
「弱い毒」が体を強くする——機能性食品の新しい考え方「フードホルミシス」

ファイトケミカルには、長年解けなかった謎がある。ブロッコリーのスルフォラファン、緑茶のカテキン、ターメリックのクルクミン——これらファイトケミカルの健康効果は広く知られています。しかし「なぜ体に良いのか」という根本的な問いには、実は明確な答えが出ていませんでした。その謎を解く鍵になりうるのが、「フードホルミシス(Food Hormesis)」という考え方です。
体は、ファイトケミカルを「異物」として扱っている
ここで押さえておきたいのが、ファイトケミカルが体内でどう扱われるかという点です。
糖やアミノ酸のような栄養素は、専用のトランスポーター(膜を通して物質を輸送するたんぱく質)によって積極的に吸収されます。ところがファイトケミカルには、そのような仕組みがほとんどありません。ごくわずかな量が血液中に入ったとしても、薬物代謝機構によって素早く解毒・排出されます。
つまり体は、ファイトケミカルを「栄養素」ではなく「異物(弱い毒物)」として扱っているのです。
では、なぜそんな成分が健康に良いのか——「異物であるからこそ効く」というのが、フードホルミシスの答えです。
「軽い攻撃」が防御力を引き出す
ホルミシスとは、「大量では害になるものでも、少量なら逆に有益な効果をもたらす」という生物現象です。適度な筋トレが筋肉を強くするのと同じ原理で、適度なストレスが生体の防御・適応機構を活性化させます。毒性学・薬理学の分野では古くから知られており、2008年以降は老化研究や栄養科学への応用も本格化しています。
兵庫県立大学の村上明教授らの研究グループは、ファイトケミカルの機能性にホルミシスが深く関わることを、一連の実験から明らかにしてきました。
よく知られる例が、スルフォラファンの「デトックス効果」です。スルフォラファンは、解毒・抗酸化酵素群を誘導する転写因子「NRF2」を活性化します。しかしその実態は、「体がスルフォラファンを異物として排除しようとする過程で解毒機構が作動し、そのついでに発がん物質なども除去される」という連鎖反応です。体に良いのではなく、体が異物を追い出そうとした結果として体に良い——そこにフードホルミシスの核心があります。
村上教授らはハナショウガ由来の成分「ゼルンボン」を使った実験で、ファイトケミカルが細胞内のタンパク質に非特異的に結合して「タンパク質ストレス」を引き起こし、それが抗炎症作用につながることも明らかにしています。緑茶カテキン(EGCG)でも、EGCGが引き起こす軽度のストレスが細胞のエネルギー代謝センサーを活性化し、脂肪分解につながるメカニズムが示されています。ターメリックのクルクミンでも類似の知見が報告されており、このメカニズムはファイトケミカルに広く共通する原理かもしれません。ただしいずれも現時点では細胞・動物実験レベルの知見であり、ヒトでの効果については今後の研究の蓄積が必要です。
「多いほど良い」は正しいか
ここで問い直されるのが、「成分は多いほど良い」という前提です。
ホルミシスが成立するのは「適度な刺激」の範囲に限られます。村上教授らの動物実験では、緑茶ポリフェノールが中用量では機能性を発揮する一方、高用量では肝臓・腎臓に障害を引き起こすことが示されています。つまりファイトケミカルには「至適摂取量」が存在し、それを超えると逆効果になりうるのです。
また、年齢・体質・食習慣によって至適量には個人差があると考えられます。機能性表示食品制度では「この成分にはこの効果がある」というエビデンスが求められますが、「誰に・どの量で最も効果的か」への対応は、まだ十分ではありません。カゴメがスルフォラファンを機能性表示食品(肝機能サポート)として製品化した先行事例はありますが、至適摂取量の個人差をどう設計に組み込むかは、今後のR&Dの課題です。酸化ストレスや炎症状態を個人レベルで把握する技術が進歩すれば、「今のあなたの状態に合わせた機能性食品」というパーソナライズ設計の科学的根拠として活用できる可能性もあるでしょう。
毎日の食事が「トレーニング」になる
村上教授はさらに、日常的な野菜・果物の摂取を通じた継続的なファイトケミカル暴露が、生体防御機構を長期的に鍛えるという「ケミカルトレーニング」という概念も提唱しています。継続的な運動が心肺機能を底上げするように、毎日の食事での異物との接触が、細胞の防御力を高めるというロジックです。野菜中心の食生活を長く続けてきた人ほど防御機構が鍛えられているとすれば、食習慣の差が健康リスクに影響する理由も、自然と見えてきます。
ただ、この考え方には逆説的な面もあります。ふだんほとんど野菜を食べない状態で高濃度のサプリを突然大量摂取することは、運動不足のまま急激な筋トレをするのと同様のリスクがある——という考え方です。日々の食事の積み重ねが機能性成分の効果の土台をつくるとすれば、製品設計だけでなく、使い手への伝え方においても重要な視点になりそうです。
「なぜ効くのか」が問われる時代へ
機能性表示食品市場は2024年に約7,274億円規模に達し、成長が続いています。一方で、紅麹問題を経て科学的根拠への目線はより厳しくなっています。「何が効くか」だけでなく「なぜ効くのか」まで説明できる理論的な裏付けは、今後ますます求められるでしょう。競合が激化するなかで、作用機構への理解は製品設計の差別化につながっていくはずです。
フードホルミシスはまだ発展途上の概念であり、解明されていない点も多く残されています。それでもこの考え方は、機能性食品R&Dとパーソナライズ・ニュートリションに新しい視野を開くものとして、今後の展開が期待されます。















