腸内細菌検査を通じた疾病リスクスクリーニングサービス

シンバイオシス・ソリューションズ株式会社は、大便から腸内細菌叢を分析し、その構成比から推測される疾病リスクをレポートとして提示するサービスを医療機関および一般消費者向けに展開している。同社の研究チームは、大規模な腸内細菌叢データを解析し、日本人集団の腸内細菌叢に性差があり、それが年齢の影響を受けることを明らかにした。また、特定の疾病に関連する可能性のある腸内細菌の多くは、男女間・年代間で異なることを示した。近年個人レベルにフォーカスした健康食品やサービスが注目されるなかで、腸内細菌を通じた人々の健康課題の解決にどのように取り組んでいるのか、同社研究開発本部の村上藍子氏にお話を伺った。

「健腸ナビ®」の前身となる「SYMGRAM®(シングラム)」

当社では、2020年から医療機関向けの腸内細菌叢検査・分析サービス「SYMGRAM®」を提供しています。このサービスの最大の特長は、理化学研究所で収集した検体を含む20,000人以上の腸内細菌叢解析データベースを活用している点で、データベースには腸内細菌叢データだけでなく、性別、生活習慣、疾病情報などのデータも整備されています。腸内細菌叢の構成と特定の疾病の関連性を独自のアルゴリズムで統計解析した結果から、さまざまな疾病のリスクを分析・提示します。また、分析結果に基づいて疾病予防・改善のために摂取が推奨される食品・食品成分の情報を提供するのも大きな特長です。これまで多くの研究論文から、腸内細菌と疾病に一定の関連性があることはわかっていたのですが、その2点を結びつけるサービスがありませんでした。そこで当社は、腸内細菌の検査を通じて疾病リスクを分析・提示することで、医師による疾病の診断や予防・改善に向けた生活習慣病指導などをサポートできる本サービスを始めました。

腸内細菌叢の性差を踏まえ、男女別に疾病リスクを分析・評価するサービス

特定の腸内細菌Aとある疾病が関連していることについての研究は多いですが、腸内細菌は相対的に変化します。そのため、特定の細菌Aだけに着目すると疾病との関連性がモデル化できません。私たちが開発した手法では、疾病への影響の方向が同じ菌群を1つまたは複数の腸内細菌叢因子としてグループ化することで、腸内細菌叢と疾病との関連性をモデル化しています。同じ疾病でも男性と女性で関連する菌が違うので、疾病・性別ごとにモデルを作成します。当社の研究では、男女で腸内細菌叢が異なり、属レベルで菌に着目すると相対存在量に約3倍の差がある菌もあることが分かっています。私たちはこれらの結果を踏まえた性差を反映した分析により精度の高い分析結果を提供できると考えており、男女別のモデルを用いた分析結果を提供しています。2023年1月には、大規模な日本人の腸内細菌叢腸内細菌叢データを用いた包括的な解析として、腸内細菌叢の性差に関する論文を国際学術誌『Biomedicines』で発表しています。そこでは、腸内細菌叢に性差があることや12の疾病と関連する可能性のある腸内細菌を男女別に調査した結果も示しています。また、腸内細菌叢から疾病リスクを推定する手法に関する論文も同じ時期に『Frontiers in Microbiology』で発表しています。このように当社の研究成果を国際学術誌で論文発表することで、医療機関の方がサービスを利用していただく際に疾病リスクの分析結果を裏付けるエビデンスとして提示できます。

医師による診断、予防・改善のための新たなアプローチをサポート

SYMGRAM®では、疾病リスクの分析ができることが大きな強みです。レポートの結果を踏まえて、今罹患している疾病と腸内細菌叢との関連性や罹患リスクのある疾病の把握、疾病の予防・改善のために医師が患者に行うアドバイスに活用できます。疾病リスクの対象疾病は、男性で32、女性で35あり、消化器系、循環器系、代謝系、アレルギー系、精神系などを網羅的に分析しています。また、前立腺がんや子宮頸がんなど男性・女性に特有な疾病も含んでいます。

罹患中の疾病について腸内細菌叢から分析したリスクが高い場合は、腸内細菌叢がその疾病の一因となっている可能性があり、腸内細菌叢へのアプローチが改善につながることが期待できます。また、罹患中の疾病について腸内細菌叢から分析したリスクは低いと評価されることもあります。この場合は腸内細菌がその疾病の原因となっている可能性は低いため腸内細菌叢へのアプローチとは別の治療法を選択するなど、治療法の選択に有用な情報を提示することができます。例えば大腸がんのリスクが高いと評価された人は、その罹患者の腸内細菌叢と類似するため、今自覚症状がなくても早期発見に役立つことも期待できます。今までは疾病の治療は投薬が基本でしたが、投薬しても症状が改善しない患者に対して、腸内細菌叢の改善という投薬以外の手段による治療・改善の方法を示すことができます。

腸内細菌叢の改善のための食提案

レポートでは被検者様の腸内細菌叢を改善する効果が見込まれる食品・食品成分を提示しています。これらの食品は、食品介入試験および文献調査をベースに選出・採択されています。食品は、青字と黒字で提示され、青字はユーザーの腸内細菌叢の構成から最も推奨される食品に該当します。ある腸内細菌Aが多いことから特定の疾病のリスクが高い場合、腸内細菌Aを減らすものを食品Aとして提示しています。逆に腸内細菌Bが少ないことから特定の疾病のリスクが高い場合、腸内細菌Bを増やすものを食品Bとして提示します。黒字のものは、被検者様が保有していない腸内細菌に対応した食品です。このように、被検者様の腸内細菌叢の構成を踏まえて摂取が推奨される食品が一目でわかるようになっています。特定の食品・食品成分の摂取による腸内細菌の変動に関する情報を世界中の文献から収集、データベース化したものを活用しています。また、特定の食品・食品成分の摂取による腸内細菌叢の変動を調査するための介入試験にも取り組んでおり、その研究成果も逐次サービスに取り込んで行く予定です。SYMGRAM®は、血液検査などで異常が見つからないのに体調不良を訴える患者に対して、原因を探ることにも利用できます。リスク分析の対象としている疾病の中には、これまで診断のためのバイオマーカーが存在しなかった疾病も含まれています。そのような疾病についても腸内細菌叢という新たな視点から原因を探ることができ、分析結果を踏まえたソリューションの提示ができることが当社のサービスの強みです。また、乳酸菌や酪酸菌などの有用物質産生菌が多すぎる場合、少なすぎる場合にそれぞれ対応した食提案などができます。腸内細菌は多様性だけでなくバランスが大切なので、バランスと多様性の双方を加味したレポートを出力します。服用している薬や罹患している疾病との兼ね合いで、摂取に適する食品などの判断も医療機関でしていただけるので、その点が個人向けサービスとの違いになります。

一般消費者向けサービスとしての健腸ナビ®

健腸ナビ®はSYMGRAM®をベースに開発され2021年にパイロット版をリリースしました。医療機関に行くことがお客様の負担になることもあるので、個人で受けられる検査サービスとして展開しています。健腸ナビ®も基本的にはSYMGRAM®と同じ内容のレポートをWebで提供するもので、リスク分析対象の疾病などのレポートコンテンツが若干少ない点が違いになります。また、提示した食品の参考商品として外部連携しているECサイトへ飛んで、そこから一般の方にあまりなじみのない食品でも購入していただけるようになっている点もSYMGRAM®とは異なります。健腸ナビ®は医療機関に行くこと自体に抵抗がある人、忙しい人、検査のために肉体的・精神的負荷を伴う人でも一回の検査で多くの疾病リスクを調べられるので、ユーザーの方にも大きなメリットになると思います。色々なソリューションを提案できるので、セルフケアへの誘導にもなります。

健腸ナビ®のPR活動はまだ本格的に行っていないのですが、少しずつ認知が広がっている傾向にあります。多くの企業の方から健康経営や新規事業のための導入や、自社ECサイトでの販売を検討したいという引き合いをいただきました。

また、現在、多くの大学や医療機関の先生方から腸内細菌分野の共同研究に関心をお持ちいただき、ご自身の専門分野の疾病と腸内細菌の関連を調べたいとお声がけをいただいています。今の23,000検体ではまだ十分ではないと考えており、検体数が少ない疾病に関しては、もっと検体を収集してさらに精度の高いモデルを作りたいと考えています。私たちのそうした需要とマッチする共同研究に積極的に取り組んでいます。先生方と共同研究をすることで、治療介入と腸内細菌の関連も分析できるので、非常に貴重なデータを集めることもできます。また、そうした大学や医療機関と共同で特定の地域住民の腸内細菌叢の特徴を分析し、その地域住民の健康の維持・増進に活用したいと考えています。例えば、その地方に特有の食材が腸内細菌に影響を与えることも示唆されていて、佐賀県の江北町と共同で腸内細菌を調べたときは日本人の平均的な特徴と少し違う傾向がみられました。こうした自治体との取組みも注力していきたいと思っています。最近では、MCI(軽度認知障害)と腸内細菌の関連性を調べる観察研究を医療機関と共同で実施した成果をもとに、今年の8月に検査対象の疾病にMCIが追加されました。これにより、腸内細菌検査を通じた認知症リスクの予防対策が可能になり、社会貢献につなげられるのではないかと思っています。

将来の展望としては、さまざまな疾病に対して当社で介入試験を積極的に行い、さらにデータの充実化を図りたいと思っています。今医療機関で薬として処方されているものとは異なる、腸内細菌叢の改善を介して疾病を予防・改善するための食品・食品成分を『医食品(医師が処方する食品)』として商品化することが1つの最終的な目標になります。当社の提供するサービスは単なる検査サービスに留まるものではなく、検査結果を踏まえた具体的な食のソリューションを提供することで、認知症のような社会的健康課題の解決への貢献やQOLの向上、医療費抑制への対策などさまざまなポテンシャルがあると思っています。実際に、投薬治療で症状が改善しなかったアトピー患者の方がSYMGRAM®で提示された食品を食べたら症状が改善したことや、大腸がんや前立腺がんが高リスクと判定されたため、実際に検診を受けた結果、早期発見につながり治療ができたなどの事例があります。侵襲性のない腸内細菌検査で様々な疾病のリスクをスクリーニングすることで、自覚症状がない未病段階から疾病予防に取り組むきっかけになればいいと思っています。

むらかみ・あいこ/Aiko Murakami

シンバイオシス・ソリューションズ株式会社
プロダクト開発室 室長/販売推進室 室長代理

2016年に親会社である一般社団法人日本農業フロンティアに入社。農作物の研究や、腸内細菌と疾病、食品の関連性についての調査・研究などに従事。2018年に腸内細菌叢の検査・分析サービス事業化を目的としたシンバイオシス・ソリューションズ株式会社が設立され、出向、後に移籍。検査・分析サービスの立ち上げにあたりプロダクト開発に従事。現在、プロダクト開発および販売促進に携わっている。

「FOOD STYLE 21」2023年12月号 この人に聞くより

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