細胞情報を伝達する「エクソソーム」と脳腸相関の関係
私たちの身体に備わるあらゆる細胞から分泌される「エクソソーム」。近年、細胞再活性や脳腸相関といったキーワードと共に、世界中から注目を浴びています。“細胞のメッセンジャー”ともいわれるエクソソームとは、どのような性質を持ち、いかなる活用が期待できるのでしょうか?研究が進むエクソソームについて、解説していきます。
エクソソームとは?
エクソソームは、さまざまな細胞から分泌される膜小胞で、大きさは100ナノメートル前後で細胞の100倍以上小さく、私たちの体内には100兆個程度のエクソソームが存在していると考えられています。
近年、このエクソソームにはmicro-RNA(miRNA)をはじめとした核酸、つまり放出元の細胞の情報が含まれることがわかり、多くの研究者が注目しています。エクソソームの表面は、放出元の細胞膜成分が、そして内部にも放出元の細胞内物質が含まれるので、由来細胞の特徴を受け継いでいると考えられています。そして細胞から放出されたエクソソームは、細胞間や血液、尿などに広く存在し、常に体内を循環しています。
細胞のメッセンジャーとして活躍するエクソソーム
エクソソームの注目すべき機能は、“細胞間の情報伝達”です。エクソソーム内部には、miRNAやメッセンジャーRNAをはじめとした細胞情報が含まれており、これらの情報は別の細胞に伝達されることが明らかになりました。たとえば、損傷した細胞があった場合、正常な細胞から放出されたエクソソームは血中を流れ、損傷した細胞に到達。損傷した細胞はエクソソーム内部に含まれる細胞情報を得ることで、自力で修復可能となります。このように、エクソソームは体内でメッセンジャーの機能を介し、細胞間の相互作用の一部を担っていると考えられます。しかも本来、細胞情報にあたるmiRNAなどは、非常にもろく、細胞外に放出されればすぐさま分解されてしまいますが、エクソソームに内包されることで破壊されずに、損傷した細胞に辿り着くことができるのです。
当初、エクソソームは、バイオマーカーとしての活用や、診断や治療での有用性に注目が集まっていました。特にがんにおいては、がん細胞から放出されるエクソソームによって、別の細胞が悪性化しやすくなることがわかっています。また、近年ではエクソソームが免疫細胞の抑制や細胞の外部環境に働きかけることで、がん細胞の存続に有利な環境が生み出されることもわかってきました。さらに神経回路にも影響を与えるので、アルツハイマー型認知症などの神経変性疾患をはじめとしたがん以外の病気との関係も報告されています。
エクソソームと脳腸相関
そして現在、最も注目すべきは、エクソソームと脳腸相関の関係です。鶏の胸肉などに豊富に含まれるイミダゾールジペプチドの一種「カルノシン」は、筋肉や脳に高濃度に存在し、かねてより疲労回復や抗酸化作用があるといわれてきました。アルツハイマー型モデルマウスを使用した実験やヒト介入試験の結果から、カルノシンに記憶機能回復効果があることが徐々にわかってきましたが、その作用機序は定かではありませんでした。
九州大学大学院の片倉喜範教授は、カルノシンによる脳への作用を脳腸相関によるものと仮定。その基盤の一つにエクソソームの働きがあるとし、研究を行っています。実験では、カルノシン処理した腸管細胞モデルの培養上清液からエクソソームを抽出し、ヒト神経細胞モデルに添加すると、神経突起の伸長をはじめとした複数のポジティブな結果が得られたと報告されています。これらの研究から、カルノシンの誘導によるエクソソームを介した脳腸相関の一端が立証されると共に、細胞間における相互作用の解明に期待が集まることとなったのです。
今、エクソソームとその機能の解明、そしてビジネスへの転用は、疾病予防だけではなく、高齢化が進むわが国の健康寿命伸長にも関わる大きなテーマとなるでしょう。世界中が注目するこの新しい分野への希望は、ますます高まっていくと予想されます。