細胞再活性化のキーワード「オートファジー」を知る
アンチエイジングの新潮流である細胞再活性化とはすなわち、細胞の新陳代謝を高めることにほかなりません。その重要な機能をになうのが、世界が注目する「オートファジー(自食作用)」。
オートファジーとは細胞内分解システムのひとつ。その役割は、最初見つかった細胞が飢餓状態に陥ったときに自己の一部を分解し栄養に変えるということに加え、細胞内の成分を入れ替える「新陳代謝」、細胞内に出現した病原体などの病気の原因を排除する「防御」も担うといわれます。このシステムに働きかければ、生活習慣病など多くの疾病発症を抑えて、健康寿命延伸につなげることができます。 「オートファジーは、細胞の新陳代謝を担う実行部隊のようなもの」そう語る細胞生物学者の吉森保・大阪大学大学院 生命機能研究科教授、大阪大学 栄誉教授は、オートファジーの仕組みを解明して2016年ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典氏の共同研究者です。その過程を動画へおさめることに、世界で初めて成功した吉森保・大阪大学大学院 生命機能研究科教授、大阪大学 栄誉教授へ、細胞再活性化の概念や活用、産業への展望について伺いました。
細胞のなかで何が起きているのか?
吉森先生のご専門である細胞生物学とはどんな学問なのですか。
細胞生物学者には、「働く細胞」というアニメでおなじみの細胞の振る舞いや細胞どうしのやりとりを研究する人と、私のように細胞のなかで起きていることを研究する人がいます。私たちにとって細胞内は、まるで宇宙のように広大で、かつ私たちのいる環境と同じ、一つの社会として捉えることもできます。たとえば、エネルギーを生み出すミトコンドリアは人間の社会でいう発電所。そして、人間にあたるのはタンパク質です。 数万種類もあるタンパク質は機能や性質も様々で、それぞれが効率的に働くためには、ときには世代交代や人事異動も必要ですよね。そして、細胞内でこれを管理しているのが、「オートファジー」とよばれる輸送システムだとイメージしてください。
オートファジーがなぜ今、世界的に注目を集めているのでしょうか。
オートファジーはギリシャ語で「自分を食べる」という意味です。細胞が飢餓状態に陥ると自己の一部を分解し、それを栄養分として生き延びようします。これが、オートファジーの主な役割だと考えられてきました。しかし、飢餓状態でなくても、日々、オートファジーがおこなわれていることが分かってきたのです。
細胞は日々、自己の一部を分解しているということですか。
そう。そして、さらに驚くのは、その分解物をリサイクルして同じ物が作られていることです。これが細胞内の新陳代謝です。一般的に、「新陳代謝」と聞くと、肌のターンオーバーや髪の毛の生え変わりなどを想像する人も多いと思います。これらは皮膚の細胞や毛根の細胞の入れ替わりです。古い細胞が死に、新しい細胞が産まれて交代します。では、一つひとつの細胞については、どうでしょうか?細胞での新陳代謝は、その中身が入れ替わることをさします(代謝回転ともいう)。私たちの体を構成する37兆個もの細胞は、オートファジーによって常に分解と合成を繰り返しながら、その中身がアップデートされているのです。
細胞内の輸送システムの流れ
オートファジーはどのように行われているのでしょうか。
まず、細胞質に隔離膜と呼ばれる膜が現れ、伸長しながらパックマンのように、細胞内のタンパク質や細胞小器官(細胞内にある、形や機能をもった構造物の総称)などを包み込んでいきます。やがて、隔離膜の端と端がくっつき、球状に閉じた2重膜構造が完成。これが「オートファゴソーム」です。私は、これができる様子を世界で初めて動画におさめることに成功し、これらの一連の過程が、ほんの5~10分でおこることを発見しました。 続いて、オートファゴソームに分解酵素を含んだリソソームという細胞小器官がくっついて(融合)、「オートリソソーム」と呼ばれるものになります。リソソーム内の酵素がオートファゴソーム内にあるものを分解する。そしてタンパク質の場合であれば分解されてできたアミノ酸は、リサイクルされ新しいタンパク質の合成に使われます。
オートファジーではどんなものを細胞内で分解するのですか。
まず飢餓時の栄養補給や新陳代謝のためのオートファジーは、そのあたりにあるものを無差別に分解しています。さらに近年の研究で、病原性細菌やウイルス、壊れた細胞小器官、神経変性疾患を起こすタンパク質の塊などの有害なものは、隔離膜が選別して包み込めることが分かってきました。病原性細菌だとサルモネラや溶連菌など、一般的にもなじみ深いものでエビデンスがあります。なんと、私たちがもつ免疫反応をすり抜けて細胞内に侵入した病原体を、狙い撃ちできるんですよ!
また、正常に機能しなくなったものは、たとえ自己の一部でも有害です。こうしたものもオートファジーは処理しています。とくに、穴の開いたミトコンドリアは身体の外から入りこむ場合と比にならないくらい、大量の活性酸素を放出します。遺伝子が活性酸素で傷つき、それが発がんにつながることはよく知られていますよね。オートファジーは、甚大な量の活性酸素の発生を、根本から食い止める役割も担っているのです。
細胞再活性化のカギはオートファジー
オートファジーが行えないと、私たちはどうなるのでしょうか。
細胞を車に例えると、オートファジーによる代謝回転は定期的におこなうメンテナンスのようなもの。ワイパーやエンジンオイル、タイヤなどを定期的に交換しないと、いくらボディを磨いていても、うまく走行できませんよね。
つまり、オートファジーによって私たちの細胞は、恒常性を保つことが出来ています。反対に、これがないとどうなるか想像できますか?実は、ある組織の細胞でオートファジーのおこなえないマウスは、その組織の病気になってしまいます。
病気や老化との関連はどうでしょうか。
オートファジーは加齢により低下しますが、活性化することも可能です。そして、活性化すると健康寿命が延びることもわかっています。私たちは加齢によるオートファジーの低下は、オートファジーを抑制するタンパク質「ルビコン」が歳を取ると増えるためであることを突き止めました。ルビコンの遺伝子を壊したマウスは、寿命が伸び、かつ老化によって起こりやすくなる腎臓の線維化やパーキンソン病などが起こりません。一方、高脂肪食をとり続けると脂肪肝になりますが、これも原因はルビコンの増加でした。ルビコンが増えてオートファジーにブレーキがかかり、細胞内に溜まった脂肪を分解できなくなるのです。ルビコン遺伝子破壊マウスは、高脂肪食を与えても脂肪肝にはなりません。
神経細胞は一生の間ほとんどが入れ替わらないので、オートファジーによる内部の浄化の重要性が増します。オートファジーが低下すると、ある種のタンパク質の塊を除去できず神経細胞が死んでしまい、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患が発症します。
オートファジーを低下させないためにはどうすればよいのですか。
高脂肪食はオートファジーを低下させ、対して、納豆などの日本食は、活性化するのによいと言われています。たとえば、オートファジーを活性化する「スペルミジン」(ある種のポリアミン)は、納豆や味噌、チーズ、きのこ等に多く含まれ、ヒトの細胞でオートファジーを活性化するという研究結果が出ています。ただ、どのくらいの量を食べれば有効なのかはまだよく判っていません。また、断食によってもオートファジーは活性化できますが、極端な断食は障害も大きいのでおすすめできません。しかも、飢餓時のオートファジーは脂肪細胞よりも筋肉細胞で先に起こるため、筋力低下を招く可能性もあります。
オートファジーは今後、どのように活用されていくと予想されますか。
オートファジーは、現在市場にある多くのサプリメントや健康食品を否定するものでもありません。むしろ、細胞のトータルケアを考える上では、どちらも必要だと思っています。シワや抜け毛といった身体の見た目や、心のストレスをケアすることと同じように、細胞レベルのケアもおこなうことが理想です。
私のミッションは、オートファジーの基礎研究の成果を社会実装して、創薬、食品・コスメ開発、臨床検査などを通して広く健康長寿に貢献すること。ここに共鳴してくださる方々とともに今後も研究を重ねていきたいと思っています。
吉森 保 教授 プロフィール
大阪大学理学部生物学科卒、同医学研究科中退。医学博士。ドイツ留学などを経て現在大阪大学大学院生命機能研究科/医学系研究科教授。大阪大学栄誉教授、生命機能研究科長。
紫綬褒章、文部科学大臣表彰科学技術賞、上原賞、Highly Cited Researchers 2014, 2015, 2019, 2020、他を受賞。専門は細胞生物学。ノーベル賞受賞の大隅良典博士と共にオートファジー分野を開拓した。2019年大学発ベンチャーAutoPhagyGOを起業。 趣味は、マラソン・トレイルランニング、靴磨き、焚き火、Perfume、雲見物、世界の美術館探訪、ラバーダック収集など。