ミトコンドリアを活性化する「5-ALA」の力と細胞再活性への期待
ミトコンドリアを活性化する5-ALA(ファイブアラ、5-アミノレブリン酸)が今、新型コロナウイルス感染症の治療や予防に関する特許を取得したこともあって注目を集めています。これはヒトの体内でも合成されるほか、納豆やほうれん草など食品にも含まれている天然のアミノ酸です。昨今の「細胞再活性化」に対する関心が高まりつつあるなか、5-ALAに関する研究では数々のおどろくべき報告も。今回は、長崎大学 大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科・研究科長の北 潔教授に、5-ALAに関する研究結果や今後の展望について伺いました。
天然のアミノ酸「5-ALA(5-アミノレブリン酸)」が生命の根源物質と称される理由
北先生は元々、薬学をご専門とされながら生化学の道に進まれたと聞きました。
これまでの研究や、現在の5-ALAに関する研究にいたるまでの経緯について教えていただけますか?
まず、私が大学入試のために過ごしていた御茶ノ水は昔も今も書店の町として有名で、その頃から岩波新書の新刊などをよく読んでいました。なかでも、日本の生化学を牽引した生化学者の江上不二夫先生による著『生命を探る』(初版1967年 岩波新書)に衝撃を受けたことを今でも覚えています。
そこには、ヒトをはじめとするすべての生命で代謝や増殖など成長の基盤において、化学反応が存在しているということ。そして、生命の誕生にいたる進化にもさまざまな化学反応があるというようなことが書かれています。その機械論として表現される生化学には、生物が苦手だった私でも強くひかれました。その後、入学した先で生化学の先生が多くそろっていたのが薬学部だったのです。
薬学部に進学されたとき、薬をつくり出す創薬にも興味をお持ちでしたか?
そうですね。幼い頃に両親が亡くなるという夢を見たときから、不老長寿の薬を作りたいと考えていました。ここで、薬が効くメカニズムを知るには生化学の十分な知識も欠かせません。そのような考えもあって進んだ生化学の研究室で与えられた研究テーマが、『大腸菌のチトクロームb※(cytochrome)というヘムタンパク質を精製する』というものでした。じつはこのシトクロム(現在ではこの様に呼ぶことが多い)こそ、いま私たちが手掛ける5-ALAのプロダクト(生成物)である「ヘム」が結合した重要なタンパク質なのです。
※シトクロム:酸化還元機能を持つヘムを含有するヘムタンパク質の一種で、酸素をつかって呼吸をおこなう動物や植物などあらゆる生物に存在している。
「シトクロムこそ、5-ALAのプロダクトが結合した重要なタンパク質」ということについて、解説いただけますでしょうか?
5-ALAは動物や植物など、多くの生命体においてミトコンドリアで作られる天然のアミノ酸です。この5-ALAが複数の酵素による化学反応を経て8つ結びついた分子(プロトポルフィリンⅨ)を形成し、これに鉄が加わって「ヘム」になります。私たちの血液が赤いのは、この「ヘム」がヘモグロビンという身体の隅々へ酸素を運ぶタンパク質と結合しているからです。さらに「ヘム」は、エネルギーを作り出すために欠かすことのできないタンパク質「シトクロム」の補欠分子族※になります。
※補欠分子族:酸素などのタンパク質に結合し、その機能の発現を直接支える低分子の化合物。ヘム、フラビン、金属などが知られている。
図1 5-ALAの代謝
5-ALAはビタミンB12、クロロフィルやヘムと言った光合成や酸素の運搬(ヘモグロビン)、ミトコンドリアの呼吸などエネルギー代謝に重要な機能を持つ物質の前駆体です。
つまり、5-ALAは呼吸をはじめとした生命活動の鍵をにぎる存在と言っても過言ではありません。これはヒトや動物にかぎらず、植物においても同じです。植物では鉄の代わりにマグネシウムと結合し、クロロフィル(葉緑素)となって光合成をおこなうために重要な役割を担っています。じつは元々、5-ALAは植物の肥料として開発されていました。
当時、5-ALAやヘムについて生化学の分野では、どのくらい注目されていたのでしょうか?
以前から、細胞が複製するために必要なエネルギーと、その代謝に関する研究は盛んにおこなわれていました。これには、ミトコンドリアの内膜に存在する「呼吸鎖※」という反応系が重要で、エネルギー(ATP、アデノシン三リン酸)の産生において直接的に関与しています。ここで活躍するのがヘムタンパク質の「シトクロム」です。そして5-ALAから合成されたヘムはこの「シトクロム」だけでなくコハク酸脱水素酵素の補欠分子族ともなって、エネルギーをつくり出す代謝そのものを活性化します。
このような視点からすると、当時から皆が大事なものだという認識を抱いていたのは間違いないでしょう。ただ、当時はまだシンプルにヘモグロビンに含まれ「酸素を運ぶために重要」だという認識が強かったかもしれません。
※呼吸鎖:電子伝達系とも呼ばれる。生物が酸素を用いて呼吸をおこなう3段階の連鎖反応うち、最終段階で起こる連鎖のこと。ATP(アデノシン三リン酸)を細胞に送るために、ミトコンドリア内膜で酵素的におこなわれる。
図2 TCA回路とヘム
エネルギー源のグルコースは解糖系で分解され、TCA回路で生成したNADHやコハク酸からの還元力は呼吸鎖によって酸素に渡ります。その間に呼吸鎖から水素イオンがミトコンドリア外に移動し、この濃度差によってATP合成酵素がATPを合成します。ヘムは赤字で示した複合体II、III、IVとシトクロムcに結合して呼吸鎖の機能を支えています。
COVID-19後遺症患者に吉報!特許を取得した5-ALAの機能性とは?
5-ALAに関することで、最近わかった研究結果について教えていただけますか?
エネルギー代謝に関するこれまでの研究によってわかっていることには、エネルギー産生におけるメカニズムや酸素の有無によって変化する代謝の流れ、生物ごとに異なる環境への適応などがあります。また、細胞のひとつとっても、正常な細胞とがん細胞では5-ALAの代謝にちがいがあることもわかっていました。
がん細胞では5-ALAがヘムまで進まずに中間代謝産物(プロトポルフィリンⅨ)で止まって蓄積し、これが光感受性を持つという原理を利用して、がんの診断や治療に実用化されています。その診断薬としてのALA製剤は2013年、悪性脳腫瘍を適応に販売承認されたのが始まりです。つづく2017年に承認された膀胱がんの診断薬では、手術後※の無再発生存率を26%も改善したという報告もあります。
そして最近、新型コロナウイルス感染症COVID-19(以降、COVID-19)に対する研究では重要な効果が確認できたため、治療と予防に関する特許を取得しました。
※ここでいう手術とは、従来の膀胱がん治療方法として既知の経尿道的膀胱腫瘍切除術をさす。ALA製剤を併用してがん組織を可視化させておくことで、がん組織の取り残すリスクが減る。
COVID-19と5-ALAとの関連性に注目されたきっかけはどのようなことでしたか?
元々、5-ALAがCOVID-19に効くと仮定して研究を開始されたのでしょうか?
いいえ。じつは、東京大学薬学部および理学部で研究していたときに大腸菌の呼吸鎖が酸素の有無で変化することを見つけ、さらに多細胞生物の呼吸系を調べるため、寄生虫に関する研究を進める目的で順天堂大学の寄生虫学教室に異動しました。そして国際医療協力の一環で南米のパラグアイに行ったのがきっかけです。現地では多くの人々が寄生虫症に苦しみ、ワクチンも薬もないなかで医療へのアクセスも十分ではありません。長期に滞在し、それを目のあたりにしたことで基礎研究を創薬につなげようと考えるようになり、帰国してからはずっと寄生虫に関する研究をしています。
そのような中、共同研究をおこなっている企業の知人から、「5-ALAがマラリアに効く可能性があるので調べてほしい」という話があり、そこから5-ALAの研究が始まったのです。
実際に、マラリアに関する5-ALAの研究では、どのような成果がありましたか?
試験管内の研究で5-ALAのマラリアに対する効果があることに加え、マラリアに感染したマウスでも治療すれば8割は治り、それを再度、感染させても全てのマウスが生き残ることも確認できました。そのマウスの血液を調べるとマラリア原虫は存在せず、PCR検査でも陰性でした。血清を調べると免疫が成立していることがわかりました。現在はラオスとタイで、ヒトにおける効果について臨床研究を進めています。また、このメカニズムについて明らかにすることが大切ですので2019年から研究を開始し、3つの要素が浮上していました。1つ目は抗体による免疫、2つ目は活性酸素、そして3つ目が「G4構造(グアニン4重鎖構造)※」です。
※グアニン4重鎖構造:4つのグアニンが水素結合でつながり、正方形の面が数枚積み重なった構造のことで哺乳類から酵母、バクテリア、ウイルスにまで共通に見られる。DNA複製開始始点に多く見られ、テロメア構造の維持や複製の制御などへの関与が報告されている。
どのようなきっかけで、5-ALAとCOVID-19との研究が結びつくこととなったのでしょうか?
それは、2020年1月から猛威をふるい出したCOVID-19の病原体ウイルスの遺伝子構造にマラリア原虫と同じG4構造が多く見られるとわかって、効果を予見したのがきっかけです。そこからすぐに研究を始めて2月から5月まで毎朝のようにディスカッションをくり返し、3ヵ月でやっと論文に載せることのできる前向きなデータが得られました。
つまり、マラリアに効く理由を調べていたときに分かったのがG4構造で、新型コロナウイルスの遺伝子にもその構造があり、予見が的中して100%効いたという結果です。
COVID-19に対する5-ALAの効果について、詳しく教えてください。
また、COVID-19にかぎらず、インフルエンザウイルスについても同じように有効ですか?
5-ALA のCOVID-19に対する効果は、すでに特定臨床研究で後遺症にも効くということがわかっています。感染後に咳や倦怠感など症状の残るひとで、毎日300㎎の5-ALAを服用すると不安感が減少することが示されました。また治療についても改善までに要する日数が明らかに短くなるとの医師の所見が得られています。今後さらに研究を進めていけば、そう遠くない未来で、5-ALA をCOVID-19に対処するための素材として活用できるようになるでしょう。
一方のインフルエンザウイルスに対しては、経験的に知識をもつ医師が治療のなかに取り入れているという例があります。このように、5-ALAがほかの病原体にも有効である可能性は高く、その理由は増殖速度の速い病原体のほとんどがG4構造を持っているから。したがって、5-ALAは非常にスペクトルの広い抗感染症薬になるだろうと考えられています。
5-ALAの機能性を応用する、食品産業界への期待と展望
5-ALAは薬としての開発が期待されている一方で、機能性をもつ食品素材という点ではどのように見ていますか?
5-ALAの良いところは、感染症が流行していないときにも基本的な食品素材として、健康増進に寄与することができるという点です。しかも、肉体的な面だけでなく精神的にも有用だとする研究報告があります。それは、5-ALAを1ヵ月間のむと「不安感」に差が出るというもの。また、5-ALAによる筋肉の増強効果は、ミトコンドリアにおけるATPの産生量を見れば明らかです。これを近年、広まりつつある細胞再活性の視点からみると、5-ALAがミトコンドリアを活性化することで細胞が本来の機能を発揮できるようになるという説明につながるでしょう。
最近、長崎大学病院の研究でミトコンドリアDNAの変異によるミトコンドリア糖尿病の患者さんが毎日5-ALAを服用したところ糖負荷試験の結果が改善され、また指標となるヘモグロビンA1cの値が下がったと言う報告があります。これは5-ALA による血糖降下作用を直接示した例と言えるでしょう。
つまり、毎日たべる食品で病気の予防や症状の改善、また何かに感染したときも重症化や後遺症を軽くすることが出来るかもしれません。
食品素材としての5-ALAについて、今後の市場でどのような動きを見せると予測されますか?
5-ALAは日常的に体内でつくられているほか、食品にも含まれています。たとえば、タコやイカ、バナナ、黒酢、そして日本酒やワインなどにも。ただし、含有量はかぎられているため、サプリメントのような量を摂ることは困難です。また、体内における5-ALAの合成は17歳をピークに減っていきます。これからは、足りない成分を考えて食事に追加し、サプリメントで補充するという考え方が主流になっていくのではないでしょうか。
図3 5-ALA生産量の加齢変化
出典: Jun-Ichi Hayashi et al, J Biol. Chem. 269, 6878-6883 (1994)
記載の複合体IV活性がヘムおよびシトクロム量に比例すると仮定し体重変化を加味することで5-ALA由来化合物量を推定
他方では昨今のCOVID-19の影響もあって、乳酸菌に代表するような免疫機能に働きかける食品素材が大きな市場をつくっています。この乳酸菌の機能が一般によく知られるきっかけとなったのは、やはり多くのデータ解析と研究報告があるからでしょう。そういった意味では、5-ALAに関するより多くのデータ集積と一般のひとにとって理解しやすい機能性の訴求が必要です。機械論としての裏付けはすでにあるため、その部分がクリアできれば食品素材として5-ALAの市場は大いに成長すると思っています。
さいごに、食品産業の関係者にむけてメッセージをお願いします。
5-ALAを機能性食品として説明をおこなうとき、消費者にとってATPの産生や呼吸鎖、G4構造など専門的な部分はなかなか理解しがたいものです。まずは、「色々な理由で細胞の機能が落ちてきたとき、いわゆるガソリンを補充すればATPをつくれるようになって本来のパフォーマンスを発揮できる」というような表現もよいかもしれません。また、ミトコンドリアの機能が落ちると活性酸素が出てきて周囲の細胞に障害を与えるという流れについても、きっと理解しやすい新しい表現方法があると思います。
ひとりでも多くのひとに5-ALAの有用性を知っていただき、健康状態や病原体の感染有無に関わらず、ふだんから“食”として口に入る素材のメリットに関心を高めてもらえたらうれしいかぎりです。
北 潔 教授 プロフィール
長崎大学大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科長・教授
東京大学 名誉教授/ミトコンドリア研究所 所長。
東京大学薬学部卒業後、同薬学系研究科博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科教授、東京大学大学院医学系研究科副研究科長等を経て現職。日本寄生虫学会理事長、日本生化学会会長を歴任。