【後編】注目が高まる腸内細菌代謝物〜腸活最前線〜

近年、腸内細菌研究において注目を集める「腸内細菌代謝物」。口から小腸に届いた栄養を分解・吸収しエネルギーに変換して作りだすさまざまな物質で、内藤先生は、「さまざまな生存シグナルに影響を与える、いうなれば、生命共同体と位置付けられる」といいます。後編では、腸内細菌代謝物に秘められた可能性、そして、最新の腸活のポイントを伺います。

次々に明らかになる腸内細菌代謝物とその効果

なぜ、腸内細菌代謝物が注目されているのでしょうか。

乳酸菌が作る乳酸や、健康維持に不可欠なビタミンB群やビタミンKなど、昔から知られている腸内細菌代謝物も多くありましたが、近年、腸内細菌叢の研究が進んだことで、新たな腸内代謝物とその効果が次々に明らかになってきました。
アンチエイジング物質「ポリアミン」、活性型大豆イソフラボン「エクオール」、アトピー性皮膚炎などの炎症を防ぐ抗炎症物質など、さまざまな腸内細菌代謝物の報告が続いています。

先生が注目している腸内細菌代謝物を教えてください。

まず知っておくべき代謝物は短鎖脂肪酸でしょう。短鎖脂肪酸は3つあり、それぞれに異なる作用があります。

①腸のバリア機能を高める「酢酸」

日本人の腸内細菌には酢酸産生菌が多く、おもにビフィズス菌とブラウチア菌が酢酸を産生します。我々の研究で、酢酸には腸の上皮粘膜の傷を治す力があることが分かりました。2021年には、酢酸が、腸からの有害な菌やウイルスの侵入を阻止するIgA抗体(免疫グロブリン)の産生を高めるという研究発表もありました。腸で作られた酢酸は、脂肪を作るための材料になる一方で、過剰な脂肪をため込まないようにするシグナルとして働きます。

②大腸が正常に働くためのエネルギー源「酪酸」

腸で作られた酪酸の多くは、腸管の上皮細胞のエネルギーとして使われます。ほかにも、アレルギーや体内の炎症などの“過剰な免疫反応”を抑制する免疫細胞「制御性T細胞」の働きを活発にしたり、がん抑止遺伝子を活性化しがん予防に関与したりと、重要な働きが次々に解明されています。

③整腸作用を発揮する「プロピオン酸」

乳酸をエサにして増殖し、ビフィズス菌を増やして整腸作用を発揮します。また、体のエネルギー源である糖が足りない時に、新たな糖を作る「糖新生」の材料になります。脂肪のためこみを防いだり、エネルギー消費を高める働きも確認されています。

ほかにも、バナナや肉に多く含まれるトリプトファンというアミノ酸が、腸内細菌によって代謝され、健康に大きく関わっているといわれています。

動脈硬化や心臓病を引き起こすとされるTMAO(トリメチルアミン-N-オキシド)も注目されていますし、昔から体にいいとして有名なポリフェノールが、ウロリチンという新しい代謝物になることも話題に上がっていますね。
ウロリチンは、ザクロやベリー類のポリフェノールの腸内代謝物で、サーチュイン遺伝子の活性化などにより、細胞を再活性化する働きがある。また、生活習慣病対策や長寿の研究で、最近注目を集めているアッカーマンシア・ムチニフィラ菌を増やすといわれています。

たくさんありますね! ちなみに、アッカーマンシア・ムチニフィラ菌とは?

肥満や血糖値の高い人の腸に少ないとされていて、肥満や糖尿病などの疾患予防効果が期待されています。また、欧州のバイオベンチャー企業の研究で、アッカーマンシア・ムチニフィラ菌は寿命をのばす効果が確認されました。

寿命をのばす…すごいですね。

はい。でも、残念ながらこの菌は日本人の腸にはほとんどいません。
ところが、最近、「ブルーゾーン」といわれる世界の長寿地域のひとつにあたる沖縄県大宜味村で現地調査を行ったところ、アッカーマンシア・ムチニフィラ菌をもっている人が多いことが分かりました。これはとても興味深い結果で、沖縄の人の腸内細菌や食生活を詳しく調べていきたいと思っています。

寿命延長に影響を及ぼす腸内細菌代謝物「二次胆汁酸」への期待

腸内細菌は、わたしたちに不可欠な物質をたくさん作っているのですね。

代謝を繰り返して、その都度、違う働きをする代謝物もあります。いま注目されているのは、胆汁酸の代謝にまつわる研究です。
胆汁酸は、油(脂質)を包み込むことによって、腸で吸収できるようにする成分。もともと肝臓で作られて小腸に分泌されるのですが、そのままでは毒となるため、分泌時にグリシンかタウリン、どちらかのアミノ酸をくっつけた「抱合体」という型で分泌されます。
ところが、抱合体のままでは毒性はおさえられても、油を包むことができない…そこで働くのが腸内細菌で、例えばビフィズス菌も胆汁酸の脱包合に作用します。

なぜ胆汁酸が注目されているかというと、腸内細菌がアミノ酸を外してできた胆汁酸は「一次胆汁酸」と呼ばれるのですが、これが末梢型の体内時計の遺伝子を活性化する作用があることが分かったのです。そして、さらに別の腸内細胞が一次胆汁酸を「二次胆汁酸」に変えるのですが、二次胆汁酸には寿命延長に大きな影響をあたえている可能性があるという調査結果が、2021年に慶應義塾大学を中心にした研究グループによって報告されました。

長寿者の腸には病原性細菌への抗菌効果を持つイソアロリトコール酸という成分が非常に多いのですが、この成分は腸内細菌によって作られる二次胆汁酸の代謝物です。
また、胆汁酸の増加には、さきほどお話したアッカーマンシア菌も関与していると考えられています。

最新の腸研究における腸活のポイント

知れば知るほど、腸内細菌の働きは奥が深いですね。さまざまな情報が飛び交う「腸活」ですが、腸内細菌の研究が進む今、先生は何が重要だとお考えですか。

現代の腸活のポイントは、腸内細菌代謝物を増やすことだと思います。それには、やはり食生活が大きなポイントになります。腸は唯一、薬ではなく、食べ物で改善できる場所。腸内細菌代謝物の研究が進み、食べ物による具体的なアプローチが可能になってきていますので、いくつかご紹介します。

①キーワードは「地中海食」

野菜や魚介類、ナッツ類、全粒粉穀物などを用いた料理…ギリシャやイタリア南部などの地中海地域で昔から食されているので「地中海食」と呼んでいるのですが、地中海食には酪酸菌などのエサになる水溶性食物繊維が豊富に含まれていて、糖尿病の発症抑制や心血管障害、および炎症性腸疾患による死亡率の低下との関連が報告されています。京丹後の人たちの食生活に近いという点でも、重要性を感じています。

②長寿と関係するブラウティア・コッコイデス菌を、麹発酵食品で増やす

日本人の腸内細菌に多い、ブラウティア・コッコイデス菌とビフィズス菌は長寿と関係が深いと考えています。そして、このブラウティア菌は麹の持つグルコシルセラミドをエサにして、ビフィズス菌と同じく、代謝物として酢酸を作ります。京丹後の人たちも味噌などの麹発酵食品を多く食べていますね。

③シンバイオティクスを意識した食品の組み合わせ

腸内の有用菌を増やす「プレバイオティクス」と、腸に有用菌を届ける「プロバイオティクス」を組み合わせて摂取する方法を「シンバイオティクス」といい、いま、注目を集めています。
プレバイオティクスの代表的な物は、食物繊維やオリゴ糖。プレバイオティクスの代表的なものは、乳酸菌やビフィズス菌です。

これまでは、「腸活」といえば、善玉菌を増やすことが重要視されていました。でも、腸内細菌はとても複雑で、一つの菌を増やせばいいという世界ではありません。大事なのは、腸内にできるだけ多くの種類の腸内細菌がいて、それらがいい影響を及ぼし合う腸内であること。
日本では、食べ物が持つ腸の改善効果について興味を持っている方がまだまだ少ないのが現状ですが、例えばがんサバイバーの方のように、「いまをどう生きるか?今日は何を食べたら良いのか」と、切実に考え調べている方もいらっしゃいます。私は、そういう方にこそ、我々の研究がマッチして、有効な情報として届けることができたらとても嬉しく思います。そのためにも、京丹後の研究を続け、日本人の食生活に合う菌を解明し、長寿の秘訣を明らかにしたいと考えています。

<インタビュー前編はこちら>

内藤 裕二 教授 プロフィール

京都府立医科大学大学院医学研究科教授。消化器専門医として最新医学に精通し、消化器病学や消化器内視鏡学、生活習慣病、健康長寿や抗加齢医学も専門としている。酪酸菌と健康長寿の関係などの研究をはじめ、長年腸内細菌を研究し続けている。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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