「健康関数®」の登場で疲労対策は新たなフェーズへ。
世界をリードする日本の疲労研究のいま

「疲労」を可視化し、疲労の早期発見・回復へ

近年、先生は、疲労を「見える化」するAIアルゴリズム「健康関数®」の研究を進めていらっしゃいます。健康関数®についてご教授いただけますか。

「健康関数®」とは、〈総合的な健康度〉と、〈日常の活力度〉を客観的な数値指標として可視化するアルゴリズムです。従来の健康診断は、主要な疾患のリスクを知るためのバイオマーカーを検査するもので、疾患の早期発見や予防策としては役立ちますが、個人の総合的な健康の度合いを示すことはできません。気づかない、もしくは感じていても見過ごしがちな「疲労などの脆弱化」を可視化することで、疲労の早期発見・回復に努めるための新しい概念です。

どのように構築されたのですか?

健康関数®を開発するにあたって、まずは2017年に約1000人の様々な年齢の男女で健康な人を対象に、データを集めました。疲労・活力に関わる指標として、血清酸化マーカーや抗酸化マーカーなど生体酸化に関する項目のほか、自律神経機能、エネルギー産生を示す指標など、認知機能や筋力、歩行状態、肌機能といった通常の健康診断では計測しない項目を追加し、同時に、生活習慣や睡眠、ストレスなどに関する項目を統一質問票で収集して、結果として242項目の検査データが収集できました。

その中から相関性の高い項目を除外して、最終的に76項目・1,042人のデータセットを作成、それを多次元尺度解析法で76次元のパラメーターを二次元に落とし込み、同じようなパラメーターを持った人をグループ化するクラスタリングを行って、X軸(主にフィジカルヘルス軸)・Y軸(主にメンタルヘルス軸)上に健康度をプロットする「総合的健康度ポジショニングマップ」を作って、これら一連のプロセスを成立させるX・Y軸の値を規定する関数、言い換えれば、このアルゴニズムが、健康関数®になります。
2023年にはこの健康関数®を活用したソリューションを展開していくために、Integrated Health Science (インテグレーテッドヘルスサイエンス)株式会社を立ち上げました。

健康関数®はどのように活用されているのでしょうか。

現在では大きく3つの方向性があります。

1つ目が、健診・人間ドックを行う病院やクリニックでの活用です。従来の健診・人間ドックの検査項目に加えて、健康関数®計測を導入することで、健康や未病の状態をより詳しく把握し、健康・未病リスクの早期発見が可能になると考えています。

2つ目は、健康経営に取り組む企業での導入です。従業員の健康・未病状態を数値化することで、プレゼンティーズム(健康問題が理由で生産性が低下している状態)の原因の把握やそれに対する健康経営の取り組みをより効果的に行えるよう活用いただけたらと思っています。

そして3つ目が、ヘルスケア関連企業での活用です。研究開発やマーケティングにおいて、健康関数®を利用することで、新たな健康ソリューションの開発や市場分析・製品戦略に役立てることができます。健康関数®は、個々人の総合的健康度ポジショニングマップでのポジションに対して、医療や食品、住宅、美容、スポーツなどさまざまな分野と組み合わせ、消費者のニーズにあったカスタマイズソリューション開発を可能にできることも大きな魅力です。

例えばカカオポリフェノール、乳酸菌、電解水素水や高濃度炭酸水、クエン酸、ビタミン類、コエンザイムQ10など、これまで多くのRCT臨床試験は行われていましたが、その結果を、さらに健康関数®を用いて層別試験を行うことで、その有効性を科学的に立証することができます。現在は、「疲労回復」を目的とする商品で、機能性表示がされているものの多くが、この試験を通っています。

脳炎症と疲労の関係を紐解くことが、疲労回復の新たな転機になる

(渡辺恭良先生より提供)

疲労研究は今後、さらに進化していく分野だと思いますが、先生がいま一番関心のあるテーマは何でしょうか?

脳の炎症と疲労の関連です。冒頭でもお話しましたが、ME/CFSは、脳内のアシルカルニチンの減少により神経伝達物質の減少が起こり、そして、一方では脳内癒し系物質の代表でもあるセロトニン神経系の障害により、癒し・睡眠に向かう副交感神経系の機能低下が起こります。そこには、脳内でも起こっている生体酸化からの神経細胞ダメージに抗しきれない状態で、脳内炎症が起こっていることも明らかにしてきました。
ME/CFS患者さんの脳内では、炎症部位を調べるために、PET(ポジトロンエミッショントモグラフィー)という検査を行い、主に、視床、中脳、橋、海馬、扁桃体や帯状回という部位での炎症が増えていて、健常者の脳内に比べると明確に差があることがわかりました。2014年に世界初の発見として国際誌に論文で発表し、疲労研究において大きなトピックスになっています。

筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)患者の脳機能の低下に、脳内炎症が関わっていることを示しており、今後、脳内炎症のPET診断によりME/CFSや慢性疲労の理解が進み、客観的に測定可能な指標に基づく診断法の確立や、根本的な治療法の開発につながることが期待できます。

また、最近では、病気になっていない方で睡眠時間が非常に短い人、あるいは直近の2週間ぐらいものすごく大変な仕事で疲れきっている人などに脳の炎症があることがわかってきました。そうした脳の炎症に対して有効な薬がいくつかあって、治すことにより炎症状態が非常に良くなり慢性疲労から回復できる人がいるということもわかってきています。

最後に食品関連企業の研究開発やマーケティング担当者に向けて、メッセージをお願いします。

疲労研究が進んだいまも、「疲労」は、痛みや発熱などと同じく、体の三大生体アラーム(警報)でありながら見過ごされがちです。でも、がんや心臓疾患など多くの病気は倦怠感が強いほど治療抵抗性であり、疲労をやわらげることで病気そのものの治癒にもつながるなど、疲労は重要なテーマです。また、抗疲労は、健康増進やアイチエイジングにもつながります。

企業コンソーシアム活動においてはデータの共同利用や各業界に特化した健康関数®のカスタマイズ開発など、様々なニーズに合ったサービスや情報を提供していていきたいと考えていますので、ぜひご注目ください。

渡辺 恭良 先生 プロフィール

一般社団法人日本疲労学会 理事長
神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科 特命教授
理化学研究所 名誉研究員

1976年京都大学医学部卒業。神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科・特命教授、理化学研究所・名誉研究員、大阪公立大学健康科学イノベーションセンター・顧問。日本の疲労研究を30年以上にわたって牽引。2023年、Integrated Health Science社を設立。水野敬氏との共著で『疲労と回復の科学』(日刊工業新聞社)、日本リカバリー協会監修として『休養学』(MCメディカ出版)などがある。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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