【セミナーレポート】食品の新しい機能性で鍵をにぎる“代謝物”とは?「食品の機能性研究の歴史とこれからの食品研究の展望」ウェルネスライフジャパン2022
近年のウェルビーイングに関する意識の高まりから益々、消費者に対してエビデンスをもつ健康効果の訴求と、臨床試験を通した新規性の高い領域に踏み込んでいくノウハウが必要になってきました。これには、新しい技術や評価手法の活用とチャレンジングなヒト臨床試験のデザインが求められます。そこで今回、7月27日(水)~29日(金)に開催された『ウェルネスライフジャパン2022』にて、「エビデンスに裏付けられた高付加価値商品における情報戦略の秘訣」のセミナーに注目。このセミナーではまず、加山 博邦 氏(株式会社アイメックRD営業部マネージャー)から「エビデンスに裏付けられた高付加価値情報を得るための臨床試験の課題と挑戦」と題して解説がありました。ここでは、続いての登壇者である大澤 俊彦 氏(愛知学院大学 特任教授)による「食品の機能性研究の歴史とこれからの食品研究の展望」についてレポートします。
始まりは「菊の葉」、“食の機能性研究”への道のり
およそ半世紀に渡り有機化学を専門に研究に携わってきた大澤氏が食の機能性に関する研究へと足を踏み入れたのは、在学中にされていた菊の葉の研究がすべての始まりでした。菊の葉には根を出すための物質(初根促進物質)があることを明らかにし、学位修了後に渡ったオーストラリアではユーカリの葉で真逆の物質(初根阻害物質)を発見。これらの研究が基となって帰国後には、根に関する物質がヒトにおいてはアレルギー、そして免疫に関係していることについても研究を進めていきます。そうした中で様々な機能性の可能性が浮かび上がり、そこから食の機能性に関わる研究を主に次の4つのテーマで重ねてきました。
【1978年当時の大澤氏による研究テーマ】
・アミノカルボニル反応※により生成する化学物質の構造と生理機能
・脂質過酸化反応※により生成する過酸化脂質の構造と生理機能
・食品の加工および保蔵中における変異原※の形成とその抑制
・生体および食品成分の酸化的障害とその抑制
※アミノカルボニル反応:還元糖とアミノ化合物との間でおこる非酵素的な化学反応のことで、このうち褐色現象を起こすものはメイラード反応とも呼ばれる。
※脂質過酸化反応:脂質がストレスなどにより、酸化的に分解する反応のこと。
※変異原:DNAや染色体といった遺伝情報に変化をひき起こす物質や物理的作用のこと。
植物がもつ成分に注目した、日本ならではの“デザイナーフーズ”
我が国における食生活は第二次世界大戦後から欧米化し、近年では沖縄の伝統的な食生活についてもこれが問題視されています。このような背景の中、世界的な研究アプローチで注目を集めているのが野菜や魚介類を中心とした食生活の見直しです。これについて米国では1990年に「健全な食生活」が「がん」の予防に大きな影響を及ぼすという考えのもと、膨大な疫学研究のデータを基盤とした“デザイナーフーズ計画”が米国立がん研究所(NCI)を中心として始まりました。この計画は、植物性の食品成分(フィトケミカル※)によってがん予防を行うというもので、今も続く世界各国から研究者たちが参加する国際的なプロジェクトです。同時に、フィトケミカルが「がん予防」についてどのような機能を果たすのかということを、科学的に解明する計画でもあります。
当時まだ、植物の中に含まれるポリフェノールなどの有機化合物がヒトの身体にとってよいものと言われることが少なかった時代でした。ただ、この計画の中にはニンニクや大豆など約40種類の成分が取り上げられているものの、日本伝統の食品素材が補完されていません。そこで、「日本型デザイナーフーズ」としてキク科、キノコ科、海藻類の3科目(ゴボウやシュンギクなど)を加えた“12の食品群”として提唱し始めました。
※フィトケミカル(phytochemical):植物が紫外線や昆虫などの有害なものから自身を守るために作り出した色素や香り、辛味などの成分のことで3大栄養素(糖質、脂質、タンパク質)およびビタミン、ミネラル、食物繊維を除いたポリフェノール類やイオウ化合物などの総称。
一千億円の市場をつくった、“発酵食品”における「ヒト実証実験」
「日本型デザイナーフーズ」では、嗜好品の中でチョコレートも掲げています。実はこれも発酵食品のひとつで、健康なヒトでおこなった実証試験により4週間に渡ってカカオを多く含むチョコレートを摂取すると血圧の低下や善玉コレステロール(HDLコレステロール)の上昇、酸化ストレス指標(8-OHdG)の低下が見られることが分かりました。この試験は、チョコレートを用いた実証研究としては日本で初めての大規模な研究で、そのデータを用いてデザイン設計された商品は一千億円もの市場を生んでいます。おそらく、これを一般の人が見たら機能性表示食品であるように見えるでしょう。
しかし、この商品は機能性表示食品としての申請はおこなっていません。このように、成分のもつ機能性について科学的な根拠をヒトで解明し、それを一般に周知することが十分に出来たなら、わざわざ機能性表示食品としての申請を行わなくても生活者から支持が得られるということです。
解析対象は、成分の代謝物(メタボローム)へ移行しつつある
続いて、ヒトでの実証実験において重要な鍵となるのが“代謝物”だと話します。これまでの機能性食品はGABAや難消化性物質など似たようなものが多く、そこには体内における微生物変換や発酵を考慮するものがほとんどありません。これからは、摂取した食品成分が体内で変化したものの機能性を解明していくことが必要ではないかと語りました。
近年における食品素材や栄養素は、遺伝子に加えてタンパク質の詳しい内容までその謎が解明されつつあります。これがさらに今、メタボローム解析と呼ばれる“代謝物(メタボライト、metabolite)”※に、その対象が移り変わってきているのです。こうした移り変わりの背景にあるのが有機化学そのもので、加えて大事なものはこれを測定して評価する方法だと話しました。
※代謝物(メタボライト、metabolite):生体内で酵素などを介して起こる化学反応(これを代謝という)の過程で生じた有機化合物のこと。
腸内細菌が起こす成分の変化が食品産業を活性化する!
実際に、代謝によって変化した食品成分の機能性について、ウコンに含まれるポリフェノールの一種であるクルクミンを用いた研究結果を示し解説しました。元々、黄色い色素を持つクルクミンは腸内細菌によって還元※され、無色のテトラヒドロクルクミンという物質に変化します。興味深いのは、クルクミンの持つ抗酸化作用はテトラヒドロクルクミンの方が強いということ。また、無色となることで様々な食品への応用もメリットとして考えられるだろうと話します。さらに、変化するのは色にかぎらず苦味や辛味などについても多様で、嗜好性の追求という面でも食品産業に活かせる可能性があるでしょう。
※還元:対象とする物質から電子(広義の意味で酸素)を受け取る化学反応のこと。
「免疫能」は測定できる時代に!食品産業の期待と展望
最後に近年で話題となっている、野菜のもつ成分の解毒酵素を誘導する効果についてガーデンクレスやレッドクローバーを例に説明しました。こうした研究において大変なのは、やはりヒトにおける臨床試験だと語ります。しかし、食経験のある成分なら、ヒトでの効果や体内における代謝物の存在を調べることは決してリスクの高い試験ではありません。その意味では、食品産業におけるこの分野の研究はもっと進んでいくことが出来ると言います。
そして、これからの食品産業にとって有力な手段の1つとなるのが、「免疫能」を測ることのできる機械です。私たちの身体はウイルスや細菌など有害な異物に感染すると、リンパ球の一種である好中球で活性酸素が過剰に作られます。この好中球の過剰な活性化を、“酸化ストレス”として指先からわずか一滴の血液を採ることで簡単に測定が可能です。これにより、機能性を持つあらゆる成分が摂取する前後で、ヒトにおける継続的な追跡ができるようになるでしょう。
このようなヒトにおける臨床試験の結果を産官学で連携し、ウェルネス産業へと活用していくことが期待されています。締めくくりには、企業の分析した機能性成分がひとつでも多くヒトの臨床試験に用いられ、“食”からがんを始めとする疾患の予防につながることを祈念していると語りました。
今回のセミナーではフィトケミカルにおける研究の始まりや機能性成分の歴史に加え、新しい評価の方法について知ることが出来ました。とくに今、注目を集めている腸内細菌は疾病の分野にとどまらず、食品産業においても重要な要素であることは間違いないようです。機能性食品による身体の変化を身近に測ることのできる時代が、すぐそこまで来ているのかもしれません。