細胞ケアを日本発のグローバル産業に ここまで進んでいる先端研究の社会実装

細胞ケアをテーマにしたオートファジーに関する研究は今、創薬・食品素材ともに注目を集めています。この全く新しい市場には、まだ誰も手をつけていない課題があることをご存じですか?それは、研究者にとっては標準として開発の軸となるもの。
一方、一般消費者にとっては、いずれ当たり前のように認識される選択基準となるものです。その測定方法や基準値など、アカデミックに研究を重ねて整備し、科学の専門家でない誰もが分かりやすく選べるものを企業が製品化する世の中を目指す活動があります。ここでは、経済産業省も後押しする、日本オートファジーコンソーシアムの活動、オートファジーの研究から社会実装の裏にある課題や期待、これからの展望について、株式会社AutoPhagyGO代表の石堂美和子氏に伺いました。

細胞ケアをテーマにした社会実装のトレンド

石堂様はオートファジーに関する研究開発と社会実装をサイクルさせるプラットフォームの実現化に向けて活動していらっしゃいます。社会実装の面では、オートファジーのどのような機能に注目されていますか?

オートファジーには認知症やパーキンソン病などの老化関連疾患や症状に対する創薬のほかに、シミや抜け毛、免疫力の維持など、幅広い働きが期待されています。そして、その期待は、治療や老化予防、健康維持というふうに個々の消費者や企業によって様々です。 そのため、私たちがオートファジーの特定の機能に注目しているというよりも、社会実装においては、各企業の製品が目指すコンセプトや得意分野に合わせてコラボレーションしていくというスタンスです。それほどオートファジーというのは活用範囲が広く、多くの可能性を秘めているのです。

オートファジーの社会実装は、市場にどのような影響をもたらすとお考えですか?

オートファジーはひとつの新たな産業を生み出せるだけの力があると思っています。健康長寿という人類の願いに対し、しっかりとした根拠のあるサイエンスベースなアプローチ、かつ、オーダーメイドで各個人にあった形での改善や期待をかなえるものです。これまでにない、まったく新しい市場が創出できると考えています。

今、世界が注目しているオートファジーの社会実装はどのようなものでしょうか?

創薬と食品成分・素材では、そのアプローチが異なります。創薬で今、熱いのは、認知症やパーキンソン病などの神経変性疾患に対する薬の開発です。神経変性疾患では、選択的オートファジーと呼ばれる、特定の狙ったタンパク質だけを分解するという働きが重要だと言われています。例えば、こわれたミトコンドリアなどを狙い撃ちするというような選択的な働きです。神経変性疾患を引き起こしている細胞では、オートファジー活性が低下していることが分かっています。そこを正常化することができれば、これらの疾患が治るのではないかと注目が集まっているのです。

食品成分や素材ではどのようなアプローチになりますか?

食品成分や素材において主にターゲットとなるオートファジーは非選択的オートファジーと呼ばれ、色々な細胞質成分を不特定に新しく作り変えていくという働きです。非選択的オートファジー活性は細胞の基礎能力のようなもので、加齢とともに段々と下がっていき、これが数々の病気や老化現象を引き起こすと考えられます。ここで、食品が薬と異なるのは、根本的に病気や老化現象を起こしにくくするといった予防的かつ全般的なアプローチである点なのです。

全般的なアプローチとは、具体的にどのようなものでしょうか?

実は、私たちが普段から摂取する食品や生活習慣といった、ごく日常的なものです。オートファジー活性を上げるには、機能をもつ食品をプラスするのも有用ですが、全身のトータルケアを細胞レベルで考えなければなりません。例えば、睡眠をしっかりとることやバランスの良い食生活を送ることなど。ありきたりかもしれませんが、まずは細胞一つひとつを元気にするような生活習慣を意識することも大切です。

今、特に注目している食品素材や研究について教えていただけますか?

そうですね、既知のポリアミンやアスタキサンチン、レスベラトロールなどは引き続き注目しています。また、これらの研究で面白いのは、その展開先における多様性。人が摂るサプリメントに留まらず、同じ食品でも魚の養殖やペットフードといった幅広い分野でも展開していくことでしょう。現にウロリチンは、サプリメントとして摂取するほかにも、外用剤等で多業種にわたり活用できる可能性のある、面白い素材だと感じています。

オートファジーを社会実装するための課題とは

オートファジーに関する薬やサプリメントなどが製品として社会実装するために課題となっているのは、どのようなことでしょうか?

いくつかありますが、オートファジーに関する市場や製品について、その基準や標準となるものが存在しないということが、真っ先にあげられる課題です。せっかく研究を重ねて製品を世の中に送り出しても、その製品の良さを判断する基準がありません。今、各企業様は基準のない中で努力しながら、研究と開発を重ねている段階なのです。
こういった活動は、一社の努力では限界があり、また中立性を保つためにも、一般社団法人日本オートファジーコンソーシアムとして産官学連携の下で行っています。コンソーシアムの活動では、この基準をアカデミック的に整えるということも掲げています。この活動は、オートファジーという新産業において、市場形成に必要な基準づくりのための活動として評価され、経済産業省から「ルール形成を用いた社会課題解決型市場形成促進事業費補助金」という形で支援が決まりました。

経済産業省がオートファジーに関する市場形成をバックアップしているのですか?

広義でいえばそういうことになるかもしれません。日本からノーベル賞の出ているオートファジーなら、世界市場で日本が先陣を切る分野になり得るということもあるのでしょう。加えて、世界的に研究は注目されていながら、まだ誰もそれを標準化するところに手を出していないことも、支援する理由の一つだと思っています。この基準が日本から発信できれば、日本企業は最初からその標準を使った研究を行い、製品を創り、世界市場で何歩も先に踏み出すことが出来るのです。

基準や市場をつくるために課題となっていることはありますか?

ヒトでのオートファジー活性が、簡単には測れないということも課題ですね。ただし、ヒトや動物において、その活性を測ることを試みた研究結果は論文としてすでに多く存在します。ここで重要なのは、その測定がどのくらい正確でかつ簡便であるかということ。
採血などして目的の細胞が手に入れば、ひとり一人のオートファジー活性を何とかして測ることも可能でしょう。しかし現状は、検体測定室で測ることのできるコレステロールや中性脂肪、血糖などというような簡単で気軽な測定ではありません。一般の人々が、日常的に、かつ、気軽にオートファジー活性を知る機会が増えれば、その市場に大きなブレイクスルーを迎えると思うのです。

ほかにはどのような課題がありますか?

一般の方への正しい啓発も課題の一つと捉えています。今、一般にもオートファジーのブームが広まりつつありますが、正しく知られているかというと、必ずしもそうではありません。オートファジーに魅力を感じるひとり一人が、最新のサイエンスをしっかり分かって、さらに自分にあったものか判断し利用できることが大切。もっと言うと、単にオートファジーに対する知識だけでなく、サイエンスリテラシーをあげることも場合によっては必要かと思っています。
そのためには私たち研究者が、簡単にオートファジーを正しくイメージできるような情報発信をしていくことに努めなければなりません。

オートファジーの社会実装における展望と期待

オートファジーをうたった食品成分や製品は今後、どのように展開していくと予想されますか?

食品成分でいえば、日本由来の成分などは多様な切り口で展開できると思っています。もともと和食自体はヘルシーでダイエットに理想的なバランスであることから、世界でも注目されていました。ここに、健康長寿の国であるという事実と、納豆をはじめとする発酵食品など日本古来の食文化との関連がサイエンスレベルでも立証されてきたということは、日本人として嬉しいことです。成分一つひとつについてパーツとして見るよりも、そういった文化をセットで、日本で最も研究が進んでいるオートファジーをグローバルにアピールしていけるのではないかと思っています。

和食

社会実装の中で目指されているプラットフォームはどのようなものでしょうか?

日本オートファジーコンソーシアムは、「産・官・学」が一体となって全く新しい市場、産業を生み出し、そこに相乗効果をもたらしながらサイクルを廻す土台だと考えています。大学で始まったオートファジー研究の成果が、各企業様の協力で創薬や食品、コスメ、臨床検査といった社会実装につながります。そして、その売り上げや共同研究における出資金をもとに、大学においてさらに研究が進むというサイクルを廻すことで、世界で戦うことのできる強い日本発の市場を編み出すのです。これから多くの企業様がオートファジーをうたった製品を世の中に送り出すこととなるでしょう。そのとき、消費者が見てきちんと判断できるような形で、オートファジーの市場を整えておくことがコンソーシアムの使命の一つだと考えています。
私たち株式会社AutoPhagyGOは、その土台を基に、各企業様がオートファジー関連製品を開発する際に活用できるような、オートファジー研究開発の技術をオープンイノベーションプラットフォームとして提供します。オートファジーの研究開発をするのならば、株式会社AutoPhagyGOと組むのが一番だね、と言われるようなパートナー企業になりたいと思っています。

最後に、オートファジーに興味を持つ読者の方々へメッセージをお願いします。

企業の方々に対しては、今までコラボレーションしたことのないような、まったく違った分野からのご参加もお待ちしています。一般の方々に対しては、これから目まぐるしく展開するであろうオートファジー関連の製品について、自分にあったものを選べるような知識を身につけていただけたら良いと思います。
そして将来、市場と消費者が一体となって世界に日本の良さをアピールすることに繋がれば、これほど素晴らしいことはありません。

石堂美和子氏

石堂美和子氏 プロフィール

株式会社AutoPhagyGO代表取締役社長。一般社団法人日本オートファジーコンソーシアム 事務局長。 東京大学理学部、京都大学大学院卒。理学博士。スクリプス研究所ポストドクトラルフェロー、アールアンドアール株式会社主任研究員を経て、外資製薬企業にてマーケティングおよびメディカルアフェアーズに従事株式会社AutoPhagyGO取締役を経て2020年6月より現職。


ウェルネス総研レポートonline編集部

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