消化吸収の先にある栄養の本質を考えるきっかけに「ウェルネストレンド白書Vol.3」-オピニオンからの視点
一般社団法人ウェルネス総合研究所は、20代~70代、約4800名の生活者の健康・ウェルネスに関する意識と行動分析に基づき、今後予測されるヘルス・トレンドシナリオを洞察した調査レポート『ウェルネストレンド白書 Vol.3』を2023年10月2日に刊行しました。早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構規範科学総合研究所 ヘルスフード科学部門の矢澤一良教授に、栄養学の専門家から見た白書への感想や活用法について伺いました。
既存の成分や機能性がより社会に役立つ「切り口」のヒントに
まずは『ウェルネストレンド白書vol.3』をお読みいただいたご感想をお聞かせいただけますでしょうか。
まずはN数が多くてしっかりしたデータなのがよいですね。実際に開発を手掛けている人、成分をどう使ってもらえるかに課題感のある人には大変役立つ内容だと思います。
食品成分の研究が進み、「いい成分」というのはほぼ出きっているような状態が食品業界の現状ではないかと思います。「いい成分」というのは、新しくてターゲットも広く、質がよいという意味。オメガ3以降、そういう成分はなかなか出ていない。そうなると、すでにある成分を、どのような意図でどう使ってもらえるかで独自性や特徴を出していくしかありません。
たとえばフレイルという言葉があります。一般的には高齢者の虚弱を指す言葉だと考えられていますが、フレイルを虚弱とすれば、妊婦さんや妊娠前後だってフレイル状態にあるといえます。元気な人でも一時的に弱ることがあると考えれば、オール世代でフレイル予防に取り組む必要がある。このように、新しい機能や成分が生まれなかったとしても、考え方を変え、切り口を変えることで、従来の成分がより社会に役立つようになる可能性があるのです。考え方を変えることはなかなか難しいものですが、『ウェルネストレンド白書vol.3』には、素材や成分への考え方を見直すヒントがあると思います。
ウェルネストレンド白書vol.3より
「健康セグメント」について、どのような印象をお持ちになりましたでしょうか。
思ったよりも「健康無関心層」が少ないと感じました。特定健診はかなりの数の人が受けていますが、保健指導を受けなければいけない人の半分も受けていないのが実情です。この人たちが無関心層だと私は思います。つまり「まだ大丈夫層」や一部の「ラクして健康層」も含まれるのでしょう。
これらの人が保健指導を受けるようになれば30%ぐらいの医療費は削減できるはずですから、いわゆる無関心層を減らすためにも、白書のようなデータで彼ら彼女らがどんな人たちかを知ることは大切です。マーケティング的には「健康ストイック層」や「健康コンシャス層」、「コツコツ健康層」が重要視されるでしょうが、社会全体のウェルネスを考えた場合には、無関心層の健康関心度をいかに引き上げるかも重要。フードテックや企業努力によって、「健康になることは思ったほど面倒ではありませんよ」と手段を示すことができれば、健康無関心層を減らすことができるのかもしれません。
ウェルネストレンド白書vol.3より
栄養学の広がりとその受容の実態が垣間見える「食事分析」
今回の白書では新たな試みとして、「食事」について深掘りをしています。「食品を食べる」と「食事をする」の間には大きな違いがあるのではないかという仮説を立て、食事の時間を大切にしたり、誰と食べるかを重視したりすることは、食への関心、ひいては健康維持意識にもつながるのではという視点で分析を行いました。この項目についてはどのように感じられたでしょうか。
ウェルネストレンド白書vol.3より
これは大変興味深い視点で、今後の調査でもっと発展させてほしいと考えています。管理栄養士が食品の栄養価を分析して、この食品成分にはこういう働きがある、というのは口に入るまでの話。血中に入り、細胞までいきわたって初めて、その食品によってその人がハッピーになるかどうかが決まります。同じ食品であったとしても、腸内環境の状態や遺伝子によって、また食べるタイミングや時間によっても心身に及ぼす影響が大きく異なることなどが解明され、栄養学の領域は広がり続けています。おいしい、楽しい、香りがいいなど、五感を大切にしてこそ栄養になるということは体感はされていますが、それをデータで見えるようにしたことに大きな意義があると思います。
「ムードフード」や「ペットの健康」の調査分析にも今後は期待
矢澤先生は「精神栄養学」「ムードフード」など、心の健康と食の関係に関心を寄せておられます。
トレンドワードとしての「ムードフード」は掲載されていますが、心の健康と食については取り扱われていないようです。vol.4以降でぜひテーマにしてもらいたいと思っています。
もう一つ、今後テーマになると思うのは「ワンヘルス」。人と動物の健康と環境の健全性は一体であるという考え方ですが、近い将来、私たちはペットに介護してもらう時代が来るかもしれません。ペットが人の心の健康を支えるなら、ペットの心の健康を支えるムードフードだって必要です。食が社会により貢献できるよう、今後も使命感をもって調査・分析を続けていってほしいと思います。
矢澤 一良 教授 プロフィール
早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構規範科学総合研究所 ヘルスフード科学部門 部門長 、(一社)ウェルネスフード推進協会 代表理事。予防医学、ヘルスフード科学、脂質栄養学、海洋微生物学、食品薬理学を専門とする。