免疫機能で初めて機能性表示商品として届出受理
キリンホールディングスが「プラズマ乳酸菌」でめざす健康社会

ここ数年、コロナ禍にともない、免疫にいい影響を与えるとされる乳酸菌への関心が高まっています。キリンホールディングス株式会社は、健康な人の免疫機能の維持をサポートする「プラズマ乳酸菌」の食品事業を展開。このプラズマ乳酸菌の開発を担当したのが、同社へルスサイエンス事業部部長の藤原大介氏。「研究者としてまず直視すべきは『世の中の課題』。その課題を解決した先に商品化や事業化が待っている」と語る藤原氏に、研究・開発にかける想いと姿勢について伺いました。

世の中の「健康」に大きく貢献できる食品を作りたい

はじめに、「プラズマ乳酸菌」とはどのようなものなのか教えてください。

継続的に摂取することで、免疫の維持をサポートしてくれる乳酸菌です。免疫細胞の一種である「pDC(プラズマサイトイド樹状細胞)」にちなんで名づけられました。
pDCは、人体のウイルスに対する免疫システムにおいて、いわば「司令塔」のような役割を果たす細胞です。ウイルスが体内に侵入した際にいち早く反応し、「B細胞」や「T細胞」など、攻撃する細胞を活性化します。プラズマ乳酸菌はそのpDCに働きかけ、健康な人の免疫細胞全体を活性化するのです。

なるほど、免疫システムを根本から活性化して、病原体を撃退する力をあげてくれるのですね。
どのような背景で研究を始められたのでしょうか?

研究をスタートしたのは2008年、アメリカ留学から帰ってきた翌年のことです。当時はSARSや新型インフルエンザなどの感染症が話題になっていた頃で、免疫学でも重要な発見が相次いでいました。私もアメリカでpDCの基礎研究を進めるうちに、その人体における重要性に気づき、もっと一般消費者が手に入れやすいかたちで、pDCを活性化できる食品やサプリメントを提供できないだろうか。そうすれば、世の中の「健康」に大きく貢献できるのに……。そんなふうに思うようになりました。

また、ちょうどその頃、LCC(格安航空会社)を利用した海外旅行の人気に火がついていました。今後さらに国境を越えた人々の移動が活発になれば、これまで日本に存在していなかった病原体が次々と持ち込まれるようになる。そうなれば、将来、必然的に「ウイルス対策」や「免疫」に関する商品のニーズは高まる。そう睨んで、pDCを軸とした研究・開発に取り組むことにしたのです。

1を1.1にするのではなく、0から1を生み出してこそ研究者である

研究・開発を進めるにあたって、大事にされたことは何でしょうか?

もっとも大切にしたのは、「独自性」です。たとえば、免疫機能を高める方法として、異物を攻撃する「NK細胞」を活性化したり、病原体にダメージを与える「IgA抗体」の生産性をあげたり、そうした機序をもたらす乳酸菌というのは、すでに先行研究がありました。その研究を模倣すれば、早々に結果を出せたかもしれません。しかし“人真似”は私のポリシーに反するので、研究メンバーとは「まったく新しい機序で免疫細胞を活性化させる乳酸菌を発明しよう」と話していました。「他社がやっていないからこそ、武器になる」。そういう信念のもとで徹底的に差別化を図り、研究に取り組んできました。

ですから、「何年後までに商品として完成させる」というゴールも設定しませんでした。そもそも、存在するかどうかもわからない乳酸菌を探すという研究です。いつ事業として成り立つようになるのか、まったく見当もついていませんでした。

もちろん企業に属している以上、最低限の利益を生み出すことは大切ですが、研究者としてまず直視すべきは「世の中の課題」だと思います。社会課題を解決した先に、商品化や事業化が待っている。そういう順序を大切にしています。

しかし、商品化という具体的なゴールがないと、なかなか社内承認を得られないのでは?
研究メンバーのモチベーションの維持も難しいように思います。

社内のコンセンサスを得るためには、スモールサクセスを蓄積していきました。たとえば、研究成果を論文や学会で発表すると、大学の先生や海外の研究者などから反応があるんですよね。同業者から認められると、「自分たちがやってきたことは間違いじゃなかったんだ」と自信につながりますし、まわりも納得してくれます。

私は、長期的な研究プロジェクトを牽引するリーダーには、研究者としての「強さ」がないとダメだと思っています。会社に対してもメンバーに対しても、説明責任を果たしながら研究を進めていく必要がある。何かあればすぐ会社のせいにしたり、組織の責任にしたりする人にはリーダーは務まりません。メンバーを守る「傘」を展開しながら、プロジェクトを前進させる。私自身、そうしたリーダー像を目指しています。

藤原さんの「研究者としての強さ」は、どうやって身に着いたのですか?

キリンに入社してから育ててもらった部分が大きいと思います。自由に研究がしたいだけなら、大学に籍を置くのが賢明です。でも、現実的に世の中に貢献することを考えるなら、企業で研究したほうがいい。私がキリンで研究を続けているのは、成果をキリンという企業のアセットを利用して、スピーディーに社会実装できるからです。

また、「独自性へのこだわり」は、アメリカ留学中に培われました。私のアメリカ時代の恩師はとても温厚な方でしたが、一度だけ、ひどく怒られたことがあります。それは研究計画を聞かれて、先行研究事例を並べ立てて説明したときです。「過去の研究遺産の話を聞きたいんじゃない。あなたのオリジナルのストーリーを聞かせてくれ」と。恩師からこう言われたとき、研究に対する自分の考え方は間違っているのではないかと疑問をもつようになりました。

当時の、日本の研究機関では、「何か新しい研究をしたい」というと「誰のどんな研究に基づいているのか?」と聞かれることが多かったのです。そこで有名な先行研究の名前をあげると、成功確率が高いと判断されて研究予算が下りるのです。しかし、そのような方式では、世界を驚かせるようなイノベーションは生まれないと思います。せいぜいバーション「1」を「1.1」にする程度の成果が関の山ではないでしょうか。「0から1を生み出すのが研究者である」。そのことがアメリカ留学でよくわかりました。

近年、日本の競争力が世界から遅れつつあるのは、このような背景もあると思います。先人が築き上げた遺産とアドバンテージを我々の世代が食いつぶしてしまったので、もう一度「強い日本」を取り戻すためにも、イノベーションに対する考え方をあらためる必要があるのではないでしょうか。

「サイエンスをマーケティングする」を合言葉に「pDC」の認知を拡大

「プラズマ乳酸菌」を含む製品が発売された際、マーケティングやPRで工夫したポイントなどはありますか?

「pDC(プラズマサイトイド樹状細胞)」そのものを認知してもらえるよう努めました。独自性の高い商品やサービスは、世の中に受け入れてもらうまでどうしても時間がかかるものです。12年にプラズマ乳酸菌を含む製品が発売されたとき、「pDC」という言葉を初めて聞いたという人が大半だったと思います。しかし、プラズマ乳酸菌をわかってもらうためには、その機序を理解していただくしかありません。「サイエンスをマーケティングする」を合言葉に、専用サイトでメカニズムを説明するなど、「pDC」自体のことを知ってもらうためにチーム一丸となって頑張りました。

https://health.kirin.co.jp/ps/index.html

「パッション」と「アイデア」の掛け合わせが大きな成果を生む

藤原さんの今後の目標について教えてください。

すべての商品にサイエンスに裏打ちされたエビデンスがきちんとなければならないと思っていますので、短期的な結果を求めるよりも、長期的な目線で本当に価値あるもの、間違いなく健康に効果のあるものを提供していきたいと思います。免疫に留まらず、新しい研究領域にもチャレンジしていきたいですね。

最後に、R&Dに携わる人たちに向けてメッセージをお願いします。

研究者は、ひとりひとりが違う可能性と考え方を持っています。それぞれの根底にある「パッション」と「オリジナルなアイデア」が掛け合わさったときに大きな成果が得られるので、マネジメント層の方々は、そのことを踏まえたうえで研究者の力を十二分に引き出していただきたいと思います。

「健康」の領域は本当に幅が広く、キリン一社でできることは限られています。ですから、志を同じくしていただける企業様と協力して、どんどん価値あるものを生み出していきたい。キリンと何かしたいという方は、お気軽にお声がけください。一緒に世の中の「健康」に貢献していきましょう。

藤原 大介 氏 プロフィール

キリンホールディングス株式会社 ヘルスサイエンス事業部部長。農学博士。
東京大学大学院農学生命科学研究科を卒業後、1995年キリンビール・基盤技術研究所に入社。その後、基礎研究に従事し、理化学研究所及びカルフォルニア大学ロサンゼルス校留学を経て、現部へ。専門は免疫学・微生物学。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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