリットを見いだせることでしょう。そしてこれらのアプローチが、プレクリニカルAD(画像診断やバイオマーカーでは脳にアミロイドβ蓄積などアルツハイマー病が疑われるものの認知機能は正常な状態)やMCI(軽度認知障害)など、認知症を発症する前の状態にどのような効果を発揮するのか。この部分のエビデンスが明らかになれば、例えば20代や30代からの予防法も確立されるかもしれません。
時間をかけて進行する疾患だからこそ、早い段階で正しい知識を身に付けて予防できるものは早期に取り組み、心身ともに楽しい100年時代を送りたいもの。今後も研究の進展と成果に注目です。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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