世界初※!認知機能を維持する働きが認められた 「ビフィズス菌MCC1274」。“人生100年時代”に貢献する森永乳業のプロバイオティクス研究

現在、日本には約600万人の認知症患者がいるとされ、2025年には730万人まで増加すると言われています。「65歳以上の5人に1人が認知症」という時代に向かっていますが、それに“待った”をかけられる可能性があるのが、森永乳業の「ビフィズス菌 MCC1274」です。臨床試験などにより認知機能・特に記憶力への作用が確認され、2021年10月にはこのビフィズス菌が配合された商品も販売開始されました。森永乳業研究本部基礎研究所の清水金忠所長に、「ビフィズス菌MCC1274」の研究背景や商品化の苦労、認知機能の改善にかける思いなどについてお話を伺いました。

ビフィズス菌の可能性を追求。
食品メーカーとして認知機能の改善に貢献したい

「認知機能の維持」をテーマにしたビフィズス菌の研究開発は、いつ頃から始められたのでしょうか。

腸内細菌と脳機能に関連した研究は10年以上前に着手していましたが、「認知機能」をターゲットにしたのは弊社に基礎研究所が設立された2015年からですね。そこに至るまでの経緯を、少し時間を遡ってお話ししましょう。

もともと私は、大学では農学を専攻し、植物病理学の研究をしていました。正直、その頃は食品分野にはほとんど関心がありませんでしたが、1995年の森永乳業への入社を機に、腸内細菌に興味をもつようになりました。

ご存じのとおり、ビフィズス菌はもっとも古くから研究されてきた腸内細菌の一種で、現在では各社から関連する商品も数多く販売されています。ビフィズス菌についてこれまでヒトや動物の腸内などから100以上の菌種が発見されており、そのうちヒトの腸内に棲んでいるのは10菌種程度。乳児の腸内から検出されるのは、さらに絞られて4~5菌種ほどです。ただし、腸内にすんでいるビフィズス菌の数自体は乳幼児がもっとも多く、その数は加齢とともに次第に減っていくことが分かっています。しかし、これらのビフィズス菌の各菌種がどのように棲み分けているかについては、解明されていませんでした。
「未知のことを自分で明らかにしたい」という探求心が、私の仕事の原動力です。そこで、ビフィズス菌の各菌種は、ヒトの体内でどのように棲み分けているのか、そして、宿主にどんな影響を与えているのか、こうしたことに興味を持ち始め、2000年頃からビフィズス菌の研究に着手し、多くの知見を得ました。そして、ヒトの腸内にすんでいるビフィズス菌の各菌種が多くの特徴を持つことが明らかになり、ヒトの腸管との親和性が高く、ヒトにより適していることを示唆する「HRB」(Human-Residential Bifidobacteria、ヒトのおなかに棲息するビフィズス菌種)というコンセプトを提唱しました。

身近な腸内細菌であるビフィズス菌でさえも、まだまだ未解明の部分が多く、大きな可能性を秘めているということですね。

まさにその通りです。研究していくうちに、私もすっかり魅了されました。

そして、2010年頃から「脳腸相関」という言葉も聞かれるようになり、腸と脳の働きは密接に関係していること、さらにそこには腸内細菌が深く関わっていることが次第にわかってきました。近年では、とくにアルツハイマー型認知症の原因である「アミロイドβ」の蓄積に腸内細菌が関係していることや、アルツハイマー病患者の腸内細菌は健常者に比べて多様性に乏しく、ビフィズス菌の割合が低いという報告もされています。

脳内における「アミロイドβ」の蓄積は、認知症発症の20年ほど前から始まるとされ、発症時にはその影響で多くの神経細胞が死滅していると考えられています。これが、「認知症=治らない病気」とされている理由です。となると、日々の予防が大切になります。そこで、食品を扱う森永乳業の出番ではないかと考え、アルツハイマー型認知症になる前の状態のお役に立てるようなビフィズス菌の研究に2015年から取り組むことにしたのです。ちょうど私が基礎研究所の所長に任命された年ですね。

臨床試験の失敗を乗り越えて、認知機能への有用性を証明

では、認知機能改善作用が期待できる「ビフィズス菌MCC1274」を発見したのは、いつのことでしょうか。

実は発見自体はずっと前で、2002年には乳児からの分離に成功していました。もともと「MCC1274」には、腸管バリアの改善作用などがあることが分かっていたのですが、研究を進めていったところ、認知機能を改善する効果が期待できることが明らかになりました。2015年末に実施したアルツハイマー病モデルを用いたプレ臨床試験では、認知機能の維持に予想以上の効果があるという結果が出て、研究メンバーと大喜びしたことを覚えています。さらに、軽度認知障害の高齢者にこのビフィズス菌のカプセルを飲んでいただいたところ、確かに認知機能のスコアが良くなったといった結果も得られました。勢いに乗ってさらに研究スピードを加速させたのですが、しかし、そこからが大変でした。ヒトへの有効性を証明するために、2018年末に実施した「二重盲検試験」で思うような結果が出なかったんですね。

二重盲検試験とは、薬や機能性食品の評価に用いられる代表的な手法のひとつです。被験者を2つのグループに分け、一方のグループには被験薬または被験食品を、もう一方のグループにはプラセボ(偽薬)を投与してその効果を比較します。客観性を保つため、被験者にも試験担当者にも「本物」なのか「プラセボ」なのかは知らせません。試験終了後、すべてのデータが固定されてからどの被験者がどっちを投与したかを開錠する(キーオープンという)ものです。

「MCC1274」の二重盲検試験は、「もの忘れが気になる方」120名を被験者として集め、60名ずつ2つのグループに分けて実施しました。一方のグループには「MCC1274」が200億個入ったカプセルを、もう一方のグループにはビフィズス菌を含まないプラセボを12週間にわたって毎日摂取してもらった結果、残念ながら2つのグループ間で認知機能に大きな差が見られませんでした。

その原因として、「もの忘れが気になる方」という自己申告を重視して被験者を募集したため、そもそも認知機能に異常がない方々が多く集まってしまったことが判明しました。事実、認知機能の評価に用いられる「アーバンス(RBANS)」神経心理テストのスコアが低い、つまり認知機能が低下した層に限って比較した場合、「MCC1274」カプセルを摂取した方の認知機能が改善していることが確認できました。

では、まったくの実験失敗というわけではなかったのですね。

はい、ただ期待外れの結果だったのでショックは相当なものでした。社内では研究中止の声も上がりましたが、プレ臨床試験の結果に自信を持っていたので、反対意見を説得して、2018年にもう一度、二重盲検試験を実施させてもらうことになりました。

その際には前回試験の反省を活かし、RBANSのスコアが低めで、なおかつ認知症スクリーニング検査「MMSE」のスコアが22点以上、つまり認知症患者ではないが、認知機能の低下が一定程度進行していると思われる、いわゆる軽度認知障害(MCI)の疑いがある方々80名に被験者として参加いただきました。摂取期間も前回より4週間伸ばし、16週間に変更。そして試験前後の認知機能を比較したところ、「MCC1274」カプセルを摂取したグループは、即時記憶、視空間・構成、遅延記憶の項目において大幅な機能改善が認められ、RBANSの総合スコアも大きく上昇していました。

大成功ですね。

ええ、この試験も前回の試験と同じように外部臨床試験受託機関に委託したので、結果を聞いたときは、「MCC1274」の作用の確かさに自分も驚き、うれしさのあまり叫びたい気持ちでした。そこで、いち早く試験結果をまとめ、海外のアルツハイマー病の専門学術誌に論文を投稿し、非常にスピーディーに論文が受理され、海外の研究者からも高い関心が示されました。ただ、喜んでばかりもいられないので、「MCC1274」にどうしてこのような作用があるのか、すぐに作用機序の解明に着手しました。それにより「MCC1274」は、下記のような機序で脳内の炎症を抑え、脳機能を正常化していることが明らかになりました。

外部研究機関と共同で作用機序について調べた結果、現段階では「MCC1274」自身の代謝産物・菌体成分が宿主の循環系や免疫系、神経を介して脳内の炎症を抑制し、脳機能の正常化に作用する可能性が見えてきました。つまり、「MCC1274」が1つの単純な作用ではなく、総合的な作用によって認知機能の維持に効果が期待できることが分かりました。

また、その後の臨床実験で、「MCC1274」の摂取により軽度認知障害の高齢者の脳の萎縮進行抑制効果があることも確認されました。おそらくビフィズス菌に脳の萎縮抑制効果があることを証明したのは、世界初だと思います。

世界中の認知機能の低下に悩む患者のために研究を継続

では、実際に「ビフィズス菌MCC1274」を含む商品開発において、苦労された点について教えてください。

生きた「MCC1274」をヨーグルトに使用することが大変でした。嫌気性のビフィズス菌は、酸素や酸に触れるとダメージを受けてしまいます。研究所内の商品を開発する部門とも連携しながら何度も試作を繰り返し、最終的には臨床試験の条件と同様に「200億個」の生きた「MCC1274」を安定的にヨーグルト内に留めることに成功しました。

最後に、今後の目標を教えてください。

軽度認知障害の疑いのある方に対し、「ビフィズス菌MCC1274」が認知機能を改善する効果が期待できることは証明できましたので、今後は、認知症発症後の患者さんにどのような貢献ができるか、さらに研究を深化させていきたいですね。認知症の患者は、暴言・暴行や幻覚・妄想などの周辺症状をともなうことも多く、それに悩まされているご家族の方も少なくありません。そうした周辺症状にも効果が期待できるのか、検証していきたいと思っています。
また、高齢化にともなう認知症患者の増加は、日本のみならず、世界各国共通の課題でもあります。世界市場も視野に入れた商品開発にも、どんどん取り組んでいきたいですね。「ビフィズス菌MCC1274」と出会えたのは運命だと思っていますから、この先もずっと研究を続けていくつもりです。

※世界初
ヒト臨床試験において単一のビフィズス菌生菌体のみで加齢に伴い低下する認知機能(記憶力)を維持する働きが世界で初めて論文報告された(PubMedと医中誌WEBより、ビフィズス菌と認知機能および記憶のキーワードを用いたランダム化比較試験の文献検索結果。ナレッジワイヤ社調べ)

清水 金忠 氏 プロフィール

森永乳業株式会社 研究本部 基礎研究所長。日本農芸化学会フェロー、京都大学生命科学研究科客員教授、天津科学技術大学客員教授。1984 年 中国華南農業大学卒、1991 年 名古屋大学大学院 農学研究科博士課程修了、理化学研究所などで研究職に従事。1995 年 森永乳業株式会社入社、主な研究テーマは腸内細菌やビフィズス菌、乳酸菌の基礎・機能性研究および応用技術開発。2013 年 日本農芸化学会技術賞受賞、2016 年 日本酪農科学学会賞受賞、2022年日本乳酸菌学会賞受賞。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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