食品市場が変わる!?ウェルビーイング時代の食と健康マーケティング

90年代、わが国にキシリトールを導入し、2000億円規模の市場創出に関わった株式会社インテグレートの藤田康人CEOは、現在を食×健康領域におけるマーケティングの変革期と位置づけます。食とマーケティングの関係をウェルビーイングな視点から解き直すことを提案する藤田氏に、今後の「食と健康のあり方」についてお聞きしました。

ウェルビーイングを意識した人たちが、次に求める食品

4月に上市されたご著書『ウェルビーイングで変わる!食と健康のマーケティング』(日本経済新聞出版)を興味深く拝読しました。本書では、人々の価値観の変化が、食と健康にまつわるマーケティングの転換要因と説明されていますが、詳しく教えてください。

新型コロナウイルスの流行の少し前から、経済成長を前提とした社会のあり方を疑問視する声がありました。SDGsはその最たる例で、地球環境をはじめ、戦争や格差、多様化、人生100年時代と数多くの社会課題が山積しています。そして、2020年には、新型コロナウイルスが私たちの生活を一変させました。外出が制限され心身の問題が起こったり、リモートワークをはじめとした新しいワークスタイルが実践された、かつてない期間でした。このような劇的な変化の中で、人々は自分なりの暮らしや幸せのあり方である「ウェルビーイング」を強く求めるようになったのだと思います。

ウェルビーイングに注目が集まる今、人々は、身体の「健康」は重要としつつも、ゴールではないと気づきはじめました。加えて、健康にまつわる食品のニーズも変化の一途を辿ります。摂取することでダイエット効果が期待できる、痛みが減るなど、従来の課題対処型の健康効果だけではなく、より食に求める要素が増えていきました。

さらに昨今は、食事のおいしさや食事を共にする相手、食事をする場所でのつながりなどに価値を置くようになりました。その結果、従来の機能性表示食品は売上が後退しつつあります。著書でも書いていますが、まさに今が、食と健康のマーケティングにおける転換期だと考えています。

ご著書では、日本のマーケットとウェルビーイングの現状についても言及されています。
課題対処型の商品はどう変化していくのでしょうか?

日本はウェルビーイング先進国の米国と、健康に対する意識と社会背景が異なります。健康保険制度のおかげでわずかな自己負担で治療が行える日本と異なり、米国は企業が従業員の保険を負担しています。さらにひとたび医療にかかるとなると、自分で負担する治療費も莫大になります。企業にとっても働き手としても、心身の健康をベースにしたウェルビーイングを保つことが大命題なので、それに対するさまざまなソリューションや支援がある社会といえます。それゆえに、国民も健康への意識が高い。

さらに、健康トレンドのベクトルも少し違いますね。日本の場合だと健康と機能が結びついていて、「商品のニーズ=特定の疾患や症状に対する効果」であることが多いです。一方で米国における健康とは、ナチュラルというベクトル。食に健康機能を求めるのではなく、健康に害のあるものをなるべく使わないという方向にトレンドが向かっています。

しかし現在の日本では、機能を推した機能性表示食品の売れ行きは落ちています。それは消費者の機能性表示食品への期待とのギャップがあるからかもしれません。そもそも機能性表示食品は、数回摂取しただけで症状を改善することは難しい。つまり、期待が実際の機能を上回っているのでしょう。機能性表示食品ができる前は、機能を商品の宣伝に使うことはできなかったので、消費者からの期待が過剰になることはなかったのですが、今は機能性表示食品の名のもと、それだけを摂取すればよいと思わせるようなコミュニケーションが多いのも事実です。そのような商品を摂取しても短期的な変化がみられないとしたら、消費者の心は離れてしまいますよね。

実は今後の商品開発のヒントは、若い世代にあると思っています。Z世代をはじめとした若年層は、具体的な身体の衰えがないので、従来の機能推しの商品にはそもそも需要がありません。ただこれらの世代は、将来にわたり自分らしく、健康でいつづけたいというニーズが高い。だから彼らには課題対処型の商品ではなく、健康維持型の商品がフィットします。すでに、これらの世代に対してリーチしているサービスもあります。たとえば冷凍宅配の「ナッシュ」は、これまでの宅食が健康をキーワードに高齢者向けに展開してきたのに対し、健康と若者を結びつける取り組みといえるでしょう。現在まで食品メーカーは健康維持型の商品提案をしてこなかったので、今後のテーマになるだろうと思います。

 

ナナメにずらして伝える!ウェルビーイング時代のコミュニケーション

新しい食と健康のマーケティングにおいて、大きなヒントになるのがご著書にも登場する「ナナメずらし」のアプローチだと思いますが、考え方やポイントは?

大切なのは、消費者が求めていることを、消費者が理解しやすい言葉やコンセプトで説明することです。例えば目の健康を謳う商品であれば、“目がよくなる”ではなく、「ピント調節ができる」と言いかえることで、消費者が真に望むゴールの解像度を上げることができます。睡眠関連商品であれば、“ぐっすり眠れる”という従来の眠りにフォーカスしたコンセプトだと食品だけでなく寝具やリラクゼーショングッズなど競合が大きくなるため、「すっきり起きられる」と少し想起するシチュエーションをずらします。これらに共通するのは、食品を摂取した先に消費者のウェルビーイングが予期できること。ピント調節ならば、その先にものがクリアに見える世界が、すっきり起きるであれば1日が快適に過ごせる未来が想像できます。消費者にとって快適な未来が想像できる状態にコミュニケーションでアテンドしてあげることがポイントです。従来は、その未来をお客さま自身が想像していたところを、企業側から一歩踏みこむ、あるいはエビデンスとしてコミュニケーションに組み込み、彼らの悩みを解決する。それが、ナナメずらしです。

機能性表示食品は、消費者に過剰な期待をさせているというお話でしたが、これらのコミュニケーショ
ンの齟齬は何が原因でしょうか?

ナナメずらしのようにわかりやすく伝えるのではなく、機能性表示によって“必ず効く”とあたかも約束しているかのように思わせてしまったことが問題だと思います。機能性表示食品はあくまで食品ですし、獲得したエビデンスは長期摂取を前提として設計されたものです。しかし、言葉が強くなれば、消費者はあたかも即効性があると解釈してしまう。受けて側の解釈に機能性が巻き込まれてしまった形ですね。すると実際の機能よりも、効果や摂取後の体感を求めてしまうのだと。

それはある種、現代的なジレンマといえるかもしれません。今や私たちは、想像するよりも先に検索してしまいますから。それが商品に対する想像力や、イマジネーションを弱めているのかもしれません。ただ、製品設計上、機能は書いてあるので体感を求めてしまう消費者の気持ちはよくわかります。

たとえば、“睡眠×ヨーグルト”といったキーワードは、期待値のギャップも少なく、体感を得やすいよ
うに思います。

おっしゃる通りです。一般的に体感を得やすいのは、睡眠と便通。これらは1日で勝負でき、効果が実感しやすい分野です。睡眠関連商品の売れ行きがよかったのも体感が得やすかったからでしょう。まさに成長中のカテゴリーですが、睡眠関連商品の課題は、体感がそのうち消えていくという点です。眠れるという実感は、商品を摂取したことによる安心感かもしれません。いずれにせよ継続すると効果がうすれていく傾向があるので、現在、盛況な睡眠関連商品は、今後購入が継続するか否かが大きなポイントになってくるはずです。

継続しやすい仕組みも重要?

Z世代の話でも出ましたが、健康維持型の商品は、継続しやすい仕組みや企業の座組みも大切です。先ほどの「ナッシュ」は、サブスクで定期的にお弁当が届くというサービス。将来の健康を重視するZ世代は、ただちに解決すべき健康問題がないので、ストレスがかかった瞬間に続けられなくなってしまうことも多い。健康になるための方法論がストレスフリーで、”ながら”でできて、ずぼらを許容してもらえるという点も重要です。健康維持型のサービスは、食事だけでなく睡眠や運動といったトータルソリューションの中にうまく組み込むのがよいと思います。

多様な食体験と栄養バランス、日本食の可能性

最近では、高い健康機能を持つ食品の中に、 “おいしさ”訴求を目指すものも増えてきました。おいしさはウェルビーイングにおける注目の要素ですが、健康的でおいしい商品が当たり前になるとしたら、今後おいしさ訴求はどのように発展していくのでしょうか?

味覚は多様ですし、相対的でもあります。その日の体調や、過去の記憶の影響も受けます。そして、個々の人々が良しとする味わいは無数にあり、それらのパーソナライズは、生産効率性や品質維持の視点から、食品においてはナンセンスかもしれません。

菊乃井の常務を務める管理栄養士の堀知佐子さんは、おいしさを左右する一番の要因は“誰と食べるか?”だと話されています。パーソナライズは、おいしさにまつわる非常に抽象的な要因を加味できなければ実現しませんし、人の感覚といった主観的な要素を商品価値の中心に置くのは難しいことなのかもしれません。でも他方で、“楽しい”といった感情に注目することもこれからは重要だと思います。その食品や食事があることで人が集まり、コミュニケーションが生まれる。そういったことに対する価値は、現在まで食品において重視されてきませんでしたから。これからの多様な価値観、そして多様な瞬間を生きる消費者に必要な食体験が、まだまだあると思います。

求められる食品は、シーンによってもめまぐるしく変化します。食事という枠で考えた場合、日本食の将来はどうでしょうか?

現代的な日本食は、まちがいなく世界に通用します。ナチュラルだしコンセプトもよいですし、数少ないわが国のグローバルコンテンツといえるでしょう。そして疫学研究からも栄養バランスの良さは証明されおり、長寿食といえます。本書の最後にも書きましたが、目指すべき次代の健康食品の本質は、この「長寿食」なのだと、私は考えています。

ブルーゾーンといわれる長寿地域の食事には、日本食と同様に塩分や糖質、脂質などのバランスの良さがみられるものですが、そのバランスの良さこそウェルビーイング時代の食品/食事のヒントでしょう。ブルーゾーンで暮らす人々は、サプリメントや機能性表示食品からではなく、バランスのとれた日々の食事から健康を紡いでいるのですから。私たちは自国の食事から学ぶべきなのでしょうね。そして幼少期から食事を整え、同時に栄養学やサスティナブルな食のあり方についての正しい知識を身につける必要があるのかもしれません。 ようやく新型コロナウイルスの影響も落ち着きつつあります。同時に、ウェルビーイングという潮流に関心が向けられる中、食品メーカーは、商品もビジネスモデルにも大きな変化を求められるかもしれません。しかしそこに向き合って挑戦していくことは、新しい成長のチャンスでもあります。本書をヒントに、多くの新しいチャレンジが行われることを期待しています。

藤田康人氏 プロフィール

株式会社インテグレート代表取締役CEO、一般社団法人ウェルネス総合研究所理事。慶應義塾大学を卒業後、味の素株式会社に入社し低カロリー甘味料の開発、マーケティング等を担当。1992年にザイロフィンファーイースト社(現ダニスコジャパン)を、フィンラインド人の社長と2人で設立。1997年には、日本にキシリトールを導入し素材メーカーの立場から新たな甘味料市場の創生を行った。2007年、IMC(Integrated Marketing Communication:統合型マーケティング)プランニングを実践するマーケティングエージェンシー、株式会社インテグレートを設立。数多のサービスにおけるマーケティング戦略の策定、支援に従事するかたわら、個々の幸せを追求する生き方「ウェルビーイング」視点でのビジネス支援も行い、ウェルビーイングの社会実装を模索している。著書に『ウェルビーイングで変わる!食と健康のマーケティング』(日本経済新聞出版)、『ウェルビーイングビジネスの教科書』(アスコム)などがある。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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