外食チェーン初の特定保健用食品許可を取得した吉野家の商品開発者に聞く
大手牛丼チェーンの吉野家は、近年、1日に必要とする野菜量の半分を使った「ベジ丼」、外食チェーン初の機能性表示食品「サラ牛」「GABA牛」「ペプ牛」など、健康を意識したメニューを次々と生み出しています。さらに特定保健用食品「トク牛サラシアプレミアム」を発売しました。それらの開発に携わった吉野家ホールディングス執行役員 グループ商品本部の辻智子氏とグループ商品本部 素材開発部の梶原伸子氏に、商品開発の裏側や「健康」に対する思い、今後の展望などについて伺いました。
「特定保健用食品」を目指して始まった健康メニューの開発
そもそも「健康」を意識したメニューの開発は、どんなきっかけでスタートしたのでしょうか?
【梶原】弊社の看板商品である牛丼は、実はPFC(タンパク質・脂質・炭水化物)のバランスに優れた健康的な食べ物です。しかし残念ながら、「ジャンクフード」と誤解している方も少なくありません。そうした状況に、以前から歯がゆさを覚えていました。吉野家で毎日のように食事をしても、健康になれる。そのことをもっと多くの方に知っていただきたくて、野菜オンリーの「ベジ丼」や血糖値の上昇をゆるやかにする効果が期待できる「サラシア牛丼」など、シンボリックな健康メニューの開発を始めたのです。
開発には、いつ頃から着手したのでしょうか?
【辻】2015年ですね。
私が入社した年で、吉野家ホールディングスが次の10年に向けた長期経営ビジョン「NEW BEGINNINGS 2025」をスタートした頃です。そして、そのビジョンの中心に据えられたのが、「ひと」「健康」「テクノロジー」という3つのキーワードです。牛丼というコモディティ化した商品を「健康」という軸で蘇らせ、他社との差別化を図っていく。そんな思いを社長の河村は抱いていました。
当初、「特定保健用食品(トクホ)」の許可取得をめざして研究・開発はスタートしましたが、吉野家には健康に特化した商品開発のノウハウが蓄積されていなかったため、なかなか思うように事は運びませんでした。これは長い道のりになるだろうなと考えて、まずは「機能性表示食品」の開発と二本立てにすることにしました。「機能性食品」制度は2015年に施行されたばかりで、トクホよりも実現のハードルが低いと思われたんですね。
その後、梶原が中心となって開発を進め、2年の月日を経て牛丼の具では初となるサラシア入りの機能性表示食品「サラ牛」を開発。2017年3月に通信販売を始めて話題を博し、6月からは全国の店舗で「サラシア牛丼」の商品名で提供を開始しました。
そのような背景があったんですね。開発ではどんな点で苦労されましたか?
【梶原】何より、研究体制そのものを整えることに苦労しました。吉野家自体がそれまで機能性の素材というものを扱ったことがないわけですから、研究用の機材も一から揃えなければなりませんでした。たとえば、精密天秤。「サラ牛」には1食につきサラシア由来成分サラシノール0.3ミリグラムが含まれていますが、それまでの商品開発ではグラム単位の家庭用のスケールで十分だったため、ミリグラム単位で計測できる天秤がなかったのです。
前途多難な船出でしたが、もともと社長の号令で始まったプロジェクトですから、環境が整ったあとは、スピーディーに開発が進みました。トップダウン型の研究・開発で目標がクリアだったこと。それが完成まで一気に駆け抜けることができた理由だと思います。
「血糖値」「中性脂肪」「高血圧」を低減することを意識
健康メニューの第一弾として、「サラシア」という成分を選ぶに至った経緯を教えてください。
【梶原】自分たちでできる研究には限界があるということをはっきりと認識していたので、すでに一定数の論文が発表されていて、エビデンスが確立されている成分をまずピックアップしました。そのうえで、「牛丼に入れても味が壊れない」「一般の方にもそれなりに知られている」などの条件を上げていったところ、サラシア以外の候補はほとんど残りませんでした。
最後まで対抗馬となった成分には、どんなものがありますか?
【辻】実はサラシアの前に、「難消化性デキストリン」で研究を進めていました。「難消化性デキストリン」は脂肪や糖の吸収を抑える働きがあるとされる成分ですが、牛丼に入れた場合は、それほどの効果を確認できなかったんですね。実際に効き目がなければ世の中を裏切ってしまうことになりますから、何度も実験を繰り返して、きちんと効果が認められたサラシアに切り替えて商品化したということです。
商品開発にあたって、とくに重視している効果というのはあるのでしょうか?
【梶原】やはり丼ぶりものですから、「血糖値の上昇を抑える」という効果が出発点だと思っています。
【梶原】そうですね。開発当初はとくに「メタボ」という言葉が流行っていた時期ですし、「血糖値」は重要なポイントでした。それに「中性脂肪」と「高血圧」。健康を目指すためには、この3つの健康指標の改善効果が見込めることが大切だと私は思っています。「サラシア牛丼」以外のメニューも、その考えをベースに開発しました。
具体的に、「サラ牛」以外のメニューはどんなコンセプトで開発されたのでしょうか?
【梶原】まずベジ丼は、「血糖値の低下」と「野菜をたくさん食べてほしい」という思いを込めた商品です。牛丼は栄養化の高い食事ですが、やはりどうしても野菜不足は否めません。ですから、その不足を補うための商品の必要性を感じていました。
また、2018年に販売開始した「GABA牛」には、血圧低下効果が得られることが実証されているギャバを含んでいます。その後サラ牛、ぺプ牛、GABA牛の血糖値・中性脂肪・血圧に着目した牛丼の具シリーズはミニにリニューアルして今に至ります。
ほかにはトレーニングジムを運営するライザップとコラボした「ライザップサラダ」シリーズもありますが、実は健康系のメニューはまだそれほど多くありません。いろいろ模索するなかで、手当たり次第やってもダメだということがわかってきました。
失敗した商品もあるんですか?
【梶原】失敗ということではありませんが、ベジ丼は発売当初は注目されたものの、残念ながらその後は売り上げが伸びませんでした。テコ入れをするために、販売開始の翌年にはリニューアル。「動脈硬化予防」や「血圧降下」などの効果があるとされるポリフェノールの一種「ケルセチン」を含む「新ベジ丼」を販売開始したのですが、こちらも期待していたほど売れませんでした。
その後、野菜の構成やソースを変えたりしてみたものの、やはり鳴かず飛ばずで、結局、野菜メインの単独メニューは難しいという結論に至りました。いまは牛丼に温野菜をトッピングできる仕組みにしています。
やはりお肉を食べたくて来店される方が多いんですね。
【梶原】そうですね。しかし、そういった方々に「プラスアルファで健康になりませんか?」と提案するために生まれたのが、外食初の機能性表示食品「だしサプリ」です。小袋に入ったスープ状のサプリで、牛丼や定食のみそ汁などにかけるだけで手軽に機能性成分を摂取できます。「サラシア」「GABA」「ペプチド」「ローズヒップ」の4種類(現在はサラシアとペプチドの2種類)があり、どれもメニューの味を邪魔することはありません。
このように、気軽に健康成分を摂取できる商品はすでに完成しているので、今後の課題はどうすればお客様の認知を得られるかです。ホームページでの宣伝方法や店内ポップの見せ方を工夫するなど、ひとりでも多くの方に健康メニューを注文してもらえる仕組みを考えていきたいと思います。
そして、ついにトクホが発売されたのですね。今までの商品とはどう違うのでしょうか。
【梶原】やはり時間がかかって構想から8年、申請してから4年になりましたが、ようやく発売にこぎつけました。一番近い商品は「サラ牛ミニ」になりますが、同じ食後高血糖に対する効果を謳う商品であってもトクホは国が「トク牛サラシアプレミアム」そのものの安全性や有効性を審査して、認めたという点が違います。また肉もトクホ仕様で脂肪の少ないものを使っている他、塩分も少な目であることも特徴に挙げられます。健康を考えて「牛丼」から遠ざかっていた人にもこれならと言って頂けると思いますので、ぜひお試し頂きたいですね。
次なる一手は「ラクして健康層」に刺さる商品開発
「ウェルネストレンド白書」をご覧なられて、今後の商品開発などの役に立ちそうだと思うことはありましたか?
【梶原】はい、健康意識の違いによってお客様を7つの「健康セグメント」に分ける分析方法は、商品開発だけでなくマーケティングにも役立つと思いました。現状のメニューは、健康意識の高い「健康コンシャス層」向けの商品だと感じたので、今後はボリュームゾーンである「ラクして健康層」に刺さる商品を意識して開発に取り組んでいきたいと思います。
最後にお二人の今後の目標について教えてください。
【辻】機能性表示食品を始め、他社との差別化を図れる商品のベースはできたので、それをどう活用して、お客様にどんな価値を提供するか。販売戦略も含めた商品開発がより重要になってくると思います。短期的な目線ではなく、長期的に吉野家の成長に貢献できるような健康メニューをこれからも作り続けていきます。そして、わかりやすく消費者心理に沿った情報発信がとても必要だと感じています。
【梶原】少し夢みたいな話ですが、私は朝に外食をする文化を根付かせたいと思っています。というのも、日本はこれから単身世帯の割合が最も多くなると言われていて、それに伴い、自宅に閉じこもって孤立してしまう高齢者の方も増えていくことが予想されます。朝の外食を通じて、そういう方々に再び社会とつながるきっかけを提供したいですね。朝食を食べに行くついでに散歩を楽しんだり、地域活動に参加したり、一日の生活を外食から健康的に始めてもらいたい。自治体や企業とも積極的に連携して、心と体の健康を吉野家が提供できればいいなと個人的には思っています。
㈱吉野家ホールディングス 執行役員 グループ商品本部副本部長 兼 素材開発部長
辻智子氏
京都大学農学部食品工学科卒、味の素株式会社、株式会社ファンケル、日本水産株式会社を経て、2015年株式会社吉野家ホールディングスへ入社。食品の栄養・機能について研究と商品開発、米国の大学や財団法人相模中央化学研究所において様々な物質の研究に携わる。現在は、吉野家ホールディングスの執行役員として「健康」領域を統括。長年にわたり学術的 知見を背景に食品機能の研究と商品開発に携わり、経営的観点で企業経営を担う。学会活動として、日本抗加齢医学会理事、日本抗加齢協会理事、日本脂質栄養学会評議員など。
株式会社吉野家ホールディングス グループ商品本部 素材開発部
梶原伸子氏
岐阜大学農学部卒。株式会社中埜酢店(現Mizkan)を経て、株式会社ファンケル入社。20年に渡り健康食品の研究開発、商品企画、製造の各部門において、300以上の新製品、リニューアルにたずさわった。2015年 株式会社吉野家ホールディングス入社。「サラ牛(サラシア入り牛丼の具)」を始めとする働く人が健康であり続けるためのメニューを開発している。