
【セミナーレポート】『抗疲労∞抗老化』啓発プロジェクト発足セミナー

現代人にとって疲労が深刻な社会課題と言われるなか、近年の研究によって疲労と老化には共通のコアメカニズムが存在することも分かってきました。これを受けて2024年12月12日に一般社団法人ウェルネス総合研究所は、炎症を抑えて疲れにくい体と老けない体をかなえることをテーマに情報発信を行う、「抗疲労∞抗老化」啓発プロジェクトを発足。
第1回目の今回は、基調講演として渡辺 恭良(わたなべ やすよし)先生による「抗疲労∞抗老化〜疲労と老化の共通メカニズム:疲労・慢性疲労の最新研究から」、講演1として満尾 正(みつお ただし)先生による「抗老化を実現する食と栄養」、講演2として小菅 康弘 (こすげ やすひろ)先生による「S-アリルシステインの研究動向とその可能性」と題し、それぞれ登壇された内容についてレポートします。
基調講演「抗疲労∞抗老化~疲労と老化の共通メカニズム:疲労・慢性疲労の最新研究から」
はじめに基調講演として、日本疲労学会 理事長であり、神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科 特命教授、理化学研究所 名誉研究員の渡辺 恭良(わたなべ やすよし)先生が登壇されました。疲労と老化の共通メカニズムに関する最新研究から疲労の定量技術、疲労や老化に対するソリューションのあり方や展望などについて解説しました。
疲労と老化を双方向性に結び付けていくことが抗老化につながる

渡辺先生が30年以上に渡り疲労研究の第一人者として研究を続けてきた背景には、疲労の予防や回復を通じて人々の健康度を向上させ、それを健康増進やアンチエイジングにつなげる目的があると語ります。重要なのは、日常生活の中で抗疲労と抗老化を結び付け、病気にかかった場合でも戦う力を身に付けることです。抗疲労と抗老化は双方向性で無限に影響し合い、さらにはこれがアンチエイジングと密接な関係性にあると述べました。
健康と病気の連続性を考えるなかで、未病の兆候としては慢性疲労や倦怠感などが挙げられます。全方位的な個別健康の最大化を目指すには、この未病の段階で生体防御システムが適切な復元力をもつことが大切です。こうした流れもあって全般的な未病指標をつくるために、個々の疲労度を定量的に評価することが必要であると話しました。
疲労の実態と経済的損失額

OECD(経済協力開発機構)が調査した主観的健康度によると、2011年時点で自身が健康であると回答した人数について日本は約30%に留まり、全34カ国中で最下位でした。さらに、睡眠時間が最も少ないのも日本です。また、2015年に小中高生を対象とした調査では、実に6割近い子どもたちが1ヶ月以上で続く疲労を訴えています。
こうした背景を受け、わが国では2017年から日本疲労学会と日本リカバリー協会が共同し、チャルダーの疲労スケール (Chalder Fatigue Scale;CFS)※を用いて疲労とマーケティングに関する調査を始めました。その結果、近年のコロナ禍以降、元気な人は全体の2割を下回り、低頻度で疲れている人よりも高頻度で疲れている人が多い状況が続いています。とくに、20代から40代の若手で非常に疲れている人の割合が多いのは深刻な問題です。

こうした疲労による日本の経済損失額は2004年時点で年間約1.2兆円、交通事故など他の事故を考えると、少なくとも年間約7兆円に上ると見られています。また、目の疲れによる損失額は2017年時点で年間約19兆円と推定され、ともに年々増加しています。一方で、これらに応じた抗疲労や癒しに関する市場は、2024年時点で約15億円と試算され、抗疲労による経済効果は大きいことを説明しました。
※チャルダーの疲労スケール:米国疾病予防管理センター(CDC)が疲労の検査において推奨する、14の質問項目を用いて行う主観的な疲労状態を数値化するツール。
疲労の定義と3つの位相に関わる因子

続いて、疲労の形成に関しては仕事やストレス、睡眠や感染など多くの原因とその複合的な影響について例を挙げながら、疲労を定義するために様々な項目で測定と検討が必要であると話しました。例えば、作業能率の評価に当たっては、元気なときと疲労しているときの差を定量化し、そのメカニズムを科学的に捉えた上で対処法を考えることが大切です。
疲労の定義について日本疲労学会は、「ストレスが蓄積して起こったある状態、その作業能率が低下した状態を疲労と定義する」としています。
また、疲労には急性疲労と、数日から1週間以上続く亜急性疲労、そして6ヶ月以上続く慢性疲労の3つの位相があります。どの疲労にも共通して重要なのは、疲労から回復する因子であり、これが老化によって少なくなることで疲労が遷延化すると解説しました。
疲労のコアメカニズム

疲労感が脳内ではどのように感じられるかという観点から言うと、疲労は脳科学に関する分野です。一方で、免疫系物質や内分泌ホルモン、代謝など全身に関わる観点からは、疲労は全身の学問と捉えられます。今回は、細胞レベルで見た疲労のコアメカニズムについて解説しました。
どの疲労においても回復にはエネルギーとしてATP(アデノシン三リン酸)が必要です。通常、私たちの体内では多くの活動において酸素を使ってATPを合成し、その副産物として活性酸素を生じます。この活性酸素を除去するのもATPです。オーバーワークなどによりATPの産生量を消費量が上回ると、活性酸素が蓄積してタンパク質や膜のリン酸化が起こり、細胞障害や機能障害を招きます。そして、全身の免疫系物質がこれを察知し、脳へ知らせることで起こるのが疲労です。
さらに、疲労を感じると体内で「錆び付き(Oxidation/Oxygenation)」が起こり、修復エネルギーの低下(Less Repair Energy)によって最終的には炎症(Inflammation/Immunity)となり、これがエイジングにつながっていきます。一連の流れの頭文字をとって、「OIL(老いる)」と表現し、イメージが沸きやすいように伝える工夫もしていると語りました。
老化と疲労の共通するメカニズムとは

対する老化のコアメカニズムでも「錆び付き」が関与し、慢性炎症によって修復エネルギーの低下が起こり、病気の進行や代謝の変化が引き起こされることで細胞の老化につながると解説しました。さらに、続々と論文が発表される炎症性のSASP(Senescence-associated secretory phenotype)についても言及します。
老化でよく起こる現象は、慢性炎症に続くSASPの働きにより、免疫性物質が分泌されて起こる老化細胞の蓄積や、テロメアの短縮で体細胞が分裂限界を迎えることが要因であると説明しました。つまり、疲労と老化のコアメカニズムそのものは共通しており、これをどうにかすることで病気や老化は防げる可能性があるのです。
※SASP:細胞老化を起こした細胞から、炎症性サイトカインや増殖因子などが分泌される現象のこと。
疲労の定量化と、ソリューションへの展開

疲労の定量化については、技術開発とそこから展開するソリューションについて紹介しました。定量化には血液や唾液などから得る生化学的バイオマーカーと、自律神経や行動評価などから得る生理学的バイオマーカーを用いて算出します。この定量化の実現により、疲労のメカニズムに関する統合的研究を始め、抗疲労に関する食や薬、測定機器に関する技術開発など、多くの分野で進展が期待されます。

例として、いわゆる“脳疲労”を挙げ、疲労研究から生まれた認知機能測定とリハビリ現場から生まれた認知機能測定を組み合わせて共同開発した測定機器「CogEvo RD」について紹介しました。そのほか、脳疲労の改善や予防を目的とした、疲労回復効果のある食品やサプリメントの摂取も有用であると話します。
こうした事業連携を企業コンソーシアム「Maximum Health Program」として推進し、今回発足した「抗疲労∞抗老化」啓発プロジェクトとともに統合的なソリューションとして展開していきたいと語りました。
個別健康の最大化を目指すソリューションの活用と展望

最後に、疲労の研究を起点とした様々なソリューションを使った、個別健康の最大化を目指すプロジェクトについて紹介しました。大事なのは測定して自分自身のポジションを知ることよりも、そこからどのように行動したらよいかを提示すること。例えば自身にとって不足している栄養素を見つけるに留まらず、抗疲労と健康増進の効果を科学的に立証しながら、これらを抗老化へ役立てていくことが大切であると締めくくりました。