脳神経科学とテクノロジーを融合した「ブレインテック」の可能性
半導体の技術や計測技術の向上、脳信号を処理する機械学習の進化により脳科学が発展し、脳神経科学とテクノロジーを組み合わせた技術「ブレインテック」の市場が拡大しています。医療・ヘルスケアの領域でも注目が高まるブレインテックについて解説します。
ブレインテックとは?
ブレインテックとは、その名の通り「ブレイン(脳)」と「テクノロジー(技術)」をかけ合わせた造語で、最新の脳科学によって脳活動を計測・解析し、その結果を製品・サービス開発やマーケティングなどの様々な分野で活用する技術の総称です。
ブレインテックに関する研究は、現在、世界各地で進められており、例えば、脳科学先進国であるイスラエルでは、2011年にイスラエルの脳関連技術を産業化させるためにイスラエル・ブレイン・テクノロジー社を設立したり、アメリカでは、脳の構造・機能・情報処理機構の全容を解明するために「ブレイン・イニシアチブ」という大規模な研究プロジェクトを発足するなど、国家プロジェクトとして研究が進められています。
日本でも、文部科学省が脳科学研究推進プログラム、総務省が脳の仕組みを活かしたイノベーション創生型研究開発など、各省庁で研究開発事業を実施しています。
脳活動の計測法
脳活動には、①運動意図(移動、把握、到達、停止など)、②認知状態・スキル(脳の健康状態、認知能力、好き・心地よいなどの感覚など)、③感覚体験(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、感覚など)があります。ブレインテックの活用には、これらの脳活動における精度の高い脳情報を取得することが重要になります。
計測方法には、手術を行い脳に電極を埋め込んで脳活動を計測する「侵襲型」と、頭皮から間接的に計測する「非侵襲型」があります。侵襲型は、高精度の情報を取得できる一方で、生体への負担が大きく、現在は、安全性の観点から「非侵襲型」の計測方法が主流となっています。
非侵襲型の計測方法には、fMRI(※1)、EEG(※2)、NIRS(※3)などがあります。より簡単に、そして、より精度の高い脳データを取得するために、日常生活を送りながら脳活動の測定ができるイヤホンやヘッドバンド型などのデバイスもすでに商品化されており、日々進化を遂げています。侵襲型においても、生体への負担が小さい低侵襲型のデバイスの開発が進められています。
※1)fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging)…磁気共鳴機能画像法。脳血流の酸素飽和度の変化から、活動している脳部位を可視化。脳深部までデータを取得できる。
※2)EEG(Electroencephalography)…脳波検査。数百万個単位の神経細胞の活動を反映した電位変化(脳波の変化)を頭皮上で記録する。認知や情動など研究例が豊富なため、さまざまな指標・分析手法が存在する。
※3)NIRS(Near-Infrared spectroscopy)…脳の血流変化を光源と受光センサーを用いて、脳の電気信号を磁気として捉える。
脳データの活用技術
取得した脳データは、最新の活用技術を用いて様々な分野で活用されています。
例えば、医療の分野で注目されている活用技術の一つにBMI(Brain machine Interface)があります。これは、脳活動に合わせた行動支援や機器制御を行える技術で、BMI機能を搭載したデバイスを脳内の血管に埋め込むと、脳内で考えたことを脳データとして読み取り、画面上に文字として表示することが可能になります。
高齢者や身体障害者の運動機能補助などへの活用が期待されており、2021年には、実際にアメリカで、ALS患者がBMIデバイスを通じて、「X(旧ツイッター)」に投稿をして話題となりました。
ほかにも、脳活動をモニタリングしながら自己制御できる「ニューロフィードバック」という技術や、本人しか分からない主観的な意識や知覚を解読する「デコーディング」という技術の活用も広がっています。
これまで、本人しか分からないとされてきた脳活動を、信憑性の高いデータに変換して可視化できるブレインテックの技術は、医療・ヘルスケア領域だけでなく、化粧品会社や自動車メーカー、教育、人材派遣など、様々な分野において、商品・サービスの開発、マーケティングに取り入れられ、その可能性が期待されています。
ブレインテックの課題と対策
日々、目覚ましい発展を遂げているブレインテックの領域ですが、より高精度な脳活動の収集やデータ処理、再現性や倫理面には多くの課題も存在しています。
対策としては、デバイスの品質向上やガイドラインの整備や標準化が進められているほか、関連セミナーや研修も積極的に開催されるようになっています。
今後、様々な分野で必要不可欠になることが予想されるブレインテック。今後の動向に注目です。