
「健康関数®」の登場で疲労対策は新たなフェーズへ。
世界をリードする日本の疲労研究のいま

疲れがとれない、集中力が続かない、不眠などの「疲労」に関連する研究は、ウェルネス市場において常に関心が高いテーマのひとつです。しかしながら、疲労は数値化することが難しく、疲労度を把握しようにも本人の感覚に委ねざるを得ないことや、疲労回復のメカニズムが複雑ゆえ一人一人に合った対策法が提示しづらいなど、課題も多い分野でもありました。それが近年、日本の疲労研究が大きく飛躍し、いま、世界から注目されています。今回は、日本疲労学会・理事長で、日本の疲労研究を牽引する神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の渡辺恭良先生に、日本の疲労研究の歩みと、現在の取り組み、今後の展開についてうかがいました。
「慢性疲労症候群」が病気として認められて約40年。
「疲労」も早期発見・早期対策の時代へ

疲労そのものが病気として扱われるようになったのはいつからでしょうか。
「慢性疲労症候群(chronic fatigue syndrome: CFS)」(現在は、世界的に「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome, ME/CFS)」というのが正式な病名、以下、ME/CFSとする)の診断基準が生まれたのは1988年です。発端となったのが、1984年にアメリカのネバダ州インクラインという人口約2万人の村での原因不明の疲労患者の集団発生になります。
仕事にも学校にも行けない、寝ていてもしんどい、などという症状で、米国疾病対策センター(CDC)が調査に動き出し、ウイルスを含めた様々な病原体を調べました。ところが、疲労病態の存在は認めるものの、病原体の発見には至りませんでした。そこで、病因・病態の解明を行うための基準(CDCのCFS基準)を設定し、それがのちに世界中で「慢性疲労症候群」の診断基準となりました。
慢性疲労症候群について関心を持っておられた大阪大学微生物病附属病院(当時)の木谷照夫先生(当時、教授)と倉恒弘彦先生(当時、講師)が、1989年に日本で第一号の患者さんを発見しました。木谷先生は1991年に旧厚生省の疲労調査研究班を発足し、CDCのCFS診断基準を参考に一般の診療で用いることのできる厚生省CFS基準も作成しました。

渡辺先生が疲労研究を始めたのもその頃ですか?
はい。ただ、私はもともと、大阪府吹田市にある大阪バイオサイエンス研究所で脳科学の研究をしていました。1993年から5年間、科学技術振興機構の国際共同研究を代表研究者として主導することになりまして、スウェーデンのウプサラ大学やカロリンスカ研究所と一緒になって「サブフェムトモルバイオ認識プロジェクト」で私たちヒトの身体の中での分子挙動を安全かつ精密に計測する手法の研究開発を行っていました。
ここからが非常に偶然な運びになるのですが、その研究を、日本とスウェーデンを行き来しながら行なっていたので、私自身が厳しい疲労に陥ってしまったんです。それで、日本の疲労研究の一線におられた倉恒弘彦先生を受診したところ、慢性疲労症候群の患者さんは、血漿中のアシルカルニチンという物質が低く、その結果、激しい倦怠感が起きているのではないかと相談され、それが私達がアシルカルニチンと脳の関係について共同研究を進める動機になりました。その共同研究の中で、アシルカルニチン(血漿中では約90%がアセチルカルニチン)が、私たちの脳の中では主要な神経伝達物質に変換されており、ME/CFSの患者さんでは脳への供給が低いことがわかったのです。
2002年には世界初となる国際疲労学会も開催されました。当時、日本での「疲労」に関する関心や認知度はどのようなものでしたか?
私たちが疲労に関する研究を開始する前は、「疲労」はオーバートレーニングや残業など、体の外で起こる要因によって生じるものであり、「疲労」を解消するには、それらの要因を排除するしかない、というイメージの方が強かったようです。病院に行っても、「疲れですね。しっかり休みましょう」と言われるだけで、具体的な治療や対策法まではわからない場合も多かったのです。そこで、「疲労を和らげる」「回復を早める」「過労を予防する」という観点からの方策を示すべく、1999年から6年間、私が代表研究者になり、文科省から大型の研究費(1999年~2005年の6年間、総額16.5億円)をいただき、26もの大学や研究機関と共同研究をスタートしました。世界でも類のない本格的な疲労科学・医学研究が日本で創始されました。
2002年には、この文科省の疲労研究班が主催して、私が大会長となり、当時、ME/CFSの臨床共同研究を行っていたスウエーデンで世界で初めての国際疲労学会を行いました。日本、スウエーデン、米国、英国、ドイツ、ベルギーなどの主だった研究者が集合し、多角的に議論しました。その後も日本側の主催で、2005年に軽井沢で第2回国際疲労学会、2008年には沖縄で第3回国際疲労学会を行い、国際学会組織の立ち上げに関する委員会も組織しました。
この研究班のメンバーも核になり、木谷先生・倉恒先生の厚生省疲労調査班・慢性疲労症候群研究会、下光先生らの産業衛生疲労研究、川原先生らのスポーツ医学研究、三池先生らの小児の脳科学と慢性疲労、班目先生らの東洋医学からの疲労治療などが結集し、2005年には日本疲労学会も設立されて、日本の疲労研究への関心は高まりました。
アメリカやイギリスなどでも疲労研究が進められている中、産業界と組んだソリューションの研究を行ったことで、日本の疲労研究が世界をリードする存在になったと感じています。
例えばイミダゾールジペプチドや、コエンザイムQ10など、疲労回復に効果的な成分について日本で論文を発表すると、必ずと言っていいほど、アメリカをはじめ他国から、しかも、一般の方から問い合わせがきました。日本の疲労研究について世界中の方々が注目している証拠です。
疲労回復の鍵は、「抗酸化」にあり。

現在明らかになっている「疲労」のメカニズムを教えてください。
疲労は、“細胞の修復が追いついていない”状態で、大きく4つの現象が起きていると考えられます。①細胞のサビつき、②修復エネルギーの低下、③持続的な炎症、④自律神経機能の低下です。
まず、オーバーワークなどで体内に活性酸素が多く発生し、病気や老化の原因となる細胞の“サビつき”が起こります。そして、それを修復するエネルギーが足りていないと、細胞の異常を感知する免疫反応によって、体の局所で「持続的な炎症」が起こり、ふだん、その疲労シグナルを感知し調整している自律神経系も乱れることで慢性的な疲労となります。
“細胞のサビつき”とは具体的にどういった状態を言うのでしょうか。
体内でたんぱく質や脂質などが酸化した状態で、「生体酸化」といいます。生体酸化は、疲労だけでなく、老化や、糖尿病や動脈硬化、心不全・心筋梗塞、脳梗塞などさまざまな病気との関連性も明らかになっていて、ME/CFSの最初の原因は、そういう酸化に対応する能力(抗酸化能)が落ちてきている状態であると考えています。
自分の「生体酸化」の状態を調べることはできますか?
血液検査でわかります。それも、60μlくらい、ほんの少量の血液で検査可能です。「d-ROMs/BAP」のような生体酸化と抗酸化能を測るキットを出している会社もありますし、「酸化ストレス測定検査」などの名称で、クリニックや健康診断のセンターなどで、体内の酸化状態について検査できるところも増えてきています。ただ、一般的な健康診断で、生体酸化について全員が調べる時代になるには、まだ課題もあります。
というのも、生体酸化には、例えばスーパーオキサイドやOHラジカルなどのほかにも、塩素系のラジカルや硫黄系ラジカルなど、複数の活性酸素が関わっていますが、現段階の研究では、これらのすべての活性酸素をそれぞれ測る検査は開発できていません。ただ、今後、個々の細胞内の酸化情報も含めて、間違いなく進化していく分野だと考えています。
酸化状態を知ることは、疲労回復だけでなく、日々の健康状態やアイチエイジングの点でも非常に重要なポイントになっています。ぜひ、多くの方に、身体の酸化状態は調べることができる、ということを知っていただきたいですね。
疲労回復への有効性が認められている成分には、どういったものがありますか?
疲労回復のためには、「生体酸化を抑える」「還元力がある」「修復エネルギーを作れる」「免疫系を適性に制御する」「自律神経系を回復・活性化する」ことが重要です。
そのために必要な成分はいろいろあります。例えば、私たちの研究で、ビタミンB1は、脳疲労に深く関わる重要な物質ではないかと考えています。ビタミンB1は、疲労から細胞を修復するエネルギーを作るとともに、神経細胞が働くときにも欠かせない成分であり、不足すると、脳疲労の修復が難しくなります。ただ、ビタミンB1は水溶性なので、食品として摂取しても腸管から吸収されにくく、体に長く保持できません。そこで、化学構造を変えて、腸から吸収しやすい形に開発された「フルスルチアミン」(商品名アリナミン)という医薬成分も開発されています。
ほかにも、クエン酸やイミダゾールジペプチド、ポリフェノール、パントテン酸やカルニチン、5-ALAなど、様々な成分があげられますが、体内で必要とされる場所や、組み合わせ方なども様々なので、何が一番いいかというのは選べません。私自身は、毎朝、ビタミンB1とコエンザイムQ10は摂取しています。