ヒット商品の“からくり”が分かる!
製品開発者は必見「ウェルネストレンド白書」の眼目

一般社団法人ウェルネス総合研究所は、20代~70代、約4,600名の生活者の健康・ウェルネスに関する意識と行動分析に基づき、今後予測されるヘルス・トレンドシナリオを洞察した調査レポート『ウェルネストレンド白書 Vol.2』を2022年5月31日に刊行しました。今回は健康医療ジャーナリストの西沢邦浩氏をお招きし、白書の所感や注目している点、三大栄養素とトレンドキーワードにヘルスベネフィットを掛け合わせて浮かび上がってきた、世の中のヒット商品における“からくり”について伺うとともに、2030年に来る“親子マーケット”の真髄についてもご解説いただきました。

やっぱり「トレーニング大好き層」が面白い!
Vol.1に続きVol.2でも注目する理由

ウェルネストレンド白書のVol.1とVol.2を通じて、率直なご感想をお聞かせいただけますか?

若くても老化が進んでいる人は身体機能にとどまらず、脳や顔、さらに考え方まで老けこんでいるという研究があります(ダニーデン研究※)。別の研究では、20歳頃から30代半ばに向かって老化を促進するタンパク質が血中に増えていく人生最初の山があり、いったん低下するのですが、再び60歳ころから80歳に向かって一気に増えて老化を進めて行くというデータが示されています。このうち1つ目の35歳に向かう若い時期の老化促進の山の出現を抑えて、それに寄与する習慣を長続きさせれば、80歳に向かう後半の山を低くすることも期待できるでしょう。一方、若いうちから老化が進んでいる人たちを放置すると将来的に社会の重荷となってくる可能性があります。

つまり、なるべく若いうちから老化の進行を抑える生活習慣を身に着けることこそが、自分の健康価値を最大化する戦略だということを、最新の老化制御医学が証明しつつあると思うのです。
こうした視点で白書の結果を見ると、高い健康リテラシーとライフスタイルを持つ若い世代の出現が、2回の調査を通して裏付けられているように見え、そこに希望を感じました。

※ダニーデン研究:ニュージーランド南島のダニーデン市で1972年から73年に生まれた約1000人を26歳から45歳まで20年間に渡り追跡した研究。参加者におけるHbA1c等の生体データから老化速度を予測する手法や、指標、検査に対する応用化も期待されている。

白書における「7つの健康セグメント」でいうと、“若い世代で健康意識やリテラシーが高い人”はどの層が該当しますか?

一番近い存在は「トレーニング大好き層」です。彼らの一部には、まだムキムキの筋肉を目指してトレーニングを積んでいる人がいるかもしれませんが、一方ではそういうプロトタイプにはまらない人たちがいるように思えます。つまり、仕事やライフスタイルの中にITが日常的に浸透していて、その交流範囲が自然に海外に広がっているため英語を普通に話すことが出来、先進国のトップビジネスマンでは一般的なヘルスリテラシーも持ち合わせているといった、新しい国際人たちです。そうした環境の中で過ごしていると、トレーニングを行うことは特別なことではなく必然的生活リズムだと捉える人も多いのでは? 実際、私の周囲でも、明らかにそういうタイプの国際人が増えている印象があります。

今後さらに、この「トレーニング大好き層」の具体的な人物像について深掘りされることを期待しています。例えば、スタニスラフスキー・システム※のような手法を使って、年齢や職業、家庭の有無、友人や知人などのコミュニティ、ペットを飼っているかというような詳細な造形を行い、出来上がったペルソナで行動シミュレーションをしてみたら興味深い推察が得られるかもしれません。

このような層をどう顕在化し、市場のリーダーに仕立て上げていくかは、今後の健康市場にとっても大きな試金石になるような気がします。

※スタニスラフスキー・システム(Stanislavski System):ロシアの演出家コンスタンチン・スタニスラフスキーが提唱した演技理論。経験した感情や潜在意識からくる振る舞いなどのコントロールしにくい心理的プロセスを間接的に活性化することで生まれる、人間の無意識な創造を目的としている。

ウェルネストレンド白書vol.2より

「トレーニング大好き層」が市場で巻き起こす新しいトレンドの可能性について、どのように見ていますか?

トレーニング大好き層はひとつのジャンルに留まらず、これから先、多くの分野でリーダー的な存在となる可能性があります。この層の中でとくに志が高く、新しい発想を持つインフルエンサーが誕生すればトレンドを巻き起こす起点となるのではないでしょうか。そのインフルエンサーに憧れて動く集団が形成されていけば、それが新しい消費者層となる可能性も十分に期待できます。

また、この層が先進的なサプリメントに反応しているという点も非常に興味深いです。大多数が支持するビタミンCなどに関心が低いのに対し、CBDなど尖ったものに高い関心を見せています。加えて「3大栄養素」についても、他の層が反応していない反応を見せるといった傾向があって面白い層です。

ウェルネストレンド白書vol.2より

「トレーニング大好き層」が他の層に対して伝えていくような、発信者となる可能性はあるのでしょうか?

その可能性は大いにあると言えるでしょう。なぜなら、この層の多くの人が先に触れたように、SNSなどを通して形成した質の高いコミュニティを健康情報源としても重視している傾向があるからです。
近年のある調査でも、男性の20代における健康意識が全世代の中で最も伸びているという結果が出ています。白書の中でもトレーニング大好き層を占める20代の男性の比率は23%で他の層より圧倒的に多く、整合性があると感じました。また、彼らが情報源とするツイッターやフェイスブックは、一流の研究者たちも情報を発信する場として活用しています。錯綜する膨大な情報源の中には間違った情報や危険な情報も多いのは否定できない半面、フォローする対象を選べば、トップサイエンティストから最新かつシャープな情報を得ることも出来るということはSNSの大きなメリットとも言えるでしょう。ベースにあるリテラシーの差は、得られる情報の質量に圧倒的な差を生じさせるのです。

彼らの中で、リテラシーを持ってこれらの一次情報源を正しく使いこなすことの出来る人物が、これからのスーパーコンシューマーとなっていくのかもしれません。そして、その人に憧れる人々が、連鎖的に拡散していくというような流れも可能性として考えることが出来ます。

ウェルネストレンド白書vol.2より

企業がマーケティング活動を行う際、「トレーニング大好き層」に対してどのようにアプローチするのが良いと思われますか?

「トレーニング大好き層」の中でも、志を高く持っている人たちをどのように見つけ育てていくかが課題ではないでしょうか。
例えば、彼らの傍に居ると思われる層に着目するのもよいでしょう。「トレーニング大好き層」には「健康コンシャス層」のような健康意識の高い人が周囲にいる可能性が高いと思います。後者は健康意識が高く多くのコンテンツに興味を示すものの、長続きしなかったり結果に結びつかなかったりすることもある一方、非常に発信力の高い層のようです。それぞれの層が交わることで、現実的な落としどころが見つかったり、想像を超えた相互作用が期待できるかもしれません。

ウェルネストレンド白書vol.2より

3大栄養素とトレンドキーワードでひも解く!
ヒット商品の“からくり”と次世代“親子マーケット”

Vol.2で調査した脂質、糖質、タンパク質の「3大栄養素」について、ご見解をお聞かせください。

それぞれの層で、各項目における経験や知識やの差があるように感じました。例えば脂質では、“フィッシュオイル”と聞いたときに思い浮かべるのが魚止まりか、健康食品やサプリメントのような形態まで思い浮かべるかどうか。また、糖質では食物繊維が(糖質とともに)炭水化物の区分に入ることや、さらに、食後の血糖上昇を抑えたりビフィズス菌を増やして腸内環境を整えたりするというデータもある“イヌリン”の機能性やそれが水溶性食物繊維の一種であるということを知る人は多くないはずです。

そして、タンパク質ではこれをさらにヘルスベネフィットと掛け合わせることで、商品開発をするときのストーリー作成に使えるかもしれませんね。今後、「植物性タンパクには含まれないアミノ酸に対する意識の有無」「植物性たんぱくと一緒にとれる可能性がある食物繊維や微量栄養素に対する認知」というような点が見えてきたらおもしろいかも。

ウェルネストレンド白書vol.2より

「トレンドキーワード」の認知率から、世の中のヒット商品にはどのような背景があると考えられますか?

まず、トレンドキーワード認知率の上位3つが「発酵食品」「動物性タンパク」「腸活」であることは、なんとも日本人らしい結果です。さらに大きなキーワードで言えば、「腸活」や「菌活」は近年、外すことの出来ないトレンド。ここにヘルスベネフィットを乗せると、今まさに流行っているヒット商品の戦略が浮かび上がってきます。その例として代表的なものが、「ストレス緩和」や「睡眠の質向上」をうたう発酵乳製品です。これまで「お腹の調子」や「便通改善」などを掲げていたが、今、関心度が高まっている「心身の不調」にターゲットを絞ったことで新しいユーザー獲得に成功しているケースが見られます。

これから、生活者に対してどのような打ち出し方が受け入れられていくのでしょうか?
また、企業や社会に対して期待していることはありますか?

近年、「ウェルビーイング」という言葉に対する急速な関心の高まりが背景にあるのか、幸福感に直結するQOLの評価が重要視されるようになってきました。これは、食品における機能性表示についても例外ではありません。「BMI」や「血糖値」といった客観的な指標だけでなく、「おだやかな気持ちになった」とか「目覚めが爽快」というような主観的な指標で評価される食品が多くなってきています。もしかしたら、ある程度のプラセボ効果がある場合もあるかもしれません。しかし、毎日の生活の中で付き合う食品分野はこうした主観的な評価が重要で、ターゲット層のQOLに対するアプローチは欠かせないのではないかと考えます。

一方で、現在わが国で問題となっている、若い女性に多い“痩せ”については、彼女らの主観的な評価を放置すると手遅れになる可能性があります。そこには、痩せて美しくありたいと考えるあまり食事量が少なく、運動習慣がないために筋肉量も少ないことで、気付かないうちに、通常なら肥満者で起きるような耐糖能異常※の人たちが増えているという研究もあるからです。このような女性たちが危険な状態にあることはもちろん、その女性から生まれる子どもも健康リスクが高い状態で成長していく可能性があります。これには一刻も早い介入が必要で、企業や社会のみならず、国民ひとり一人が考えていかなければならない重要課題のひとつとも言えるでしょう。

※耐糖能異常:肥満等によりインスリン分泌が低下し、脂肪組織でのインスリン抵抗性が高まることで空腹時の血糖値が十分に下がらなくなる状態。その血糖値は正常値と異常値の間にある状態が続き、これを放置すると糖尿病を発症する確率が高まる。

最後に、食品関連の企業に対してメッセージをお願いします。

現在、機能性表示食品のターゲットとして40代から50代あたりを想定している商品が多いように思います。しかし、あと10年もすると、現在20代で健康意識の高い人たちの層を企業が取り合うようになるのではないでしょうか。そんな点から考えても、祖父母が小さな孫に高級ランドセル等を買い与える“シックスポケット”※は、これからの日本の命運を握るハイティーンや20代の健康投資をアシストするような方向に変わっていってもいいのではないか、と思います。

極端な話に思えるかもしれませんが、こうした“シックスポケット”で、賃金が上がらず先行き不安定な若い世代がまだ気が付かなかったり、お金をかける対象として考えるのが難しい“若さと健康維持への投資”を支えるのは意味があるはず。非課税限度額内で金銭的な遺産相続を行うより、孫にとってよほど大きな将来資産になるのではないでしょうか。「最大の健康資産である若さ」を長く維持できる人が増えれば増えるほど、その社会には大きな消費市場が生まれる可能性があります。より強い社会になる可能性と言い換えてもいいかもしれません。

こうした社会を、大きくなった孫や子に「健康にいい食品」や「優れたサプリメント」を経済的にゆとりがある祖父母がサブスクリプションで贈ることを通して作っていく。そんな、新しい“シックスポケット”プロモーションが出てきてもいいんじゃないかと個人的には考えています。

※シックスポケット:一人の子供に両親と双方の祖父母から合わせて6つの財布から金銭的な流れがあること。これに、伯父や叔母を合わせるとエイト(またはテン)ポケットと呼ばれる。

西沢 邦浩 氏 プロフィール

株式会社サルタ・プレス代表取締役。日経BP総合研究所 客員研究員。
1998年『日経ヘルス』創刊と同時に副編集長に着任。2005年より同誌編集長。2008年に『日経ヘルス プルミエ』を創刊し、2010年まで編集長。同志社大学生命医科学部委嘱講師。日本腎臓財団評議員などを務める。著書に『日本人のための科学的に正しい食事術』など。ラジオ日経「大人のラヂオ」に出演中。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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