【寄稿】Tie2活性化のリアルワールド ~基礎・臨床・未病~

はじめに

加齢による種々の臓器の機能低下は、臓器特有の細胞の機能低下によってもたらされるのは事実であるが、その根本的な原因を考えると、全身の臓器で同じ時相で機能低下・構造劣化してくる毛細血管の質的・機能的な異常がその要因ではないかとも考えられる。実際、脳や骨などではそのことが証明されてきており、毛細血管を維持させることで老化関連疾患の発症を抑制する予防法の開発が求められてきている。

私たちが開催しているTie2(タイツ―)・リンパ・血管研究会で注目している血管内皮細胞に発現するTie2受容体の活性化は、血管構造の安定化による血管透過性の抑制をもたらし、病的血管新生を抑制することでさまざまな疾患に効果があることが基礎医学的に証明されてきた。そこで、これまでこの研究会では、老化関連疾患の未病からの進行の抑制に向けTie2を活性化させる食材などの研究開発について討論を行ってきた。一方で、実臨床では最近、眼科領域で「Tie2活性化」原理に基づく、治療薬が臨床現場で用いられるようになってきていることから、Tie2活性化の有効性が以前にも増して重要であることが認識されていくと考えられる。

そこで本寄稿では、血管形成の機序を振り返りながら、Tie2受容体が有する機能とは一体どのようなものであるのか、現在用いられているTie2受容体の制御薬とはどのような治療薬なのかを紹介したい。

1.血管形成の機序

血管形成は大きく分けて二つの機序によって誘導される。最初は、胎児の発生過程で観察される脈管形成という過程である。この過程では、受精卵から分化してきた中胚葉が血管内皮細胞に終末分化して、管を形成し原始的な血管叢を形成する。この血管は未成熟で、大中小の階層性がなく一様に拡張して、効率良い血液の流れは観察されない。組織の細胞密度具合や細胞外マトリックスの硬さ(量と質)により、組織の足場の状況は異なっている。血管は、各種臓器や組織が必要とする酸素や養分の需要量によって、血流の速さや組織への物質の漏出の具合(血管透過性)を変化させ、身体隅々の細胞の一つ一つに十分なバイオマスを与えることのできるように、血管の再構築(remodeling;リモデリング)が誘導され物質の送達性がコントロールされる(図1)。

図1 血管リモデリングの過程
胎児期早期に形成された未成熟な血管で構築される原始血管叢は、さまざまなリモデリング(再構築)の過程を経て、大中小の階層性のある成熟した血管に成長する。

血管のリモデリングはさまざまなプロセスによって誘導される。例えば、血管同士が融合され、径の太い血管構造が構築されるのと逆に、一本の血管が血管の走行方向に向かって縦に分断して、複数の細い血管が嵌入という方法で形成される。また、血管形成の過程で過剰に形成された血管は血管内皮細胞の細胞死(アポトーシス)が誘導され退縮する。逆に、血管が新たに必要とされる領域が存在すると、既存の血管領域から新しい血管の枝が伸長して血管ネットワークを拡大する。この過程が、発芽的血管新生という機序であり、血管形成の二つ目の機序ということになる。血管新生は、創傷による組織修復過程など、生理的な状況における組織損傷修復では必須の過程であり、血管新生により、組織の酸素・養分の需要に合わせた血管密度の調節が可能となる。

2.血管成熟化の機序と不安定性の誘導

血管形成の最終過程においては、血管構造の安定化が誘導される。このとき、管腔を形成している血管内皮細胞の外側(基底膜側)に、ペリサイト(周皮細胞)という壁細胞が動員され、血管内皮細胞に裏打ちして血管構造を安定化している。しかし、組織の虚血などに応じて血管新生が開始される際に、壁細胞が血管内皮細胞の周囲にまとわりついていると血管内皮細胞の運動能が抑制され、新生血管が必要な領域へ移動できない。そこで、まず血管新生を誘導させるためには、壁細胞を内皮細胞から離脱させる必要がある。

壁細胞が血管内皮細胞の近傍に動員されるメカニズムは、血管内皮細胞から分泌される血小板由来成長因子(PDGF-BB)が壁細胞に発現するそのβ受容体を活性化させることにより誘導される。そして、動員されてきた壁細胞が分泌するAngiopoietin-1(アンジオポエチンーワン; Ang1)は、血管内皮細胞に発現するその受容体であるTie2を活性化すると、血管内皮細胞同士の細胞接着を誘導し、最終的には壁細胞も血管内皮細胞に接着して安定した構造の血管が形成される(図2)。

図2 血管の安定化・不安定化とTie2 受容体
壁細胞から分泌されるAng1はVE-cadherinという接着因子の細胞膜での安定的発現を誘導して血管内皮細胞同士を接着させ、最終的に壁細胞が接着した構造的に安定した血管の形成に関わる。一方、低酸素・炎症により血管内皮細胞から分泌されるAng2はAng1の機能を抑制して、血管構造を不安定にさせる。

一方で、血管新生が誘導される際には、上述したように壁細胞が血管内皮細胞から解離する。この際、低酸素や炎症による刺激を受けた血管内皮細胞からはAng1と相同性を有するAng2が分泌されてくる。Ang2はTie2には結合するが、Tie2の活性化を誘導しないいわゆるAng1のアンタゴニストである。Ang2によりTie2のリン酸化が抑制されることを皮切りに、壁細胞が内皮細胞から解離して、血管新生が開始されるのである。つまり、Ang1, Ang2はTie2の活性化、不活性化を誘導することで血管新生を制御する分子ということがこれまで明らかにされてきた。

3.Tie2活性化を基本原理にした治療薬

血管新生は生体維持にとって必須のイベントである一方で、腫瘍、網膜症、関節リウマチなどの炎症性疾患の病態の進行とも密接に関わる過程であり、血管新生のメカニズムを制御して、これらいわゆる血管病といわれる疾患に対する治療薬の開発が進められてきた。虚血によって発現の亢進するvascular endothelial growth factor (VEGF)は血管内皮細胞の増殖・運動能・管腔形成を亢進させることから(図3)、VEGFあるいはその血管内皮細胞における受容体(VEGFR2)の機能を阻害する治療薬が2000年前半からがんの血管新生を制御する治療薬として長く使用されてきた。

一方で、VEGFは血管内皮細胞同志の接着を抑制することで血管透過性の亢進を招くことから、糖尿病性網膜症により誘導されるような網膜の浮腫や、加齢黄斑変性症の脈絡膜での血管浮腫を抑制する治療薬としても開発されてきた。しかし近年、上述したように、血管新生の開始にとって重要な生理的機能を有するAng2は、このような眼科疾患における異常血管の形成にも関与することが明らかにされてきており、Ang2の機能を抑制することで、Tie2を活性化させ、異常血管の是正と血管透過性を抑制する、つまりTie2の活性化を原理とする治療薬の開発がなされ眼科領域で治療薬(一般名Faricimab)として使用されるに至ってきた(1)。この薬剤は、VEGFとAng2を同時に阻害できる中和抗体であり、臨床における有効性もすでに実証されてきている。

図3 VEGFによる血管透過性とそれを抑制するTie2の活性化
VEGFは血管内皮細胞上のVEGFR2を活性化すると、その下流でsrcを起点として細胞内シグナルにより血管内皮細胞同士の接着を司るVE-cadherinのリン酸化を誘導して、細胞内にVE-cadherin を移行させ、血管内皮細胞同士の間を開き、血管透過性(血管からの漏出)が亢進する。ペリサイトから分泌されるアンジオポエチンー1は血管内皮細胞上のTie2を活性化させると、srcを捕捉させるmDiaの活性化によりVE-cadherinのリン酸化を抑制して、血管透過性の促進を抑制する。

4.今後の展望

われわれの研究会では、Tie2を活性化させることにより、老化により劣化し、壁細胞の内皮細胞への被覆が抑制されてきている血管からの血液成分の透過性亢進を抑制して、血流を復活させることで、骨粗鬆症や認知症発症に至る前にそれを予防していくことの重要性を唱えてきた。実際にTie2の活性化を誘導する治療薬が眼科疾患領域で有効性が示されていくことで、新たにTie2活性化の効果は他の領域でもその重要性が再認識されていくであろう。

特に、臨床医がTie2受容体の活性化の重要性を意識することで、患者層へ、未病者層へ毛細血管維持の重要性を説く機会が増え、今後毛細血管の恒常性維持をmode of actionとした健康長寿の方法がさらに開発されていくと考えられる。

《参考文献》
1) Koh GY, Augustin HG, Campochiaro PA. :Viewpoints,Dual-blocking antibody against VFGF-A and
angiopoietin-2 for treating vascular diseases of the eye, Trends Mol Med,2022 May,28(5),347-349(2022)

髙倉 伸幸(たかくら・のぶゆき)

大阪大学 微生物病研究所 教授/Tie2・リンパ・血管研究会会長


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Tie2活性化のリアルワールド ~基礎・臨床・未病~

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【プログラム】
座長:赤澤 純代(金沢医科大学 総合内科学 女性医療総合センター)
   増田 美加(医療ジャーナリスト)
●「Tie2活性化原理に基づく血管安定化剤の社会実装」
  大阪大学 微生物病研究所 Tie2・リンパ・血管研究会会長 髙倉 伸幸
●「血管とリンパ管の制御による健康長寿の実現」
  東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 病態生化学分野 教授 渡部 徹郎
●「ゴースト血管と糖化 ―抗糖化素材を配合した健康食品の毛細血管に対する作用―
  全薬工業株式会社 桜庭 大樹
●「リンパ管の老化や疾患に伴う皮膚の変化」
  株式会社 資生堂 みらい開発研究所 板井 菜緒

URL:https://vimeo.com/773197543/0133a6e9a2


「FOOD STYLE 21」2022年11月号 良食体健トピックス<特別編>より


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